年齢が年齢なので「ぼく」表記なのは仕様です。
言ノ葉
綴と名付けられた少女は千人に一人と言われている、魔力を宿し操る者・伐刀者であった。
伐刀者と言えば世間では花形職と持て囃される魔導騎士の雛形。世界で最も人気なスポーツを司る人種だ。彼らを中心に世界は回っていると言っても過言ではない。
少し下賤な話を含めれば伐刀者の子供を持った家庭には奨励金が入ったりするし、魔導騎士という栄誉に溢れた将来を確保した子でもある。
親にとってこれほど嬉しい子供はいないだろう。それが伐刀者だ。
しかし。いや、それゆえ。綴の両親は大いに慌てた。
平凡な日常に舞い込んだハプニングに困惑したというのもある。が、それ以上に我が子の将来を心配したのだ。
何かと世間を騒がせている魔導騎士だが、客観的な事実だけを見れば武器を手に犯罪者と戦う戦士なのだ。当然血を流すことはしょっちゅうあるだろう。下手をすれば成人できずに命を落とす可能性すらある。
幼少の頃から人の生殺与奪を握る凶器に慣れさせるのも気が引ける話だ。人の命を軽んじる思考が育ってしまったらどうしよう。そんな残酷な人生を歩ませたくないと思うのは愛ある親なら当然の心配である。
しかも魔導騎士は生粋の実力主義社会だ。一般人には高収入に高待遇といいこと尽くめに見えるだろうが、伐刀者当人は常に格差を意識しなければならない空間に身を置くことになる。
いかに金銭的に恵まれていようと、その仕事場に合わなければ地獄も同然。その問題をクリアするためには並々ならぬ才能と努力が必要だ。
そんな苛烈な環境に、お前は特別なんだと言いながら我が子を送り出す。考えただけでも恐ろしい思いだった。
しかし、将来を案じることは親の使命だが、将来を決めるのは子の使命だ。綴が精神的に自立するまで目一杯愛し大切に育て上げ、綴自身が進みたい道を見つけた時にはそっと背を押してやろうと決意したのだった。
幸せな家庭そのものの生活を歩みだした言ノ葉一家。綴が小学生になるまで順風満帆の子育て生活に従事したが、娘が小学校に慣れた頃に小さな違和感に気づく。
それは──
「今日もお友達と遊びに行かないの?」
「うん。お家でこれの練習をしたいから」
そう言って小さな手に握られた物を掲げた。
幼い子供に似つかわしくない、柔肌と対照的なゴツくて恐ろしい凶器。彼女の魂が具現化した霊装・銃だった。
小学校に入ってからしばらくは頻繁に外に出かけては泥だらけになって帰ってきた綴だが、ある時期を境にピタリと外出しなくなってしまったのだ。その代わり家に置いてあったガラクタで作った的を庭に置き、射撃の練習をし出した。
始めはいじめを受けているのかと問いただしたのだが、綴はそんなことないと首を振った。隠している様子もないし、心に傷を負った素振りも見せない。
ならなぜ遊びに行かなくなったのかと聞けば、こう答えたのだ。
──ぼくにはこれしかないの。これで一番になりたい!
