小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
ここは異能の能力を持つ者たちが集まるとある学院。
丘の上に創設されたその学院は、西洋風の小さなお城のような校舎で、周囲には自然に覆われた森や湖、川もあれば控えめではあるが草原もある。
近くには人々が賑わう割りと大きな街があり、学院へは街の北にある草原を4キロメートルほど進む。その先には深い森があってその入り口から更に3キロメートルほど真っ直ぐ進むと緑の木々から打って変わって満開の桜並木が姿を現す。その桜の木を抜けていくと開けた小高い丘の上にその学院が聳え立っている。
桜の木々に囲まれているその学院は白い壁で覆われたコの字型の校舎があって、この校舎は4階建てになっており1階と2階は授業やレッスンで使われる施設が備わっている。
全寮制の学院とあって3階は食堂と浴場。談話スペースやトレーニングルームなどがあって、4階は生徒達の部屋が20ほどある。
校舎の裏には約1ha(ヘクタール)程の大きさの円を描いた湖があり、畔に4人ほどが乗れる手漕ぎの小船が2隻置かれている。現在の校舎は十数年前に出来た新校舎で、その新校舎の西に150メートルほど行ったところに古びた洋館のような旧校舎がある。
壁が黒ずんだ赤レンガで屋根には青みがかった木材が使われている。
旧校舎は3階建てで上から見ると四角い形になっている。中央には縦40メートル、横が20メートルほどのフットサルコートとほぼ同等の広さの中庭がある。殆どが芝生で覆われていて、四方の壁際には補整された石の床に2階部分を支える石柱が何本も並んでいる。石の床の通路には少しばかりの植物と各校舎へ入るための扉があって、学生に人気のある場所でもある。芝生部分は何も無く広々とした空間で地べたに座っての談笑やレッスン、能力の訓練なんかにも使われている。この旧校舎には学業で使用する
資料や様々な道具などが保管されているため、この中庭で授業をすることも少なくない。
そのため、旧校舎ということで放ったらかしではなくしっかりと整備、手入れされているのだ。
そしてその旧校舎の北に行くと、周りの桜とは比べ物にならないほどの立派な一際大きい桜の木が生えている。樹齢幾百年という太い幹に力強く咲き誇る白桃色の花からヒラヒラと花びらが宙を舞っている。
100年以上の歴史を持つこの学院では主に異能の力である『能力』を育てるための場所で3年に一度の入学と卒業があり、その中でも特に優秀な成績と実力の持ち主には3年次での重要なテストを受けることが出来る。そのテストはこの世界の人間の誰もが羨む栄えある職業『アイドル』になるための試験で、それに合格することで卒業後にアイドルとしての資格が与えられるのだ。
そして今この場所で日々鍛錬に励むのは、人並み外れた魅力を持つ7人の可憐な少女達。
それぞれが全く違う能力と特性を兼ね備えた能力者。アイドルたちの卵だ。
少女達が翌日には3年生になる新たな季節。
窓からは朝日が差し込み時計の短針が9つ目の印を打とうしている頃、眠りから覚めた水瀬伊織、高槻やよい、そして我那覇響の三人は白く艶やかな丸いテーブルを囲んで朝食のティータイムと何気ない会話を楽しんでいた。
「ねぇ知ってる? サクラの木の下には女の子が眠ってるんだって・・・。」
話を切り出したのはこの部屋の主である我那覇響。
16歳の彼女は肌が薄い褐色で黒髪のポニーテールがよく似合う活発な女の子だ。
腰まで伸びた艶のある黒髪を纏める白く長いリボン。
無地の白いハーフトップに白のハーフパンツでテーブルについている。
椅子を引いて前のめりになり、テーブルに腕を乗せてその上に顎を乗せている。
明るく活発な彼女は面倒見がよく、初対面でもすぐに仲良くなって友人ができてしまう。
