銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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27話

 平賀玲泉の本体であるオル=ゴールが魔弾に倒れたのは、暁学園が破軍学園を強襲する直前のことだった。

 サラが用意した暁学園のメンバーのコピー絵たちと平賀が突如、糸が切れたように崩れ落ちたのだ。

 

「おいおい。こいつぁどうなってんだァ? ふざけてる場合じゃねェんだぞこのポンコツがよ!!」

 

 倒れてからピクリともしない平賀だったモノをガシガシ踏みつけながら悪態をつくのは多々良だ。

 彼女は裏世界の中でも闇の深い場所、暗殺稼業を生業としている雇われ暗殺者であるため、乱雑な態度とは裏腹に、契約や計画の精度には極めて敏感だ。

 今回の強襲計画は『サラがメンバーのコピー絵を作り、平賀がそれを操る』という筋書きで始まるはずだった。それが本番の始まる前にずっこけた訳なのだから頭に来ないはずがない。

 

「 誰かこのバカの本体がどこにいンのか知ってる奴はいねぇのか!? あと二分で始まンだぞ!! おい天音!」

「そんな怒鳴らなくても聞こえてるよー」

「呑気なこと言ってんじゃねぇ! テメェが()()()()()()()()こういう計画になってんだろうがッ! つまりコレも対策済みってことなんだよなァ!?」

「ん〜……対策を打つっていうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだけどなぁ」

「なってねェだろうが!!」

「ボクに言われても困るよ。だってボクは願ってるだけなんだからさ。まぁ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、始まれば勝手に帰ってくるんじゃない?」

「使えねェなオイ!」

 

 あまりにも無責任な態度に怒ることすらバカバカしくなり、分厚いフードの上からガシガシと頭を掻き毟る。

 

「じゃあテメェはどうなんだお嬢さんよ。確かこのゴミを紹介したのオタクんとこだよな」

 

 投げやりにやった目の先には人ひとり丸呑み出来てしまいそうなほどの巨体の黒獅子。

 野性味溢れる鋭い眼光を寄越すその顔の根元、首に跨る飼い主・凛奈が答えた。

 

「彼奴は我が父の威光により召喚された傀儡に過ぎん。我の与り知るところではない」

「お嬢様は『平賀はお父様が連れてきたから知らないよ!』と仰っています」

 

 なにかと仰々しい言い回しをする凛奈の翻訳を務めるのは彼女のメイド・シャルロット。彼女の首には刺々しいデザインの首輪が嵌められており、それは獅子にも嵌められている。

 風祭財閥という日本の二大財閥の片割れの財団があるのだが、風祭財閥は《解放軍》と密接な関係を結んでおり、その架け橋となっているのが凛奈の父だ。また彼は獏牙と個人的な付き合いを持っているため、日本と《解放軍》とのパイプ役でもあった。

《連盟》に所属する日本の首相が《解放軍》の手駒を持っている理由はこれなのだった。

 

 ……つまり、凛奈本人は交渉ごとには全く関わっておらず、計画に参加しているのも楽しそうだからという身勝手極まりない理由なので、平賀が何者かはおろか、暁計画の意義すらも知らない始末なのであった。

 

「役立たずしかいねェのかこのチーム!!」

「もしや傀儡師は逝ってしまったのかもしれん……円環の理に導かれてな……」

「お嬢様は『もしかしたら死んじゃってたりするんじゃない?』と仰っています」

「むしろ死んでてくれ。一番の敵は無能な味方だ」

 

 グシャリと平賀の頭を踏み砕いた多々良に、もう一人のキーパーソンであるサラが声をかける。

 

「どうするの。絵を自立させることも出来るけど」

「隠しておきたいカードだが計画がオジャンになるくらいならバラした方がいいか……? まぁ、所詮アタイらの仕事は雑魚狩りだ。()()()()()()()に注意しときゃどうとでもなるだろ。それにヤベェ奴はヤベェ奴がヤってくれる。そうだろ?」

