銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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✳︎追記
原作14巻発売と同時に一部内容を修正しました。
じゃっかん捏造が残ってますがご了承ください。


閑話 綴の過去2

 それから一週間の時が過ぎた。少し先に卒業式を控える言ノ葉一家の前に男女二人が立っていた。

 両者ともに和装に一歯下駄と変わった出で立ちをしており、現代においてはかなり異質な出で立ちである。女性にいたっては鮮やかな着物を肩まではだけさせていた。

 

 中学生と紹介されてもすんなり信じられるくらい幼い見た目をした女性こそは、世界のプロ魔導騎士たちを恐怖で慄かせる《夜叉姫》西京寧音その人である。彼女を知らぬ者はいないと言われているほど超有名人であり、いわゆるスーパースターだ。

 

「たぶんここだぜジジイ」

「ふぅむ、どうやらそのようじゃの。よく見つけ出したのぉ」

「ま、まぁウチにかかればチョロいもんさね!もっと褒めてもいいぞっ?」

「チョロいのはどっちかのう」

 

 スーパースターをひ孫のようにあしらう老人は寧音の師匠であり、日本史にその名を刻んだ《闘神》南郷寅次郎。傍若無人な寧音をして未だ頭の上がらないほどの実力者である。

 

 さてそんな二人がどうしてこんな辺鄙なところに赴いたかというと、己と同じ覚醒を果たした者に会うためだった。

 自身の可能性を極め尽くし限界を超えた者《魔人》。日本において僅か二人しか存在しなかったのだが、つい先日新たな一人が突如として出現した。

 それが言ノ葉綴という女子中学生だったのだ。

 

 魔人となった者にその身に起こったことの経緯や国際的な立場の変化を説明する必要があるため、全国を手当たり次第駆けずり回って探し当てたのが寧音である。

 尤も、寧音はもちろん寅次郎もそんな殊勝な心がけで貴重な己の時間を割いた訳ではなかった。同胞になった者のご尊顔を拝もうという好奇心のついでで訪ねたのだった。

 

「楽しみじゃのう。そんなに奇特な女子(おなご)じゃったか」

「あぁ……あんな変なヤツ初めて見た」

 

 自分の体を抱くように二の腕をさする。

 実は昨日の時点で寧音は綴の姿を確認していた。いくら女子中学生と言えど魔人は魔人。いきなり戦闘をふっかけられても不思議ではない。

 

 敵情視察を兼ねて覗き見たのだが、その少女は一般人の佇まいと全く同じだったのだ。

 武人らしさがない、という意味ではない。魔人に至った者が纏う特有の狂気を感じられないのだ。

 

 人は限界に至るためには正気を保っていられない。いや、正気を保って成すことは不可能。狂気こそ魔の扉を開く鍵なのである。

 ゆえに魔人に昇華した者は一人も例外なく狂人である。狂い方は個人によって違うが、その狂い方は人として決定的に破綻したものに違いない。その歪みが表へ滲み出てしまうのが魔人という人種なのだ。

 

 対し、綴にはその狂気が感じられない。村人Cのように有象無象に埋もれるような気配しかない。

 なら魔人ではないのかと言えばそうでもなく、確かにその体は()()()から解き放たれており、魔人同士の惹かれあう性質も反応しているのだ。

 

 これを気味が悪いと言わず何と言う。まるで人の皮を被った怪物を眺めている気分だ。

 

 寅次郎を連れてきたのは自分だけでは判断できかねるという理由もあった。

 寧音が珍しく素直に助力を求めてきたことからその奇特さを察した寅次郎はからかうことをせず、こうしてお供している。

 

 カツカツと杖を突きインターホンの前に立った寅次郎は寧音に目配せをする。

 厳かに頷いたのを確認してからチャイムを鳴らした。

 

 束の間の沈黙のあと玄関の扉が開かれた。

 

「はーい」

 

 少し幼さが残った顔立ちの少女が出てきた。学校の体操服を着た彼女は間違いなく言ノ葉綴だろう。

 寅次郎たちの格好に驚いたのか大きな目をパチクリさせた。

 

「えぇっと、どちら様でしょうか……?」

 

 目の前に現れた未知の魔人を一瞬で観察した寅次郎は、

 

 ──なるほど。こりゃ寧音も困惑するわな──

 

