銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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4話

 言ノ葉綴。ボクにとって残念な女の名前だ。

 

 日本人らしい黒髪は肩にかかる程度の長さ──いわゆるボブカットに切りそろえられており、大きく縁取られた黒目は自信に依るものかすこし釣り上がっている。女子にしては背が高めで、およそ160後半。モデルのようにすらりと伸びた両足。けれどスカートは長めに穿いている。胸は大きすぎず小さすぎず。

 全体的にざっくばらんな印象を受けるものの、どこか絶妙に調整された美しさがある。特徴的な一人称に違わず中性的な出で立ちをする彼女は、文句なしで美少女と呼べるだろう。

 伐刀者の面でもBランクと非常に優秀だ。この天才のボクの女にするに相応しい女。

 

 それだけに残念だ。あのクズ──黒鉄に入れ込んでいることが。

 血迷ったのか知らないけど、入学してから一週間経ったときからパッタリと授業に出なくなって、何をしているのかと思えば訓練場で黒鉄とイチャついているらしい。

 

 実に愚かだ。それだけ恵まれた才能と容姿を持っていながら、それをドブに捨てるような真似をするなんてねぇ。馬鹿な女ほど気軽に遊べるけれど、彼女は馬鹿すぎる。

 

 けれど、もし。

 もし、言ノ葉綴は黒鉄に弱みを握られていて、嫌々付き添っているのだとしたら。

 それならばボクは男として、彼女を見捨てるわけにはいかない。

 

 そうだ、きっとそうに違いない。あんな無能のゴミクズに尻を振る奴なんかいるわけがない。ボクのように才能に満ち溢れていて人としても伐刀者としても優れた男に媚びるのが正しい。

 

 黒鉄から言ノ葉を取り上げ、ボクの物にする。

 そして見せつけてやる。この世は才能だけで決まるってことを。お前みたいな底辺に恵まれるものは何もないってことを!

 

 しかし──

 

『桐原、戦闘不能!勝者、言ノ葉!』

 

 一学期中間試験。ボクは言ノ葉に敗れた。それも、あの男から救ってやると提案したこのボクの手を振り払うように。

 学年首席で入学したボクとBランクの銃使いという珍しい組み合わせの試合には、それは多くの観客がいた。その観衆の目の前で、このボクをコケにしやがった。

 

『キミ程度の男についていく女の気が知れないね』

 

 開幕直後に両足を撃たれ跪くボクに吐き捨てたその言葉。思い返すだけで腑が煮えくり返る。

 せっかくこのボクがチャンスをくれてやったのにそれを捨てるだけじゃ飽き足らず、観衆の前でボクに恥をかかせるなんて。

 

 許せない。絶対に許さない。あの女だけは、必ず後悔させてやる。

 理不尽な仕打ちに怒りを燃やすボクに、またとないチャンスが舞い降りた。

 

 七星剣武祭代表選抜。全校生徒から能力値である程度まで絞り込み、抽選した生徒の意思を確認、定員がオーバーするようなら決闘で出場権利を決める。

 その話がボクと言ノ葉に舞い込んできたのだ。

 席次は上級生から埋めていくらしいが、席が一つだけ余ったらしい。そこで一年生から選抜したところ、ボクと言ノ葉しかいなかったそうだ。

 本来ならランク的に言ノ葉が選ばれるはずだったが、学年首席と強力な能力を持つボクにも声がかけられたのだ。

 

 七星剣王とか学生騎士の頂点とか、そういう汗臭いものに興味はなかったけれど、ボクを讃える肩書きが増えるなら参加してやってもいい。

 そんな軽い気持ちでいたが、あの言ノ葉が余った席に座ろうとしているなら話は別だ。

 

 蹴落として、見下して、唾を吐きかけてやる。ゴミにたかるハエに相応しい惨めな思いをさせてやる。

 キミがボクにしたように、大勢の目の前でな!