その時の衝撃は生涯忘れることはないだろう。小さな子供は己の可能性を一切疑っていない。この前はパイロットになりたいと言っていたのに今日は突然サッカー選手になりたいと言い出すのは普通のこと。何にでもなれると思っているのだ。
翻り、綴は幼稚園から上がったばかりの子供。思春期はおろか自己の認識すらしていないはずの時期。
そんな子供が『これしかない』と言ったのだ。まるで
それが子供の無邪気な戯言だと片付けられればどれだけ気楽だったことか。
最初の日は魔力制御を誤り全ての魔力を吐き出してしまい失神。それから半年は空いた時間全てを己の銃に魔力の弾を出し入れすることで出力の調節を学習。以来は毎日魔力が枯渇する寸前まで撃ち尽くし、魔力欠乏症で肌を青白くさせながらも庭で銃を構え射撃のイメージを固める。
ご飯の時間に遅れることはしょっちゅう。時間が惜しいからと、汗で汚れた体を洗わずに放っておいてしまうことも何度もあった。終いには学校に行く時間も勿体ないからと登校拒否を申し出たこともある。
プロのアスリートも真っ青になるくらい過酷なトレーニングを自ずと始め徹底したのだ。
尋常ならざる覚悟を嫌でも感じ取ってしまう娘の様子をさすがにおかしいと気づき始めた詩織は精神科医に連れて行こうか真剣に悩んだ。
綴の伐刀者評価は身体能力以外は全てFランク。全国規模で見ても最底辺の評価だ。
それを周りの子供伐刀者と比較して気負っているのではないか。深刻なトラウマになって自暴自棄になっているのではないか。
思えば物をねだってゴネるようなこともしたことがない。子育てマニュアルに載っている子供の典型からかけ離れたことばかりだったように思える。
伐刀者の子供は例外なのだろうか?でも他の母たちは普通に育っていると言っている。ならうちの子はどうしてしまったのだろう。
考えれば考えるほど心配の種は増えてしまう。
「どうしましょうあなた……」
「うーん……僕は構わないと思うけどねぇ」
悩み疲れている詩織の肩を揉む詠詞の顔はどこか楽観的だ。
「やりたいことをやれるっていうのは子供の特権じゃないか。好きにやらせてやればいいんじゃないのかい?」
「そのぶん他が見えなくなってちゃ困るわ!お友達と遊びに行かなくなっちゃったし、お勉強もサボるし」
「まぁ、さすがにお風呂に入らないのは問題だけど」
「それだけじゃないわよ!ご飯食べなかったり夜遅くまで起きてたり……」
時間も経てば飽きてやめるだろうという詩織の目測は完全に裏切られ、むしろ突き進む一方だ。日が経つにつれてガサツさが増している。
そのことは綴擁護派の詠詞も目に余っていたことなので、いよいよかと意を決した。
「一度真剣に話し合ってみよう。綴の考えをちゃんと知った上で僕らもどうするか考える」
「そうねぇ……。あんなにいい子だったのに急にどうして……あっ、そこもう少し強く」
「肩凝り過ぎじゃないかい?僕より酷そうだ」
「ずっと悩んでる私の身にもなってほしいわ。まったく……」
詩織の肩凝りを解消したあたりでベランダから綴が入ってきた。日課の射的の練習に一区切りつけて水分補給しに着たのだろう。
白のTシャツにボーイズの半パンを穿き汗をびっしりかいている様は完全に男子小学生だ。顔は若干青ざめており右の掌は血が滲んでいる。
すっかり見慣れた光景だが、その度に詩織の心労が重なる。僅かにため息をついた詩織の代わりに詠詞が声をかけた。
「綴。少し話があるんだけど、いいかな」
綴は名残惜しそうに庭を一瞥した。
「……まぁいいか。どうしたのお父さん」
「ひとまず風呂に入って着替えてきなさい。そんな汚れた格好で家をうろついちゃダメだろう」
「えーっ。めんどくさいよ」
「綴。大事な話なんだ」
穏やかな詠詞が珍しく真剣味の帯びた声音で話しかけていることに綴も何かを感じたのだろう、ぶーぶーと唇を尖らせながらもトタトタと風呂場に駆けて行った。
普段はお利口そのものなのだが、日課の練習が絡むと途端に頑固になるのだ。
