小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY   作:つっかけ

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第十一章 -素直な心-

終幕へと向かっている中、未だに地響きが鳴り止まない地下でそれぞれが、まるで時が止まったかのように動こうとしなかった。

入り口から入って部屋の中央付近では、今や二度と目を開けることの無い妹を抱きしめながら嗚咽を漏らす姉の姿があり、その後方では身体をを少しずつ回復させながら座り込む少女。その右隣に立つ双子の姉はおしゃぶりを加えながら立ち尽くし、更にその隣では妹が同じくおしゃぶりを加えながら座っていた。

双子の後方にはポニーテイルの少女が座っていて、その側に女性講師が少女の肩にもたれ掛かっていた。

2分もないくらいの無言の時間が過ぎて、身体を休めて回復する少女。水瀬伊織が未だに妹を抱く姉、三浦あずさへと声を投げかけた。

 

「ねぇあずさ・・・その娘とあなたは未来の人間なのよね?」

 

あずさは抱きしめた貴音をそっと離し、膝の上で眠らせた。

体制を変えず、背中越しに自分達のことを話し始める。

 

「・・・この娘と私は、80年後の未来から来た未来人。眠り姫の復活を阻止し、この貴音ちゃんを見つけ出すのが私の役目だった。」

 

「そう・・・千早にあのバケモノの話をしたのは、あんただったのね。」

 

色々と合点がいった。この戦いが始まる前、千早が私に色々と腹の立つことを言った行動の裏にはそういう経緯があったわけだ。

あずさが千早に未来の出来事を話し、近々その眠り姫が復活してしまうと言うことと、私や他の誰かがあの鍵を使ってこの部屋の扉を開き、眠り姫を外に解き放って世界が終焉へと向かう。という大まかな未来があったわけだ。

それを手早く阻止しようとしていたのが千早だった。

だが千早も突然未来の話を信じるほどバカじゃない。

何らかの形であずさの話を信じた千早は、私に鍵を渡すように迫ってきた。

ちゃんと話をしていれば、信じていれば、感情に任せて考えなしの行動をしなければ。

きっと今の絶望が生まれることはなかったはずなのに。

 

「・・・何やってるのかしら、私。」

 

先ほどの激しい戦いが収束したことで、急激に冷静さが戻ってきた。

自分の愚行があずさの居た未来へと繋がってしまったことに腹立たしく、それ以上に今までのどんな経験よりも情けなさでいっぱいになってきた。

その後に、失ったものの大きさに押しつぶされそうなほどの悲しみが襲った。

堪える間もなく頬に雫が流れ落ちる。

 

「・・・ごめんなさい。」

 

「伊織・・・?」

 

今度は伊織が涙を流し、嗚咽を漏らす。

自分の行動が周りの人間を、世界を危険に晒し、自分の一番大切な人までも失った。

伊織の中に渦巻いていた自責の念が、緊張の糸が切れたことによって噴出したのだ。

 

「わ・・・私のせいでみんな・・・私が扉を・・・開けたから・・・。ごめんなさい。・・・ごめんなさいっ!!!」

 

涙が止まらない。

拭っても拭っても溢れ出る。顔をぐしゃぐしゃにしても心の悲しみは決して消えない。

未来への喪失感も、失った心の穴も、過去の罪の重さも、全てが今伊織に襲い掛かっている。

背中を小さくして泣きじゃくる伊織を見て律子が響の背中を軽く叩いた。

響は律子の気遣いに感謝しつつ伊織を強く、強く抱きしめた。

 

「違うぞ伊織!」

 

声を大きく伊織の言葉を否定した。

そして子供を諭すような声で伊織に告げる。

 

「未来じゃ眠り姫が復活してる。誰かが扉を開けた未来があったんだ。それが伊織かもしれないし、自分かもしれない。他の誰かかもしれない。今回は伊織が貧乏くじを引いちゃっただけさ。そうだろあずさ!」

 

いつの間にかあずさからは嗚咽は聞こえなくなっていた。元々、覚悟していたことだったのだろうか。気持ちの落ち着きを取り戻したあずさは貴音を膝に寝かせて、そのまま転移を使って身体を伊織に向き直らせた。