彼女は鮮明にイメージ出来たモノを自分の魅力を使って具現化させるという補助型でも珍しい能力の持ち主で、例えば頭の中でイメージした動物なんかを具現化して友人の探し物を探したり、一番イメージがし易い犬やハムスターを生成して遊んだりする心優しい女の子だ。
その響の右隣からは同意ではなく落ち着いた否定の声が発せられた。
「そんなのどうせ迷信よ。確かめようが無いわ。」
紅茶の注がれたカップを持ち上げながらそう発したのは水瀬伊織。
15歳とは思えないほどの大人びた性格と言動をする彼女はとある財閥のお嬢様だ。
裾の長い白のネグリジェ姿で足を組みながら紅茶の香りを楽しんでいる。
腰近くまで伸びたブラウンの髪。前髪は横に流してキュートなお凸が広く見える。
彼女の能力は攻撃型に分類される雷電能力でそれほど珍しいものでもないが、異常なのはその威力だ。そもそもコントロールが困難な能力で一般的な電撃使いであれば蛍光灯を発光させるのが精々なのだが、彼女は魅力を練り上げることで身体中から桃色の電撃を発し、通常の稲妻と同等の威力を放出することが出来る。
ただ、燃費も悪く魅力を大幅に消費するので雷レベルの攻撃は一日で3発までしか使えない。少量の電気なら半日、静電気レベルなら一日中放っていられる。
よくある能力だからこそどこまで極められるのか。彼女の探究心から来る向上心と努力には自信とプライドが備わっている。
水瀬家は代々、雷を操る家系だ。1代で財を築いた彼女の祖母によく似て責任感が強い。幼い頃から努力を続けた彼女はその能力と優れた知性から、自分の認められないものに一切の妥協と容赦がない。しかし、認めたモノや人には強い信頼を持ち、誰よりも人を思いやる深い慈悲の心を持っている。とても優しい女の子だ。
「うーん。地面を掘って桜を傷つけたら校則違反だもんね。」
テーブルのパンケーキをナイフとフォークで切りながら会話に入ったのは高槻やよい。
伊織と同じく裾の長い白のネグリジェを来てパンケーキを幸せそうに頬張っている。
彼女は水瀬家の使用人の家系に産まれた。伊織が産まれた翌年に産まれたやよいは伊織の祖母の計らいで今まで姉妹のように育った。伊織もやよいを妹のように、親友のように、大切な人として意識している。本来やよいは伊織の専属メイドとして仕えている。
彼女も面倒見がよく人の世話や掃除が好きで、水瀬邸宅の掃除をしていると伊織からはそんなことしなくてもいいと怒られることもしばしば。だが彼女はそのやり取りがスゴク気に入っている。
能力で『身体強化』というものがある。
これは補助型の能力で体内に循環している魅力を一点に集中させて運動能力を強化増幅することができるというもの。一般人の魅力で身体を強化しても持ち上げられるのは、せいぜいが300kg程度に対し、やよいは筋力を強化して現在約2t弱までなら持つ
ことができる。
「というか、そんな噂話一体どこから拾ってきたのよ?」
「ふふん、この前の大掃除のときに旧館資料室で見つけた本があっただろ?」
「あぁ、あの汚いあれね。」
ティーカップをテーブルに置いて伊織が思い出そうと瞳を左上に持ち上げた。
~~~回想~~~
ほんの2週間ほど前のこと。この学院では進級準備期間として春季にだけ一時的に実家へ帰省する期間が存在する。みんながそれぞれの町や家に戻り、離れて暮らす家族と過ごす大切な時間だ。指定された期日までに帰省を終えて寮に戻った生徒達は、後日に3日間も掛けて旧校舎と新校舎の大掃除をすることが毎年の恒例行事だ。この大掃除だけは能力を使うことを禁止しているので時間がかかる。それこそ朝から夜までかかることもある程だ。その大掃除では例年と違って旧校舎の資料室を掃除することになった。
過去2年間は講師の指示で掃除は一切しなかった。もちろん用がないのであれば生徒が入ることもあろうはずがない。
