銃は剣より強し   作:尼寺捜索

36 / 38
34話

 小洒落た調度品が並ぶ品の良さそうなホテルの一室。

 

「ふむ。中々似合っているじゃないか」

「なんだか落ち着かないですね」

「初めての礼装なんてそんなものだ。何度か着ればすぐ慣れる」

 

 いつもの黒い男装で嘯く新宮寺さんに倣うように、ボクもまた同じような黒のスーツを着込んでいた。

 破軍学園から出たバスに揺られて数時間で到着した関係者用の宿舎に案内されたボクは、一応警備員という建前があるので新宮寺さんに手配してもらった礼装を試着していたのだった。

 複数用意してもらったけれど、どれも大人の真似をした子供感が拭えないので適当なものを選んでおいて、早速持ってきた射的の的をセッティングする。

 

「……本気だったのか」

「当たり前じゃないですか」

 

 暁学園の件があるとは言え、結局のところ七星剣武祭の大半にボクは関われないので、どうせ暇な時間が多くなる。暇潰し兼日課のための射的は欠かせないに決まってるじゃないか。

 

 新宮寺さんがこめかみに指を添えて嘆息した。

 

「動き回られるよりはマシか」

 

 ボクを手のかかるペットかのようにぼやく。

 まぁ、元々ここに来た理由は新宮寺さんの目の届く所に居るためだし、あながち間違ってないのかもしれない。

 ということで、もちろんボクと新宮寺さんは同室にあてがわれてるし、警備のシフトもつきっきりだ。

 

 今日は大会開催の二日前だが当然のようにシフトが入ってるので面倒くさいことこの上ない。何とかして隙間時間を作れないかとシフト表とイベント詳細を見比べっこしていると、懐かしい文字列を見つけた。

 

「立食パーティか……」

 

 七星剣武祭運営委員会が代表生を招待して開く催し物だ。

 大会当日に近づくにつれて会場周りの交通機関が混み合ってくるので、遅刻しないように選手は基本数日前に現地入りすることが推奨されている。

 なので七星剣武祭が始まるまでの英気養いだったり他校の選手との交流が目的で行われている。

 

 去年ボクも東堂先輩たちと一緒に参加したのを覚えてる。

 専ら《雷切》で有名な東堂さんに注目が集まるばかりで、無名の一年生だったボクは好奇な目で遠巻きに眺められただけだったけどね。

 

 ともかく、その立食パーティの時間にシフトが入っていなかった。

 

「なんだ、それに参加したいのか?」

「ダメですかね?」

「招かれているのは代表生だけだったはずだろう」

「ですよねぇ……」

 

 部外者立ち入り禁止。当然の話だった。

 せっかくの暇潰しが……と落胆していると、新宮寺さんが何となしに続けた。

 

「だが受付に話を通せば入れさせてくれるんじゃないか?」

「何でですか?」

「私が学生の時に参加した立食パーティでは先代の《七星剣王》が激励にいらしていた。彼はOBだったが、開催まで気力を持て余している選手たちの良い刺激になると運営は考えたのだろう。何十年も前の話だが、多少の融通は利かせてくれるはすだ」

「おぉ。それは良いですね」

「それに運営はお前に負い目もあるしな」

 

 付け足された言葉にハッとなる。

 そうじゃん。そもそもボクが代表生になれなかったの運営の身勝手のせいじゃん! なんでボクが遠慮しなくちゃいけないんだよ! 

 途端にムカムカしてきたが、もう過ぎた事だから仕方ない。

 

「話は私が通しておこう。私も用事があるからな」

「新宮寺さんも参加するんですか?」

「顔を出す程度だ。もしかしたら先生に会えるかもしれない」

「え……? 月影がいるんですか!?」

 

 聞き逃せない話だ。ヤツには大きな借りがある。このままなあなあに済まされてたまるものか。

 ボクの食いつきっぷりに察したのか、新宮寺さんが険しい顔になる。

 

「もう先生に関わるなと言っただろう」

「家族が被害に遭ってるんですよ。黙ってられる訳ないじゃないですか!」

「だが……」

「月影は約束を破った。その落とし前は必ず付けさせます。これは譲れません。それが終わればヤツに用はありません」

 

 頑として引かないボクに渋々ながらも「わかった」と了承してくれた。

 

「ただし暴力沙汰は起こすな。腐っても相手はこの国の長だ。どれだけお前に正当性があっても面倒が増えるだけだ。お前も話を拗らせたくないだろう」

「……」

 