動かずに向き直れるとは便利な能力ね。と律子が思いながらあずさの表情に同情してしまう。

響も、いつも笑顔だったあずさの沈んだ表情に新鮮さと痛々しさを感じながらあずさの言葉に耳を傾けた。

 

「確かに、私の世界では扉を開いたのは千早ちゃんだったらしいわ。その責任を感じて必死に止めようとしていたんだそう。」

 

あずさが響の言葉を肯定する。普段から本を読む響は未来に過去、異世界とファンタジーの方面でそれなりに強い。千早のあまり読まないジャンルの世界観を持っている響だからこそ、あずさの話をよく理解できた。

幾重にもある平行世界で起こる若干の異なる事象が後に大きな変化をもたらす事もある。

今この瞬間も平行世界は生まれているのだ。響が伊織を抱きしめた世界、抱きしめなかった世界。扉を開いたことを罵った世界。その幾重にもある世界は存在していると響は思っている。そしてそれは事実であると、ここに居る未来人のあずさが証明してくれた。

 

「な! だから伊織だって今回の被害者なんだ。伊織が開けなくてもきっといつか誰がが絶対に開けたさ。悪くない。伊織は悪くないんだ、な!」

 

響の胸に顔を埋めて泣く伊織をあずさはジッと見つめていた。時間が存在する限り、いつ誰が何をするか解らない様々な可能性があるこの世界で、千早が解錠し、伊織が解錠しとキッカケさえあれば変わってしまう世界。神の作ったシステムか、悪魔が楽しむ籠の中なのか、それすらも人には解らない。

ただ、平行世界があることで運命は絶対ではない。とこの世界が認めている。

その最後の証明は誰に委ねられているのか。

それはまだ、誰にもわからない。

 

「それからティーチャー律子も、さっきは庇ってもらってありがとう。」

 

脚を伸ばして後ろに手をつき座る律子が、左手をチョイチョイと振って気にするなと合図する。

貴音の風の刃で切り裂かれることは辛うじて防げても貫通したダメージ自体は防げなかったようで、立つことはまだ出来ないようだ。

そこで今度はあずさが律子に対して質問を投げかけた。

 

「あの、少しいいかしら? えっと、そこに居るのは貴音ちゃんとは違う律子さんなのよね? 本物ということで・・・いいのかしらぁ?」

 

律子が現れてからと言うものマトモな説明をされていないのは全員揃ってのことだが、特にあずさはホンの少し前まで眠っていた訳だからその疑問も当然だ。

あずさは律子から貴音へと変化するところを直接見ている。つまるところ、貴音が自分の膝の上で静かな眠りについているのだから、別の律子が存在していることはあずさからすれば異常極まりない訳で。量産型律子と言わんばかりで混乱してしまいそうだった。

その疑問自体は伊織も同じだったようで響の胸の中で眼を瞑って話しを聞いていた。

 

「えぇ、私は本物の秋月律子よ。ティーチャー律子の方が馴染みかしら?」

 

「りっちゃんは100年前の別次元、つまりお姫ちんに負けなかったりっちゃんなんだよ。」

 

「ひ、100年!?」

 

突然大きな声で驚いた響の声に、泣き疲れ始めて遠のく意識をフワフワの浮遊感に任せていた伊織まで驚いて飛び起きた。

うたた寝の思わぬ回復力で身体が割りと動く。

見上げると響の顔があわてふためいていた。

 

「え、いやだって・・・100年て言ったらスゴくお婆ちゃん!」

 

「誰がお婆ちゃんですって?」

 

「ひっ・・・じ、冗談さ冗談!」

 

「まったく・・・それよりよく貴音の封印を解けたわね。誰が解いたの?」

 

その疑問は伊織もあずさも気になった。

貴音は自分の脳ですら操作できる封印術師の謂わば究極系だ。あずさの封印を解くなんて律子以外は到底不可能なはず。

 

「ひびきんだよ?」

 

と、言う風に度肝を抜く発言が飛び出す。

あずさも伊織も到底信じられなかった。

律子はしばし顎に指を添えて考える素振りを見せたが、やはり彼女にもわからないようで響に問いかけた。

 

「あなた封印術師じゃないわよね? どうやったの?」

 