 背中に冷たいものが這い上ったのを感じた。

 寧音の言わんとしていたことを理解した上で、一般人なのに魔人という矛盾の正体を看破した。

 

 この少女はいついかなる場合でも引き金を引けるよう心構えている。いや、頭の中で()()()()()()()のか。

 いわゆる『常在戦場』と呼ばれる武の理念に近い。が、この少女の場合はその真逆。日常を戦場と思うのではなく、戦場こそが彼女にとっての日常なのだ。

 銃を撃っていることこそが日常。それが普通なのだと心の底から信じ切っていながら、常人と同じ生活を送ることも普通だと信じている。だから一般人のように見えてしまう。

 

 根本的に食い違っているはずなのに両立している矛盾。それそのものが言ノ葉綴という魔人の狂気に他ならなかった。

 

 いったいどんな思考をすればそんな歪んだ生き方ができるのか。それもこの若さで。深淵の闇の底にあるであろうその答えを垣間見て、寅次郎は戦慄したのだ。

 しかし内心をおくびにも出さず好好爺を振舞ってみせた寅次郎も相当なものである。

 

「国際騎士連盟の者なんじゃが、お主のご家庭に話があって参った次第じゃ。ご両親はいらっしゃるかな?」

「いますよ。すぐ呼んできますね」

 

 少々お待ちくださいと礼儀正しく断り内へ戻った隙に寧音が寅次郎に詰め寄る。

 

「な、変なヤツだろ!?どうなってんの!?」

「……彼奴が辻斬りの類だったら、ワシ死んどったぞ」

 

『常在戦場』を完全に心得ている寅次郎ですら一般人と思ってしまったくらいだ。

 もし綴の正体を知らず対面していたとしたら自分はその狂気に気づくことができただろうか。答えは否。運良く気づけたとしてもそれは戦場において致命的な隙を生む。

 

「……マジかよ」

 

 ごくりと生唾を飲んだ寧音は、今寅次郎が立っている足元に視線を落とす。

 IFの世界で血溜まりに伏す己の屍から目を逸らし、寅次郎は言う。

 

「じゃが同時に安心したわい。彼奴が日本におる限りワシらの敵にはならん。さすがにワシも彼奴を真正面から相手取るのは御免被りたいところじゃ」

 

 裏を返せば、もし綴が敵に回ったとき命を賭す覚悟で臨まなければならないということ。

 師匠にそこまで言わせる綴という少女に、いよいよ異界の怪物か何かかと恐れを抱き始める。

 

 気を紛らわせようと他のことに思考を向けた寧音は一つ素朴な疑問をこぼす。

 

「そーいや、あいつウチのこと見てもノーリアクションだったな」

「ふむ?言われてみればそうじゃな。尾行に気付いとったんかの」

「そりゃねーよ。気付いてたなら何かしら反応するっしょ」

 

 前述の通り寧音は国民的スーパースターで幼稚園児ですら顔と名前を知っているくらいだ。まして伐刀者となれば知らなければ恥とすら言える存在。

 その自覚のある寧音は密かに綴がぶったまげるのを楽しみにしていたのだが、結果はご覧の通り。

 

 ウチは眼中にないってことか?と若干理不尽な怒りを抱いたところで、再び玄関が開く。

 

「すみませんお待たせしました〜。どうぞお上り……くだ、さ……」

 

 綴によく似た女性が口を開けたまま固まってしまっていた。恐らく母の詩織だろう。目線は寧音の顔に固定されており、お化けを見たような表情を浮かべている。

 

「そうそうこういう反応が普通なんだよな。んで、そろそろ絶きょ──」

「きゃぁぁあっ!?」

 

 か細い体から出たとは思えないほどの絶叫に、すわ何事かと家の中が慌ただしくなる。

 

「どうした詩織!?」

「母さん大丈夫!?」

 

 綴が腰を抜かしへたり込む詩織の視線を辿り、その先で満足そうにニヤついている寧音を見つけて目尻を釣り上げた。

 

「お前!母さんに何をした!!」

「いやぁ。別になにも?」

「っ!」

 

 おちょくるような口調と表情で戯けた寧音に銃を向けようとしたその時。

 一足早く事情を察した父・詠詞が綴の肩を掴んだ。

 

「よせ綴。彼女は何もしていないよ」

「なんでわかるのさ!?」

 

