銃は剣より強し   作:尼寺捜索

3 / 38
3話

 ダムが決壊したように滂沱の涙を流した黒鉄君は、しばらくして憑き物が落ちた晴れ晴れとした笑顔を取り戻した。それから心底恥ずかしかったのか、いろんな液体でベトベトになったボクの手をハンカチで拭きながら赤面。そして謝るのではなく、お礼を言ってその日は解散した。

 

 知り合って間もないボクがペラペラと諭しちゃったけど、たぶん彼にとっては良いきっかけになったんじゃないかな。

 いくら負けず嫌いだからと言っても、この世の終わりを目の当たりにしたような顔をするのは異常すぎる。

 それだけ黒鉄君の心が押し潰されていたということだし、それを独りで背負い込むことしかできなかったということだ。

 

 彼にとってあの異能と研鑽してきた技術が何よりの強みであるのと同時に、彼の心を支える唯一の柱でもあるのだ。

 だって、それ以外に他の人に勝てるものがないから。それだけは譲れないから。

 

 そんな不器用ながら一念を貫いている黒鉄君を、ボクは応援したい。かつてボクも味わった苦痛でもあるから。それを乗り越えられると知っているから。

 だから彼の訓練に付き合うことにした。ボクとしても対人の練習台を得られて一石二鳥だ。

 こんな時にも銃本位で考えるボクなのであった。

 

 ……それにしても、今まで銃以外全く見向きもしない生活を送っていたボクが、こうも誰かに入れ込むなんて変なこともあるもんだ。親近感を覚えたからかな。

 生じた疑問を他人事のように結論づけ、夜が更けるまで射的をした。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 ところで、破軍学園の寮は男子寮と女子寮に分かれているんだけど、ちょうど二つの住宅マンションがいくつかの架け橋を結んで建っているようなもので、寮監督がいるわけでもないから、やろうと思えば簡単に異性の寮に入ることができる。

 

 まぁ、何が言いたいかと言うと、黒鉄君がボクの部屋に入り浸るようになった。ものすごく変な誤解をされそうな字面だね。

 ちゃんと正しく言えば、黒鉄君の避難先である。

 

「また絡まれたの?ほら、手当てしてあげるから座りなよ」

「いつも申し訳ないね……」

 

 全身の至る所に傷を作っている黒鉄君は用意した椅子に腰掛けて苦笑いを浮かべる。

 見れば見るほど酷い怪我だ。穿たれたような傷もある。傷口から想像するに、鏃のようなもので刺されたもの。……また桐原か。

 

 つまり黒鉄君へのイジメがついに直接的な暴力にまで発展し始めたのだ。

 

 一週間前のことだ。寮の中庭で黒鉄君が今のようにボロボロの状態で気絶していたのが発見された。

 下手人は桐原。なんでも中庭で昼食を摂っていた黒鉄君に対し、奴がいきなり決闘をふっかけてきたらしい。

 もちろん黒鉄君は拒否。霊装の無許可の使用で罰則を与えようとしているに決まっているからだ。

 

 しかし桐原は無抵抗の黒鉄君を霊装で攻撃。当然のように実体化させているので本物の傷ができる。

 それでも黒鉄君は自分に戦意がないことを明白にするために回避すらせず、ひたすら攻撃を受け止めたのだという。

 その場には教師陣が陰から様子を伺っていたらしく、下手に動けば難癖をつけられて退学に追い込まれてしまうからと黒鉄君は言っていた。

 結局黒鉄君の読みは的を射ており、ギリギリ、処分されずに済んだらしい。それだけの暴挙に出た桐原は厳重注意だけで済まされた。あからさまな学園からの差し向けである。

 

 その日以降から黒鉄君はそういった襲撃を受けるようになり、その度に負傷した。

 傷も癒えぬ内に襲ってくるものだから黒鉄君も堪ったものじゃない。早々にボクにそのことを打ち明けてくれた。

 

 ボクの知らぬところでそんなことがあったとは夢にも思っていなかったから、ボクは自分の部屋を避難所として使うように言ったのだ。

 幸いボクは一人部屋なので、変な邪魔が入ることはない。学園側がボクをVIP対応でもてなしたのが幸いだった。

 

