小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY 作:つっかけ
千早と伊織が合流したその頃。
貴音に捕まったあずさは、眠ったまま美希が封印されていた地下室へと運び込まれていた。
かなりの広さで旧校舎全体が入るくらいの広さと、5階建て住居並みの高さがあるドーム状になっている。壁はレンガにも見える特殊な石で出来ている。壁の中間部分には、グルッと一周を細長い鋼が埋め込まれていて紫に光る球体がまた一定間隔で並んでいる。
天井近くの四方の壁から鎖が伸びてあずさの両腕に巻きついていた。宙に吊るされたあずさの頭上では、天井から桜の気の根が大きく伸びている。
周囲では赤い球体がゆっくりと光ったり消えたりしていた。
それは視覚化された高密度の魅力だった。何故かこの地下室、もとい桜の木の根には尋常ではないほどの魅力が充満している。
貴音はその常軌を逸した光景を見上げながら笑みを零していた。
「ついにこの時が来た。行く年月、幾重もの試薬品や実験を繰り返しても成功することはできなかった。しかし、あの魅力とお姉さまを使えば・・・。ふふふ・・・ついに・・・成就する。時は来た・・・今こそ!! でびゅーの時・・・!!」
貴音は吊るされたあずさを見ながら、両腕を空へと向けて伸ばした。
それが合図だったかのように、周囲の魅力はどんどん密度を増していく。
その魅力があずさに吸収されていく様子を見ながら、貴音は黄緑色の薬品を右手に持った。
瞬間、大きく幼い声が地下室に響き渡った。
「させないよ!!」
桜から降り注ぐ魅力が一瞬にして消失した。
上空を見上げながら貴音はゆっくりと両手を下ろした。
「なんということをするのです・・・亜美・・・真美っ!」
振り向かずに声を荒げた貴音の後ろの入り口に二つの影が立っていた。
黒いシュシュで髪を右側サイドテールにしている女の子は双海亜美。黒いドレスを身に纏っている。メイド服にも見えるその風貌は袖や首元、丈が膝まであるスカートに白いヒラヒラがついていて白のニーソックスにフォーマルシューズを履いている。
圧倒的な存在感を放っているのは口に咥えたおしゃぶりだろう。
赤ちゃんが使うおしゃぶりが年齢に相応しくない存在感を示していた。
そしてその隣には同じく黒いシュシュで左側サイドテールにしている双海真美。
亜美と全く同じ服装でおしゃぶりも全く同じ。違いとしては、亜美よりも少し長い髪の毛であることくらいだろうか。顔立ちは良く似ていて一目で双子であると判る。
真美が腰に手を当てて右手で貴音に人差し指を突き刺した。
「もうお姫ちんの言いなりになんてならないんだかんね。お姫ちん言ったよね。未来を変えるために力を貸して欲しいって」
「誰も犠牲にせず未来で暴れる眠り姫を倒したい。だから未来の亜美たちはお姫ちんをこの時代に運んだ。」
「だけどお姫ちんがやったことは怪しい薬を使った人体実験。初めから犠牲ばっかじゃん!」
「封印術が得意なお姫ちんは能力を使って亜美達の記憶を封印した。」
「記憶を封印された真美たちに捻れた歴史を吹き込んだ。」
~回想~
子供部屋のようなその空間は、数多くのぬいぐるみが散乱し、写真や絵が壁に飾られ植物が這い回り鳥やカエルなどの動物もその部屋の中に動き回り暮らしている。
そんな空間の中に一つのベッドがある。大人二人が楽々と寝られる広さのベッドに四条貴音を真ん中にして亜美が右側、真美が左側で大きなクッションを背におしゃぶりを咥えながら会話を楽しんでいる。
「お姫ちんが未来から来たってのにも驚きだけど、記憶をなくした真美たちに今までの出来事を教えてくれるなんて、お姫ちんって親切だね亜美!」
「そうだね真美! ねぇねぇお姫ちん。あの本の続きを読んでよ」
「ではお話しましょうか。これまでの出来事を・・・。」
三人とも黒いネグリジェを着て分厚く大きな本のページを捲る。辞書より二回り程も大きいその本で亜美と真美はワクワクしながら貴音の物語を語られ続けていた。