 詠詞の制止に食ってかかる綴だが、詠詞は努めて冷静に答えた。

 

「あの人は日本魔導騎士界のトップ《夜叉姫》西京寧音さんだ」

「ご名答。ま、世界規模で見てもトップ3だけど」

 

 は?と間抜け面を晒す綴に『あ、こいつ思ったほどヤベェやつじゃねぇな』と直感した寧音は不敵な笑みを浮かべてたのだった。

 

「今日からつづりんはウチの後輩だから。そこんとこよろしく」

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

「ブハハっ!!ひぃーっ、ふぅ……。ぶッ」

「……笑いすぎだろキミ」

「いやだって、知らなかっただけならともかく、よりによって『メディアに触れたことがない』って!!いつの時代から来たのさ!やばい殺される!笑い殺される!!」

「母さんどいて!そいつ殴れない!!」

 

 机をバンバン叩きながら爆笑する寧音に殴りかかろうとする綴を懸命に抑える詩織。

 それを尻目に寅次郎と詠詞は対話していた。呑気にお茶を啜る寅次郎と対照的に詠詞の表情は硬い。話の内容が突飛なもので俄かに信じられないのだ。

 情報を交換し終わり一区切りついたところで寅次郎は改めてぺこりと頭を下げた。

 

「突然の来訪、重ねてお詫びする」

「いえ、それは大丈夫なんですが……。先ほどの話は本当なんでしょうか」

「全て真実じゃ。まぁ、荒唐無稽なのは百も承知。だからこそ電話口でなく、こうして寧音を連れて話しに来た」

 

 寅次郎の言い分は最もだった。電話口で娘が全ての可能性を極め尽くし《魔人》という存在に昇華した、なんて話をされたところで詐欺かイタズラ電話だと思っていただろう。

 

 今でさえ信じきれないものの、多忙の身であるはずの寧音がわざわざ足を運んでいるという事実が信憑性を裏付けている。

 それに語り手である寅次郎も日本史を勉強した者なら誰もが知る英雄である。そんな人物が名も知らぬような家庭に来てまで嘘をつくはずもない。

 加え彼ら自身がその《魔人》だと言うのだから文句のつけようがない。

 

 詠詞の苦悩を察している寅次郎はじゃれている綴──本人はガチギレしている──を眺める。

 

「あの子自身が魔力が増えたと言っとったんじゃろ?」

「……はい。加えて綴の一日に撃てる回数も劇的に増えましたから、間違いないです」

 

 限界まで出力を抑えてようやく百発ほど撃てる程度だったにも関わらず、ある日突然その倍、いや何十倍もの量を撃てるようになったのだ。

 学校から帰って来て日が落ちるまで撃ってもまだ余裕があるなんて信じられない!と大はしゃぎしていたものだ。

 

 魔力総量は生涯変わらない。それは世界の常識だった。ゆえに詠詞はこの異変を、綴が今まで何らかの理由で魔力を全開にできていなかっただけだと思っていた。

 多少無理のある納得だが、まさか世界の絶対法則を破っていると勘付けと言うのは酷な話だ。

 

「今すぐ受け入れろとは言わんが、ゆくゆくは納得していただきたい。追って国からも通達が来るじゃろう」

 

 詠詞ら一般人にとって奇天烈すぎる話であることを重々理解している寅次郎は寧音にアイコンタクトを送りつつ、そう話を締めた。

 

 寧音は本気で殴りかかって来る綴を適当にいなして、わざとおちゃらけた口調を作った。

 

「ほーらわかったろ。つづりんじゃ一生ウチに触れないっての」

「こんのぉ……!」

「それはそうと、そろそろ日課の射的の時間じゃないのん?」

「言われずともしてくるさ!!」

 

 全く何なんだこの人、とぶつくさ文句を垂れながら庭へ出て行った後輩に苦笑いを零す。

 

「本当に申し訳ございません……うちの子がとんだご無礼を……」

「いいっていいって。()()()中坊はあれくらい生意気なもんさね」

 

 ずっと頭を上げ下げする詩織をあやし寅次郎の隣にどかっと座るとさっきまでの飄々とした態度はどこへ行ったのやら、真面目な表情に切り替わる。ふざけているようでしっかり会話を聞いていたのである。

 

「つづりんもどっか行ったことだし、本題に入らせてもらうぜ」

「さっきのが本題じゃなかったんですか?」

「前置きってやつだぁね。そこんとこ知っててくんねぇと話にならんのよ」

 