 最後の傷である頰の擦過傷に消毒液を塗りながら黒鉄君に尋ねる。

 

「キミのルームメイトは大丈夫?キミと仲良くしてくれてるって話じゃない」

「彼は巻き込まれてないよ。あくまで僕がターゲットだからさ。まぁ、だからこそあんまり彼に気を遣わせたくない」

「優しいのは結構だけど、もう少し自分にも気を遣いなよ。訓練に支障をきたすでしょ」

 

 ガーゼを傷口の大きさに合わせて切ったところで、黒鉄君がひょんとした顔で

 

「言ノ葉さんが僕のぶんも気遣ってくれてるから大丈夫だよ」

「……恥ずかしいこと言うな、バカ」

 

 ぬけぬけと言ってくるので、叩きつけるようにテープでその頰にガーゼを引っ付ける。

 イテテと傷を抑えながら満更でもなさそうに笑う黒鉄君。臆面もなくそういうことを言ってくるのはやめてほしい。まるでボクが彼女のようで無性に気恥ずかしくなる。

 

 黒鉄君の訓練に付き合い始めてから早くも半年が過ぎたけど、ボクは彼に恋愛感情のようなものは一切抱いていない。それは黒鉄君も同じだろう。

 ボクは対人の練習ができるし、黒鉄君はボクを指標にしてライバル意識を持っている。持ちつ持たれつの関係だ。それ以上でも以下でもない。

 

 ……くそ、どっかで小耳に挟んだ『言ノ葉は黒鉄と付き合っている』って噂のせいで変に意識しちゃうじゃないか。はたから見ればそう見えるのもわかるけど。

 悶々と頭の中で文句を垂れていると、黒鉄君は逆に心配そうな表情を浮かべた。

 

「僕は言ノ葉さんが心配だよ。僕のルームメイトはともかく、言ノ葉さんは僕と一緒にいるだけじゃなく授業もサボってるんだろう?クラスメイトから嫌がらせとか受けてない?」

「桐原辺りには嫌な顔されるけど、他は特にないかな」

 

 黒鉄君にはボクが特殊な事情で破軍学園に入学していることを話してある。さすがに事情の詳細は()()()()に相当するから詮索しないよう頼んだけど。

 ともかく、それでボクが学園側からは手を出されないことは知っている。問題は生徒の方だが、これも少なくともボクが知ってる範囲内では被害はない。

 

 授業サボって『近くにいると内申が下がる』とか言われている黒鉄君と一緒にいる。もうこの字面だけで叩かれるに十分なものだけど、この前の定期試験──つまり伐刀者としての実技試験で黙らせたから変にちょっかいは出してこないだろう。

 それにこれだけ問題行動をとってるボクが学園から何も仕打ちを受けていないことから、薄々ボクがこのイカれた学園に対して優位な立場にいると感じ取っている奴もいる。

 触らぬ神に祟りなし。生徒たちのボクに対する印象はそんなところだろう。

 

 あ、ちなみに定期試験で学年首席の桐原を倒したときに《沈黙》とかいう二つ名を付けられた。

 恥ずかしい。めっちゃ恥ずかしい。なんで奴らは嬉々としてそんなもん付けるの。そういうのは中学校で卒業してよ。普通に言ノ葉でいいじゃん。

 それを黒鉄君も喜んでるしさ。よく見たら個人情報登録用紙にも二つ名とかいう欄があるし。ちょっと勘弁してほしい。

 

「そんなことより、今日もご飯食べてく?時間はまだあるし」

 

 ここ破軍学園は珍しいことに異性の寮に入ること自体は禁止されていない。その代わり午後六時以降は立ち入り禁止になっている。そして今は五時ちょっと前。

 学園のすぐそばにあるでかいモールに食べに行ってもいいけど、全身包帯まみれの彼を連れて行くのは忍びない。そういう時は大概ボクの部屋で軽く食べていっているのだ。

 

 母に料理と身嗜みだけはできるようにとうるさく言われた甲斐があった。といっても、本当に簡単なものしか作れないんだよね。興味ないものには身が入らないから仕方ない。

 黒鉄君は迷うそぶりもなく食べていくと答えて、ボクはキッチンに立つのだった。

 

「言ノ葉さんの料理は美味しいからね」と言われればやる気も出るものだ。さて何を作ろうか。昨日は青椒肉絲を出したから今日はあっさりしたものを出すか。

 適当に買い置きしておいた冷蔵庫の中身と相談していると、ふと思った。

 

 ──なんか今のボクたちって夫婦っぽくね?

