銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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33話

 とあるホテルの一室、暁学園襲来のニュースを垂れ流す小さなテレビラジオをケタケタと嘲笑う者が一人。

 

「いやぁ、めでたしめでたし。ボクがいなくても大丈夫そうで安心したよ。迷惑かけたね、王馬くん」

「オレは貴様らの事情など関知しない。月影に言え」

「それもそっか。めんどくさいからしないけど」

 

 王馬は胡乱げに瞑目していた眼差しを投げかける。

 

「くだらん話は要らん。用件を言え、平賀」

 

 グチャグチャに砕かれた面と襤褸雑巾のような有様の外套。幽衣の怒りによって破壊された『平賀玲泉』の機体がそこにいた。それを操るは肉体を霊装そのものに置換してみせたオル=ゴール。

 文字通り手足が無いので、代わりの機体を用意するのも面倒だからと壊れた機体を王馬の元へ遣わしたのだった。

 

「話を聞いてほしいなぁって思ってね」

「他をあたれ。なぜわざわざオレに言う」

「あーだこーだ口答えされるの面倒だからさ。黙って聞いてくれそうな人がキミしかいなかった」

 

 酷く投げやりで無責任な言葉に思わず呆れて溜息が出る。

 オル=ゴールとしては綴に生きていることがバレると今度こそ殺されると考えているので、綴と接触する可能性の高い計画のメンバー、とりわけ月影にバレるのは何としても避けなければならないのだが、自分と同じ『例外』と話をするという得難い機会を与えてくれた礼として、形だけ誰かに話を通しておこうと思ったのだ。

 つまり、物言わぬ壁に語りかけるのと大差ない、ただの自己満足の独り言を聞いてほしいだけなのだ。

 しかし人選は的確だ。幽衣は間違いなく激怒してままならないだろうし、サラと天音はそもそも取り付く島もない。

 お嬢様とメイドについては、単純に相手をするのが面倒そうなので論外だ。

 

 必然的に王馬しか残らないのだが、誰に対しても無関心故に取り立てて無碍にせず、主体的に月影に報告することもないと来た。実は一番理想に沿った相手だった。

 暁学園という超個性の闇鍋パーティをそれなりにまとめていたリーダーなだけあった。

 その見当通り心底鬱陶しそうにしながらも聞く態勢をとった王馬に告げる。

 

「ボク、諸事情で計画から抜けるから後は頑張ってねー。リーダーは多々良さんあたりがお勧めだよ?」

「それだけか? ならさっさと消えろ」

「ぶっきら棒だなぁ、まったく。まぁ、それはもののついででさ。本当はキミに用事があったんだよ」

「まだあるのか」

「親切なボクからチームメイトのよしみで忠告をしに来たのさ」

「……忠告だと?」

 

 上からの物言いに王馬の気が膨らむが、オル=ゴールは気に留めなかった。

 

「キミ、ステラちゃんとかいうお姫様に入れ込んでるみたいだけど、程々にしといた方が良いと思うよ」

「余計なお世話だ」

「まぁそう言わないでさ。彼女は生まれながらの《魔人》だろ? こういう手合いは突っつきすぎると何しでかすか分かったもんじゃないよ」

「見てきたような口振りだな」

「見てきたっていうか、今まさにそういうことになっててさぁ。ボクの糸が片っ端からぶっ壊され続けててもう大変なの」

 

 元の膨大な魔力量に加えて自身の肉体をも魔力源として扱えるオル=ゴールだが、今の彼のネットワークは以前の1%にまで縮小していた。

 その元凶は綴の《貫徹》。オル=ゴールという人格を持った人間を必ず殺すという意志を持った弾丸がオル=ゴールそのものとなった霊装の糸を破壊し続けているのだ。

 ほぼ全ての魔力リソースを糸の生成に回すことでようやく弾丸による破壊と糸の再生が拮抗している状態だ。少しでも緩めれば今度こそ問答無用で撃ち抜かれて死んでしまう。世界を丸々掌握できる規模の魔力量を用いてこの有様なのだから恐ろしい。

 