「いや・・・それが実は、あずささんにかけられてたのは基礎封印術の一つだけだったんだ。あれくらいなら自分でも簡単に解けるぞ。」

 

その言葉に律子もあずさも、驚愕の表情を見せる。いまいち分かっていない伊織が律子にどう言うことなのか説明を求めた。

 

「つまりどう言うことよ?」

 

「つまり、貴音は初めから彼女・・・あずささんを実験に使うつもりなんかなかったのよ。」

 

伊織には理解できなかった。

あずさを実験に使うつもりがなかったのなら何故こんな真似をしたのか。

あずさを拘束して全力で戦って負けて最後には命を落とした。全くもって訳が解らない。そして隣でも響が伊織と同じ顔をしていて律子が苦笑いを浮かべる。亜美と真美も未だに要領を得ていないと見た律子が全員に分かりやすく説明をした。

 

「今となっては推測になっちゃうけど、多分これは貴音の自作自演だったのよ。」

 

「自演・・・あっ」

 

「そっか・・・そうだったんだね。」

 

ここで亜美と真美が理解した。

まるで授業のように律子が二人に続きの説明を任せる。

二人は律っちゃんの面倒くさがりー! とブーイングを浴びせるが律子は知らぬ顔をして黙ってしまった。

 

「ちかたない。真美ヨロー。」

 

「うぇえ・・・二人ともずっこいよ、もう~。えっとね・・・お姫ちんは他の誰でもないあずさお姉ちゃんに殺されたかったんだよ。でも普通にお願いしたんじゃダメだと思ったんだね。」

 

「あずさお姉ちゃん優しいから。だからお姫ちんはあずさお姉ちゃんを追い込んで殺すしかないようにちむけたんだよ。自分がどうしようもないくらい狂ってる演技をしてさ。」

 

「自分で命を絶てなかったんでしょうね。そして最愛の姉の手で死ぬことが彼女の最後の願いだったのよ。」

 

結局、真美亜美と続いて最後は律子が説明してくれた。三人はとても分かりやすく説明してくれたお陰で伊織と響は複雑な表情に変わった。

 

 

 

 

これは酷い自己満足だわ。

 

この世界に来て講師に成り済まし、生徒を使って眠り姫を作り出して後にその罪を自覚し、命を絶てず最後には姉の手での死を願って死んだ。

あまりにも酷い身勝手。そしてあまりにも可哀想な話。

彼女は間違いなく志していた。未来の眠り姫と戦うための力を獲得する。それは純粋な気持ち。

だけど星井美希の実験で制御は出来ないが眠り姫を作ることには成功した。それから実験を繰り返したが全く成功せず、気付けば後ろには死体の山。

そしてその時にやっと理解したのね。星井美希は成功では無かったことに。

その時にやっと気が付いた。

 

『自分が未来を崩壊させるものを作り出したことに』

 

それが分かったときの貴音の絶望はきっと計り知れないものだったに違いない。未来の事に目を向けすぎて今を疎かにした結果だ。

未来に帰ればこの世界とは関係無い。だが、直接未来と関係のあるものを作ってしまった。封印したとはいえ誰かが星井美希を解き放つかもしれない。

そうなれば、未来は記憶通りの道を辿るだろう。後は眠り姫に対抗して倒すことのできる力を作り出すしかない。それが考えられた唯一の方法だった。

結局貴音も、未来と同じ道を歩みたくなかったと言うこと。

 

「何よ・・・。あんたも戦ってたんじゃない、運命と。」

 

響は泣いていた。人一倍感化されやすい彼女のことだ。きっと考えてる内に貴音の気持ちを少し感じ取ってしまったのかもしれない。

あずさは貴音の頭を撫でていた。艶やかな銀色の髪と綺麗な顔、到底死んでいるように見えない。

亜美と真美も貴音に近付いてその眠る顔を見つめていた。貴音とどういった関係かはわからないが、二人の性格の事だ。きっと親しかったに違いない。

 

「・・・何とか動くわね。さて、そろそろ外に出ましょ。地響きもまた酷くなってきたし。」

 