「お茶持っていくからお風呂の中で飲みなさい」
『はーい!』
元気なことは変わらないんだが、と詩織と顔を見合わせて肩を竦めた。
さて、さっぱり綺麗になった綴を机につかせて言ノ葉一家初めての家族会議が開かれた。
「少し前から始めている銃の練習についてなんだけど、どうして急にやり始めたんだい?」
「楽しいからだよ!」
「辛くないの?今日もクタクタになるまでやってたじゃないか」
「疲れるけど、必要なことだし」
必要なこと。小学生の子供がそんな難しいことを理解している事実に詠詞は少し驚く。
彼女の中ですでに確固たる未来があり、そこに到達するための道筋を逆算していることに他ならない。目の前のことでいっぱいになる子供ができることじゃない。
詩織の目線を受け止めながら詠詞は真摯に問いかける。
「じゃあ、綴は自分には銃しかないって言ったよね。それはどういうことなんだい?お父さんに教えてほしいんだ」
床につかない足をぶらつかせながら「うーん」と可愛らしく唸る。焦らせないよう微笑みを浮かべ見守る両親に、綴はたどたどしく話し始めた。
「ぼくね。小学校の友だちとか先生を見てて、何となくイヤだなって思ったの。あっ、イジワルとかこわいとかじゃないよ!なんて言うのかなー……このままいったらみんなと同じになっちゃう気がして、つまんないなーって。なにかちがうことしたいなって思ったの!」
「それが銃の練習なのかい?」
「うん!他のみんなは剣なのにぼくだけ銃だったから!」
しっかり自分の思いを言葉にできた実感があるのか、満面の笑みで血豆だらけの右手を上げながら答えた。
幼いゆえに具体的な表現に欠けた訴えだったが、それでも何となく我が子の思いを汲み取れた。
本来ならば様々な経験をして色々なことを学んでいき、少しずつ自分とは何なのかと考えることで初めて得られる自己認識を、思春期すら迎えていない子が獲得した。
確かに普通の子とは違う様子だ。かつて自分にもそのような時期があったが、早く見積もっても小学校高学年からだったように思える。間違っても低学年、それも一年生でそんな難しい事を考えた記憶はない。
「でも綴、何も銃だけじゃないだろう?ほら、駆けっことかクラスで一番だったじゃないか」
それでも銃しかないと言い張るのは早計と言わざるを得ない。子供は無限の可能性を秘めている。それは嘘誇張ではない。その子の考え次第でいくらでも将来は顔を変える。
銃しか見えていないのだとしたら、親として違う道もあることを示さなければならない。すでに決められた将来しか歩めない大人と違って、子供はいろんな道を選べるのだから。
だが、詠詞の言葉に綴は首を振った。
「
一切の躊躇なく断言した。返した綴の目は真っ直ぐ詠詞を射抜く。小さな子供に気圧されたのは初めてだった。
「今までいろんなことしてきたけれど、どれもちょっと違うなって感じてたの。でも銃を撃った時に『これだ!』ってきたんだよ!なんだろう、ズレてたモノがピッタリはまったの!」
発見したときの感動を一生懸命伝えようと両腕を広げて体を跳ねさせる。
見ている者も幸せになりそうな顔だった。満ち足りた人生を歩んでいる大人のように輝いていた。
今も言葉を重ねていかに充実しているかを語る綴に思わず見惚れてた二人は、なにか言いたくても言えなくなってしまった。
その顔が。その目が。あまりに純粋で透き通っていたから。神の声を聞き天職を手に入れた者にしか作れなさそうなその表情には、彼女にとってそれが最善なのだと無条件に信じさせるものがあった。
反応がなくなったことに気付いたのか「お父さん?」と小首を傾げた綴に、ようやく我に帰った詠詞は慌てて微笑みを作った。
「そうか。そんなに銃が好きなんだね」
「うん!お父さんもやる?」
「いやぁ、父さんにはちょっと難しいかなぁ」
「えーっ」
笑みを一転させて残念そうに肩を落とす娘に、今度は本当に自然な笑みをこぼした詠詞。
そして隣に座る詩織を見やると、彼女は心配と幸せをごっちゃ混ぜにした表情で涙を落としていた。