 自分含めてそうだが、《魔人》になるような人間は常軌を逸しているに決まっている。自分の尺度で測れる代物じゃない。

『普通』というものがわからない『例外』そのもののオル=ゴールが『例外』をも理解できないとは皮肉なものだった。

 

「キミの趣味に口を出すつもりはないけどさぁ。あんまりステラちゃんをイジメすぎると変なスイッチ入っちゃってぺちゃんこにされるよ」

 

 オル=ゴールは身をもってぺちゃんこにされ、恐怖のどん底に叩き落とされた。

 暁学園から身を引くのも綴に生きていることを知られたくないからだ。

 綴がオル=ゴールの生存を知った時、間違いなくとどめを刺しにくる。実際はそうはならないが、綴の周辺から糸を撤退させたオル=ゴールに彼女の変化を知る由もなく、綴に関するあらゆる事には近づかないと決めたのだった。

 

 どんな相手だろうと興味の赴くままにちょっかいを出していたのを、底がわかった相手にしか手を出さないようにすると決意させるほどの恐怖。

 新しい境地を見つけたことは嬉しいが、その対価が生きながらに死に続ける地獄を見るというのは割りに合わなすぎる。もう二度と味わいたくなかった。

 好奇心は猫をも殺すという諺が全てを言い表している。

 

 そんな実感の篭った忠告はオル=ゴールを知らない王馬が共感出来るはずもないが、

 

「本望だな」

 

 どちらにせよ本懐が変わらない王馬は一笑に付す。

 

「あの日以上の絶望を与えてくれるのならば、オレは喜んで逆鱗に触れよう。目醒める前に潰れるようであれば見込み違いだったに過ぎん」

「うわぁ……キミってもしかしてマゾ……? まぁ、好きにすればいいんじゃない? 忠告はしたからね」

 

 やっぱり『普通』って意味不明だなぁと的外れな感想を抱きながら壊れかけの傀儡から糸を引き抜いた。

 忌々しそうに視線を切り、瞑目する。その目蓋の裏に事件の終幕を浮かべながら。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 王馬とステラの戦いは、戦いにすらならなかった。

 相手は自分と同じAランク騎士。初手から全力で叩き潰すべきだと判断し、己が必殺の伐刀絶技《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサルティオ・サラマンドラ)》を撃ち放った。

 この一撃に対する応手で相手の力量を見極める心算のステラだったが、彼女の本気を前に王馬は、

 

「……失望したぞ、《紅蓮の皇女》」

 

 心底からの怒りを露わにし、自らの持つ最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)で豪炎を消しとばした。

 拮抗などなかった。魔力により剣の形に編み固められていた光熱は王馬が放った暴風に吹き飛ばされ、その後ろにいたステラを飲み込み、校舎ごと破壊し尽くした。

 圧倒的強者として名を馳せていたステラが一蹴されるというあまりの現実に敵味方問わず誰もが呆然としたが、王馬は忿怒の形相で平伏すステラに詰め寄った。

 

「世界最高の魔力量を持つ貴様の全力がこの程度だと? オレを侮辱するのも大概にしろ……!!」

 

 謂れのない怒りを向けられるよりも、無敵を誇った《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサルティオ・サラマンドラ)》を真正面から叩き潰されたことが精神に大きなダメージを与えた。

 ステラにはこの事態に対する経験がない。経験がなければ、対応も出来ない。

 暴風で綺麗になった道を悠然と歩いてくる王馬があまりに巨大に見える。完全なる上位者と認めさせられ、その荒ぶる怒気に晒されたステラは心胆を竦ませた。

 だが、ステラはそれで終われるほど矮小な存在ではなかった。

 

「この……ッ!!」

 

 ダメージにより手足は震え、怯えに身を蝕まれながらも、それらを恥だと断定し、恐怖を意地で塗り替えた。

 反撃の兆しを見た王馬は足を止め己の霊装《龍爪》を緩やかに構えた。

 そこに魔力放出で爆発的な加速を得たステラが突貫する。

 

「ハアアアアア!!」

 