当然、中に入ると埃が積もりクモの巣が張り巡らされネズミも走り回っているような状態だった。最大級の嫌悪感を感じながら掃除を始めてようやく半分ほど終わったところで、それは見つかった。
倉庫のように扱われているためかビンに入った標本や古い書籍に木箱のオンパレードだった本棚を伊織が雑巾でキレイにしていく。雑巾を使って木の床を拭いているやよい。
そして叩きで埃を落としていた響がクシャミを連発している。
「うえぇ、埃が凄くてクシャミが・・・・・は・・・ぬっひゃぁっ!」
「それ・・・クシャミなの?」
「響、伊織ー。バケツに水汲んできたよ。」
「おー、ありがとうだぞ真、雪歩!」
床の拭き掃除をしているやよいはキレイになっていく部屋を見てどんどんご機嫌になっていく。そのやよいが手を止めて床の違和感に気付いた。
「・・・・・・あれ?」
「どうしたのやよい?」
「これみて伊織ちゃん」
伊織がやよいに近づき何があるのか確かめる。すると、やよいに言われて初めて床に敷かれている木材が不自然なことに気が付いた。その木材は棚の下敷きになっていてほんの少しだけはみ出しているような状態だったが他の木材とは違い明らかにおかしい。
何がおかしいのかと言うと、まずその床部分だけ他の床との溝が違うのだ。
他の木材は長方形のフローリングといわれる床で細長い木材が敷き詰められている。だが、その床だけ細長いフローリングの3枚分くらいが溝もなく棚に踏まれている。
伊織がしゃがんで軽く叩いてみると、コンッと軽い音がした。中が空洞になっている。
「この棚、どかすわよ。」
「うん、任せて…あ。」
やよいが能力を使おうとするが、封印術の得意な講師であるティーチャー律子に大掃除の間は全員能力を封印されているため使えない。巡回しているティーチャー律子に見つからないように、出来るだけ素早くみんなで棚を動かす。
棚を移動し終わったところで、予想通り雑誌より一回り大きいくらいの四角い床が顔を出した。普段は講師以外入らない旧校舎の資料室で一体いつから開けられていないのかわからない床の戸は伊織の好奇心を大いに擽った。
浮いた床を取り囲むみんなを他所に伊織はその前に跪いて床の溝に爪を引っ掛けた。
「伊織ちゃん気をつけて。」
みんな何があるのかと息を呑む。板の両側が持ち上がり、爪から指に持ち直してそのままゆっくり開いた。カビ臭さと一緒に姿を現したのは鎖で巻かれた赤い布とそれに挟まれた紙。三角の中に四角を書いたまるでおにぎりのようなものが書かれていて、その鎖の真ん中には古びた鍵が入っていた。
「・・・・鍵?」
~~~現在~~~
大掃除した古い資料室の中で見つけた箱の中に入っていたのは本と折りたたまれて挟まっていた見取り図、そして古い鍵。
相当昔に何者かが書き記した日誌のようなものだった。
そこには、能力開発の理論や実験結果などが書かれている。
カビと虫に食われたのか殆ど読めない部分が多かったのだが、最後のページだけは僅かに読むことが出来た。
『止められな 。 子が だと思い込んでいたのは の上 った。 は掌の られた け。ここか が始 ことはわかっていたはずなのに
・・・。 これを読 た。お願いします。これを た 0年 の に起こる 劇をどうか さい。私が だった為に った彼 たちのために。そして から 若い ため 。 りの少女は大きな桜の木の下に眠ってい 。も に うこと 来たら、 女の言う てください。
それが未 守る最後の鍵 す。お願いします。 記: り』
どうやら何かの懺悔文のようなものだと伊織は感じた。一文に『少女は大きな桜の下に眠って』と書かれていたことを今になって響が持ち出したのだ。
伊織はあの鍵と本を忘れようとしていた。簡単なカラクリだが隠していたのは間違いない。そんなものに触れて後で問題になっては自分の評価に傷が付く。