詩織は綴が魔導騎士になることに強く反対していた。が、今の娘の様子を見てしまっては口が裂けてもやめろと言えない。反面娘が最高の幸福を噛みしめていることに無上の喜びを得た。
その気持ちが痛いほどわかる詠詞もつられて目頭が熱くなるのを自覚した。
「お母さん!?どうしたのっ?どこか痛いの!?」
椅子から飛び降り嗚咽を押し殺している母に抱きついた。親が泣いている姿を初めて見た彼女は何をどうすればいいのかわからず、力一杯腕を回しながらもオドオドと両親の顔に視線を行ったり来たりさせる。
健気に寄り添ってくれる娘の頭を優しく撫でてやりながら詩織は思った。
この子ならきっと大丈夫だろうと。苛酷溢れる世界でも優しさを忘れない騎士になれると。
詩織が頷いてみせ、彼女の意を受け止めた詠詞が顔に手を添えた。
「綴の思いはよくわかったよ。もう父さんたちも止めない。君の好きなようにしなさい」
「ほんとっ!?」
「もちろんだとも。その代わり父さんたちと約束してほしいことがあるんだ」
詠詞の目配せに詩織がしゃっくり混じりに語りかける。
「お母さんからは二つよ。お料理と身嗜みだけは出来るようにしなさい」
「みだしなみってなに?」
「自分を大切にすることよ。ちゃんとお風呂に入ったり正しい言葉遣いをしたり。せっかく可愛い女の子に産まれたんだから無駄にしちゃダメよ」
「お料理と合わせたら三つあるじゃん」
「全部まとめて身嗜みって言うの」
「えぇー。なんかズルい」
「お願い。お母さんのワガママ、聞いてくれる?」
「むぅ……わかったよ」
「ありがとう綴。大好きよ」
額にキスを落とし柔らかく抱きしめてやる。少し納得してなさそうな顔をしている綴をこちらに向けさせる。
「今度は父さんとの約束だ」
「一つだけだよ?」
「うーん、ごめん。僕も二つあるんだ」
「父さんもワガママ言うのー!?」
「一生に一度だけのワガママだ。もうワガママ言わないよ」
「ぶーぶー。しょうがないなぁ」
「綴は優しいな。ありがとう」
膨らませた頰をぷにっと潰し猫にやるように顎をさする。
「一つ目。何があっても学校に行きなさい。君にとって大切な時間を過ごせる場所だ」
「……わかった」
ずっと行きたくないと言っていたため、素直に聞き入れてくれたことに安堵する。しっかりと綴の目を見ながら続けた。
「じゃあ二つ目。一度やると決めたら最後までやり抜きなさい。どんなことでも、どんなに辛くてもね」
「やり抜く……」
綴は口の中で転がすように復唱する。どことなくお気に入りの毛玉で遊ぶ猫のように思えた。
「父さんね。実は子供の頃の夢はピアニストだったんだよ」
「お父さんがピアノ弾くのー?似合わなーい!」
「無邪気さが痛い!?」
ねーっ、と詩織と唱和することでさらに詠詞の心が削られる。そんなところまで似なくていいじゃないかと内心愚痴をこぼす。
「……まぁ、結構頑張ってたんだけどね。発表会とかで他の子たちの演奏を見ていると、段々ピアノを弾くことが苦しくなってきたんだ」
「どうして……?」
「理由は色々あるけど、一番は『これ以上頑張っても無駄だ』って思っちゃったことだと思う」
頑張るためには燃料がいる。向上心。競争心。何でもいい、とにかく何かを燃やさなければ自分という機関車は走らない。
当時の詠詞も情熱を燃やして走っていたが、どんなに頑張っても上には上がいることを思い知った彼は燃料をくべても火が点かなくなってしまったのだ。
何度か挫折と復帰を繰り返していたものの、才能という絶対的な壁にぶつかった彼の心は遂に立ち直ることができなくなった。
頑張った結果なのだから仕方ないとやめたものの、しかし心のどこかで小さくわだかまる黒い靄が巣食っていた。
もしあそこで諦めず続けられていたならどうなっていたのだろうか。そう思わずにはいられないのだ。
取り返しのつかない後悔を胸に抱いたまま生きてきた詠詞は、だからこそ綴にそんな思いをしてほしくなかった。好きなことで後悔をするようなことだけはしてほしくない。他でもない、自分がその苦しさを知っているから。