 

 多々良の投げかけに、今まで関わっていなかった王馬が瞑目を開けた。

 

「《紅蓮の皇女》はオレがやる。後は好きにしろ」

 

 それだけ言うと再び目を閉じ黙った。

 どいつもこいつも協調性のきの字もねェなと内心愚痴る多々良。

 

「あー、あと裏切り者は殺すなよ。先生(センコー)から生かして連れてこいとのお達しだ。んで、ソイツを連れてく役がこの鉄屑だったんだが、誰かやってくんねェか?」

 

 帰ってきたのは無言の空気だった。

 魔力量だけ達者なヒョロヒョロな女男にお祭り気分のお嬢様、それにべったりくっつくライオンとメイド。

 あとは致命的に運動が出来ない絵描き屋と自己中極まるお侍さんである。

 自分でやるしかないのは自明だった。

 

「……アタイが相手するはずだったヤツ、誰かヤっといてくれよ」

 

 この個人が五つ集まっただけみたいな、まさしく烏合の衆を何だかんだまとめていた平賀って実は超有能だったんじゃないかと錯覚し始める多々良であった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 暁学園が破軍学園を強襲した瞬間、破軍学園の代表生たちは合宿の帰りのバスにいた。そして暁学園の裏切り者・有栖院凪も。

 

 このまま代表生たちを破軍学園へ連れて行き、暁学園と衝突する直前の一瞬を突いて、代表生たちの背後を刺す。それが《解放軍》の暗殺者たる自らの役目。

 アリスは『影』を操る概念干渉系能力を持っており、己の霊装を敵の影に突き刺すことで対象の一切の身動きを封じる伐刀絶技(ノウブルアーツ)影縫い(シャドウバインド)》が極めて強力だ。

 一度極まれば勝負がつく。だからこそ、その一度を確実に極めなければならない。その一度のためにアリスは破軍学園に送り込まれ、代表生となり、彼らの背中を取れる位置を獲得した。

 

 だが、アリスは今、暗殺対象である彼らに自らの正体を晒し、頭を下げていた。全ては珠雫の幸せを奪わせないために。

 一度は絶望し諦めきった、誰かを愛し慈しむという幻の当たり前。それを無垢に信じ続ける珠雫がとても尊く感じたのだ。

 縦え慈愛や道徳、倫理といった美徳とされるモノが偽りだというのが真実だとしても、この気高い少女から奪い取りたくなかった。かつての自分は奪われた側だったのだから。

 

 突然の、それも飛びすぎた暴露に一同は強く困惑し、中には本物の殺人者を前に恐怖と拒絶を示す者もいた。

 しかし全てを曝け出し精一杯の誠意で頼み込んだことと、アリスの告白が彼の立場から考えても利敵行為以外の何物でもないことが重なり、何とか信憑性と信用を勝ち取ったアリスは、逆に暁学園陣営の背を刺すことを提案し受理されたのだった。

 

 ────それが全て敵に筒抜けであることなど知りもせず。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 完全なる不意打ちを決めるはずだったのに、

 

「何をトチ狂ったのか知らねェけど、プロの暗殺者が雇用主を裏切んじゃねェよ」

 

 自分の胸に生えた、禍々しく血がこびり付いたような模様のチェーンソーを呆然と見下ろすしかなかった。

 壊れたブリキ人形のようにぎこちなく首を後ろに回せば、今目の前にいる厚着をした女がもう一人そこに居た。

 姿形もなく、背後からの一撃を極められたアリスは何とか悟る。

 裏切りは知られていたのだ。知っていて、あたかも知らないかのように振る舞い、誘い出され、デコイにまんまと踊らされたのだ。

 

「そういうのはテメェだけじゃなく他の同業者の信用にも傷が付くの知ってンだろ。死んどけカスが」

 