だから出来るだけ気にしないようにしていたのだが・・・。
「実はあの本と鍵、持ってきちゃってるんだ。ほら!」
「ちょっ、何考えてるのよ! 勝手に持ち出して律子にバレたらどうするの!?」
「大丈夫だって! ねぇねぇ、せっかくだからこの本と学院の謎も自分達で解いちゃおうよ!」
「あ、それって何だか冒険みたいで楽しそうかも!」
やよいは立ち上がって好奇心のままに眼をキラキラさせていた。しかし、やはり伊織は乗り気にはなれなかった。
「面白そうだとは思うけど、私達はそんな遊びしてる暇ないわよ。もうアイドルを決める段階まで来ちゃってるんだから、もっと魅力や能力を高めないとダメじゃない。」
伊織の言葉を受けた二人はハッとした後に申し訳なさそうな顔をした。
響は椅子を座りなおし、やよいもゆっくりと座って真面目な顔で口を開く。
「そ、そうだよね。私もやることいっぱいあるし・・・。」
「アイドルが選出されない年もあるって話しだから、今まで以上に気合入れないとだぞ。」
「ほら、そのうち元の場所に返しといてあげるから貸しなさい。」
響は伊織に日誌と鍵を渡した。朝食を終えた三人はアイドル選出のことを考えると少し険しい顔になったが、少しの間のあと伊織が立ち上がって引き出しの中から複数の白いリボンを取り出した。長いのから短いのまでベッドの上に順に置いていく。その内の一つを手に取り伊織が振り向くと、そこにはもう笑顔の伊織が居た。伊織はやよいを手でチョイチョイとベッドまで来るように合図した。
「ほら、こっちに来なさいやよい。新しいリボンで髪を結ってあげる」
その言葉にやよいも笑顔になりベッドの上でちょこんと座る。
そんな二人を見て、響はベッドにうつ伏せで寝転がり読みかけの本を開いて三人でゆっくりと時間を過ごした。
同時刻、旧校舎の北に行くと、周りの桜とは比べ物にならないほどの一際大きい立派な桜の木が生えている。樹齢幾百年という太い幹に力強く咲き誇る白桃色の花からヒラヒラと花びらが宙を舞っている。その木の傍で一人の少女が今、眠りに就こうとしていた。2年前にこの学院にやってきた”如月千早”その少女。
長袖のワイシャツに肩の布地が無い深い青のワンピース。襟元に朱色の短いネクタイで先端に白いラインが一本横に入っている。腰まで伸びた長い青の髪を地面に這わせ、整った顔立ちは気の強さを持ち合わせた清楚という印象を受ける。
この学院の生徒である彼女はお腹の上に手を組んで、今まさに爽やかに吹く風に意識を任せている。
その眠りを一枚の桜の花びらが邪魔をした。緩やかに舞った花びらが千早の鼻頭にそっと乗った。その感触を感じてゆっくりと目を開く。
綺麗に舞う桜の花びらと少し感じる春の寒さを蹴り飛ばすような陽気が満ちる青い空をぼんやりと見つめていると、不意に「ねぇ・・・」という声が聞こえてきた。薄い意識が起こした空耳だと思ったが、少し離れた頭上に気配を感じた千早は身体を起こしてその場所を見た。そこには見覚えの無い女の子が一人立っていた。一瞬で印象に残ったのはリボン。彼女の第一印象だ。髪は肩にかからないくらいの長さで頭の左右に短いリボンをつけている。紺色の服は肩から胸に掛けて白いラインが入っていてその下に赤いスカーフをこれまたリボンのように括っている。今はあまり見ない洋服でかなり昔に『セーラー服』と呼ばれていた洋服だ。紺色の少し長めのスカートはシンプルというに相応しい格好で、一言に『純粋』という言葉が彼女を見て頭に浮かぶ。
「ねぇ、あなたアイドルになりたいの?」
唐突な質問に言葉が詰まる。首をかしげて質問してくる彼女の素性は全くわからない。
この学院に来客する者はそれほど多くはない。ましてや入学以来、自分達以外の女の子を見たのは初めてだった。どう見ても自分と同年代の彼女が何故こんな場所に居るのか。