 月影を前にした時気持ちを抑えられるか不明だったので了承はしなかった。

 新宮寺さんは大きな溜息を吐いた。

 

「私も同伴する。ブレーキはこちらで掛ける。それでいいな」

「……わかりました」

 

 不承不承頷いた。

 話がついたところでポケットから煙草を取り出し咥えようとして、思い出したように仕舞い直した。

 

「ここではおちおち煙草も吸えん。少し早いが仕事に出るぞ」

「はい」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 退屈な見回りを淡々とこなし時が進むこと数時間。立食パーティが始まる午後六時になった。

 パーティはボクらが泊まっているホテルとは別の、代表選手たちの宿舎であるホテルの屋上にあるレセプションルームで行われる。

 エレベーターで最上階まで登ると、二人のボーイが自然な笑顔で出迎えた。

 

「破軍学園の新宮寺黒乃様ですね。お待ちしておりました」

「連れもいるのだがよろしいだろうか」

 

 そこでボーイが隣のボクに体ごと向き直り、驚いたように目を開いた。

 

「言ノ葉綴様でいらっしゃいますか」

「選手たちを激励したいそうだ。構わないか?」

「えぇ、はい。そういった方は多くいらっしゃいます。ではご案内致します」

 

 臙脂色のカーペットに従い、前方にある扉の隣の部屋に通された。去年はエレベーターから出てすぐの部屋だったので、恐らくこっちは関係者用の会場なのだろう。

 中を見ると予想通り、壮年の大人たちが仰々しく会釈をしながら挨拶を交わしていた。

 新たな入場者に視線をこちらに向けた彼らは、子供であるボクの姿を見て一様に騒めいた。

 

 その中で一人、静かにボクを見詰める男。

 

「月影……!」

 

 食いしばった口の中でこだました。ボクの声に反応したわけではないだろうが、そのタイミングで月影はボクたちの前に歩み出てきた。

 

「言ノ葉君。それに滝沢君。久しぶりだね」

「今は新宮寺です。先生」

 

 ボクが何かを言う前に、庇うように前に出て答えた新宮寺さん。

 月影は「あぁ、そうだった。すまない」と訂正した。

 それから月影はボクに顔を向けた。皺はさらに深く刻まれ、厳かに目を伏せた。

 

「君たちがここに来た理由は十分理解している。私もそれに応じる用意があるが、ここは邪魔が多い。場所を移させてもらえないか」

 

 新宮寺さんに判断を求めると、頷いて答えた。

 

「私も同席することが条件です」

「無論だ。新宮寺君にも話があるのでね。では移動しよう」

 

 逃げも隠れもせず、かといって開き直っているわけでもなく。ボクと新宮寺さんに対し非を感じ、ボクらの非難を受け止めようとしている。

 先程まで自分がいた集団に軽く手を上げ、先導する月影の心胆が読めない。

 コイツは平気な顔で人の家族を人質に取ったり、テロリストを使って生徒たちを襲わせるようなヤツだ。今こうしているのも演技で、何処かに誘い出そうとしているんじゃないのか。

 新宮寺さんも探っているのか、苦々しく顔を顰めている。

 

 歩いてすぐのところにあった無人の喫煙所に連れて来られると、月影はすぐに頭を深く下げた。

 

「まずは謝罪を。言ノ葉君、貴女のご家族に深刻な被害を及ぼしてしまい本当に申し訳ない」

「よくもぬけぬけと……! オマエが命令したんだろ!! あんなクズを使って、人質に取れと!!」

 

 文字通り人が変わってしまった父さん。首を締められ青褪める母さん。そして不快な言葉を喚き散らす平賀。

 脳裏に過るだけで怒りが煮え滾るようだ。喉の震えるがままに叫ぶと、月影は姿勢を正し、どこまでも真剣に応対する。

 

「それは断じて私の意志ではなかった。この計画は日本という国と国民を守るために行っている。その国民を傷つけることなどあり得ない。平賀玲泉には伝言を頼んだのみだった」

「そんな口先だけの話を信用できると思うのか!? テロリストを使ってクーデターを起こした人間の言葉を!」

「信じてもらおうとは思っていない。だが、理由がなんであれ、真実として私は貴女との約束を反故にしてしまった。全ての過失の責は私にある。如何なる処罰でも甘んじて受けるつもりだ」

「……ここで死ねと言われてもか?」

「おい!」

 

 新宮寺さんが咎めたが、それを止めたのは月影だった。

 