「悪い先生は二人の生徒を戦わせました。戦いの末、大きなサクラの木の側で戦いは終わりを告げたのです。」
「それで、どうなったの?」
「旧校舎のそのサクラの下には、女の子が眠っていて、何年も何年もそこの扉が開くのを待っているのです。何年も・・・何年も・・・。」
「可哀想・・・。」
「ふふ、そうですね。とても可哀想なお話です。」
そうして貴音は不気味な笑顔と共に二人の記憶を改竄して手中に収めていた。
時の魔女である二人は永遠にその容姿のままで、時間によって命を落とすことがない。
貴音の目的を遂行するためには時の魔女は邪魔だった。だが、二人の命を奪うわけにはいかなかった。貴音の目的はあくまでも未来の眠り姫を倒すこと。そのためには未来へ戻るために二人の力は必要だった。
だから隙を見て記憶を封印し、あたかも自分が助けたかのように演出したのだ。
100年もの間、嘘を重ね続けた。
~現在~
貴音が二人に向き直った。封印が解けて記憶が戻ってしまっていたのには少し動揺したが、それでもすぐにいつもの不敵な笑みを取り戻す。
「仕方がありませんね。再び記憶を封印して言いなりにしましょう。しかし、何故封印が解けたのでしょう? あなた達には1年周期で封印を重ねがけしていたというのに。」
「私が解いたのよ。」
亜美と真美の後ろから二人とは違う声が聞こえた。
そこにはメガネを掛け、髪を後ろにまとめた女性が立っていた。
貴音はその女性を知っている。およそ100年前に自らの手で殺し、成りすましてきた女性の姿があった。
さすがの貴音も不敵な笑みが消える。
「・・・何故あなたがここに居るのです。秋月律子。」
「ティーチャー律子と呼びなさい貴音。信じられない話だけれど、時空を越えてきたのよ。」
律子は入り口から5メートル程歩いて止まる。律子の後ろを亜美と真美が歩き、三人は貴音と10メートルほどの距離が開いた所で止まった。
貴音は別の次元に居る双子の仕業であろうことを確信した。
その確信が間違っていないことを律子が答えてくれる。
「およそ100年前。私はあんたに殺されなかった秋月律子よ。」
「・・・なるほど。どうやってかは分かりかねますが、事態を知ったのですね?」
「未来から来た人がいたの。その人のおかげで私は殺されることを知り、対策を練ってあなたを倒した。」
「でも今、私はこの場に立っている。過去ではなく平行世界の秋月律子と言うことですか。」
この貴音の結論に後ろの二人が律子の隣に並ぶ形で前に一歩踏み出した。
平行世界。所謂パラレルワールドと呼ばれる別の世界は数多に存在し現在、または未来が今の時間と平行に進んでいると言う夢溢れるファンタジーな話だ。
「お姫ちんが過去に来たから平行世界が生まれたんだよ。本来歩むべきだった世界とは懸け離れた未来にね。」
「なるほど、この世界も平行世界であると言うことですか。しかし、封印術が苦手なあなたがよくこの二人の封印を解いたものです。」
「あら、なめないでもらいたいわね。これでも歴代トップの成績で卒業したのよ? 封印術の解き方くらい心得てるわ。ちょっと時間がかかったけどね。」
「ちょっと・・・ですか。呆れますね。100年分の記憶の解封など数多あるぱずるのぴーすを一つずつ埋めていく作業だと言うのに。」
「おかげで真美たちは助かったよ。今まで犠牲になった人たちは戻らないけど。だけど、一つの世界でも平和に出来れば。未来は変わる。 お姫ちんをこの世界からブッ飛ばぁす!」
「ふふ、さすがの私でも時間移動などできませんからそうなってしまってはお終いです。ですので、全力で抵抗させていただきます。」
そういうと自然体で魅力を高め始める。それにしたがって亜美や真美、律子も魅力を高めた。
1対3で少々分が悪いと思いつつも亜美と真美を無力化出来ればまだ律子と戦える。
何せあの秋月律子だ。本気でかかっても勝てるかはわからない。
そう思いながら、空気が変わるのを感じた。律子も同じような反応を示す。
バシュっ!!