この学院には編入制度は無いと思うし、迷い込んだような顔にも見えなかった。
ただ、一瞬の風に揺られた彼女の髪と舞う花びらが言葉で形容しにくいほど綺麗だった。
そして彼女の質問の答えが、詰まった喉から発せられた。
「なりたいわ。」
「どうして?」
「それは・・・・・・。」
「・・・・・・。」
答えが出ないまましばらくして彼女が「そう・・・」と呟いた。
その途端に突風が吹いた。ヒラヒラと落ちる花びらに加え地面に落ちていた花びらまでもが吹雪となって千早の視界を奪った。髪を押さえ目を塞いでいた千早が目を開くと自分を中心に無数の花びらが渦を巻いて空へと舞い上がっていた。周囲は白桃色に包まれ舞い上がった花びらが自分へと降り注いだところで目が覚めた。
目を開いて自分の花頭に花びらが一枚ふわふわと乗っていた。
身体を起こし、周囲を見回す。爽やかな風に乗って舞う桜の花びらの他に目に入るものは特にない。いつもの桜並木が広がっているだけだった。
「・・・・・・夢?」
とても奇妙で現実感のある夢。急に幻想的な展開になって目を覚ましたが、登場した彼女の顔や声、姿をハッキリ覚えている。しかし何を話したのか覚えていない。
他愛の無い会話なのか重要なものなのか。知る術もない今は特に考えもせず行動することにした。夢は夢だと気持ちを切り替えて自室へと足を向けた。
昼を過ぎた頃、昼食も終えて新校舎の裏にある小さな湖の畔で桜の木にもたれながら本を読む千早は、視界の端に入った船に目をやった。そこには休日を楽しむあずさ、雪歩、そしてオールを漕ぐ真の姿があった。
あずさは艶やかな紺色のショートヘアに足も長く女性にしては高めの身長で、恐らく男性から見れば大変魅力的なスタイルをしているだろうと思う。
キレイな顔立ちから放つ明るい笑顔におっとりとした性格から想像が付くほどのマイペースなお姉さんだ。ただ、もう20歳になると言う彼女に唯一方向音痴という弱点がある。2年生の夏季休暇中に体重が増加したおかげで能力を使わずに徒歩で移動するという運動に挑戦してみたのだが、一日行方不明になって翌日帰って来た時は気が付けば200キロも離れた東の街に居たというので、講師の女性にこっ酷く叱られた。
一般的には殆どありえないことだろうけど、彼女が徒歩で移動する時は誰かの付き添いが必要なので一人での移動は必ず能力を使うことを約束させられ、徒歩での移動を制限されてしまう始末だった。
しかし、散々怒られたのにそれでも落ち込むことなく笑顔で居た彼女に千早も安心感のようなものを抱いている。
雪歩は大人しい、か弱い女性と言えば当てはまるほどの気弱な女の子だ。
茶色の髪を肩で揃え、華奢な身体は見るからに非力に思える。いつも白い服を纏うので白以外のイメージが浮かばない。純白、清純という言葉が似合う彼女はきっと世の男性の理想とも呼べるかもしれない。良い意味でのギャップになるのだが17歳とは思えない渋い趣味をしている。東の国で飲まれているお茶が好きで、部屋では真ややよいにそのお茶を振舞っているらしい。彼女は何においても自信が無く、よく涙目になっているのを授業で見かける。
恥ずかしいことや失敗したと思ったら何処からとも無くシャベルを取り出し『穴掘って埋まってますぅ~!』と言うお決まりのセリフと共に本当に穴を掘って入ってしまう癖がある。しかし水を使う彼女の能力は入学当初から凄く安定していて、今までレッスンで失敗したところを見たことが無い。意外と芯が強いと言うか肝が据わってるのではないだろうか。
そして彼女も、人を惹きつける柔らかい笑顔を持つ魅力的な女性であることはこの学院で一緒に学んできた千早も良く知っている。
気配りも出来て優しい彼女はもしかすると誰よりもお姉さんなのかもしれない。