律子がそう呟いて皆がハッとなる。

まだ外では千早と春香が美希と戦っている。

あの戦いに参加しても足手まといなのはわかるけど、少しでも力になれるかも知れない。

みんなが立ち上がって、あずさは貴音を寝かせたまま転移する意思を伝えてきた。

 

「あずさ、中庭に行きなさい。千早が居るし、やよいもそこに・・・」

 

「わかったわ。」

 

そうしてあずさも転移の準備をした。

亜美と真美は立ち上がった律子を軽く支えながら同じ速度で歩く。

私も地上への扉に向かって歩き出した時、響だけが歩を進めず律子に質問した。

 

「なぁティーチャー律子。その、ひょっとしたらなんだけど訊いて良いかな?」

 

「ん? なにかしら?」

 

律子を支える亜美と真美、それにあずさも私も響の質問を待った。

 

「もしかしてティーチャー律子は、前から貴音のこと知ってたのか?」

 

不思議なことを訊くものだと思った。

私も途中参加だったけれど律子と貴音の関係が敵同士であると会話の流れでハッキリしている。

以前にも戦ったようだし、能力も知ってておかしくない。

響は私よりも遅くこの場所に到着したのにも関わらず何故そんな事を思ったのか。

まぁ今の地上のことを考えると、そんなこと大したことじゃないと思って気にしなかった。

 

「そりゃ知ってたわよ。だって・・・」

 

この言葉を聞くまでは・・・。

 

 

 

 

 

 

ところ変わって地上。

いまだに中庭の周囲で繰り広げられる戦闘。気持ちよさそうな芝生の上に寝かされたやよいの亡骸を護る千早と、その隣で膝をつく春香の姿を空の上から美希が見下ろしていた。

二人の戦闘は周囲への被害も見事なもので、旧校舎の壁に穴が開いたり崩れたり、中庭の地面がえぐれたりとそろそろ原型がなくなってきている。外の木々もまだ燃えていて新校舎の方も大きな音を立てて崩れていた。もちろん千早とやよいにも影響が出ないわけではない。流れ弾が、とにかくよく飛んでくるので分厚いシールドを張って凌いでいる。ただ飛んでくる攻撃の殆どが光線系なので、部分的に防げばいいという理解に至った。なので分厚くて小さいシールドを作って閃光に当てればいいだけなので今までよりも魅力の省エネが半端ない。しかし、防ぐ数が多かったため千早の息は切れ切れだ。春香もどんどん美希の動きに着いていけなくなっていた。目にも止まらない戦いは美希が振り下ろしたスタンドマイクの鎌を防いだことで、春香は地面へと飛ばされた。クルクルと回って上手く着地した春香もやはり息が上がっている。

あれだけの攻防の後でも美希はやはり、疲れを見せる様子はない。

 

 

 

 

「ふぅ・・・相変わらずスゴイ戦闘感だなぁ。どの攻撃もギリギリで避けられてる。」

 

「春香でもかなりの強さなのに、これほどなんて・・・。」

 

戦闘開始直後はほぼ互角の戦いをしていた春香も時間をかけるにつれて動きが悪くなっていった。

本物の身体というわけではないだろうからマトモに戦えてるだけでも奇跡的だけど、魅力の消耗が心配になってしまう。美希はやはり眠り姫の身体だからか消耗してもすぐに回復してしまう。というより消耗しているのかもわからないほど動きが良いままだった。

 

「やっぱり性能差が出ちゃってるかなぁ。」

 

「あっちは完全攻撃型。こっちは防御型と変則的特質型。火力差はどう考えても埋まらないわね。」

 

「でも攻めないと一気にやられるよ。千早ちゃん、役割は今のままよろしく!」

 

そう言って春香はまた美希に向かって飛び去って行った。上空では光が飛び交い始める。

美希と戦っているのは殆ど春香で私は高槻さんを護って動けない。水瀬さんにあずかった彼女の身体をこれ以上傷つけさせない為にも、せめてもう少しだけ戦力が集まれば・・・。

突如として鼻腔にフワッとした爽やかな香りを感じた。フと右を向くと、腕に見たことのない女性を抱えたあずささんが立っていた。昼間に見た絵になる綺麗な姿とは一転して、身体の至る所に赤黒い染みが付いている。

