銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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11話

 黒鉄君にとって初めての公式戦となる代表選抜戦は、第四訓練所で午後一時半から開始である。

 選抜戦期間中の授業は午前中のみとなり、午後から夕方まで選抜戦が行われるため、選抜戦もクソもなくなったボクは黒鉄君の試合を見物しにいくことにした。

 

 彼にとって、非常に大きな意味のある一戦だ。変に緊張して調子が崩れているかもしれない。

 そんな心配もあって試合会場に来た黒鉄君に声をかけたのだけど、

 

「言ノ葉さん、来てくれたんだ」

「勿論だよ。……何かあった?」

 

 いつもより清々しい笑みを湛えていた。いつも微笑みを絶やさない彼だけど、それよりもちょっと明るい気がする。

 ボクが尋ねると、黒鉄君は嬉しそうに「わかるかい?」と返した。

 

「実は昨日、緊張で調子を崩しちゃったんだけど、ステラに弱音を聞いてもらったらサッパリしたんだ」

 

 へぇ、そんなことが。道理で隣に付き添うステラさんもご満悦なわけだ。

 お兄ちゃん大好きっ子の珠雫は少し複雑そうに表情を困らせていたけど、黒鉄君の助けになったと認めているのか、何も言わずに黙っている。そんなルームメイトをあらあらと微笑みながら見守るアリスさんは相変わらずだ。

 

「ありがとう、言ノ葉さん。キミには助けられてばかりだ」

「え?ボクが何かした?」

「初めて会った時に言ってくれた言葉が僕に勇気をくれた。あの言葉がなかったら、きっと僕は一人で抱え込んで潰れていた。だからありがとう」

 

 初めて会った時というと、黒鉄君が泣いちゃった時のことかな。相談に乗るよ、くらいしか言ってなかった気がするけど、彼がその言葉に救われたと言っているのなら、素直に受け取っておこう。

 

「じゃあ僕は少し早いけど控え室に行くよ」

「試合は見に行かないの?」

 

 黒鉄君の前の人がリング上で戦っているが、黒鉄君は静かに首を横に振った。

 

「今は自分の試合に集中したいから。それじゃ、行ってくるよ」

「お兄様、必ず勝ってくださいね」

「昨日も言ったけど、あたしに勝ったイッキなら余裕よ!気弱になるものなんかないわっ!」

「気をつけてね」

 

 三人の励ましの言葉を受け階段を降りて行く黒鉄君。

 その背を見送るボクに、アリスさんが小突く。

 

「何か言ってあげないの?」

 

 どうやらボクが黙っていたのを見かねたらしい。

 けれど、それは無用の心配だ。

 

「言う必要がないからね。黒鉄君は勝つよ。彼の実力は誰よりも知っているから」

 

 ボクの射撃を平然といなしてくる人が、桐原如きに負けるはずがない。火を見るよりも明らかだ。

 そう断言すると、アリスさんは「そう」と安心したようなため息をつく。

 

「あたしね、珠雫から一輝の家での処遇について聞いていたのよ。そんな過酷な環境で耐え抜いて来ている彼が、どうしてあんなにこやかにしていられるんだろうってずっと疑問だった。最初は自分の心の悲鳴に気づかないほど磨耗しているのかと思ったけれど、そうじゃなかったみたいね」

「ボクが黒鉄君と出会った時点で相当参ってたけどね」

「でしょうね。だからこそ、綴ちゃんの支えは大きかったはずよ。あたしが言うのも変だけど、彼の悲鳴を聞いてくれてありがとう。これからも支えてやって頂戴」

 

 そんな真剣にお礼を言われても困る。ひとまず了解の笑みを返しておく。

 知り合って間もないだろうに、そんなに黒鉄君のことを心配していたのか。

 

 不思議な人だと今更ながらに感じた。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 結果から言うと、圧勝だった。

 《落第騎士》の負け姿を野次りに来た観客が困惑のあまり黙り込むくらい圧勝だった。

 

