銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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32話

 暁学園による破軍学園襲撃事件は、すぐに破壊し尽くされた破軍学園本校舎の映像と共に、全国に大ニュースとして報道された。

 この未曾有の蛮行を行った暁学園を名乗るテロリストに対し、七星剣武祭運営委員会はすぐさま暁学園のメンバーの学生騎士資格刻奪も視野に入れた強力な責任追及を開始。

 誰もが彼らは厳罰に処され、逮捕、拘禁を前提とした七星剣武祭の出場禁止令が出るものだと確信していた。

 だが、暁学園の理事長を名乗る人物の登場により、状況は一変する。

 暁学園理事長として名乗りをあげメディアに出てきた中年の男の名は、月影獏牙。

 現職の内閣総理大臣、すなわちこの日本という国の最高責任者だったのだ。

 彼は責任追及の場で、謝るわけでもなければ、申し訳なさそうにするわけでもなくあろうことか清々しい笑顔で語りだしたのだ。

 国立の暁学園による七星剣武祭制覇を以て、《国際魔導騎士連盟》に支配されている現在の伐刀者養育体制を終わらせ、日本の主権を取り戻す、と。

 その演説を機に事態の流れは誰もが想像もしない方向へと展開を始める。

 警察も、司法も、全てが暁学園の蛮行に対し一切のアクションを起こさず、それどころか『破軍学園襲撃事件はただの誤報。全ては合意の上での練習試合の中で発生した事故である』という主張が、さも真実であるようにまかり通り始めたのだった……。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「本当にすみませんでした」

 

 破軍学園襲撃事件の顛末を語った新宮寺さんに対してボクは謝った。

 もう月影との不干渉契約を守るつもりは毛頭ないけど、暁学園が明るみに出た以上、ボクの関係性は話しておかないといけない。

 ボクが知っていたのは暁学園創設の経緯とメンバーだけだ。

 テロリスト集団がどうやって大会に参加出来るんだと疑問に思っていたが、あそこまで乱暴なやり方で来るとは思ってもみなかった。

 

 後になって思えば、メンバーが名目上所属していた七つの学園の中で唯一欠けていた破軍が怪しいに決まっていた。

 月影は言っていた。ボクが参加しなくとも遂行できるよう計画を整えていると。ならば破軍にも既に潜伏させていて、それをボクに知らせなかっただけだと気付くこともできたはずだ。

 

「思想に賛同しなかった以上、計画の内容を知らせないのは当然だ。お前が責任を感じる必要はない」

 

 新宮寺さんはそう言ってくれたものの、やはり犯罪予備軍の存在を黙っていたのはダメだった。

 なぜ黙っていたかといったことを始め、ボクが今回関わった全てを白状すると、新宮寺さんは忌々しそうに顔を顰めた。

 

「難しい問題だ」

 

 ふぅ、と紫煙を吐き出して、煙草を針山のように突き立っている灰柄たちの中に突っ込んだ。

 

「確かにお前は《魔人》という極めて特殊な立場にある人間だ。相応の責任が求められることもある。しかしそれ以前にお前は学生なんだ。社会を経験していない子供に判断を求めるべき領域ではなかったのは明白だ。それをフォローしてやるのが私たち大人の役目なのだからな。

 月影先生はそれを誤魔化し、出来そうだと演出したに過ぎん。やってることは詐欺師と同じだ。お前に咎はないだろう」

「ボクはどうすればよかったんですか……?」

「どうしようもなかっただろうな。メンバーが分かっていても計画の内容がわからなかった以上、こちらに出来ることは何もなかった。仮にわかっていても、今回の騒動のように政府の力を振るって封殺してきたはずだ」

「そう、ですか」

 

 ため息をこぼしながら新宮寺さんは新しい煙草をくわえた。

 

「だが、未だに信じられん。月影先生がこんなことをするなんて……」

「先ほどから月影を先生と言ってますが、顔見知りなんですか?」

「私が破軍に在籍していた頃の理事長だった。実際に面倒を見てもらっていた時期もある。とても理知的で常に先を見据えている人物だった」

「理知的ですか。家族を人質に取って従えようとするヤツが」

「政治家になってから変わってしまったのかもしれんな。もうコンタクトを取ってくることはないだろうが、なるべく関わらない方がいい」

「言われずともそうします」

 