 怒りと侮蔑が多分に混じった声音で吐き捨てられた言葉を、アリスは聞く余裕がなかった。

 わざと肉が引っかかるように仕向けられた無数のエッジがアリスの体の中で高速回転し、死の協奏曲を奏でながら引き抜かれた。

《幻想形態》であるため死ぬことはないが、実体ならば確実に死んでいるダメージであるため一瞬でアリスの意識を断ち切った。

 

「えっ!? お、同じ人間が二人!?」

「どうなってんだこれ!?」

 

 超常現象を前に激しく狼狽する生徒会たちを無視し、自分より遥かに体の大きいアリスを肩に担ぎ上げる多々良。

 

「さてと、さっさとズラか──」

 

 独り言は首筋に走った鋭い擦過音によって阻害された。

 

「っ! 防御系の能力者か!」

「──挨拶なしに斬りかかっていいのは暗殺者だけだぜ、《落第騎士》さんよォ!」

 

 重苦しいエンジンの音とともにチェーンソーが一輝の面前を掻っ切る。

 回避させたことで強引に間合いを空け、チェーンソーを魔力の粒へと消すと

 

「後は頼んだぜ!」

 

 言うや否や脱兎の如く駆け出した多々良。大の男を抱えながらの疾走とは思えないスピードは、多々良の人体への深い造詣と類稀なる身体能力を示唆していた。

 だがそれを黙って見過ごす一輝ではない。

 

「待てッ!」

 

 追い縋るために地を蹴るが、その進路上に去って行ったはずのもう一人の多々良がチェーンソーを振り下ろして割り込んだ。

 

「くっ……全く同じ霊装……どうなっているんだ!?」

「……」

 

 姿形は完全に一致しているが、目に見えて異なるのはその表情だ。去って行った多々良は不景気そうな仏頂面をしていたが、こっちの多々良は能面のような無表情。加えて口数の多さも如実だ。

 多々良は何らかの防御系の能力者であることは決定している。つまりこの分身のような能力は他の連中の仕業に違いなかった。

 

「待ちなさい! このアマ!!」

 

 そう言って鬼の形相を浮かべ多々良の後を追ったのは珠雫だった。自分を守るために身を呈したアリスを好き勝手に罵倒して傷つけた野郎をただにして置けるはずがない。

 眼前の多々良に注意を払いながらも走る妹の周辺を警戒するが、今度は誰一人として邪魔をすることなく素通りさせてしまった。

 改めて状況を確認すれば、今この場にいる破軍学園側の人間は暁学園より頭数が多いらしく、一対多のグループが複数ある。

 

 順当に考えれば頭数が足りず珠雫を止めるのに回せないとなるわけだが、それは正しくないだろう。

 敵はアリスの裏切りを前もって知っていたはずであり、加えてわざわざ合宿帰りを狙って襲ってきたのだから、この人数じゃ役割分担が利かないのは目に見えているはずだ。

 それを承知でこの人数で挑んできたということは過剰な自信の表れか────

 

「罠か……!」

 

 瞬時に整理した一輝は再び突進する。当然多々良は身構えるが、構わず高速の三連突きを放った。

 その鋒を多々良の瞳が追いかけ、三度火花が散った。カウンターのチェーンソーによる振り下ろしを素早く躱し振り出しに戻ったように思えたが、一輝にとってそれで十分だった。

 

 三度目の正直、詰め寄る一輝をじっと観察する多々良。あわやぶつかるかといったところで刀を僅かに持ち上げる動作を捉えた多々良は、その腕に込められた力と筋肉の動き方を一瞬で読み取り、膨大な訓練と実戦経験で培われた戦闘理論で攻撃の軌跡を先読みした。

 脳天から股下にかけた兜割。その斬撃の軌跡に沿って『反射』の概念を持った結界を体表に纏わせた。

 

 そして一輝の刀が多々良の予測線を綺麗に描き────インパクトの瞬間に掻き消えた。

 

「……ッ!!??」

「遅い!」

 

 幻へと消えた刀が突きという全く別の軌跡を描いて突撃し、いともたやすく左胸の心臓を貫いた。

 