 しかも、かつてボクがやったように、桐原に先手を譲った上で。

 

 去年から成長したのか《狩人の森》によって射出した矢すらもステルスにしてきた桐原だったが、《一刀修羅》を使った黒鉄君の前では全くの無意味だった。

 あっという間に桐原を追い詰めて、桐原に降参させたのだった。降参寸前にもの凄くダサいことを口走っていた気もするが、どうでもいいことだ。

 

 ボクのように『気配を見る』ことはできないと言っていた黒鉄君がどうしてステルスの桐原を追えたのか聞いたところ、「矢に乗った殺気を辿って桐原君の思考を読んだ」とのこと。

 

 うん、全く意味のわからない攻略法だよね。そんな曖昧なものだけで、よく桐原の位置を割り出せるものだ。

 相変わらず人間をやめている黒鉄君に呆れたボクだったが、それを聞いて彼は「言ノ葉さんにだけは言われたくない」と返された。

 お互い様だったか。

 

 そんなわけで無事に一戦目を突破した黒鉄君は、プラスの意味で有名になった。

 彼に対する生徒の認識は、《落第騎士(ワーストワン)》から《無冠の剣王(アナザーワン)》に昇格しているらしい。どうでもいいけど、二つ名で評価をする文化やめません?

 去年とは雲泥の差である。黒鉄君の一年間──いや、今までの人生が報われているのだろう。ボクとしても喜ばしい。

 

 一方で、七星剣武祭に出禁を食らったボクはというと──

 

「むぅ……」

「あら、あなたが嫉妬なんて珍しいわね」

「いやぁ、他の子に構ってるくらいなら、ボクと訓練してほしいなぁと思っちゃうんだよね」

「あなたらしいわね。全く邪心が混ざってないあたり、本当に。珠雫にも見習わせたいわ」

 

 アリスさんとベンチに座って粘土を捏ねていた。

 これは魔術をメインとする伐刀者が行う魔力制御の訓練で、粘土を魔力を使って整形していくのだ。

 ステラさんは黙々と素振りをしており、珠雫さんは諸事情で席を外している。

 

 そんなことより、ボクは口をへの字にして目の前の光景を眺めているのだ。

 

「フッ、ハァッ!」

「綾辻さん。ちょっと止めて」

 

 黒鉄君と稽古として打ち合っていた黒髪で片目を隠した小顔が特徴の女性が、戸惑いながら手を止めた。

 彼女は綾辻(あやつじ)絢瀬(あやせ)さん。三年生の先輩である。

 

 つい先日、ひょんなことから綾辻先輩に剣術の稽古を頼まれた黒鉄君は放課後にこうして彼女を指導している。

 が、その指導する場所はいつもボクが射的しているところでもあり、黒鉄君と訓練しているところでもある。

 

 それが今の状況だ。訓練相手を盗られてしまったボクは寂しくアリスの訓練を一緒にやっているというわけだ。

 たまには射的以外もやってみるかと思ったけど、やっぱりスッキリしない。黒鉄君と綾辻先輩がイチャついているせいかもしれない。

 

「あら上手ね。これは銃かしら」

「うん。ボクの霊装をデザインしたよ」

 

 霊装と作り上げた粘土の銃を並べて比べてみる。ボクの霊装の方がかっこいいな。

 射的しかしてこなかったボクだけど、射撃する弾は魔力だ。撃っているうちにある程度の魔力制御もできるようになっており、粘土を捏ねるのもお手の物だ。

 

「あと一回矯正すれば大丈夫そうだ。そこに構えてくれるかな」

「う、うん……」

 

 刀身に淡い赤を帯びた日本刀の霊装《緋爪》を構えた綾辻先輩の顔が蛸のように真っ赤に染まる。

 そばに跪いた黒鉄君は「我慢してね」と断りを入れて、綾辻先輩の足に手を添える。

 