右腕は肘までその色で染まり、頬や腹部にまでそれは飛び散っている。

地面に寝かされた高槻さんを見て驚いた顔で数秒停止した。そして高槻さんの右隣にその綺麗な銀色の髪をした女性を寝かせる。服には穴が開き赤黒い染みが広がっていて、その人ももう動くことがないことを物語っている。

 

「千早ちゃん、大丈夫?」

 

「あ、あずささん。その人は・・・。」

 

「この娘は妹の貴音ちゃん。・・・昼間に話したでしょ。」

 

この人が貴音さん。未来から来たあずささんの妹。状態を見ても決して良い結末じゃない。

悲劇がまた起こってしまったのだろう。大切な人を失う悲劇が。そしてそれは本人たちで終わらせてしまったということを二人の状態を見てわかった。

あずささんは高槻さんをジッと見ている。まるで謝るような表情で一筋涙を流した。

すぐに立ち上がって上空で戦う二人を見る。そして身体が固まった。理解出来なかったのだろう。私たちが束になっても敵わないあの星井美希が今、たった一人の少女と少なくとも遊び感覚ではなく本気で戦っている。

 

「一体、あの娘は・・・?」

 

「春香、まだ頑張ってくれてたのね。」

 

旧校舎から歩いて水瀬さんが出てきた。我那覇さんと謎の双子も続く。そして律子を見て私の表情が変わる。何故ここに彼女が居るのだろう。仇を討つと言って律子を追った水瀬さんが冷静になっていることも不思議に思う。警戒や敵意をむき出しに律子に向かって睨みながら立ち上がる。

 

「大丈夫よ千早。その律子は本物だから私たちの味方よ。」

 

水瀬さんがすれ違いながら、そう口にした。

本物の律子だなんて何を根拠に信じれば良いの?

もしかするとみんな封印術で記憶を封じられてる?

 

「美希。あなた・・・」

 

双子に肩を借りた律子が空を見て、か細く呟く。

美希の戦いに律子の顔にも微かに畏怖の色が浮かぶ。

どうやら律子から見てもあの二人の戦いは異常に写っているようだ。

 

「なんでこんなことになったのかしらね。・・・貴音、あなたは・・・。」

 

みんなが寝かされた貴音さんの顔を見る。

何故かみんなが律子の話を理解しているよう見えた。

話が見えない私は静かな声で問いかけた。

 

「一体何があったと言うの?」

 

「それについては千早、あんたに話しとかなきゃいけないことがあるの。私を信じて聞いてくれるかしら?」

 

水瀬さんが真剣な眼差しで私の目を射ぬいた。

力強い眼光は信じて欲しいと言う気持ちが現れていた。まさに夕刻、私が水瀬さんに話す機会を得るために必死に説得した、あの時の強い思いのように。

 

「水瀬さん。私はあなたとよくケンカもしたし、良い印象なんて殆んど無いわ。」

 

水瀬さんが少し萎縮した。

私は水瀬さんとは決して仲良くなかった。入学から変わった目付きで見られ、防御型と言うだけでバカにされたこともあった。その都度、口では嫌味の言葉が溢れだし態度に表れることもしょっちゅうだった。

確かに嫌な関係だった。

 

「でも・・・」

 

だけど、一つだけ私は水瀬さんに一度も伝えたことがない気持ちを今、口にした。

 

 

 

『私は真っ直ぐにぶつかってくるあなたを、一度も疑ったことなんて無いわ。』

 

 

 

水瀬さんは顔を上げた。驚きと何故と言う疑問が彼女の頭の上を回っている。

私はこの言葉で、水瀬伊織と再び1から関係をやり直す。そのつもりで私は彼女の目を見て、声を低く強く言葉を放った。

 

「あなたの直向きさは本物だった。努力の為に学ぶことを怠らなかった。知らなかったのかしら?」

 

水瀬さんの目尻に水滴が溜まる。

今まで素直になれず、いつも口から出るのはお互いを侮辱するものばかり。

でも、例え関係は険悪のままでも、信じてもらえなくても、出来ればこの言葉だけは卒業までに伝えたかった。

 

 

 

『私はずっと、あなたに憧れてたのよ?』

 

 

 