 父さんと母さんを傷つけた報いを受けさせた後に、だが。

 

「ともかく、よく話してくれた。事件の全貌が明確になった」

「新宮寺さんはどう思いますか? 世界の均衡がどうのとかいう話は」

「私も世情に精通しているわけではないからあくまで一個人の感想として聞いて欲しいが、筋は通っていると思う。実際に戦争が起こった場合に連盟は戦略的に大きなハンデを負うことになる。負け戦と決め付けるには早計だと思うが、鞍替えを考えるには十分な理由だ。

 しかし現実としてそれが叶うのかと言われればかなり怪しい。実利に見合わないと言った方が正しい」

 

 一旦話を区切り、ボクの顔を見た。すぐに呆れた風にため息を吐いた。

 

「自分から話を振っておいて面倒臭そうな顔をするのはどうなんだ」

「その、良いか悪いかくらいしか興味なくて……」

「善し悪しの背景も知った上で自らの意志で判断するからこそ意味がある。仕方がなかったとは言え、月影先生の言葉を丸々鵜呑みにし、思考を放棄したのも今回の騒動の一端になっている。

そういった判断の仕方を学ぶには考える以外にない。これも良い機会だ。なるべく簡潔に話してやるから聞いておけ」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。大人しく聞く態勢を取ると新宮寺さんは満足そうに頷いた。

 

「明らかに不利な立場にいる敵が仲間に入れて欲しいと頼んで来たらお前はどうする? 素直に仲間にするか?」

「敵なんですよね? 信用できないから断ります」

「ならばソイツが敵陣営のエース的な存在だったらどうだ? つまり敵の中で一番優秀な奴が申し出てきた場合は?」

「うーん……なら受け入れます。敵の戦力を削げるので」

「良い判断根拠だ。だが信用できないという点はどうするつもりだ?」

「条件を付けるとかで制限するとか……ですかね? どういう条件をつければ良いのかわからないですけど」

「そう。今回の日本の立場がまさしくそうなんだ。日本が同盟に鞍替えするとなると絶対的に立場が悪い。幾らでも足下を見られる。後がない日本はどんな条件でも呑まざるを得ない」

「……なるほど。それで見合わないと」

 

 沈痛な面持ちでの肯定に納得せざるを得なかった。

 

「ですが、ならどうして月影は鞍替えをしようとするんです? 素直に戦った方がまだマシなように思えます」

「恐らく地理的な問題だろうな。目と鼻の先に中国があり、そのバックにロシアとアメリカが控えている。言うまでもないが、全員《同盟》だ。対して《連盟》加盟国の殆どが日本の背後にある。つまり仮に戦争が起こった場合に最も戦火に晒されやすい場所にあるんだ。

その被害は尋常なものではない。実際、先の大戦で日本が無事でいられたのも《大英雄》黒鉄龍馬と南郷先生の尽力があってこそ。今回も同じように上手くいくと考えるのはあまりに楽観的だ……」

 

 聞いたところによると、寧音は一度、冗談抜きで日本列島に風穴を開けようとしたことがあるらしい。それが《魔人》という力であり、国が総力を上げて死守する戦力だ。

 そんな奴らが全力でぶつかり合う戦争の舞台に日本が選ばれたら……。ボクでも容易に想像がついてしまう。

 

「月影先生も苦渋の決断だったのだろうな。たとえ一方的な交渉になろうとも、日本という国が存続できるのであれば構わないと」

「よくわかったんですが、なら《連盟》はどうするんです? 日本に抜けられたらすごい困りますよね? なんで見過ごしてるんです?」

「すごい困るからこそ七星剣武祭という公の場で挫こうとしているとも見える。結局のところ日本は民主主義国家だからな。国民が反対すれば総理の月影先生も引き下がらざるを得ない。逆に言えば国民さえ頷いてくれればそれで良い訳だから今回の計画も脱《連盟》の気運を煽るためだけのものにしているのだろう」

 