 これは決して変なプレイではなく、綾辻先輩のフォームを彼女に最適な形にするための矯正らしい。

 ボクにはただセクハラしてるようにしか見えないけど、これで綾辻先輩のキレも格段に良くなっている。

 

 ……うん。ひじょーに面白くない。

 胸の内にモヤモヤしたものが広がる。射的でもすれば晴れるだろう。

 

 ──パン。パン。パン。

 

「……よし、だいぶ身についてきているね」

「本当にありがとう黒鉄くん。ボクのためにここまでしてくれて」

 

 ──バンッ。バンッ。バンッ。

 

「体に染み付いた型を違うものに完成させるのは並大抵のことじゃない。綾辻さんの努力あってのものだ」

「二年間ずっと悩んでたことをこんなにすんなりと解決できるなんて、黒鉄くんは剣術博士だね!」

 

 ──ズバァン!!ズバァン!!ズバァン!

 

「う、うん……。あの、言ノ葉さん?」

「何かな、黒鉄君」

「その、いつもより魔力込めてるね」

「そうだね。いつもの三倍込めて撃ってるからね」

「……なんで怒ってるの?」

 

 キッと思い切り睨みつける。心なしか黒鉄君の防御力が下がった。

 彼の隣に立つ綾辻先輩は身を縮こませる。

 

「ボクはね、今ものすごく寂しいんだ。いつもなら軽く準備運動をして黒鉄君と訓練しているころだよ」

「その、ごめんね言ノ葉さん。()()が黒鉄君を盗っちゃったみたいで」

「それは良いんです。黒鉄君の実力が認められ始めた証拠だし、それはボクとしても喜ばしいことなんです。けれど……」

 

 目を綾辻先輩に移すと、彼女の口から小さな悲鳴が漏れる。

 

「なんでボクと同じ一人称なんですか!!」

「し、知らないよ!?」

「口調も似た感じだし、背も同じくらいだし!全体的にボクとキャラが被ってるのが許せない!」

「そんなのボクに言われても……」

「すっごく理不尽なことを言ってる自覚はありますが、これだけは言わせてください。ずるい!ずるいですよ!ポジションが入れ替えられたような感じがして、とっても寂しいです!!」

 

 言われた綾辻先輩の顔が困惑を通り越して呆れに変わりつつある。

 そう、彼女はボクと同じ、いわゆるボクっ娘である。ボクのアイデンティティになりつつあった一人称が、まさかの被ったのだ。

 ボクのこれはお父さんの口調がうつったのが原因なんだけど、それなりに気に入っていたのだ。もともと銃に染まったのも自己同一性の確立だったし、ちょうどよかった。

 

 なのに。なのに!ここにきてまさかのキャラ被り!しかも、黒鉄君とつきっきりで稽古を付けてもらっている。

 まるでボクが綾辻先輩と挿げ替えられた気分だ。楽しそうにやっているのを見るぶん、余計に堪えるものがある。

 

 銃にしか興味のなかったボクが、こんなことで嫉妬する日がくるなんて。ステラさんのこと言える立場じゃなくなってしまった。

 それだけボクは黒鉄君との訓練にハマっていた証拠である。

 

 そんなボクの情けない訴えに、黒鉄君は何とも言えないという表情でボクと綾辻先輩に視線を往復させる。

 綾辻先輩は申し訳なさそうに肩を狭めた。

 

「ごめんよ、言ノ葉さん。その、キミの気持ちを汲み取れなくて……」

「ボクもすみませんでした。いきなり言われても困るだけですよね」

「ううん。彼氏が知らない女と一緒にいるのは気分が悪いよね。次から気をつける」

「いえ、彼氏とかそんなのじゃ全くないので」

「そんな真顔で否定しなくとも……」

 

 最後のは黒鉄君のつぶやきである。アリスさんは笑みを噛み殺して粘土をいじくっている。

 ボクの否定に目をパチクリと瞬かせた綾辻先輩。

 