 そして寧音は語り出す。今の世界均衡の危うさ。国にとって《魔人》がどれほど重要か。翻り敵国にとって《魔人》がどれほど目障りな存在になるか。

 これらは全て国から規制された情報であり、一般市民はおろかマスメディアすら知り得ない情報でもある。

 

 当然詠詞にとっては二度目の霹靂。詠詞は先ほどの驚きもあり一定の冷静さを保って聞き入れたが、詩織には到底受け入れがたいもので顔面を蒼白にして震えていた。

 

「……それはつまり、もし戦争が起こってしまったら綴は徴兵されるということでしょうか……?」

「魔導騎士って時点で徴兵は決定してるようなもんだけど、まぁ間違いなく重要なポジションに据えられるだろうねぇ」

 

 淡々と告げられたそれは死刑宣告にも似た響きを持っていた。詩織は耐えきれずに泣き出してしまう。

 

「少し休んだ方がいい。詩織、部屋に行けるかい?」

「……そうするわ。ごめんなさい。あなた一人に押し付けちゃって」

「いいさ、これくらい。今まで君が頑張ってきたんだから」

 

 偉人二人に一礼して退出したのを見送った後、詠詞も頭を下げた。

 

「お気遣いありがとうございます」

「さぁて、何のことかねぇ」

「明言しないでいただいたことです」

 

 なおも知らんぷりをする寧音。詠詞が本当にわかって言っているのか試しているのだ。

 

「重要なポジション。それは敵の《魔人》と戦うことでしょう」

 

 じっと見つめる寧音は、ふと表情を崩した。

 

「驚いた。本当に気づいてたとは思わなかった。混乱している相手に我ながらひでぇ説明したと思ってたんだけどねぇ」

「それもわざとボカして説明をして、僕たちに不必要な重圧をかけないためでしょう?綴を外に出したのも、彼女に国を背負う重責を感じさせないため」

「……なるほど。伊達にあの銃バカを()()に育て上げたわけじゃないってか」

「綴を思う気持ちは誰にも負けるつもりはありませんので」

 

 慣れねーことはするもんじゃないねぇ、と嘯いた寧音が格好を崩し頭の後ろで腕を組んだ。

 

「パパさんの言う通り、実際に戦争が起こったとき一番厄介な相手は《魔人》だ。そこらの伐刀者を千人連れてきたって皆殺しにできる。ならこっちも《魔人》で対抗するしかねぇって寸法さね」

「それは予想できたのですが、しかし綴がそんなに強い伐刀者とは思えないのですが……」

 

 素人目で見ても綴の早撃ちは凄まじいものを感じるが、逆に言えばそれだけだ。伐刀者としての強さは現時点で下されているDランク相当だろう。

 対して敵の魔人は寧音のようにデタラメな強さを誇っているはず。寧音が学生時代に七星剣武祭で引き起こした伝説──大気圏から隕石を引っ張ってきて叩き落とす──に勝るとも劣らない仕業をやってのける連中を相手に、綴がまともに戦えるとは思えなかった。

 

「よぉくわかってんじゃないの」と着眼点を褒めたがすぐに切り返す。

 

「なにも《魔人》全員が戦略級の戦闘能力を持ってなくてもいいんだよ。要は使い所の問題さね」

「そうなんですか」

「馬鹿正直にサシでやる必要ねぇからな。つーか、つづりんの戦闘スタイル的にサシでやるのは無謀すぎる。ありゃあ、ある程度条件が揃わねぇとダメなタイプだ」

 

 早撃ちが得意と聞いた瞬間に寧音は綴の考えを全て見通していた。

 もともと馬鹿正直に戦うつもりは全くない。敵の隙を全力で殺しにいく一点特化型。

 試合形式の戦闘を前提にした戦い方だ。逆に言えば条件さえ整ってしまえば猛威を振るうのだがその反面、戦争のように無秩序の乱戦では力を発揮し辛い戦闘スタイルと言える。

 

 兵として扱う上ではそこが玉に瑕なのだが、伐刀者として見れば自分の土俵をしっかり弁えた賢い戦い方である。

 これを小学一年生のときから考えていたというのだから驚きだ。

 