 乾坤一擲。跳躍の一蹴りで背後にあった校舎の残骸を吹き飛ばし、その運動エネルギーを大剣にそのまま乗せる。

 並の伐刀絶技(ノウブルアーツ)なら歯も立たないパワー。何の小細工もない純然たる暴力。

 しかし。

 

()()

 

 眼前に《龍爪》を掲げる。

 二人の霊装が衝突し、もはや音ではなく衝撃と形容すべき戟音が物理的な質量を持って周囲一帯を殴りつける。

 

『うわああああぁぁぁ!!』

 

 Aランク騎士の異次元の戦いによって手を止めざるを得なかった両陣営は、魔力で身を守り身体を丸め、その場に辛うじて踏ん張るのが精々だった。

 それほどの衝撃の震源地である王馬は石造のように動かず、これを受け止め切った。

 苛酷極まる訓練の果てに進化した鋼鉄の筋肉のみで、真正面から堂々と。

 ギリギリと鍔迫り合いをするのはステラだけ。王馬の腕は震え一つせず押し潰す。

 鉄をも捻じ切る怪力がまるで通用しない。それがステラの心を乱暴にへし折っていく。

 

認識(せかい)が狭い」

「なん、の、ことよッ!!」

 

 悲鳴のような叫びと共に、至近距離からの火炎放射。全身から。《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》から。ステラを媒介としあらゆる軌道から王馬に炎を巻く。

 その有様は火葬そのものだ。一切の肉塊を焼却し灰塵と化す。仮に炎から身をかわせたとしても、炎熱により口を開くだけでも体内のあらゆる器官が焼け爛れるだろう。

 遠慮なんて欠片もない。相手の生き死になど今のステラに思慮できる余裕はなかった。

 

「虚弱な技だ」

 

 自身の周囲に竜巻を起こし、その風の刃でもって逆巻く炎の悉くを引き裂いた。

 当然、王馬の眼前にいるステラも例外ではない。

 

「キャアアっ!?」

 

 夥しい鮮血と共にステラの身体が宙を舞う。膨大な魔力から成る防御壁を容易く貫いた竜巻はそのまま天高く舞い上がり、内にある物質を切り刻む。

 台風に揉まれる凧のようにステラは弄ばれ、王馬が竜巻を解除したと同時に地面に叩き落とされた。

 

 呆気ない終幕だった。

 規模は破軍学園全土を巻き込むほどの凄まじさだが、その内容は一方的なもの。

 割り込めるはずがない。こんな異次元な戦い。輝かしい破軍の敷地はとうに消え、瓦礫という瓦礫が辺りを埋め尽くし、そこらじゅうから火の手が上がっている。

 誇張抜きで街単位を破壊し尽くしたのだ。それも、恐らく全力ではない出力で。

 その中心に立ち尽くす王馬はまさしく王者だった。

 誰もがその光景に圧倒され、動き出すことが出来なかった。

 

 ただ一人を除いては。

 

「《雷切》────!!」

 

 瞬きすら許されない刹那だった。

 王馬の真後ろから天にかけて一条の稲妻が迸る。五感を引き裂かんばかりの轟音と閃光が一帯を走り抜けた。

 この異次元な戦いに唯一ついて来れる刀華が息を潜め、一撃で決着が着く瞬間を狙っていたのだ。

 それが今。非の打ち所がない奇襲。

 

「トウカさん……」

 

 強化合宿で自分を打倒した存在の助太刀に思わず安堵の息が漏れる。

 これほど頼もしいことはない。自分が敵わなくとも、刀華なら。

 

 そんな淡い期待は、すぐに裏切られた。

 

「嘘……」

 

 奇襲を極めたはずの刀華が顔を真っ青に染めて茫然と呟く。わなわなと震える目線の先には、傷一つ付いていない王馬の堂々たる背中。

 自分の腕に跳ね返ってきた山を斬りつけたかのような感覚と合わせて、目の前のあり得ざる現実を理解する。

 

 一撃必殺を誇った《雷切》が無力にも敗れたのだと。

 

「大人しくしていれば良かったものを」

 