 段々と難しい話になってきたな。

 そんなボクの機微を目敏く察した新宮寺さんは「ざっくりとだがこれで全てだ」と言い、新しい煙草を取り出した。

 

「お前が世情に興味がないのはよく分かっているが、いずれお前は厳しい選択を迫られる立場にある。後悔のないよう良く考えておけ。相談くらいならいつでも乗ってやる」

「ありがとうございます」

「私も同じような立場にあったからな。多少は力になれる」

 

 そう言う新宮寺さんの顔はなんだか浮かない色だった。憂いか遠慮か。判然としないものだったが、それも一瞬のことで普段の厳格な表情に戻った。

 

「そういえば黒鉄の所には行ったのか?」

「え? 黒鉄君?」

 

 なんの唐突もなく出された名前をおうむ返しすると、新宮寺さんはなんて事もなしに言う。

 

「入院の必要はないと聞いているが様子を見に行くくらいはしてやったらどうだ」

「ちょっと待ってください。黒鉄君が入院ってなんですか? 全然話が見えないのですが」

 

 すると怪訝そうに眉を顰めた。

 

「破軍襲撃の詳細を寧音から聞いていないのか」

「えぇ、まぁ」

「……確かにわざわざ伝える意味もないか」

 

 ひとりごちた新宮寺さんが厳かに告げる。

 

「黒鉄が《比翼》と戦ったんだ」

「《比翼》!?」

「なんだ、それは知っているのか。なら話が早いが、彼女に手酷くやられたらしい」

「……え」

 

 想定外の通告に頭が固まる。

 黒鉄君が……負けた? 

 自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返すと、胸の内にもやっとした感覚が込み上げてきた。

 一連の響きがどうしようもない不快感を与える。自分でもよくわからない感情の発露だ。

 

「ほう。お前がそんな顔をするんだな」

「え?」

「何でもない。丁度黒鉄にも話があるから奴を呼ぶついでに行ってやればどうだ?」

「……そうします」

 

 笑みを噛み殺したような顔をしているのが不思議だが、それよりも一刻も早く彼の下に行きたい思いに駆られて理事長室を後にした。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 黒鉄君の自室に行ってみたがステラさんもいなかった。すぐ見つけられなかったことに多少の苛立ちを覚えながらも、次の当てを探りに踵を返した。

 自室にいないのならば此処だろう。その見当は当たっていた。

 人気がなく閑散とした校舎裏。いつもボクらが訓練に使っている場所に黒鉄君はいた。

 

「あれ、言ノ葉さん」

 

 一心不乱に剣を振るっていた黒鉄君がボクの気配に気付き、意外そうに目を見張った。

 びっしりと汗をかき荒い呼吸をする姿は普段の訓練中の彼と全く変わらず、それが何も隠すことがないですよと言っているようで無性に腹が立った。

 

「帰ってくるのはもう少し後……じゃなかったっけ……?」

 

 にじり寄ってくるボクの顔を見て、じりじりと言葉尻が萎んでいく。

 無言で眼前に立ち止まるとびくりと顔を引きつらせた。

 

「……なんか、怒ってる?」

「わかんない。けど良い気分じゃないのは確か」

「えぇ……」

「気持ちの整理したいから話に付き合ってよ」

「いいよ。丁度休憩しようと思ってたとこだし」

 

 黒鉄君は気を悪くすることもなく、ベンチに置いているタオルを取って腰掛けた。

 

「……ごめん。理不尽な物言いをしてるのはわかってるんだけど」

「何か理由があるんだろう?」

 

 さもありなんと一つ隣にずれた。そこにボクが座り、話の切り口を探す。

 

「さっき新宮寺さんから聞いたんだけどさ。《比翼》に負けたって話、本当?」

「本当だよ。言い訳の余地もないくらい完璧に負けた」

 

 黒鉄君はいっそ清々しいくらい簡単に認めた。しかしその表情は硬い。

 

「敵を前に怖いと思ったのは初めてだったな。こうしてる今でも嫌なイメージを拭えてない」

 

 いつもより早い時間から此処に来ていたのはそういう理由だったのか。

 黒鉄君は深く目を瞑って雑念を払うようにかぶりを振った。

 