「そのつもりだ……と言いたいが、それは出来ない。私の首は使命を果たすために必要なもの。だからこれで勘弁願いたい」

 

 月影は左手をスーツの内ポケットに、もう片方を背後に回した。

 果たして抜き出されたのは、鈍い光沢を放つ黒のハンドガンと細長い消音器だった。

 素早く反応した新宮寺さんが二丁拳銃を顕現させ構えた。

 月影はゆっくりと首を横に振る。

 

「護身用に携帯してはいるが、恥ずかしながら初めて使うものでね。万が一がある。言ノ葉君を守ってくれたまえ。君なら造作もないだろう?」

「一体何を……」

 

 新宮寺さんの困惑を他所に、慣れない手付きで銃口に消音器を取り付けてセーフティロックを解除した。

 それからこちらに左手を差し出し、その手首に銃口を押し付けると────

 

 躊躇いなく引き金を引いた。

 

 プシュン、と空気が抜けたような音が三回と血肉が床を叩く音が喫煙所に染み渡る。

 中途半端に抉れたのか、根本からぶらんぶらんと垂れ下がる左手から夥しい量の血がボロボロと零れ落ち、月影の顔中に脂汗が吹き出る。

 月影が腕を抑え蹲ったのを見てようやく新宮寺さんが動いた。

 

「先生!!」

「止めなさい!」

 

 能力を発動しようとした新宮寺さんを鋭く叱責した。

 

「私の痛みや傷は……時間と金をかければ治せる……一時のものだ……。だが、言ノ葉君と、ご家族に刻んでしまった痛みと傷は……、そう簡単には、治らない」

 

 がたがたと歯を鳴らし荒い息を吐きながらも、その目は正しくボクを見る。

 

「だからこそ、私が示さなければならないのは、誠意なのだ。無法を良しとし、無法を為した者だからこそ……その心と、行動に、曇りがあってはならない……」

 

 気を呑まれた新宮寺さんが空気を食むように口を意味もなく動かす。

 血の気の失せた顔色で銃を床に置き、何とかして立ち上がった月影は改めて頭を下げた。

 

「言ノ葉君……。私は誓って、君と、君のご家族に、危害を加えるつもりはなかった……! この程度で許してもらおうなどとは思っていないが、そこだけは承知してもらいたい……!」

 

 そう言っている今でも抉れた左手首から湯水のように血が吹き出し、抑えている右手と床のカーペットを赤黒く染める。

 むせ返るくらいの鉄臭さが喫煙所を蔓延する中、ボクは遠のいていた自我を取り戻しつつあった。

 

 ボクとて月影の行動は予想外も予想外だった。

 目の前の衝撃的な光景の数々を何とか飲み込んで、今ようやく頭の中を整理できた。

 大の大人が、たかが子供一人のために自傷してまでも許しを請うことが出来るのか。

 国を指導する長として《魔人》という駒を失うのは左手を失うより苦しいことだ、という冷徹な計算で実行しているのか。

 

 疑うことは幾らでもできる。

 むしろ月影の言葉は信用してはいけないはずだ。月影の口車に乗せられたばかりに平賀に目を付けられたんだから。

 全てを一蹴するのは簡単だ。

 

 だが、月影のこの目は無視出来ない。

 鬼気迫るというか、気迫というか。上手く言葉に出来ないが、邪な考えや上部だけの気持ちを持つ者にはあり得ない、真に迫るものを感じる。

 一念に傾けて事を成そうとする強い意志。これを蔑ろにするのはボクの信念を蔑ろにするのと同じだ。

 

「……さっき言ったな。誠意が大事だと。ならばオマエのその誠意は誰に向けたものだ? ボクか? オマエ自身か?」

 

 血の気が失せ、意識が朦朧としてきたのかふらふらと覚束ない様子の月影は、それでもボクだけを見続けた。

 

「私自身に、だ。私は徹頭徹尾、この国と国民を守るために、動いてきた……。それを己のミスで、行いに背いてしまった……」

 

 深く悔いるように俯き、きつく目を閉ざす。

 

「ゆえに謝らなければならないのだ。今までの行いを嘘にしないために。二度とこのようなことを起こさないために……!」

 

 誠意は他人にではなく、自分に対するもの。

 自分の腕を撃ち抜いたのはハッタリや演出などではなく、自身に誤ちを刻み込むためだったということか。

 

「……わかりました。信じましょう。ボクの家族に手を出したのは平賀の独断で、月影総理の意志ではなかった。そういうことですね」

「ありがとう」

「礼を言うのは筋違いです。信じはしましたが、許しはしていないのですから」

 