空気の変化に気付いた律子が咄嗟に屈んだ瞬間、頭の上をピンク色の光線が通り過ぎた。
その直線状に居た貴音も一歩横に移動してその光線を回避する。
律子に向かって入り口から電撃が飛んできたのである。
「っ・・・なにっ!?」
全員が入り口の方へと眼を向ける。するとそこには傷だらけだが怒りと憎しみに満ちた伊織の姿があった。
息を荒げ、身体中から桃色の電気を走らせている。
「秋月・・・りつこぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
咆哮。そして同時に巨大な電撃が律子に向かって迸る。律子は已む無く防御の盾を出現させ攻撃を弾き飛ばす。
「一体なんなのよ!! あんた誰!! なんで攻撃してくるの!!?」
「殺す!! あんただけは・・・私がやよいに代わって殺してあげる!!!」
そして再び四方に放電する。今までの伊織の電撃とは比べ物にならないほどの威力を乗せて部屋中に迸らせた。
制御できないほどの魅力が感情となって今まさに暴走している。
「これはこれは、面白くなって参りましたね。亜美、真美。私の相手はあなたたちがしてくださるのでしょう?」
「あったり前じゃん。亜美たちだってお姫ちんにはデッカイ借りがあるんだかんね・・・。」
「そうだよ。この借りは簡単には返せないんだかんね。」
緊迫した中、律子は今の状況を整理することで頭がフル回転していた。
普段は冷静な彼女だが、今その内は怒りが燃え広がっている。
何故見ず知らずのデコの広い女の子に攻撃されなければいけないのか。
自分は未来から来たあの人の言葉で命を拾い、その恩返しがしたくてこの世界に飛び、この世界の四条貴音を倒すというそれだけのはずだった。
しかし、状況は倒すどころか倒される寸前だった。
さっきの電撃は本気で殺すつもりだった一撃だ。
そして、四条貴音と対峙しているのは時の魔女である亜美と真美。
万が一どちらかが貴音に倒されたら元の世界に帰れない。
つまり、自分と関係の無いこの世界の行く末を嫌々見守らなければならないわけで。
亜美と真美が居なくなってしまうと、この世界の未来を守れなくなってしまうということである。それだけはどうしても避けなければいけない。
どうにかして亜美と真美の援護をしながら戦わなければいけないのに。
「なーんてことをりっちゃんは考えてるんじゃないかなぁ」
「ところがどっこい。亜美たちだってそんなことくらいわかってるよ!」
「でも確かにピンチといえばピンチだったりして」
「ちょっと真美ぃ。戦う前から縁起悪いっしょ!」
「私があなたたちの能力を知らないわけではありませんよ? あなた方は時間転移と次元転移の能力しか使えない。それも先ほど天井の魅力を飛ばしたことでしばらく能力が使えないのはわかっています。観念なさい。」
貴音には確信があった。二人の魅力は今、能力を使うにあたって全く足りていない。
距離や時間軸の差違はあるが一度まともに能力を使用するごとに4分の3程度を消費する。それは未来に居た時、彼女たちが口にしていたことだ。
そしてその能力以外に使えるのは少しの障壁のみで攻撃できる属性はない。
つまり対人戦には全くの無力なのである。
現在の状況で亜美と真美ができることと言えば時間稼ぎ。律子が伊織を止めて加勢に来てくれる。または誰かがこの状況に飛び入り参加してくれることを待つしかない。
二人の魅力量で貴音の攻撃を1回、防げて2回がいいところだろう。
そのことに気付いているのは亜美と真美と貴音だけだ。
「真美! できるだけお姫ちんの能力を避けて避けて避けまくるしかないよ!」
「わかってるよ亜美! 障壁を使うのはホントにピンチの時だけだよね!」
「さぁ、行きますよ!!」
そしてその後ろでは律子と伊織がお互いに今にも飛び掛りそうなほどの剣幕で睨み合っていた。
しかし、その睨み合いも伊織の攻撃で破れる。
ジリジリと伊織の身体から放電し始め、それは伊織の頭の上で集まり圧縮されていた。
危険どころではない。おそらく普通の人間が触れると一瞬にして身体が四散するほどの電力が圧縮されている。10万、100万、1000万、検討が付かない。それが今、律子に牙を向けられている。
当の律子は苦笑いをしながら、これほどの能力者を育てられる未来はなかなかに捨てがたい。などと思っていた。
まだ勤めは短いが講師としてこの学院に志願してよかったと思える。これほどの才能に数多く巡り合え育てられるのであれば講師冥利に尽きると言うものだ。
でも今この子たちは苦しんでいる。自分の不甲斐ない死と共に将来有望な子達をどれほど失ってしまったのか。それを考えるだけで心が痛む。そしてそれ以上に腹立たしい。
生きている内にこの未来を見ることが適わないと言うことに。
「・・・ホント、腹が立つ。」
そしてとうとう伊織が行動を起こした。
「一瞬で終わらせてあげるわ。やよいの無念を味わうのね!!」
伊織の一言で電気を圧縮させた玉が飛来してきた。速度は人間が走るほどの速度だが
当たれば即死必至のデスボールだ。
それが伊織の頭から電気の紐で繋がれ意思のとおりに操っている。
「訳のわからないことを・・・言ってんじゃないわよっ!!」
突如としてバチバチィっと律子の身体から放電し始めた。普段から魅力を高めていた甲斐があってか伊織の電玉を止めるには充分だった。
律子から放たれた緑色の電撃により律子と伊織の間で電玉が鬩ぎあっていた
「なっ!!」
驚愕のあまり声が飛び出した。2年ほど彼女に能力について教えてもらっていたが電気の能力を持つとは聞いていない。彼女は封印術を得意とした典型的な補助型の能力者で攻撃型の能力と対等であるはずが無い。それが今、目の前で自分の能力に匹敵するほどの電力を放ち自分の全力を止めてしまった。
能力を隠していた?