オールを漕いでいる真は、少し気の強い黒髪ショートヘアのボーイッシュな女の子。
身体は鍛えているだけあって女性にしてはガタイが良い様に思える。格闘技が得意でよく一人で稽古をしているのを見かけるが、それに加えて能力の訓練もしていて彼女の努力の姿勢は千早も一目を置いている。
入学前から雪歩とは友人で、最初は雪歩を守るように生活していた。周囲を睨むような目で、一人のときは本当に近づきづらい空気を纏っていたのだが、雪歩を解してみんなの中に溶け込むことが出来た。本当の彼女は凄く陽気で明るい性格だったことに驚いたものだ。そんな彼女もやはり女の子なのだと思わされたことがあった。
少し前に所用で彼女の部屋を訪ねたときにベッドの上に置かれていたピンクのフリフリドレスを見てそのままドアを閉めた。幸い丁度留守だったので見なかったことにした。
その時に私を含め7人の中でも特に乙女の心を持っているのが真なのだろうと思った。
気が強いからこそ来る憧れもあるものなのだろうと、これも真の魅力の一つとして胸に止めた。
三人が楽しそうに湖を小船で横切っている。
本当は同じように遊びたいが一人が性にあっていることと今まで大して関わってこなかった後ろめたい気持ちから声をかけることもできず日ごろ暇な時間は本を読んでいる。千早に話しかけてくるのは主に雪歩と響とやよいくらいのものだが、それでも特に親しいというわけでもない。やよいたちも今頃自室でまた伊織と響の三人で笑いながら話でもしているのだろう。正直に言うと少し羨ましい。
真たちが遠くなった頃、本を閉じて再びあの丘の上に向かう。心地いい風と綺麗な花びらが舞う光景は千早のお気に入りだ。この周辺の桜は一年中咲き乱れている。
本来は桜の木と言えども一年中咲いているなんてことあるはずがない。だが不思議なことに、ここの桜は花びらが落ちているのに全く枯れない。専門家が調査しても解明出来なかったらしい不思議な桜達にちなんだ呼び名で地元民に呼ばれている。
白のような淡い桃色の花びらの匂いを嗅ぎながら本を読むことが何より好きだった。
そして読み疲れたら風に吹かれながら少し眠る。桜にもたれ掛かって読み始めた本の文字が睡魔を発し、暖かい日差しと微かに漂う花の香りを楽しみながら千早は本を抱いてそのまま眠りに落ちていった。
それから少し後、船を下りてあずさと別れた真は自室で雪歩に髪を切ってもらっていた。
真の髪は学院に入る前から雪歩に切っている。二人は幼い頃からの親友同士で、よくお互いの家に遊びに行ったり外で遊んだりしていた。
二人の出会いは御伽噺に出てくるようなものだった。
雪歩の故郷に移住してきた真が町を散策していた時、片隅にある小さな広場を通りかかった。声がするので行ってみると、同じ年頃の男の子に酷い虐めを受けている雪歩を見つけたのだ。もちろん、そんなことが一番許せない性質の真はそのいじめっ子達に食って掛かった。いじめっ子を叩きのめした真に雪歩が惚れるという展開になったのだ。
当時は雪歩も真を男の子だと思っていたため町で見かけては物影に隠れて付いて回っていた。頻繁過ぎて流石に気付いた真が雪歩に声をかけると顔を真っ赤にしてこう言い放った。
「あ・・・あの・・・その。まこと・・・君。その・・・と、とも・・・だちに。」
「・・・あのね君。僕・・・女の子なんだけど」
「・・・・・・・・・え?」
「だから、まこと”君”じゃなくて真”ちゃん”だから。女の子だからね!」
「・・・・・・」
頭の中が真っ白になった雪歩は何処からともなく取り出した大人用のシャベルを使って無言でザックザックと穴を掘り出した。とてつもない勢いで掘り進める雪歩は30秒でおよそ1メートルほど掘り進めた。
掘り進める手が止まって蹲って泣きべそをかき出した雪歩に真が苦笑いで質問した。
「あの・・・・・・何をしてるの?」