 言ってしまえば、月影の言い分はただの自己満足。自分がそうしたいからそうしたと言っているのだ。

 今回の計画に対する誠意はわかった。管理責任についてもボクの裁量に任せると言質を取った。

 

 だが、肝心の罰の内容を決めかねていた。

 いつかの誰かにしたように、気が向くままに嬲ってやってもいいが、今の月影にそれをやってしまうと死んでしまう可能性が出てくる。

 恐らく新宮寺さんも止めに入るだろうし、何よりすでに死にかけの奴に体罰を下しても仕方ないだろう。

 かと言って詫びの言葉を気安く吐かれても許す気にならないし、信じる気にもなれない。

 

 今までは大義名分の下暴力が許されてきたが、それを取り上げられた途端に右往左往している。

 我ながら幼稚すぎる性格だ。

 黒鉄君のように心が広い人だったらどんなに楽だっただろう。

 振り上げた拳の振り下ろしどころを見失ったボクがするべきことは、無闇に拳を叩きつけるのではなく、理性的に収めることだろう。

 

 はぁ、とイラつきを隠さないため息を吐くと、新宮寺さんが目配せしてきた。

「暴力は振るいませんよ、新宮寺さん。もう一度約束してもらえればそれでいいです」

 

 一言一句、違えないようにゆっくりと言う。

 

「ボクの家族を巻き込まないでください。約束出来ますか?」

 

 月影を許してやる必要はない。同じことを繰り返さなければそれでいい。

 約束を誠意として与えて、それがぶれた時にこそ始末をつける。

 

「約束しよう」

 

 そう言い切って、最後までボクから逸れなかった顔が泥に沈むように下へ落ちた。

 見れば月影の足元にちょっとした血の池が出来ており、左腕から流れる血の勢いもだいぶ緩やかになっていた。

 息に至ってはしゃくり上げるような不自然な呼吸になっている。

 

「先生!」

 

 痺れを切らした新宮寺さんが今度こそ駆け寄り、時を操る能力を発動させた。

 テープを巻き戻してるみたいに、みるみるうちに部屋の中の景色が放射状に歪んでいき、気づけばこの部屋に入った時と全く変わらない光景に戻っていた。

 あれほど衰弱していた月影も元どおりに復活している。正常な左腕を確かめながら動かし、圧倒されたように首を振った。

 

「いつ見ても素晴らしいな」

「人体に対する能力の使用は控えるべきなのですが、緊急事態でしたのでご勘弁を」

「いやいや、お陰様で死の淵を覗かずに済んだよ。地獄がどんなところなのか知れなかったのは残念だったが」

「……それで、私にも話があるとか」

「あぁ、君にも謝らなければならない事がある。ステラ姫のことなのだが────」

 

 ボクはそれきりこの場を立ち去った。

 先ほどの緊迫した空気なんてはなからなかったかのような風景にいてもたってもいられなかった。

 

 全てが過ぎた今に思えば、月影はボクが問答無用でやって来なかったのを見て、最初に大袈裟な自傷してみせることでボクの勢いを殺して動揺させて、怒りのぶつけ先を意図的に無くしたんじゃないのか。

 以前であれば死に体だろうが構わず始末してやったところが、寧音に言いつけられた言葉が邪魔したせいでまともに頭がまわらなかった。

 つまり煙に巻かれた訳だ。

 月影の国と国民を救うという意志は紛れもない本物で、ボクたちに害意がなかったのも本音だった。ただヤツはここで死ぬ訳にはいかないから、真実だけで思い通りのシナリオに導いたんだ。

 

 なら、今戻ってやるか? 

 もう元通りでピンピンしてるんだ。月影はメンバーの管理不足でボクに被害を加えたという事実があって、その罰の裁量は委ねるという言質もある。

 

 あれから父さんはずっと気に病んでるし、母さんも分かってくれていてもやっぱり操られた父さんの影に怯えている。

 なのに月影はどうだ。ヤツ自身が言った。ヤツの痛みや傷は所詮は一過性のものなんだって。

 どうせまた新宮寺さんに治して貰えば済むと思っているに違いない。

 

 どこに躊躇う要素がある? 