魔人(ウチら)の中にゃサポート専門っつーやつもいる。そいつと組ませて適材適所に投入すりゃ十分な活躍が見込めるだろうさ」

「……なるほど」

 

 生返事を返した詠詞の顔は浮かない。その心情を察せないほど人間を捨てていない寧音は明るい声音を出した。

 

「まぁすぐ戦争がおっぱじまるってわけじゃねぇ。よっぽど切羽詰まってなけりゃ高校生活を送れる程度の余裕はある。そう気落ちしなさんな」

「そうだと、いいんですが」

 

 身を切るような苦々しい声をこぼしズボンにシワが残るくらい強く握り込む。無理して目を開けているのは、瞑ったそのとき涙が溢れるとわかっているからか。

 

 ……詠詞が気にしているのはそんな小さなことじゃないことくらい、寧音もわかっている。気丈に振る舞っていても娘のことが心配でたまらないのだ。

 彼は。いや、彼らは。ただ娘が幸せに生きて欲しいと願っているだけなのだ。大人になって誰かと結婚をして家庭を持つ。そんな人並みの幸せを得られることを望んでいるだけ。

 

 高校生活を送れても、戦争に駆り出されて死んでしまってはダメなのだ。

 

 寧音はガリガリと頭をかいた。自由奔放を良しとしてきた自分が、まさかこんな役回りを買って出るなんて。

 本当にらしくないことはするもんじゃないと内心毒づく。

 

「なぁパパさんや。ウチら《魔人》の産まれってどんな感じだと思う?」

「え?普通の家庭なのでは……?」

 

 ゆっくりとかぶりを振った。

 

「ウチは貧しい家の産まれだったんだけどね。物心ついたときから能力使って遊んでた。『大地を浮かせること』が夢だったよ。なんでか知らねーけど、それが一番楽しいって信じてたんだぜ。しょーもねぇだろ?けどウチはマジで目指してさ。暇さえありゃずっと練習したもんさね」

 

 同じだ。あの日の綴と全く同じだ。産まれた瞬間から自分の生きるべき道を知っていたかのように夢中になっていたのだろう。

 

「そんなウチに対して親は猛反対した。さっさと働かせて金を稼がせたかったんだろ。けれどウチはやめなかった。よく遊ぶわ言うことは聞かないわ。挙句飯はバカみたいに食うから、ついにプッチンしちゃったんだよね」

「……まさか」

 

 あり得ないものを見る目で呻いた。

 

「知らねぇ間に捨てられたよ。気づいたら家がすっからかんさ」

「そんなことをする親がいたなんて……」

「そっからどーでも良くなっちまってねぇ。そりゃあ派手にやんちゃしたもんさ。パパさんには言えねぇこともいっぱいやった。警察に世話にならねぇ日がなかったくらい、いっぱいな。獣みてぇな生き方してたんだ」

 

 凄絶な内容に口を挟むことすら出来なくなってしまう。

 

「ま、たまたま通りかかった人に拾ってもらったおかげでこうしてある程度まともに生きているんだが」

 

 寧音が会話に入ってから一度も言葉を発していない寅次郎がバリバリと音を立てて煎餅を齧った。どこか懐かしむ顔をしている。

 

「今じゃ親の顔も名前も覚えてねぇ。探そうとも思わねぇ。完全に繫がりを絶っちまってんのさ」

「……」

「《魔人》はそんなクソッタレな環境で生き抜いて来た奴らが殆どさね。いや、そういう環境で育ったからこそ《魔人》になれるんかねぇ」

 

 他人事のようにのたまう様は、本当に親のことを何とも思っていないことを如実に物語っていた。

 憎みもせず、焦がれもせず。自分を産んでくれた人を赤の他人と割り切ってしまうだなんて、これほど悲しい生き方があるのだろうか。

 

「そんなんだからさぁ。つづりんのこと、ちょっと羨ましかったんだよね。自分を理解してくれる親がいて、自分を愛してくれる親がいて、自分を守ってくれる親がいる。普通の幸せの中で自分のやりたいことを思い切りできるって、どんだけ幸運なんだよってさ」

 

 皮肉なことに《魔人》は親の手から離れたからこそ《魔人》になれた節がある。誰にも邪魔をされないからこそ自分の道を存分に歩めた。中には邪魔する者を全て殺してきた《魔人》もいたと言う。

 そういう生き方をしているせいで《魔人》という人種は悪に堕ちることが多かった。

 