 

「ああもう!!だから違うって言ったんでしょうがッ!!」

『えっ、どうしたの言ノ葉さん!?』

「知らない!今日は胡麻豆腐と適当なやつのポン酢漬けね!!」

 

 そういうことに全く気づいてなさそうな黒鉄君に多少イラつくのは仕方ないことだと思います。

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 一悶着あった夕ご飯を食べ終わり、ボクたちは訓練所にやってきた。嬉しいことに訓練所は夜十時まで解放されているのだ。

 生徒の自主鍛錬を尊重がなんとかという理由で。まあ、ボクたち以外の生徒は来てないんだけどね。そこまで熱心な生徒は中々いないのである。

 

 しんと静まり返ったフィールドで黒鉄君が軽い準備運動をして、ボクから10メートル離れたところに《陰鉄》を片手に立った。

 

「よし、始めようか」

 

 やることは簡単。ボクが黒鉄君を射撃して、黒鉄君はそれを躱す。そしてボクに触れられれば黒鉄君の勝ち。

 普通意図的に銃弾を躱すなんてキツイどころの話じゃない。実際最初のうちは2メートル進むことすらできずに被弾していた。けれど五回くらい繰り返しているうちにだんだん距離を詰められるようになってきて、この前は危うく負けるところだったくらいだ。やはり黒鉄君の身体能力でたらめすぎる。

 

 ボクは両手で己の霊装──《ボナンザ》とか黒鉄君に呼ばれてる。やめろ──を構え、黒鉄君に狙いを定める。

 早撃ちで対決した日以降は黒鉄君の宣言通り、普通の射撃で訓練に付き合っている。

 

 リング端にセットしたタイマーが鳴ると共に引き金を引いた。

 

 ズドンと腹の底に響くような銃声とマズルフラッシュ。ボクの銃は火薬で撃っていないから、本当は銃声なんて出ない。霊装の能力で銃声の有無を決めることが出来る。マズルフラッシュも同様だ。

 ついでに、魔力を弾にして撃っているから反動も無ければ、リロードも必要なかったりする。だから引き金を引いてもシリンダーが回るだけである。

 

 こら、そこオモチャみたいだなとか言わない。

 

 この訓練では本物の銃を想定しているから銃声もマズルフラッシュも有りにしている。銃弾は魔力のみでできているので可視化できない。そこは妥協してもらってる。

 他にも霊装らしい能力もあるんだけど、それをオンにしちゃうと訓練にならないから、これはオフだ。

 

 さて、最初の銃弾はヘッドショット狙いだ。ヒットすれば余裕で意識を刈り取れる。しかし当然のように黒鉄君は首を逸らすことで躱し、大きく一歩踏み込む。

 確かボクの目線やら筋肉の動きで射線を把握できるとか言ってた。だからって躱せるとは思えないんだけど……ほんとにデタラメだな。

 

 躱されることは知ってるから続けざまに足元と胴体それぞれ二発撃ち込む。今度は立ち止まり、爪先ギリギリで足元の銃弾をやり過ごし、《陰鉄》の一閃で二発の銃弾を斬り捨てる。

 なんで平然と見えない銃弾を斬るのかなぁ。剣の薄さで銃弾みたいな小さいものを斬ろうとする思考回路が僕には信じられないね。

 

 悲しいかな、もう見慣れた光景である。胸に飛来した驚愕を仕舞い込み、引き金を引き続ける。

 その度にシリンダーが回るが、それが止まることはない。弾幕を難なく潜り抜けてくるからだ。

 

 縦横無尽に駆け巡るは獣の如く。鋭くしなやかに距離を詰めてくる。ようやく当たったと思ったらそれは残像で──《蜃気狼》という体術らしい──欺むかれただけだったり、やっぱり銃弾を斬られたりでなかなか仕留められない。