 ────ある訳がない。

 

 一生このことを後悔し続けるくらい深く刻み込んでやる。

 出てきたばかりの喫煙所に翻り、ドアノブに手を掛けた。

 そんな時だった。

 

『撃つ時のあなた、今まで見たことないくらい怖い顔してた。あなたがあんな顔で練習していたらあの時絶対に許してなかった。この意味、わかるわね?』

 

 怖い思いをしたばかりだというのに、人殺しをしたボクのことを一番に心配してくれた母さんが唯一叱った言葉。

 本当に辛そうに、悲しそうにボクに言い聞かせてた。

 

 今のボクは、そんな顔をしているんじゃないか?

 

「……クソぉ……ッ!」

 

 確かに月影の管理不足は到底許せないものだし、ボクの怒りは正当なものだ。

 だけど、それ以上に、あの時に母さんたちを悲しませることはしないと心から誓った。

 今ボクが暴力に訴えてもボクの気が晴れるかもしれないだけで、母さんが知ったら悲しむだろう。

 

 結局胸糞悪い気分を抱えたまま来賓用の会場を抜けた。

 何をしようにもずっと復讐のことしか考えられず、それからすぐ電話をかけた。数コールでその人は出た。

 

『つづりん? どーした』

「月影をどうにかしたい」

『……よくわかんねぇけどなんかヤバイ感じだぁね。ちょっと待ってな。こっちの野暮用済ませるわ』

 

 直後電話から凄まじいノイズと女性の悲鳴が飛び出し、数秒後に『これでしばらく寝てんだろ』と呟きながら電話口に戻ってきた。

 

『んで、月影ってのは? 総理大臣のことかい?』

「そう」

『半殺しにすれば?』

「それをやったら母さんたちが悲しむ」

『あん? ……あー、あン時のか。それでうちね。大体把握したわ』

 

 話が早くて助かる。余計な言葉を喋ってたら感情が爆発してしまいそうだ。

 

「どうすればいい?」

『そうだなぁ。月影のことはうちに任せて、一旦何とかして気持ちを落ち着かせな』

「無理」

『じゃあ頭ン中で月影ぶっ殺してたら? 実際にヤッちまうのはダメだが、妄想する分には別にいいだろ』

「……わかった」

『それが済んだら一日くらい時間空けてまた電話しな。状況整理でグダってイラつきたくないだろ』

「……そうだね、ありがとう」

『他にイラつくことあったか?』

「ないよ」

『うい。んじゃまた明日』

 

 そう言って寧音は電話を切った。

 終始打てば響く調子で淡々と受け答えをしてくれたお陰で、暖簾に腕押しというのは変かもしれないが、感情をうまくすかせたような気がする。

 それでもふと思い返してしまい怒りが再燃しそうになるが、その度に寧音に言われた通り頭の中であの憎き男に銃弾を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 しばらく繰り返しているうちに段々と下火になり頭の巡りが良くなってきたころ、エレベーターから出てきた黒鉄君とばったり出くわした。

 

「やあ黒鉄君。今からパーティに参加するの?」

「一回抜けて着替えてきたんだ」

「変な格好で行って笑われたの?」

「そんなんじゃないよ。服が破けちゃってね」

「あらら」

 

 着替えてきたと言う黒鉄君はピシッと締まった黒のスーツで、いつもの制服やスポーツウェアの時とは違う雰囲気だ。

 会社に勤めてますと言われても疑いはしないくらいには似合ってる。会社員にしてはガタイが良すぎるからそれはそれで疑われちゃうか? 

 物珍しい物を見て感心していると、それは黒鉄君も同じだったようで目を大きくしていた。

 

「理事長みたいだね。よく似合ってるよ」

「新宮寺さんが選んだやつだからね、これ」

「なるほど」

「警備中もこれ着てないといけないんだってさ。堅苦しいったらありゃしない」

「それは大変だね……着慣れないものってなんかそわそわするよね」

「ね」

 

 適当な雑談を交わしながら扉を開けると、待っていたと言わんばかりに代表生たちの視線が一点に集中した。

 

「おーようやく帰ってきたんか……って言ノ葉!?」

 

 その中でも一際強い存在感を放つ、バンダナをした偉丈夫がこっちがびっくりするくらい大袈裟に驚いた声音を上げた。

 

「ホンモンかいな!?」

「お久しぶりです。諸星先輩」

「今年は出禁やーいうて来ぃひんって聞いてたのに、しれっと代表生になっとったんかい!」

「いえ、ボクは警備員として駆り出されただけです」

「なんや、じゃあ出禁って話はホンマなんか」

「えぇ、まぁ」

「くぅーっ、東堂の奴もおらんし、ホンマ悔しいわ。ワイ今年が最後なんやで? 勝ち逃げはズルいやろ〜。今年マジで楽しみにしとったのになぁ」

 