そう。私は彼女に、水瀬伊織に憧れていた。

考えを止めない頭の回転。努力を苦と思わない直向きさ。難しくても果敢に挑戦する精神。一度口にしたら最後までやりきる行動力。どれも私が彼女から見出だして彼女に学んだ部分。

険悪であろうと犬猿であろうと、そんなことは些細なこと。口喧嘩をしてもその本質は向上心から来るものだった。とても羨ましかった。

 

水瀬さんは俯いてしまった。肩を揺らして水滴が地面に落ちる。彼女の左肩に私の右手を乗せた。

30秒ほどの時間だけ水瀬さんは涙を溢し、そして顔を上げた。

 

「さぁ、聞いてもらうわよ。春香が頑張ってるうちにね!」

 

その顔はスッキリしたような、吹っ切れたような清々しく自信に満ちた笑みを浮かべた。

私たちの関係は、もう前のように険悪になるような事はないだろう。仲の良い友人になる。そんな未来が見えた気がした。

 

私は水瀬さんの言葉に耳を傾けた。

私と別れた後、地下で何があったのか。

律子に化けていた貴音さんの話。本物の律子と戦い最終的にはあずささんが地下の戦いを終わらせたことを簡単にだが要点をしっかり伝えてくれたので解りやすかった。

それほど長い時間でもなかったはずなのに、内容の濃さに少し現実味のない感覚になる。

あらかたの説明が終わった後は律子が話を引き継いだ。

双子に支えられていた律子は私の前に座り、その話を始めた。

 

「あなたが千早ね。私は・・・って、自己紹介はいらないか。さっきそこの伊織にも驚かれたんだけど、あなたもきっと知らないのよね?」

 

「一体何を・・・」

 

勿体ぶった言い方をする律子だが、すぐに本題を口にした。

 

 

 

『貴音は私の教え子で、美希とは元々この学院で仲の良いクラスメイトだったのよ。』

 

 

 

律子のこの言葉には当然の如く絶句した。

貴音さんは学院に入学して数年教えてもらった師をその手にかけ、苦楽を共にした仲の良いクラスメイトを実験材料にした。

狂気と言う他がない。

 

「そりゃ言葉も出ないわよね。私もそうだったもの。」

 

私も水瀬さんも、恐らく他の誰もが同じ反応に陥るだろう。

どこの世界に師を手にかけ、仲の良い友人を実験に使う人間がいると言うのか。その結果がとてつもない悲劇を生むと言うのに。

 

「貴音は目的の為に狂気に取り付かれていた。間違いに気付いたときにやっと正気に戻ったのよ。」

 

想像を絶する。人間は強い目的や意思を持つとそこまで周りが見えなくなるものなの?

貴音さんにとって律子や美希、春香は一体どんな存在だったのかしら。

きっと大切だった筈。未来での暮らしに比べれば、受けた悲しみに比べれば、この世界での暮らしはスゴく幸せだったはずなのに。

 

「こんな話、誰も浮かばれないわ」

 

「まったくよ。貴音も、そこに居る娘も、それに美希も。」

 

そこに居る娘と言う言葉はもちろん、今は芝生の上で胸に手を組み眠る高槻さんのこと。

美希も高槻さんも同じく貴音さんの実験の被害者だ。貴音さん、出来るなら最後と言わんばかりの高槻さんに対する実験は止めて欲しかった。

 

「やよい・・・?」

 

その声に私を含めみんな彼女の方を見た。

フラフラとおぼつかない足取りで高槻さんの側に近付き、その左隣にドサッと膝から崩れ落ちた。

こちらに背を向け顔は見えないが、月明かりに照らされキラキラと光る雫が膝と上に一つ、二つと濡らしていく。

 

「・・・なんで・・・やよい。」

 

高槻さんの額を撫でた後、我那覇さんは両手で自分の顔を覆ってうずくまった。静かな嗚咽、震える背中が一層悲痛に感じた。

我那覇さんもずっと高槻さんと一緒に居たのだから彼女の悲しみも当然だった。毎日遊び、お茶をし、笑いあったあの時には、戻ることがないのだと自覚するには十分だった。

 

「私が殺したのよ・・・」

 

いつもの高い声が気持ちに比例した低さで自然と耳に入ってきた。

水瀬さんは前へ一歩、また一歩と我那覇さんへ近付いて後ろに立った。我那覇さんは水瀬さんの言葉に嗚咽も震えも止まって固まっている。

 

「私がやよいを殺したの。私が―――」

 

バチィンッ!!