 

 果たして、ボクと言ノ葉の代表選抜戦の日程が生徒たちに公開された。

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 

「言ノ葉さん、これどういうこと!?」

「どういうことって、書いてある通りだよ」

 

 珍しく怪我を負っていない黒鉄君が部屋に慌ただしく駆け込んできたと思ったら、明日執り行う代表選抜戦のことだった。

 ボクが呆れた声で返すと、黒鉄君は食い下がった。

 

「代表選抜戦のことじゃなくて、この一文だよ」

 

 ずいっと差し出してきたプリントを手にとって読んでみる。

 なになに?『代表選抜戦は明日の放課後、第三訓練所で行う。観戦は自由。P.S.お前を蹴落としてやる、逃げるんじゃないぞ!』と。

 

「これがどうしたの?」

「どうしたのじゃないよ!なんでキミが桐原君に目の仇にされてるのさ!」

 

 クラスメイトから嫌がらせを受けていないって言ったじゃないか!そう顔で訴えていた。

 マイルドに略して読み上げたけど、実際はもっと汚い言葉が並んでいる。桐原が純粋に席を奪い合う目的で選抜戦に挑んでいるわけじゃないのは明白だ。

 

 その理由はたぶん学年全体が知ってることなんだけど……。

 あぁ、そっか。黒鉄君はあの場にいなかった──訂正、締め出されていたから知らないのか。

 

 言い逃れは許さないぞと睨んでくる黒鉄君に、ボクは正直に答えた。

 

「この前定期試験で桐原を倒したって言ったろう?その時に噛み付かれてね。わからせてやったら、逆恨みをされたらしい」

「なんでそんなことを……。言ノ葉さん、そういうことは相手にしない人だろう?」

 

 いつもなら、そうなんだけどね。

 あの時に言われたことを思い出すだけで頭にくる。

 

「あの野郎、キミのことをどうしようもない屑とか言いやがったんだぞ。黒鉄君がどれだけ頑張ってるか知らないくせに。才能に溺れて何も努力していない奴が、何を偉そうに」

「え、えっと、言ノ葉さん?」

「ん?あぁ、ちょっと口が汚かったね。忘れて」

 

 顔が引き攣っている黒鉄君を見て冷静さを取り戻す。いけないいけない。あまりにイラつきすぎて女子らしさを忘れるところだった。どんなに興味がなくても料理と身嗜みだけはしっかりやれと親に厳しく言い付けられているからね。今度から気をつけなきゃ。

 

 しかし、何も黒鉄君をバカにされたからってだけで怒っているわけじゃない。奴は過去のボクすらコケにする発言をした。

 何が才能が全てだ。こちとら天才に負けたくない一心で頑張ってるんだよ。努力の『ど』の字すら知らない奴が──

 

「言ノ葉さーん!戻ってきてー!」

「あ、ごめんごめん。ともかく、奴はボクの逆鱗に触れた。だから叩きのめした。そしたら逆恨みされた。以上!」

 

 ボクが誤魔化しついでにまとめると、黒鉄君は首ふり人形のようにコクコクと頷いた。

 ──このとき一輝は悟った。綴は怒らせたらやばいタイプの人だと。

 

 微妙な空気を変えるように黒鉄君は口にした。

 

「まぁ、幸い桐原君の能力が強力とはいえ、言ノ葉さんの早撃ちから逃れることはできないと思うし、心配ないかな」

 

 桐原の異能《狩人の森(エリア・インビジブル)》は自身を不可視の存在、すなわちステルスにするというもの。それもボクの銃弾のような不可視ではなく、正真正銘のステルス。得物が弓であることも相まって、非常に強力な能力と言える。

 しかし、《狩人の森》は発動してから完全なステルスになるまで時間が必要だ。それが数少ない弱点の内、最大の弱点だ。スタートの合図があるまで能力は使用できないから、得意の早撃ちで速攻すれば余裕で勝てる。事実、それで定期試験も終わらせた。試合形式に限っていえば、ボクは桐原に負けることはない。

 

 だが──

 

「いや、ボクは桐原に先手を譲るよ」

「は、はぁ!?なんでわざわざそんなことを!」

 

 黒鉄君が素っ頓狂な声を上げるのもわかる。桐原の異能は本当に強力だ。一度の発動も許してはならないほどに。

 それはボクも重々承知だ。けれど、

 

「奴は先天的な才能に絶対の自信を持っている。なら、奴の土俵に立ってやって、そのくだらない自信をへし折ってやる。奴が馬鹿にした無能力でね」

 

 それはボクの怒りをおさめるためだけじゃない。泥を啜ってでも頑張っている黒鉄君の励ましにもなる。

 

「だから証明してくる。キミのように伐刀者としては無能でも、いくらでも巻き返すことができるってことを」

 