 だが綴は違った。綴の良心がそうさせたのか、はたまた両親の懸命な教育が成したのかは不明だが、綴は《魔人》らしからぬ常識を保ったまま狂気を育んだ。

 父親の口調がうつるくらい慕っているのだから、きっと後者なのだろう。

 

 それがどれだけ奇跡的なことだったか。少しでも間違えば崩壊していたであろう。

 その尊さが寧音には眩しかった。そんな《魔人》が年若くして死んでしまうのは心苦しかった。

 

「だからウチがつづりんのことを守ってやる。パパさんたちが大切に育ててきたもんは壊させやしねぇ」

 

 柄にもなく、そう思えてしまうくらいには。

 

 ぽかんと呆ける詠詞の視線が気恥ずかしくて、目を逸らしながら早口でまくしたてた。

 

「仕方なくだかんな!仕方なく!一応ウチの方が歳上だし?先輩だし?そんくらいはしてやってもいいかなって思っただけだかんな!」

 

 早口でまくし立てる寧音に、詠詞は静かに立ち上がり彼女の前に立つと涙を湛えた顔を伏し、

 

「ありがとうございます。どうか娘のことをよろしくお願いします」

 

 深く頭を下げた。精一杯の感謝を込めたお辞儀であることが所作の端々から伝わってくる。

 綴がいかに愛されているか十分すぎるほど分かるそれに、寧音は照れ隠しをやめて真摯に答えた。

 

「任されたよ。安心しな」

 

 目元を拭きながら着席した詠詞だが、真面目モードから一転して普段のおちゃらけた態度に戻った寧音はあくどい笑みを浮かべて迫った。

 

「さぁて。自分語りなんて小っ恥ずかしいことをさせられた挙句、娘さんの面倒まで見てやることになったんだ。ご存知の通りウチは忙しくてねぇ。それなりの対価を貰わねぇとなぁ?」

「お金ならいくらでも払います」

 

 KoK選手に無理を言って頼んでもらったのだ。いくら要求されようと絶対に支払う覚悟を決めていた。

 が、詠詞の覚悟に反して寧音は首を振った。

 

「んなもん掃いて捨てるほど持ってるっての。それに消耗品なんか貰ったって仕方ねぇだろ」

「それでは……?」

 

 寧音がニィと口角を上げた。その言葉を待っていたと言わんばかりに。

 

「ウチのファンになれ」

「えっ?」

「もちろん一家全員でだぜ?ウチがKoKで活躍してたら応援の一つでも送ってくれりゃそれで十分だ。金は簡単に手に入っても、ウチ好みのファンは中々見つからなくてね」

 

 んじゃ後輩と交流を深めてこようかねぇ、と一方的に告げてベランダに出て行ってしまった。

 予想外の対応に呆然とする。

 

「礼はいらんというあの子なりの気遣いじゃよ。下手くそすぎて伝わりにくいが、まぁ慣れないことをしている自覚もあるんじゃろ。言い逃げしよったわ。許してやってくれ」

「南郷さん」

 

 終始黙っていた南郷は困ったように目尻を下げつつも温かい目をベランダに向けた。

 

「昔から素直じゃない子でのぉ。お互い困った娘を持ったもんじゃ」

 

 その言葉で寧音を拾った人物が誰であるのかを察した詠詞は莞爾と笑ってみせる。

 

「けど、娘に困らされるのも悪くないものですよね」

「よくわかっとるのぉ。つい甘やかしてしまうわい」

 

 寅次郎も笑みを浮かべお茶を飲み干す。それからは互いの娘について語り合う父親たちの姿がそこにあった。

 

 

 

 △

 

 

 

「……何しに来た」

「んー?見物しに来ただけだよん」

「帰れ!」

「つれねーヤツだなぁ」

 

 簡素な縁側で涅槃像のようにふてぶてしく寝転がる寧音。それを見て口元をひくつかせる綴。

 他人の家に上がり込んで来てこの態度。こいつとは馬が合わないと再認識した瞬間である。

 

「これでもウチはプロなんだぜ?腕前を見てもらえる良いチャンスじゃねぇか」

「はぁ……」

 

 これ以上言っても消える気がないと悟り思い切りため息をこぼす。

 そしていつものように的に集中を向けて没頭し始める。

 