激しい音と共に我那覇さんの右の平手が水瀬さんの頬を捉えていた。

その勢いで水瀬さんは横へ倒れ込む。

 

「我那覇さん! 違うのよ、高槻さんは―――」

 

「良いのっ!! 良いのよ千早。どんな言い訳や理由を並べても、私がやよいを殺した事実は変わらない。さぁ、響! 殴りたければ殴りなさい!」

 

そう言って水瀬さんは目を瞑り無抵抗の意を示した。

我那覇さんは目から大粒の涙を幾度となく流し、水瀬さんに近付く。

 

「・・・!」

 

我那覇さんはそのまま水瀬さんを強く抱き締めた。

 

「良いわけないぞ!!」

 

我那覇さんは今までに聞いたこともない怒りと悲しみの混じった声で大きく叫んだ。

 

「良いわけない。伊織とやよいの仲の良さは自分が一番よく知ってるから。だから伊織がやよいを簡単に殺すなんてこと絶対にない。」

 

涙声で話す我那覇さんは水瀬さんの肩を持って引き離し、真正面から水瀬さんの目を見た。お互いの頬に涙を伝わせて続ける。

 

「伊織は今、きっとスゴく苦しいはずさ。強がってたってそれくらいわかる。でもその苦しみを受け入れなきゃ前に進めなくなっちゃうから。ここで逃げたらやよいに怒られるぞ。」

 

我那覇さんは手を話す。二人は正座を崩した座りかたで地面におしりをペタっとつけた。

そして今度は水瀬さんの顔を自分の胸に引き込み優しく抱き締めた。

 

「なんでこんな時にまで素直になれないかなぁ・・・。やらなきゃいけない事があるのはわかるけど、伊織はちょっと気持ちに嘘をつきすぎだぞ。今なら大丈夫だから・・・やよいの事、思いっきり思ってあげよ。」

 

「・・・・・・ふっ・・・うぅ・・・ぁぁああああ。」

 

我那覇さんの腰に手を回していた水瀬さんの手が、服を強く握りしめて彼女は大声で泣いた。

何度もやよい、と名前を呼んで胸にしまっていた気持ちを全て吐き出した。

我那覇さんは静かに涙を流し、抱き締めたまま優しく水瀬さんの頭を撫でた。

 

「さて、伊織はしばらく気持ちの整理をつけてから行動させるとして。」

 

律子が我那覇さんと水瀬さんをしばらく戦線に出さない考えを私とあずささんに伝えた。

魅力の消耗もあることだし、私もそれには賛成だった。

あずささんも異議はないようで、コクンと頷く。

 

「千早お姉ちゃんも亜美と真美とでちょっとお留守番だね。」

 

そう言って双子の一人。黒いシュシュで髪を左側サイドテールにしている女の子が提案した。黒いドレスを身に纏っていてメイド服にも見えるその風貌は袖や首元、丈が膝まであるスカートに白いヒラヒラがついていて白のニーソックスにフォーマルシューズを履いている。

そして何故か二人揃って口にくわえているおしゃぶりが異常な存在感を示していた。

その二人が私の後ろで両肩に手を置いた。

 

「となると、私とあずささんでやるしかないわね。」

 

「そうですね。あの戦いに加わって戦力になるかは判りませんが、何もしないでいるわけにはいかないですもの」

 

今の状況だとマトモに魅力が残ってるのは我那覇さんとあずささん。何らかのダメージが残ってるのだろうけど律子も戦えるみたい。

今まで結構無茶をした私と水瀬さんは休憩のようで、正直ありがたかった。

私も高槻さんを護りながらだったから少し魅力に余裕が無くなってきていたし、今の彼女達はスゴく逞しく見える。そして空で未だ戦う彼女も。

 

「しかし、あのリボンの子スゴいわね。美希と互角に渡り合ってるなんて。」

 

 

 

私は耳を疑った。

 

 

 

第十一章

 


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