 すごいグイグイきて圧倒されつつも何とか相槌を返す。

 この人とは……というか、去年の七星剣舞祭では他校との交流なんてしてなかったんだけどなぁ。

 証拠に諸星先輩以外の去年も参加していた人たちからは遠巻きに見られるばかりで、あまり歓迎はされてない感じだ。

 それもそのはず。ボクの戦い方は相手の出鼻を挫くどころかそのまま叩き潰すというものだ。彼らからすると満足に実力を発揮できずに瞬殺されるのだから面白いとは思わないだろう。ボクの出場禁止処分を喜んだ人も少なくないんじゃないか。

 

 にも関わらず、その最大の被害者と言える諸星先輩がこんなに良くしてくれるのは何故なんだ。

 そんな疑問など露知らず、諸星先輩は隣の黒鉄君に目線を移した。

 

「まぁ、代わりに《七星剣王》が見込んだっちゅうおもろい男が来よったからよしとするわ」

「恐縮です」

「楽しみにしとるで。ところで黒鉄、明日の晩飯もうどこで食うとか決まっとる?」

「特に考えてないですが、ホテルのレストランで済ませようと思います」

「アホ! せっかくはるばる大阪まで来たんやから、その土地の名物を食っとかんと!」

 

 ニィッと奥歯を覗かせ、弾むようなリズムでポンポンと話を進めていく諸星先輩。

 試合に入った時の彼しか知らなかったから、普段はこんなに陽気な人なのかと面食らう。

 小動物くらいなら睨んだだけで殺せそうな迫力があるのにすごい切り替えの良さだ。

 そう言えば東堂さんなんかも試合モードと普段の差が激しかったりするし、そういうのを使い分けてるのだろうか。ボクには縁の無いことだから不思議な所だ。

 

 二人の会話を右から左に聞き流していると唐突に水を向けられた。

 

「せや、言ノ葉も来いひん?」

「あ、すみません、何の話でしたっけ」

「明日の晩飯や。黒鉄と大阪で一番美味いお好み焼き食いに行くんや。言ノ葉もどや?」

「は? え、黒鉄君も?」

「なんや、コイツと一緒は嫌なんか? 随分仲良さそうやったけど」

「いやそうじゃなくてですね。明日って大会前日ですよね?」

「せやな」

「初戦は黒鉄君とですよね?」

「せやな」

「……えぇ……」

 

 刃を交える相手と前日の晩に一緒にご飯を食べるって……。

 なんか、色々気まずかったりしないのかな。お互い顔と名前は知ってるだろうけど一応初対面だろうし。

 それに変なものを仕込まれたり、試合が正当に決着しても八百長だなんだって野次られても文句言えないぞ。ただでさえ黒鉄君は世間的に不利な立場にいるんだから尚更だろう。マスコミの目敏さなめるなよ。

 

 そういうことわかってるんだろうな、と黒鉄君に目線で問うと、

 

「?」

 

 全くわかってなさそうな顔で返された。それどころかちょっと楽しみにしてる節すらある。

 

「おいおい……」

「細かいこと気にすんなや。んな汚いやり方でのし上がっていけるほどこのステージは低くないって知っとるやろ。純粋にこの男の人となりっちゅうもんに興味があるだけや」

「じゃあ何故ボクまで……?」

「そりゃ去年出来なかったからに決まっとるやん」

「……ちなみに、いつ誘おうと……?」

「決勝前日。ワイと戦う奴と食いに行くのが好きなんよ」

 

 嘘だろ……そんなの絶対行くわけないじゃん……。

 この強引さ、もしかして部屋とかに張り付かれたりしてたのだろうか。怖すぎる。部屋で射的してて良かったぁ……。

 

「まぁ、今年はフリーなんで行きましょうかね」

「やりぃ! 決まりやな! ほな明日の午後5時エントランスで集合や! 今度は逃さんでぇ!」

 

 勝ち逃げのことを言ってるのか、部屋に張り込んでいたことを言ってるのか。確かめる勇気はボクにはなかった。

 

 ちなみに、この話を新宮寺さんに持ち帰ると心底呆れられた。

 

「お前、何故私と共に大阪に来たのか忘れたのか?」

「……あ」

「まぁ、学生の思い出は学生の時にしか作れんものだ」

 

 結局、新宮寺さんが陰から同行することで丸く収まった。

 ほんといつもいつもご迷惑おかけします……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。