 ボクの言葉にハッと気づいたように目を見開き、そして顔をうつむかせた。

 

「──ありがとう」

「なに他人事のように言ってるのさ。キミもそうなるために頑張ってるんだろう?ほら、さっさと訓練しに行くよ」

「うん!今日こそ僕が勝つ!」

「ふふ、残念。明日のこともあるから、いつも通り、ボクが勝たせてもらうよ」

「言ったな!?」

 

 鬱屈とした気分はすっかり忘れ、ボクは目の前の対決に胸を踊らせるのだった。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 選抜戦当日、第三訓練所は生徒で溢れかえっていた。当然である。学年首席で入学した期待の新人と、同じく一年にしてBランク騎士の真剣勝負。両者ともに七星剣武祭代表に選ばれるだけの実力を備えているのだ。それだけハイレベルな対決を生で見れるのだから、見ない手はない。

 

 やれどっちが勝つやら、やれ今回はリベンジマッチも兼ねているやら。

 歓声と野次で騒がしい観客に囲まれた当事者たちはリング上で対峙していた。

 

「逃げずに来たようだね、言ノ葉綴」

「そっちこそ、定期試験で瞬殺されたことをお忘れのようだけど?」

「あんな卑怯な手で勝った気になるなよ」

「おやおや。姿を隠して遠くから弓を撃つことしか出来ない人が言えた義理かい?」

 

 売り言葉に買い言葉。いつもの綴なら興味のない会話は適当に切って捨てるが、今回だけは鶏冠に来ているためか、口がよく動く。

 そのまま口喧嘩に発展しそうなところをレフェリーが割って入り、両者の舌鋒は収まった。

 

 ルール確認を行い、最後の意思確認をするレフェリー。

 選抜戦と言えど、七星剣武祭代表を想定した対決のため、七星剣武祭と同じく実戦形式で執り行われる。そのため幻想形態の使用は認められず、場合によっては命の危険すら伴う。自分の才能に浮かれ血気盛んになりがちな学生騎士にはしつこいくらい確認する方がいいのだ。

 

 当然二人は即決で了承。レフェリーが下がり、両者が開始線につく。

 

「狩りの時間だ。《朧月》」

 

 桐原は翠の色をした弓を手にしたが、綴は棒立ちのままその光景を見送った。

 その態度に露骨な侮蔑を込めた目線を送る桐原。

 

「またそれか。ガンマン気取りもいい加減にしろよ」

「安心しなよ。今回はキミにチャンスをやるつもりだからさ」

「……なに?」

 

 桐原は顔を顰めた。綴は構わずに続けた。

 

「キミが矢を番えるまでは何もせずに待ってあげるよ。当然、矢を番えない限り能力を使っても構わない。それまでボクはこの状態で待つことを約束する」

 

 綴の言葉に会場が騒然となる。それは桐原の心中もしかり。

 

 口ではなんだかんだと言っても、綴の早撃ちは厄介そのもの。自分の得意な土俵に上がる前に決着をつけてくるため、桐原にとっては一番の鬼門だった。

 その問題を桐原はフライングで《狩人の森》を展開することで切り抜けようとしていた。完全にステルスになるタイミングとゴングのタイミングをピタリと合わせることで、惑わせる作戦だ。

 尤も、これは違反と判定されかねない行為だ。完全にステルスになるまで時間がかかるという弱点は有名だからだ。その弱点を克服したという言い訳を用意しているものの、危ない橋であることには変わりない。万が一アウトだった場合、定期試験の二の舞になる。

 

 だがどうだ。綴がわざわざ土俵を用意してくれたではないか。

 桐原は内心ほくそ笑む。馬鹿めと。

 

 ──今は好きなだけ驕るがいい。ボクは寛大な心でそれを許してやる。だが、それがお前の命取りだ。消えろ!あの黒鉄(ゴミ)と共にな!