可能性が無いわけじゃない。だったらそれなら記録が残っていたり誰かが封印術とは別の能力を見ているはず。人数の少ないあのクラスで噂話が好きな響あたりが言葉にしていてもおかしくない。
いや、それ以前に補助型が攻撃型の私に攻撃能力で、それも電撃で適うなんて絶対にありえない。
今までの律子じゃない!
「・・・でもこのまま押し切ってやるわ!!」
伊織の魅力が跳ね上がる。少しずつ押され始める律子は電気を止めて別の能力を発動させた。律子からの放電が無くなり勢いがついた電玉は、いきなり地面から突出した土の柱にぶつかり双方消し飛んだ。その衝撃で律子と伊織が吹き飛ばされる。その衝撃は亜美真美と貴音にも影響を及ぼし戦闘を一時的に中断させた。
「とんでもない攻撃をしてくれますね。このような狭い場所で。」
「ちょっとちょっとぉ! ここが地下だって忘れてるんじゃないの!? まぁ、ちょっと助かったけど。」
「いやいや、これ後ろからも攻撃来るかもしんない状態なんだから超ヤバいっしょ!」
丁度貴音の攻撃を避けまくっていた亜美と真美だが能力に頼らない動きは基本スタミナ勝負となってしまう。今の二人にまともに運動できるスタミナなど備わっていない。貴音は簡単な能力を使って二人のスタミナを奪っている最中だった。
そんなときにいきなり背中を殴られるような衝撃波が襲ってきたら動きも止まる。
それは貴音も同様で防ぐには時間がなさ過ぎて発動中の能力を中断した。
吹き飛ばされて壁に叩きつけられた伊織は正面から歩いてくる律子を眼にした。立とうとするがダメージが大きく身体が言うことをきかない。歯を食いしばり立ち上がる。
既に律子は伊織の目の前に立っていた。恐ろしい剣幕。般若面をつけていると言われれば信じてしまうほどに。
そしてーーーー
「こんのバカァァアアっ!!!」
ばちぃーんっ!!
という音と共に伊織の頬を全力の掌が飛んできた。
身体の痛みと相まって朦朧とする頭が一瞬で覚めた。
「な、なにすんのよ!!」
「それはこっちのセリフよ!! いきなり攻撃してきて、こちとら初対面なんだからちょっとは親切にしたらどうなのよ!!」
「しょ・・初対面!? あんたこそ一体何を言ってるのよ!!」
「いい? 私はこの時代の律子じゃないの。私は今から100年ほど前の別次元から来た律子。わかる!?」
「は、はぁ!? 何訳のわかんないこと言ってんのよ! 信じるわけ無いでしょ!」
「こんの・・・っ!」
睨みあう二人。その時、伊織の頭に白い影が乗っていた。小さい動物のようなその姿はハムスターのように見える。
いきなり現れた白い影を追いかけてその主が姿を現した。
「おーいハム蔵! 一体どこに行くんだ!!」
汗だくで現れた響は扉から広がる異様な空間を見て身体を硬直させる。
天井からぶら下がる巨大な根。その下に鎖で繋がれたあずさ。
その下に知らない女性と子供二人。素早い動きで能力を撃ったり避けたり人間のそれとは思えないほどの身体能力を目の当たりにして、ここが異常な常態なのは一目瞭然だった。
そして伊織と律子の姿も見て取れる。
「・・・なにこれ?」
入り口で呆然としている響に伊織の頭の上のハムスターが響の元へ駆け寄る。
「・・・なにあれ?」
意味不明の物体を目にした律子はその物体を目で追いかける。
まだ動けそうにない伊織は体力の回復を待って再び律子に攻撃する算段を頭の中で立てていた。
「あ、ハム蔵! お前こんなところに居たのか!」
ハム蔵に近づく響だったが、ハム蔵はまた走って今度は律子の服を駆け上がり頭の上に到達する。
律子は特に何かに触られたり登られたりする感覚は無いため気にはならない。
そのハムスターの前に両手を出して乗るように促す。大人しく手のひらの上に移動するハム蔵を見て響が「あれ?」と声を漏らした。
ハム蔵は再び響へ走り肩の上に登った。
「ハム蔵。いつもはティーチャー律子のこと怖がるのに急にどうしたんだ?」