「いいかい綴。君はいずれ必ず大きな壁にぶつかる。何度も何度もぶつかる。そのたびにとても辛い思いをするだろう。もう無理だと思うこともあるだろう。けど、そこで諦めちゃダメだ。自分を奮い立てて頑張り続けるんだ。それが結果に結ばなくても無駄にはならないから」
口を半開きにして聞き入る綴に右手の小指を差し出しす。
「とっても難しいことだけれど、君ならできるはずだよ。父さんと約束、できる?」
少し小指を見つめた後、綴は詠詞に目を向けた。そこには大の大人すらも息を呑むような強い意志を宿した瞳があった。銃を語るときと全く同じ瞳だ。
「約束する。ぼく、絶対に最後までやり抜くよ」
「……いい子だ」
綴が羨ましかった。あの時のぼくもそう思えたらと、照らし合わせてしまう。だが昔には戻れない。どんなに後悔しても過去には戻れないのだ。
──だからこそ、君のことを全力で応援しよう。何があっても君を守る。父さんも約束するよ。
ゆーびきーりげーんまん・嘘ついたらはーりせーんぼん飲ーます・指きった!──
絡めた指をほどき、にぱっと笑う綴の頭を撫でて立ち上がった。
「よぅし、父さんも頑張ろうかな!新しい的を欲しがってただろう、明日父さんが買ってくるよ」
「ほんとっ!?今度はたくさんマス目が分かれたやつがいい!」
「それなら綴も見に来るかい?」
「行く行く!」
「じゃあ今日はもう練習するのはやめておきなさい。明日疲れちゃうぞ」
「いつも疲れが残らないように気をつけてるから大丈夫!」
「うーん……喜んでいいのかよくわからない成長だ」
詩織はじゃれ合う二人を眺めて静かに涙を拭き続けた。尊い光景に、綴なら自分たちの予想から逸脱した何かをやり遂げてくれるだろうという確信を抱いた。親バカではなく、言葉にできないモノが綴に秘められていることを思い知ったのだ。
こうして『言ノ葉綴』の人生が始まったのである。
△
伐刀者ランクFの少女は約束通り死ぬほど
まず一年間全てを捧げたことにより魔力制御技術がDに向上した。ランクが上がることは決して珍しくない。が、二階級上がる事例となると極端に少なくなる。
なぜなら前者は限りなく上の階級に近い評価だったから届き得た事例がほとんどであるからだ。純粋に丸々1ランク上げた者は歴史的に見ても三桁いれば良い方だろう。
ランクとは基本的に習熟度と熟練効率を併せて評価したもの。それが最底辺のFだったということは致命的に才能がないことを示唆する。そこから平均まで引き上げたことがどれだけのことか、語るまでもない。
ちなみに、これによって相対的に攻撃力評価がEに上がっていたりする。
ようやっとまともに弾を撃てるようになった綴は、今度は単純な射的に没頭した。弾を狙った標的に確実に当てられなければ話にならないため、36分割の的を百発百中でクリアするまで他のことは一切やらないと決意。
こちらは魔力制御とは比べ物にならないほど飛躍的に上達し、わずか半年で目標を達成。「もう少し行けるのでは?」と的を分割していき魔力制御の練習を兼ねて射的をしていると、年末には100分割の的を制覇した。
実は分割すればするほどマスが小さくなるのでそのぶんだけ弾を小さくする必要があり、最後の一ヶ月はその習熟に手間取っただけなので実質十一ヶ月で射的マスターになったことになる。
また両親との約束を守り普通の学生生活を送っているのだが、やはりそれでは時間が足りなかった。魔力量が少ないため一日に撃てる回数も限られている。甚だ練習効率の悪い環境だった。
なので無理やり効率を上げた。
庭で射的する自分を脳内に投影し、それを何度も繰り返す。間違ったイメージが固まってしまうと現実で射的するときに齟齬が生じるので、実際に射的するときにチューニングを施しつつ盤石にしていく。
このイメージトレーニングを何かしながらでも出来るようにすれば、いつでもどこでも練習することができる。
ということで、