 ゆらりと幽鬼のように振り向いた王馬の瞳には底知れない呆れと侮蔑の色が浮かんでいた。

 刀華が隙を突けたのは当たり前の帰結だった。

 なぜなら、王馬ははなからステラ以外の存在など眼中になかったのだから。

 相手にならないのならばいてもいなくとも同じこと。

 刀華にとって隙だったとしても、王馬にとっては構う価値もない端した時に過ぎない。

 

 防御されたのならばまだわかる。そのぶん威力を殺され、本来の破壊力を発揮できなかったのだと言い訳出来る。

 だがこれはどうだ。

 この男は魔力の鎧すら纏わず生身で、無防備に必殺技を食らいながらも無傷で捨て置いたのだ。言い訳のしようがない。

 あまりの不条理。あまりの理不尽。

 その衝撃は百戦錬磨の刀華といえど、思考に空白の間隙が生まれるのも無理はなかった

 

「消えろ」

 

 一言と共に無造作な一振りを放った。

 それは王馬にとってはそうだったが、刀華にとってはそうではなかった。

 

《龍爪》の軌跡から迸った一陣の風の刃が、反応する暇すらなかった刀華の体を容赦なく突き破った。

 

「ガハッ!?」

 

 それだけに留まらず、風の勢いのまま刀華は遥か遠くまで突き飛ばされ、瓦礫に激突した。文字通り退場させられてしまった。

 格上だと信じていた刀華が赤子の手をひねるように始末された光景を見て、今度こそステラの心に絶望が満たされた。

 

 この男に敵うはずがない。心の底から認めた。認めざるを得なかった。

 

「貴様にはがっかりだ。《紅蓮の皇女》」

 

 遥か高みから吐き出された侮蔑にステラは平伏したままビクリと身を震わせた。

 怯えることしか出来なかった。一刀の元に身も心もズタズタに引き裂かれたのだ。ステラの自尊心はとっくに折れている。抵抗しようなどという反骨の意志は持ち得ない。

 何とかして体を翻し、ずるずると後ろに後ずさるステラの姿に益々怒りを募らせる王馬。

 

「自分より弱いとわかりきっている女に刃を向ける趣味はないが……、見捨てるにはあまりにも惜しい人材だ」

 

 ステラを眼下に収める王馬が無造作に彼女の首を鷲掴んだ。

 

「うぐっ!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そのまま足が地を離れるほど持ち上げた王馬の目を見て、ステラは混濁した意識の中でも鋭く悟る。

 今からこの男に徹底的に痛め付けられる。暴虐の限りを尽くし性根の底に恐怖と無力感を刻み付けるつもりだ。己の力ではどうしようもない敵意に晒され続け、何もかもが壊れるまで嬲るのだろう。

 その未来を確信させるものを王馬の瞳に見てしまった。

 なぜこの男に怒りを向けられているのか。なぜ自分はこんな目に遭っているのか。

 右も左も分からないステラは、ただ眼前に広がる絶望から逃れることに必死になるが、逃れようと渾身の魔力を込めて腕を掴んでも、ステラの尋常ならざる膂力を持ってすらびくともしない。

 最後の頼みの綱だった力業すらも敵わないと悟ったステラの目に漆黒の光が射した────その時。

 

「ソイツはご法度だろ、王馬ちゃん」

「!」

 

 音もなく王馬の体が遥か彼方まで吹き飛ばされた。一拍置いて凄まじい陣風がソニックブームと共に突き抜けた。

 からんと音を鳴らして着地したのは派手な和装をした女性。

 

「ネネ……先生……」

「おう。みんな大好き寧音さんだぜ。遅れて悪かったね」

 

 超音速で飛んできて王馬を蹴り飛ばしたのだ。遠くで何かに激突し砂塵を巻き上げたのを見て初めて事態を認識した。その程度のことに時間を要するほど追い詰められていた。

 恐怖から解き放たれた安堵との落差でそのまま意識を落としてしまったステラを抱きとめ、険しい表情で砂塵を見遣る寧音。

 

「《覚醒》のことを知ってるって感じだね。どこで知った」

「教える義理はない!!」

 