「それがどうかしたの?」

「……それが嫌だったの」

「え?」

「キミが誰かに負けたっていうのがどうしようもないくらい嫌だ」

 

 新宮寺さんから聞いた時の印象を素直に口に出していくと、だんだんと謎の不快感に形が与えられていくようで、そのまま思いの丈を吐き出していく。

 

「ボクとキミは友達である以上にライバルでもあるんだよ? それに一番になるっていう同じ志を持って毎日僅差で競い合ってるのに。キミが負けたらボクも負けたみたいじゃん」

 

 ここまで言葉に出来ると不透明だった自分の気持ちの正体が分かった。

 

「ボクに負けるのはいいけど、ボク以外の人に負けるのは許せない」

 

 基本、ボクはボクが良ければそれ以外のことはそれでいいやと割り切って生きてきた。勿論家族や矜恃が傷付けられたら黙ってられないけど、我ながら独り善がりな性分だと思う。

 けれど、いつの間にか黒鉄君に関してはかなり敏感になってしまっていた。

 思えば出会って間もなく気を割いてたけど、黒鉄君の生き方とか考え方が好きだから応援したいという思いが強かった。他人事という認識が根底にあったのだ。

 

 それが今、明確に自分事だと捉えている自分がいる。

 黒鉄君が喜んでいるとボクも嬉しいし、傷ついていたら悲しく思う。家族や矜恃に向けている想いと同等のものを黒鉄君にも向けている訳だ。

 

 ボクが黒鉄君に求めているものは親友の関係で収まらなくなった。それ以上に、ボクと張り合える無二のライバルであって欲しい。

 だから黒鉄君が負けたと聞いた時、真っ先に悔しいと感じた。

 

 黒鉄君が目を瞬かせて僕の顔を見入る。それから気まずそうに頬を掻く。

 

「言い訳するわけじゃないんだけど、相手はあの《比翼》なんだよ? 言ノ葉さん誰だか知ってる?」

「世界で一番強い人らしいね」

「……それなのにダメなの?」

「ダメ。嫌だ」

「容赦ないね……」

 

 乾いた笑みを浮かべる黒鉄君。確かに無茶苦茶な言い分だけど、それでもボクは冗談で言ってるわけじゃない。

 

「ボクは銃使いで一番になる。そんなボクが認めた人なんだぞ、キミは。キミが勝てないのはボク一人じゃなきゃダメだ。それが出来るくらいの実力と意志がキミにはあるんだから」

「そこまで行っても言ノ葉さんには負けるのか」

「当然。ボクが一番だもん」

 

 不満そうに唇を尖らせたが、ふっと力の抜けた笑みを浮かべた。

 

「でも、そっか……。気にかけてくれたんだね、僕のこと」

「そりゃあね」

「じゃあさ、そこまで言うんだったら僕もお願いがあるんだ」

「なに?」

「零の技術を教えてよ。今度こそエーデルワイスさんに勝つためにさ」

 

 意外な内容だった。

 これまで何度となく黒鉄君と模擬戦をして訓練しあっていたけれど、それはあくまで競い合いであって、黒鉄君が綾辻先輩にしていた教導ではなかった。

 ボクはあくまで『当たらない的』が欲しいからという理由で模擬戦をしていたし、剣術なんてズブの素人なんだからそんなこと出来わけない。

 見稽古できる黒鉄君にとっては教導してもらっていたようなものだったのかもしれないが、何にせよお互いに何か教えを乞うことは一回もなかった。

 それは畑違いなものだと思っていたからかもしれないし、単に意地を張っていただけなのかもしれない。

 

 けれど、今こうして不可侵とも思えた領域に黒鉄君が足を踏み込んだ。

 その心境の変化はどこから来たのか。その答えは、耐えるように唇を引き締めて目を伏せる彼の顔にあった。

 

 黒鉄君だって《比翼》に負けたことが悔しかったに決まっているのだ。何でもない風な態度を装っているだけで、内心はボクと同じかそれ以上の遺恨を抱えているはずだった。

 だってボク以上の負けず嫌いな人なんだもん。

 自分のことで頭がいっぱいになっていたボクは、そんな当たり前のことに気づく事に遅れた。

 そう思うと畑違いがどうとか気にするのが一気に馬鹿らしく感じた。

 