 

「へぇ、いいのかい?負けたからってそれを言い訳にするのは見苦しいぞ?」

「二度は言わない。さっさと始めよう」

 

 困惑気味のレフェリーに開始するよう促す綴。

 

 なに気取ってやがるこのクソアマが、と頭の中で唾を吐きかける桐原。

 しかし、あと少しすればその生意気な態度も取れない無残な姿になるのだと思えば、多少の溜飲は下がる。むしろ楽しみだ。

 

 散々コケにしたツケはでかい。ただで終わると思うな。レフェリーストップが入るギリギリまで嬲り尽くしてやる。

 

 表にその感情が現れる。明らかに危険な空気だ。感づいたレフェリーが視線で問うても、綴は無視した。

 ついにレフェリーは選抜戦の幕を切って落とした。

 

 当然桐原は異能を展開する。空気に溶け込むようにジワジワとその体を透明にしていき、そして完全に姿を消した。

 鬼門を突破した。この時点で勝利を確信した桐原は高らかに嘲笑を上げる。

 

『ハハハハッ!!馬鹿め!ゴミと絡んでいる時点で馬鹿だと思っていたけど、ここまで馬鹿だったとは!ボクをコケにしたこと、泣いて後悔させてやるぞ。いいや、泣くだけですませてやるものか。キミの無残な負け姿を晒しあげてやる』

 

 何もない空間から声がこだまする。もうすでに狩人の舞台は整ったのだ。距離も方向もぐちゃぐちゃになった声に、会場は畏怖を覚える。

 凶悪な能力。姿形すら見えず、どうしてこの能力を打ち破れるだろうか。広範囲を絨毯爆撃をするように攻撃できるなら話は別だが、それほどのことを仕出かせるのはAランクの騎士のみ。観客たちのような平均の騎士はおろか、Bランクですら勝てないのではないか。

 

 開始早々、会場が桐原の勝利を確信する。そして、血に塗れて地にひれ伏す哀れな綴の姿をも。

 

 しかし。その綴は。

 ──笑みを浮かべていた。

 

「終わったかい?いい加減に待ちくたびれたんだけど」

 

 緊迫な空気に相応しくない、まさしく冗談を目の当たりにしたような声と表情で虚空に答えた綴。

 

 ──何なんだコイツ。まさかこの状況を理解していないのか?

 嘲りが一周回ると冷静になることを初めて知った桐原だが、綴の態度を痩せ我慢だと見限り一笑に付した。

 

 だが、冷静になったことが不幸中の幸いだったことに気付くべきだった。冷静になったときに気付くべきだったのだ。

 どうして綴が桐原がまだ矢を番えていないことを前提に話しているのか、ということに。

 しかし、例え桐原がそのことに気づいていても、やはり無駄だっただろう。偶然と片付けてしまったから。

 

 それが、偶然でないにも関わらず。

 

 どこを撃ち抜いてやろうかと考えながら弓矢を手にした、その時。

 

()()()()

 

 今まで開始から1ミリたりとも動かしていなかった顔が、こちらをピタリと見据えていた。

 

 瞬間、桐原に想像を絶する悪寒が走る。

 何を隠そう、ステルスになった桐原がいるのは綴の目の前でもなければ真後ろでもない。レフェリーの真横。それも、片膝をついている状態。

 偶然目が合うような場所じゃないのだ。そこを、綴は迷うそぶりもなく、目を向けた。

 

 ──マズイ!!速く撃たなくては!!

 勝利の美酒に酔いしれていた頭に冷水がかけられた桐原だが、

 

「ボクの方が速い」

 

 その言葉は桐原の幻聴だったかもしれない。なぜなら、その言葉を綴が発したのは、彼の両耳を撃ち抜いた後だったのだから。

 

 声にならぬ絶叫がレフェリーの横から突如上がり、レフェリーはぶったまげる。が、役割を忘れなかったレフェリーは慌ててのたうちまわる桐原の側に座り込み、様子を伺う。

 そして

 

「桐原、戦闘不能!勝者、言ノ葉!」

 

 はたからみれば綴は何もしていないのに桐原が負けたように見えただろう。しかし、会場の一角に座って見ていた一輝だけは綴の神業を見届けた。鳥肌の立つ両腕をさすり、羨望と挑戦の眼差しを持ってリングから立ち去る綴に目をやった。

 一輝が座っている方角に微笑みをこぼし、綴は会場を後にした。

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 その年の七星剣武祭は大いに騒がれた。

 一年生にして銃の霊装を操る少女が、全ての試合を異能を使わずに一秒以内に終わらせたからだ。

 その少女がインタビューに残したセリフは、多くの人に希望を持たせたことだろう。

 

『異能がなくても、頑張り次第で何とかなるものさ』

 

 異色の七星剣王は、こうして生まれたのだった。

 

 

 


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