この言葉で伊織はハッとした。確かに、今までハム蔵は律子に近づくことどころか距離をとって威嚇をしているのを何度か見たことがある。響は自身の能力で生成した動物の魅力体を実体化して意思を持たせることが出来るからそれでよく遊んでいたものだが、終ぞ律子に対してだけは懐くことがなく、逃げたり響を護ろうとするような動きさえ見せたことがあった。
動物の勘と言えばバカバカしいと一蹴するのがいつもの伊織だが、その時はまさかと思い律子の顔を見上げた。
「あんた・・・本当に初対面なの?」
「そうよ。この時代の人間じゃない私にあんたとの面識なんかあるわけ無いでしょ。」
「それよ! 100年前から来たって言ったけれどどうやって・・・」
「うあうあぁぁっ!」
亜美の叫び声が遠くから近くなって隣で背中を打ちつけた。
短い呻き声を上げて伊織の体に倒れこんだ。
それを追いかけて真美が駆けつける。
突然の出来事に伊織が身を縮めて驚き、律子も亜美が飛ばされてきた方を見る。
「亜美、大丈夫!?」
「うぐ・・・ちょっとキツイっぽいよぉ。」
「みんな、危ないっ!!」
入り口から響の声が響いた。
伊織が正面を見ると、貴音が相当な魅力で腕を横一閃に薙いだ。
牡丹色(ぼたんいろ)の風の刃こと、かまいたちが凄い速度で飛来する。
切れ味抜群の刃がとうとう寸前のところまで迫った。
逃げることも出来ず、せめて自分の身体を盾にしようと隣で寄り掛かる女の子を抱き抱えたとき、律子の手に触れた瞬間かまいたちが弾けて消滅した。
顔を上げて律子を見た。驚きのあまり自分の顔から血の気が失せて青くなっているのがわかる。
夥しいほどの魅力が身体から溢れて緑色に発光している。
「お返しよ。」
そう一言口にして今度は律子が一閃。
横に薙いだ腕から緑色のかまいたちが貴音のかまいたちよりも早い速度で飛び出した。
貴音は急いで伏せた後、頭の上を通り過ぎて壁に大きな傷をつけた。
「信じられない・・・。あ・・・あんた、一体いくつ属性を扱えるのよ。」
「・・・5つ」
「・・・は?」
律子は背中越しに答えた。
腕を上げて顔の前でパチンッと指を鳴らして腕を挙げた。
冷える空気が更に冷え込み、上を見ると上空に冷気が集まって大きな氷の針。
アイスニードルが成人男性くらいのサイズで4本生成されていた。
高々と上げた腕を振り下ろしてアイスニードルが飛び出す。
まるで銃弾のようなその塊を避けている貴音も貴音だ。反射速度と身体能力が上がっている。
全ての氷を避けきったところで感嘆の言葉を口にした。
「ふぅ・・・真、恐ろしい能力ですね。秋月律子。」
「よく言うわね。あなたこそキッチリ避けてくれるじゃない。」
「運動能力を抑制する脳の働きを封印しましたが、それでも避けるのが精一杯とは。まともに戦うと恐ろしいですね。」
律子はメガネのブリッジ部分を左手中指で持ち上げ、今度は掌から炎を出すとどんどん膨らませていった。
これまでに雷、土、風、氷、炎と5つの属性を操っている律子に対して伊織は開いた口が塞がらなかった。
軍に所属するアイドルが一生かかっても二つとして扱えない複数の属性を5つも扱うと言う、本来ならば絶対に有り得ないその能力に驚愕して質問するための声も出ない。
自分はこんなトンデモ超人と戦おうとしていたのかと命拾いしたことに気付いた。
しかし、本当に理解できない。5つの属性を操る能力なんて今まで聞いたことがない。
学院で読んだどんな資料にも載っていないし想像してもバカな話だと鼻で笑っていた。
だがこうして目の前で攻撃型の威力そのままに多種多様の能力を使われたら現実に居るのだと認めざるを得ない。
「あなたとこうして戦うとは思っていませんでしたよ。この学院始まって以来の天才。えれめんたるますたー・秋月律子。」
「あんたがこんな馬鹿なことを考えなければ、出会うことも無かったでしょうけどね」
第九章
終