 淡々と弾を撃ち込む様子を見つつ寧音は内心で感嘆していた。

 

 ──弾に込めてる魔力量が寸分違わず一定だ。魔力制御はDって話だったけど……──

 

 その疑問の答えはすぐに出た。練習したのだろう。体に染み付くまで何度も繰り返して身につけたに違いない。

 一定を保つのは一見簡単そうで実はかなり難しいことだ。並大抵の修練では身につかない。それこそ無意識に出来てしまうくらい体に刻み込む必要がある。

 元Fランクの人間がプロ顔負けの精密さで魔弾を生成できるために費やされた気力は計り知れない。

 

 些細な所からでも綴の尋常ならざる努力を読み取った寧音は、反面新たな疑問を抱えることになる。

 

 ──確かに一定なのに、どうして()()()()が毎回違うんだ?──

 

 弾が的を叩く音が毎回バラバラなのだ。込めた魔力が一定ならば弾の威力も一定のはず。音がズレるはずがないのだ。

 そのことから綴の能力を聞いたときからずっと感じていた違和感の正体に気付き始めた。

 

「なぁつづりん」

「なにさ。冷やかしなら聞かないよ」

「いや、割と真面目な話なんだけどさ。つづりんの能力って何だっけ?」

 

 いきなり何だという面持ちながら素直に答える。

 

「弾の威力を増幅させる()()()の能力だけど」

「ふーん。強化系、ねぇ」

「地味な能力で悪かったね」

 

 綴が口をへの字に曲げて悪態をつく。初対面からいきなり世間知らずと馬鹿笑いされた挙句適当にあしらわれた手前、いちいちトゲトゲしい反応をしてしまうのは仕方のないことだった。

 そんな小さな抵抗を毛ほども気にせずに寧音は返す。

 

「ちなみにそれ、誰から聞いたの?」

「は?能力計測のときの先生からだけど」

「あー……やっぱりか……」

 

 まるで当たって欲しくない予想が当たったような反応に眉を顰める綴は一旦腕を下ろした。きな臭い気配を感じ取ったのだ。

 

「ボクの能力がどうかしたの?」

「そう慌てなさんな。もう一つ確かめておきたいんだけど、能力体系ってどれくらいあるか知ってる?」

「えっと、身体強化系と自然干渉系に概念干渉系。あと因果干渉系と空間転移系があるんだっけ」

「よくお勉強してるじゃないの」

「おい。冷やかしは聞かないって言ったぞ」

 

 いつもの調子で言ってしまったとは言えなかったので端的に本題を述べた。

 

「つづりんが言った通り、能力体系に()()()()()()()()()()

「え?」

「その先生だとかが何言ったか知らねぇけど、まさか身体強化系の派生とか思ってねぇだろうな」

「……ははっ。何のことやら」

「図星かよ。どうりで噛み合ってねぇわけだぁね」

 

 いいか、と寝転がりながらも真剣に続ける。

 

「最初に言っておくとつづりんは自分の能力を勘違いしてる可能性がある」

「勘違い?」

「あぁそうだ。誰でも最初は能力を扱いきれないもんだが、いずれは慣れてある程度は制御できるようになるもんだ。ちっちゃい頃からずっと撃ち続けてるのに全く制御できねぇなんて有り得ない話なのさ」

「でもどんなに頑張っても制御できなかったよ?」

「だからこそ能力を勘違いしてるって話になる。実際の能力の一面を全てだと思い込んでいるからエラーを起こしてる」

「う、うーん……」

「勘違いってのは珍しいことじゃねぇ。ウチもそのクチだったしな」

 

 例えばと言いつつ庭に生えている芝生を少し毟り空中に放る。すると草が不自然に空中に固定された。

 

「一見すると物を浮かす能力に見えるだろ?けどウチの能力は『重力』を操る自然干渉系だ。浮かすのはただの一面にすぎねぇ。ガキのころは大地を浮かすことが夢だったりしたんだがな。本質を知ってからは天に輝く星を落としてみたいって思ったっけなぁ」

 

 さらりと恐ろしいことを言う寧音にドン引く綴だが、本当に星を落として日本を地図から消し飛ばしかけたことがあるとは知る由もない。

 

 浮かしていた草を庭に戻し核心に迫る。

 