「いいよ。ボクに出来ることなら」

 

 こうして約一年半の付き合いで初めて友人に物を教えることとなった。

 が、やはりと言うべきか、これが途轍もなく難しかった。

 要望の通り零の技術、つまりは早撃ちのやり方から始めたものの、いつか言った通りボクにとって足を使って歩くようなものなので感覚を言語化するのが不可能だった。

 もちろん早撃ちを体得するまでに考えて実践してきた理屈や科学はたくさんあるし、余さず全て理解しているからこそ今のボクがあるわけだけれど、それを100%正確に伝えられる言葉がない。

 なので必然的にこそあど言葉が多くなって、

 

「そこをこうしたらここがこうなるでしょ? そしたら腕だけで振ろうにも振れなくなるじゃん。だから腕を振ろうとすると勝手に体全体で動こうとするってこと」

「こう?」

「近いけど少し違うな。ちょっと体借りるよ。こことここは動かさないで、そっちは円を描くイメージで────」

 

 という感じの非常にふわっふわな説明を、解りにくいだろうなと思いつつもひたすら繰り返していた。

 黒鉄君も体の内側の動作を説明しようとするときの名状に尽くしがたい感覚を解ってくれているから根気強く付いてきてくれたけど、やっぱり上手に伝えることは出来なかった。

 

 教える立場の人間が一番四苦八苦するという奇妙な絵面は何時間にも渡り、終わりを知らせたのはボクの携帯端末のコールだった。

 

『まだ黒鉄が見つからんのか?』

「いえ、随分前から一緒にいますけど」

『ならばなぜさっさと連れ帰って来ないんだ?』

「え? 何の話です?」

『……言ノ葉お前、まさかとは思うが、私が黒鉄に話があるから見舞いついでに呼んで来いと言ったのを忘れているんじゃないだろうな?』

 

 通話越しにも伝わってくる凄まじい冷気が記憶の彼方になった新宮寺さんのお遣いを思い出させた。

 空を見上げると日が沈もうとしていた。新宮寺さんの所に行ったのは午前だったから相当な時間が経過しているらしかった。

 

『もしもし』

 

 ジュリジュリ、と今日何本目か分からない煙草が灰皿に押し付けられる音が聞こえる。

 なんでこういうことって実際に言葉にされるよりわかりやすいんだろうね。

 

「……すみません。すぐに向かわせます」

『そうしてくれ。あぁそれと、たった今お前にもしないといけない話を思い出してな。お前も私の所に来い』

「この後晩ご飯の支度があるので……」

『来い』

 

 今度は返事すら待たれずにぶち切られた。

 

 結局、七星剣武祭の初戦の相手が去年準優勝した諸星先輩に決まったことを告げられた黒鉄君の隣で、「なんで遣いの一つも覚えられないんだ」とか「要らないところだけ寧音に似るな」とか普段のストレスをまとめて吐き出されるボクなのであった。

 この人には魔人関連で普段から結構な迷惑を掛けているので、甘んじて受けた。

 

 新宮寺さんの口がいち段落付いたのを見計らって尋ねる。

 

「そういえば部屋にステラさんいなかったけど、彼女はどこに行ったの?」

 

 大概黒鉄君と一緒にいるはず……というかどちらか一人でいるのを見た事がないので、さっき黒鉄君が一人で訓練していたのはかなりレアな光景だったりする。

 何気ない世間話のつもりで振ったのだが、返ってきたのは重い沈黙だった。

 

「武者修行に出かけたよ」

 

 割れ物を扱うような慎重さで言葉を選んだらしい。凄く言いづらそうだった。

 何でそんな辛そうな雰囲気なのかわからなくて首を捻っていると、新宮寺さんが助け舟を出した。

 

「暁学園襲来の折、黒鉄と同様にヴァーミリオンもまた敵にやられたんだ」

「えっ、あのステラさんがですか? というか、あの破壊され尽くした校舎ってステラさんがやったものだったんじゃないんですか?」

 