「《第四秘剣・蜃気狼》。意識とは無関係で防御する自動(オート)ではなく、君の優れた動体視力がトリガーとなる手動(マニュアル)だと分かれば、あとはそれを掻い潜るだけのことだ」

「────」

「目視と予測の折衷が甘かったね。君は正しすぎる予測に頼りすぎだ」

 

《陰鉄》を抜き意識がブラックアウトした多々良を捨て去る。

 一輝はこともなげに言っているが、実際のところは多々良の折り合いは限りなく正しかった。ただ、《蜃気狼》を見破るには更に何千何万分の一という精度が求められていたというだけだ。

 無限に広がる小数を観察しては修正してきた綴の眼によって幾度となく見破られ、研磨された一輝の技の冴えはもはや達人ですら見切れるものではなくなっているのだ。

 

 辺りを見回すとすでに交戦が始まっており、あちらこちらから剣戟の音が鳴り響く。伐刀者(ブレイザー)を能力ごと複製出来る能力者。厄介極まりない相手だが、戦闘が始まってもそれらしい能力を使っているものはおらず、また誰かが複製されているわけでもないので、その能力者のことは一旦置いておく。

 それに基本複数で一人を相手にしている上に、そのメンバーは刀華をはじめとした生徒会役員や自分以外の代表生といった粒ぞろいだ。

 自分が今するべきは孤立している珠雫の応援だ。

 

「ステラ! ここは任せた!」

 

 唯一、一輝の兄・王馬とタイマンを張っているステラが、一輝に片腕を上げるだけで応えた。

 Aランク騎士同士の衝突にFランクの自分が介入する余地などありようがない。だからこそ、この場を任せられるのはステラしかいなかった。

 ステラの威勢を信じ一輝は珠雫を追いかけ戦線を離脱した。

 その一輝を見送ったステラは、自分の愛する男の面影が重なる敵を見据える。

 

「イッキも見過ごすのね。あれじゃ張った罠なんて無いようなものよ」

 

 これに答えるは《風の剣帝》。

 

「愚弟も愚妹も、ここに居られては邪魔だからな」

「あら。高飛車なヤツだと思ってたけど、案外用心深いのね」

「オレは奴らの生き死になどどうでもいいが、貴様が奴らを邪魔に感じていては困ると言ったのだ」

「……どういう意味かしら」

「今のような遠慮をしている貴様はオレと戦うに能わん。それはここにいる木っ端どもを巻き込むと危惧しているからだろう?」

 

 あまりに傲岸な物言いにステラの口角が引き攣る。

 

「随分舐めた口を叩いてくれるわね。アタシは誰にも遠慮していないし、アンタをぶっ潰したらお仲間さんもまとめて叩き返してやるわよ!」

 

 そう啖呵を切ると、王馬は心底下らなそうに大きな溜息を吐いた。

 

「まさか貴様、()()()()()()()()()()()()()()()()でこのオレに勝てると思っているのか? オレを見くびった上での挑発なら大した煽り上手だ。御託はいらん。さっさと本気を出せ」

「言われずとも出してやるわッ! 行くわよ、《風の剣帝》!!」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 珠雫に追いついた一輝は、縦え罠に飛び込むことになっても大切な友達を助けに行くという決意を見せた珠雫を尊重し、あらゆるリスクを承知の上で妹の願いに付き合うことにした。

『反射』と魔力放出を巧みに操っているのか、とんでもないスピードで逃げ去った多々良を追うべく道すがらバイクを借りて都市部を抜け、山道を抜けたところにひっそりと存在した暁学園本校に乗り込んだ二人だったが、すぐにその足を止めざるを得なかった。

 

 なぜなら。

 

「立ち去りなさい、光を視る者よ。どうか私にその芽を摘ませないでください」

 

 武の最果て。遥かなる頂。無限の終点。

『世界最強』がそこにいた。

 

 


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