「ここまでわかったなら、今度は何の能力を勘違いして強化系だと思ったのかが問題になる。が、つづりんの場合は簡単にわかることさね」

「え?なんでよ」

「考えてもみろ。弾の威力が変動していることは間違いねぇんだから身体強化系と空間転移系は論外。話を聞いてる限りだと普通の銃と変わらねぇみたいだから自然干渉系も考えづらい。あとは因果干渉系だが、後者は目に見えてわかるようなもんじゃねぇから保留だ」

「となると残ったのは概念干渉系……?」

「そうなるな。弾に何らかの概念を乗せて飛ばしていると考えれば辻褄も合う」

 

 長年悩んできた謎をあっさりと解かれていくことに何とも言えない肩透かしを覚える。

 

「んで、概念干渉系ってのはさ。名前の通りに概念っつーイマイチぱっとしねぇもんを元にするから、どうしても術者本人がその曖昧さを補強しなくちゃならねぇのよ」

「確かにわからないものを具現化なんてできないもんね」

「そゆこと。ウチのダチに『時間』を操るヤツがいるんだけど、そいつは頭の中に懐中時計をイメージしてるって言ってたな。巻き戻す時はネジを逆に回すとかなんとか」

「なるほどねぇ。……でもボクの能力、何を元にしてるかわからないんだけど」

「そこが一番の問題なんだよなぁ」

 

 がくりと肩を落とす綴。あと少しのところで手詰まりになるとは。

 しかし寧音は陽気なまま続けた。

 

「ま、一つだけ心当たりがあるんだが」

「本当!?」

 

 がっと肩を掴んでそう叫んだ。ものすごい食いつき方である。「お、おう」とやんわりと手を外す。

 

「霊装ってのは魂の具現って言うだろ?なら霊装が宿す能力も術者の魂に依るってもんだろ。特に概念系はモロに影響を受けるだろうさ」

「ボクの魂……」

「難しく考える必要はないぜつづりん。素直に自分に問いかければいい。つづりんにとって何が大切なのかを」

 

 そう説かれ綴は瞑目し考える。

 

 自分にとって大切なものは案外少ない。銃はもちろん両親も大好きだ。

 あとは両親との約束くらいなのだが──

 

「──あ」

「どーやら見つかったみたいだぁね。そいつを頭に浮かべながらもう一度撃ってみな」

 

 厳かに頷き的に向き直った綴は深呼吸をした。

 

 人生において心を揺るがすものが三つあった。

 一つは銃を初めて撃ったとき。もう一つは魔人に至ったとき。

 

 そして最後の一つは()()()()()()()()()()()()()

 

 鮮烈に焼きついたそのときの気持ちを思い描き、いつものように腕を閃かせた。

 

 瞬間、的どころかその向こうの塀にすら穴が空いた。

 ちょうど銃弾一つ通れそうな穴はまさしく自分が開けたもの。

 従来の威力ではとても成し得ないその光景に我を忘れる綴に寧音は結論づけた。

 

「『貫徹』の概念を纏う弾を撃つ概念干渉系の能力。それがつづりんの能力だ。つづりんが()()()()()()と信じ続ける限り、誰にもその銃弾を止めることはできない」

 

 食い入るように穴を見つめている綴の首がギギギと動き寧音に向く。

 まん丸に見開かれた目がふとふにゃりと柔らかくなり、花が咲いたという形容が相応しい笑みが浮かぶ。

 

「ありがとう!!」

「うおっ!?」

 

 見惚れていた寧音に全力のタックルをかまし額をグリグリと押し付ける。

 さっきまでのつっけんどんな態度はどこへ消えたのやら、今は尻尾が生えてブンブン振り回しそうな勢いである。

 

「ずっと悩んでたことがこんな簡単に解決するなんて……!寧音ってすごいんだね!」

「そっ、そうだろー!?ウチはプロだかんなー!つづりんもウチを見習え!?」

「ほんと見直したよ!ありがとう先輩!」

「うっ、うう……」

 

 無邪気な好意にとことん弱いせいで照れ隠しすら出来ずに狼狽えてしまう。

 冷たかった態度からのギャップが激しすぎて目が回りそうになるが、確かにあんな笑顔を見せられたら支えたくなるよなぁと苦笑いを零す。

 

 これに鼻をかけた寧音が調子に乗ってせっかく獲得した好感度をマイナスに叩き落とすことになるのだが、それはもう少し先の話である。

 

 


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