 ニュースで大々的に取り上げられていた大火事の跡地みたいな有様だった破軍学園の校舎。メディアは『こてんぱんにやられた破軍!』みたいな感じで報道してたけれど、どう見てもステラさんが派手に暴れた跡にしか見えなかった。

 いつもの偏向報道かという認識だったのだが、二人の様子を見るに違うらしい。

 

「大体はそうなんだが、あれは抵抗の余波に過ぎない。Aランク同士の戦いにしては小さく収まった方だろう」

「ということは……」

「《風の剣帝》黒鉄王馬だ。寧音が助けに入らなければ命が危なかったそうだ」

 

 これにはビックリだ。

 あのステラさんを本当に倒せるなんて。しかも僅差とかではなく圧倒的な勝利だったらしいし、一体どうすればあの化物を叩きのめせるのか。

 

「絶対の自信を誇るパワーの勝負で力負け。その事実にヴァーミリオンは実際に受けた生傷より深く傷付いたようだ。寧音に頼み込みに行くと言って飛び出したきりだ」

「げ、なんでアイツのところに行くんだ……」

「ヴァーミリオンの知る限り一番強い騎士がヤツしかいなかったからだろう。まぁ、私もヤツがまともに物を教えられるとは思っていないんだが」

 

 寧音を非常勤講師に任命したのは新宮寺さんだったはずだが酷い言いようである。ボクも同感だけど。

「だが」と新しい煙草に火をつけながら続ける。

 

「少なくとも『闘い』のことに関しては世界で最も信じられるヤツだ。敵を打ちのめすこと、人を壊すことに関してはな」

 

 そう言って紫煙をたっぷり吸い込み、吐き出した。なんだかんだ言って一番良い選択肢だと思っているらしい。

 まぁ、ボクも寧音のアドバイスが役に立ったことあったからなぁ。それで良いのかもしれない。

 

「雑談はこれくらいにしよう。三日後に大阪行きのバスを手配する。それまでに支度は済ませておけ。特に言ノ葉、今度は忘れるなよ」

「忘れません。絶対」

「よろしい」

 

 もう説教はこりごりだからね。

 煙草臭い理事長室を後にした日暮が差し込む通路の途上で黒鉄君が声を掛けてきた。

 

「言ノ葉さんも来るの? 七星剣武祭」

「うん。会場の警備に駆り出されてね」

「へぇ……。じゃあ試合は見れない感じ?」

「キミの試合の時は空けてもらうよう頼むから大丈夫」

「そっか。なら良かった」

 

 満足そうに頷く。

 ボクとしても暁学園の動きは気になるから警備の話は結果的に役に立って良かったりする。

 

「そんな調子の良いこと言ってるけど、一回戦で敗退なんて終わり方はやめてよ?」

「わかってる。勝つよ。厳しい相手との対決は今に始まったことじゃないからね。でも残念だったな」

「なんで?」

 

 黒鉄君は口唇を歪め、自信とも苦笑とも取れる笑みを浮かべた。

 

「とっておきを使わないといけなさそうだからさ」

「へぇ」

「言ノ葉さん対策でもあるから、君を驚かせたかったんだ」

「それっていつもの訓練で使えないの?」

「使えない。というか意味がないんだ。本当に小手先の悪知恵みたいなものだから」

「むー。なんでボクに使わないんだよ」

「あはは。詳しくはお楽しみということで」

 

 雑談しているうちに寮に着き、エントランスの前に立つ。夕日がガラスに反射し緩やかに暗くなり始める。それに反応したかのように寮内の蛍光灯が点灯した。

 

「いよいよだね」

「そうだね。去年は憧れることしかできなかったのに」

「今じゃ期待の新星だもんねぇ」

 

 もう黒鉄君を見下すヤツは少ない。誰しもが認めざるを得ないところまで彼は登り詰めてきた。後はそれが頂点に届くものかどうか。

 けれどボクは確信している。黒鉄君ならそれが出来ると。

 

「七星剣王になれよ。黒鉄君」

 

 言葉はなく、黒鉄君が力強く頷いた。

 

 




寧音に似ている所→ガサツ、夢中になると他を忘れる(私の勝手な解釈)、あとガサツ(重要)

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