 一瞬の後に肉迫した王馬の野太刀を鉄扇で受け止めると、莫大な衝撃波が寧音の背後へ迸った。新幹線に撥ねられたかのような力量だ。

 ただの魔力放出による強化では説明がつかない膂力。それを見てとった寧音は、リトルリーグから姿を消し闇の道を歩んできた王馬の背景を読んだ。

 

「やれやれ。昔からやんちゃボーイだとは思ってたけどそこまで自分を追い込むかい。それとも、追い込ませる何かがあったとか」

「そうだ……! 今のオレならそれを跳ね除けられるはずだ! それに足る存在がその女のはずなんだ!!」

「だからって今のステラちゃんにそれを求めるのは時期尚早ってやつさね。力で追い込んでも大概の奴は潰れちまうもんだ」

「オレより優れた魔力を持つソイツが、オレ程度の力に屈するはずがあるかッ!!」

「今まさに潰れかかってただろうがよ」

 

 王馬から送り込まれる力をそのまま跳ね返し、両者の間に空間が生じる。

 連続して起こる面倒事に辟易し始めている寧音は苛立ちを隠さずに言う。

 

「いいかい王馬ちゃん。確かに命の危機やそれに類いする絶望感によって《覚醒》に近づくこともあるかもしれねぇ。王馬ちゃんがそうだったようにな。けどそいつは邪道も邪道、禁じ手なんだよ。誰もがそいつに向き合えるなんてわけねぇだろ。だから秘匿されてんだ」

「腑抜けた環境にいるからその女は腐り果てている。それがどれほど愚かしいことか、ぬるま湯に浸っている貴様ならわかるだろう!?」

「……わからなくもないがね。テメェの所感を他人に押し付けるのをやめろっつってんだよ」

 

《覚醒》は生半な研鑽や才覚で行き着ける領域ではない。あらゆる努力を惜しまず自分にできる研鑽の全てを尽くし、その果てに見えた可能性限界を前にしてもなお諦めずに進もうとする強烈な自己(エゴ)。それが大前提にある領域なのだ。

 王馬はそれがあったからこそ完膚なき絶望に立ち向かえたのだろうが、ステラがそうだとは限らない。魔力量の多寡が問題ではないのだから。王馬の言葉を借りるならば、ぬるま湯に浸っているからこそ、その衝撃に耐えられない可能性の方が高い。

 恐らく王馬はその前提が必要であることを知らない。その条件が自分の生き方そのものだから。

 しかも此度の蛮行は、ステラの事情を度外視してただ己の成長の足掛かりにするためだけに行っていたのだ。あまりの傍迷惑さにさすがの寧音も閉口してしまう。

 

「オレはあの絶望を超えられさえすれば何でもいい。その女が使い物にならないのならば貴様でも構わないぞ、《夜叉姫》」

「……良い加減お利口ぶるのは疲れてきたところなんだ」

 

 パチリと鉄扇を閉じるとともに空間に亀裂が入ったかのような緊張感が走る。

 あくまで自己中心的な王馬に、気の短い性分の寧音が抑えられるはずもなく。むしろよくぞここまで自重できたと自賛したい心持ちだ。

 言ノ葉綴という超弩級の爆弾の管理をしていたからかそこそこの堪忍力が養われたらしいが、それもここまで。

 クソガキ一人躾けるくらいなら文句言われねぇか、と頭の中がプッツンしたその刹那。

 

「おい! どうなってんだこりゃあよ!!」

 

 アリスをヴァレンシュタインに届けたあと、すぐこちらへ引き返してきた多々良が声を割った。場を任せていたのにいざ戻ってきたら呆然としている両陣営と、その彼らの視線の先で睨み合う王馬、そして大阪にいるはずの《夜叉姫》。

 完全に計画が破綻している現状に素っ頓狂な反応が漏れたのだ。

 

「マジでテメェらやる気ねぇだろ!? どうなってんだクソが!!」

 

 良くも悪くも場違いな多々良のお陰で緊迫した空気は白け、衝突は免れた。

《夜叉姫》という埒外が相手では分が悪すぎると判断した多々良が速やかに撤退を命じ、そうして破軍学園襲撃から端を発した騒動《前夜祭》は閉幕を迎えたのだった。

 


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