「えっ、違うの!?」

「はい。彼とは親友ですが、恋愛要素は一切ないですよ」

「へぇ……。男女の関係って恋愛感情抜きでは語れないと思ってたけど、そんなこともあるんだね……」

 

 物珍しそうにボクと黒鉄君を見やる綾辻先輩。

 

 この人は初見の男性と目を合わせることすらできないくらい男性を意識してしまうらしいのだが、それは苦手というわけではなく、むしろ大好きだから恥ずかしくなって合わせられないらしい。

 黒鉄君のときも全力で顔を背けていたのは印象的だ。三日もすれば普通に接することができていたけど。

 それくらい男女関係に興味津々で、寧音の言葉を借りるとむっつりスケベというやつだ。

 ちなみに彼女も自認している。

 

 そんな彼女なら誤解してそうだから、この際はっきりと断っておいた。

 そうじゃないと、いつか巡り巡って珠雫さんに殺されかねないからね……。

 

「でも、そういう関係もいいね!何だか微笑ましいよ」

「ボクも結構気に入ってるんですよ。ボクについて来れるのは彼くらいですし」

「そっかぁ……ならボクが独り占めするのはマズかったよね」

「まぁ、本音を言えば寂しいんですが、綾辻先輩も自己鍛錬のために黒鉄君に教えを受けているのは知っているので我慢します。面倒臭い人でごめんなさい」

「ううん、言ってくれてよかったよ。ボク、言ノ葉さんのこと《七星剣王》ってことしか知らなかったから勝手に堅い人なのかなって思ってた。けど、実際は親しみやすい良い人だって知れたから」

「……何だか恥ずかしくなってきました。何であんなに荒れちゃったんだろ」

「それだけ黒鉄君が大事だからだよ。ボクも邪魔する気はないから、折を見て交代するよ」

「本当ですか!?」

「お陰様で悩みの種は解決したしね。矯正してもらった型を一人でもアジャストできるようになるべきだし、ちょうど良かった」

 

 最初の空気はどこへ行ったのやら。いつの間にか綾辻先輩と仲良く話しており、ボクっ娘同士よろしくと握手すら交わした。

 当事者なのに置いていかれた黒鉄君はというと、寂しそうにアリスの隣でボクの作った銃を眺めていた。

 ボクと立場が完全に入れ替わっている。

 

「ご、ごめんよ黒鉄君!邪魔した挙句放っておくなんて」

「……少し言ノ葉さんの気持ちがわかったよ。ちょっと寂しいね、これ」

「黒鉄くーん!」

「ふふっ。あたし完全に空気にされてたけど、面白かったから良しとするわ」

 

 一番除け者にされていたアリスさんが一番楽しそうなのが不思議である。

 

 そのあとはボクと黒鉄君がいつもの訓練をして、それを綾辻先輩が見学していった。

 改めて黒鉄君のデタラメさ、もとい実力を思い知ったのか目をキラッキラさせて興奮していた。

 

 そして、先ほどのボクたちの会話を踏まえて、黒鉄君が今度の休暇に鍛錬を兼ねてプールに行くことを提案した。

 何でも、綾辻先輩の体は使い慣れていない筋肉を動かしているせいで自覚しているより疲労が溜まっているらしい。そのため筋肉を休めながら鍛錬できる修行をするんだとか。

 

 モールでアリスさんが言っていたことが早くも実現したため、彼に感謝しながら同行することにした。

 剣術の鍛錬は門外漢だったから参加出来なかったけど、これなら混ざれそうだし、黒鉄君の鍛錬にも興味があった。

 

 ……そう言えば、ステラさんはどこに行ったんだろうと周りを見渡せば、少し離れたところで涙目になりながら霊装の大剣をぶん回していた。

 一生懸命素振りでアピールしていたらしいのだが、全然気づかなかった。

 除け者どころか存在を忘れられていた彼女に全員で謝ったのは当然の流れだった。

 


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