「ぐすっ・・・・・・助けて貰ったのに男の子に間違えてた私なんて、埋まってしまった方が・・・」
「・・・・・・くす」
「ふぇ・・・?」
「あはははは、君って変な子だね。あはははは。」
「うぅ・・・やっぱり私、穴掘って埋まって」
「でも僕、君みたいな子嫌いじゃないよ。・・・ねぇ、僕達友達になろうよ」
「・・・え?」
それから、わんぱくだった真の後を付いて回る雪歩という図が日常的になった。
真は格闘家であった父親に格闘技を教え込まれていた。しかし、能力を使う雪歩に憧れて雪歩の母親に教えを乞うた。雪歩は町を統治する大きな屋敷の娘で、地元では近づかないようにと言われる家だった。その雪歩の母親は優しい女性でどんなことでも教えてくれる人だった。過去に一度学院の入学試験を受けた経験もあった彼女は能力の使い方を知っている範囲で雪歩と真に教えてあげていた。
格闘技を習う真は元々勘が良く、すぐにコツを掴んで炎の能力を覚醒させた。
一般に照らし合わせれば、間違いなく天才の部類に入る速度で真の能力は成長していた。
そして天才は一人ではなくすぐ傍にもう一人。母親との会話中にお手伝いの女性が運んできた飲み物を机と床に零したのを見た雪歩が、掌を広げるとこぼれた飲み物が集まって宙を舞い元のコップに戻っていった。
僅か6歳で誰にも教わらず水を操った雪歩に母親も驚愕した。それ以降、雪歩に能力の使い方や簡単なレッスンを教えていた。
その二人が14歳になった時にアイドルを目指したいと家族に告げるとあっさりOKが出た。やってみるべきだと雪歩の母親も推薦して学院の受験を許可した。
その年の受験者はおよそ200人。いずれも国中から集まる能力の使い手だが、その中でもやはり郡を抜いて強力な魅力と能力を持って見事合格した。
それから2年。翌日から新学期と言うこともあり、せっかくなので整えようと雪歩が散髪を提案したのだ。
床にシーツを敷き、首周りに白い布を巻いて前にある鏡で確認しながら髪を切っていく。
鋏の音だけが響く室内で痺れを切らしたかのように真が口を開いた。
「ねぇ、もし僕達がアイドルに選らばれたらどうする?」
「え・・・あの、私なんてダメだよ。アイドルになれるほど能力が高いわけでもないし。私より真ちゃんの方が絶対アイドルに向いてる」
「そんなことないさ。雪歩にだっていいところはたくさんあるし、僕より強力な力もある。アイドルになるなら雪歩の方がいいよ。」
鋏を止めて目を伏せる。自分が大好きな女の子の髪を見ながら、心の中の正直な気持ちにモヤモヤした。アイドルになれるなんて思ってないし、みんなに失礼な話だが多分自分はそこまでアイドルに執着しているわけではない。
ただお互いが笑い合えるように。真とずっと一緒に居られるようにと、ただそれだけが雪歩の心の声だった。本当ならアイドルになるためにここに居るはずなのに、口に出すとそれだけで、もしかすると軽蔑されるかもしれないと不安な気持ちを抑えて少しの吐露で平常心を保とうとする。
「そんな・・・私は、今のままがいい。変わらない日常を暮らして、ずっと真ちゃんの傍で笑っていたい」
「大丈夫。ずっと一緒だよ、雪歩。」
「・・・私、真ちゃんのことが・・・好き」
「・・・・・・僕も、雪歩が好きだよ。」
「・・・・・・っ!」
「だから僕は、君を守る。僕の力全部を使ってこれからも雪歩を守ってみせる。この約束は絶対さ。」
そう。それでいい。きっと私が言った『好き』と真ちゃんの言った『好き』には多少なりとも違いがあるだろう。でも、それでいいんだ。真ちゃんは私を守ってくれる。
そして、私も大好きな真ちゃんを守りたい。これから先もずっと、ずっと傍で。
「・・・私も、真ちゃんを守る。だから、ずっと一緒に居てね。」
そういうと輝くほどの笑顔で雪歩は髪切り鋏を動かし続けた。
一章前編 終