最初はイメージトレーニングをしていると現実の動作がおろそかになってしまっていたが、それも慣れてくるともはや就寝中にも行えるようになり、最終的には二十四時間何も意識せずとも出来るようになった。
これにより練習の絶対量が爆発的に増え、習得効率も比例して飛躍したのだった。
ところで綴の異能は銃声とマズルフラッシュの有無、そして弾の威力を増幅させる
敵のほとんどが近接武器である以上単なる射撃でも大きなアドバンテージを得られるのは間違いない。が、中には魔術をメインに戦う人もいるだろうし、なにより防御系の異能を相手にしたとき真正面から突破しようとしても魔力量と強化率の乏しさを考慮すると厳しいものがあったのだ。
先手必勝をコンセプトに早撃ちの練習をし始めたのだが、これがかなり難航した。
早撃ち自体はすぐに習得できたものの、一発しか撃てないとなると決定打に欠けると気づいたのだ。
前述の通り綴の火力は低い。どれくらい低いかと言うと、魔力量の豊富な伐刀者が無意識に纏っている魔力の鎧を貫通しきれないくらい低い。
つまり一矢一殺出来ない可能性がある。そこで打開策として射撃数を増やす案を考えたのだった。能力を強化する案もあったのだが、どんなに頑張っても自分の能力を制御することが出来なかったため却下となった。撃つ度に威力にバラつきが出てしまい安定性に欠けるというデメリットを補う意味でも射撃数を増やした方が都合が良かった。
イメージトレーニングによる修練により年が過ぎるごとに一発また一発と早撃ちできる数が増えていく一方で、中学へ進学した綴はある違和感を感じるようになっていった。
右腕が重いのだ。物理的に重いわけでも精神的に重いわけでもない。なぜかわからないが、ただ漠然と
が、その違和感は早撃ちをする度に少し、また少しとさながら錆びて朽ちていく鉄の楔のように解けていった。
どうやら早撃ちの速度が上がれば上がるほど解けるらしい。目星をつけた綴は言われるまでもなく極めていった。
それは何万桁とあるダイアル式鍵を地道に解除するような作業だった。あまりに気の遠くなるような作業。本当に自分は成長できているのかわからないほどの微小変化。
けれどその積み重ねは徐々に、されど確実に鎖を解いていく。
「あと少しなんだけどなぁ……」
中学三年生の冬。雪がしんしんと降る庭の中で綴は首をひねる。
彼女の早撃ちはすでに霊装の着脱の光しか視認することができなくなっており、右腕の違和感はほとんどなくなっていた。
一方で綴の中に漠然と理想の形が見えるようになっていた。今の自分の射撃とほとんど同じなのに、決定的な何かが違うそれ。名状に尽くしがたい食い違いを前に歯噛みする。
カチっ。カチ。カチっ。カチ。
トリガーを引く度に理想へ近づいている。その音は最後のダイアルを回す音のようにも思えた。
星の数ほど繰り返してきた射撃が、ついに魔の扉の鍵を開かんとしていた。
十・九・八・七・六・五・四・三・二・一・──
「あ」
──そして、零に至る。
瞬間、恐ろしいほどの魔力がその身から迸る。明らかに魔力総量を上回る量を前にただ呆然とする綴だが、状況を飲み込めると次第に全能感に身を震わせて快哉を叫んだ。
魔力が増えたことよりも自分の射撃が遂に理想に追いついたことを自覚し狂喜乱舞する。
後にとある少年から《
その狂喜は朝食の支度していた詩織が叱責するまで続き、ぶっちゃけ絶頂していた。
同時刻、世界中に点在するごく少数の者たちは一斉に空を見上げた。花火のように一瞬だけ発せられた濃厚な気配に、世界のどこかで自分と同じ境地に達した者が現れたのだと理解した。
その胸に飛来した感情に差はあれど、誰もが笑みを剥いたのだった。新たな同胞を祝福するように。
自身がいかなる存在へ昇華されたか露とも知らぬ少女は喉が枯れるまで叫び続けていた。
家庭環境をx軸、成果をy軸に取ると
第一象限:綴
第二象限:一輝
第三象限:天音
という感じで対称になるよう作りました。
第四象限は誰になるんでしょう……