 

 物言わぬ的ではありえない、意図的に躱してくる的。ボクの思考を読んでくる的。今まで味わったことのない、当たらない的。

 撃てば当たるのが当然だったボクの射撃が、面白いほど当たらない。それが楽しくて仕方ない。

 ボクの射撃に着いてこれる人がいるなんて思っていなかった。最初は付き合ってあげようかな、程度の考えだったのに、今ではすっかり付き合ってもらってる立場だ。

 

 でも負けるつもりは一切ない。今日も勝たせてもらう。グリップを握る手に熱がこもる。

 

 ついに5メートルまで追い詰められた。

 この距離は銃よりナイフの方が有利と言われる間合いだ。まぁ、それは銃をしまった相手に対してという前置きがあるけれど、それだけ詰めるのに時間がかからない距離ということ。

 そして銃にとっては絶対に的に当てなければならない間合い。特にリボルバーなど装填数が有名な銃なんかは尚の事。敵の間合い外でありながら射撃の当たりやすい近距離でもあるからだ。

 

 お互いの首に手をかけた状態。今の条件ならボクの方がまだ有利な状態だけど、黒鉄君はその程度の不利を不利としない奴だ。

 それは黒鉄君もわかっていること。ボクもそう簡単にやられる奴じゃないことを知っている。

 視線がぶつかり、ニィと笑い合う。

 

 果たして──

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

「いつも肩を貸してもらってありがとう」

「勝者の余裕ってやつさ」

 

 ふふんと胸を張ってドヤ顔を見せつける言ノ葉さん。すっかり日が沈み、歩道を照らす灯り以外は暗闇の中、僕は肩を借りながら片足を引きずっていた。

 

 今日も僕が負けてしまった。あと3メートルのところでタイミングをずらして撃ってきた銃弾が太ももに当たってしまったのだ。

 幻想形態で撃たれた部位は実際に撃たれた時と同じように使い物にならない。尤も、極度の疲労が原因で動かなくなっているだけだから、一日寝ればすぐ回復する。

 

 しかし今日も負けちゃったか……。これで僕の黒星は白星の百倍になってしまった。つまり僕は言ノ葉さんに一度しか勝ったことがない。

 その時は初めて《蜃気狼》を見せたから言ノ葉さんの意表を突く形で勝てたけど、負けたことが心底悔しかったのか目に涙すら浮かべて地団駄を踏んでいたのがとても印象的だった。

 

 まぁ、次の日は1メートルも詰められずに負けちゃったんだけど……。まさか一度《蜃気狼》を見ただけで通用しなくなるとは思わなかった。原理とか教えなかったのに、しっかり僕が逃げた先に弾幕を張っていたから、完全に見破られていた。言ノ葉さんは「これくらいは余裕さ」なんて冷静ぶってたけど、世界で一番鼻が高くなっているのではと思うほど喜んでいたのは明白だ。僕と同じように負けず嫌いなんだなぁと痛感した日だ。

 

 あと、彼女の射撃時の自然体が最も厄介だ。いつどんな時でも絶対にブレないその姿勢で平然と五発同時に撃ってきたりするから、中々読めないのだ。日を重ねるごとに緩急の付け方や牽制が如実に上手くなってきているぶん、余計にやり辛さが増している。今日も5メートルを詰めるのに十分も掛かったくらいだ。

 訓練をすればするほど彼女の思考や癖を読める僕が有利かと思っていたけど、全然そんなことはなかった。むしろ日に日に差をつけられている気がする。

 

 やっぱり言ノ葉さんは凄い人だ。伐刀者としてではなく、人として尊敬せずにはいられない。

 魔力を使えない僕は純粋な技術のみで相手を凌駕するしかない。それを痛いほど理解して、修羅になってでもその道を極めると誓った。まだまだ甘いところはたくさんあるけれど、同年代の人たちには負けないくらい上達したと思っている。

 

 けど、彼女は僕の先を往く。同じ道の先に、彼女はいるんだ。

 銃と剣。全く違う物だけれど、その信念は同じだ。

 

 超えてみせる。この人を。

 そして、いつか──

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。