小説 眠り姫 THE SLEEPING BE@UTY   作:つっかけ

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第八章 -友-

真と響が雪歩を追いかけて姿を消した後、千早は一人で美希と対峙していた。

つい先ほど空に浮かぶ眠り姫、星井美希の手によって萩原雪歩が瀕死の一撃を受けてしまった。

千早自身が響に真とともに行くよう促した訳だが、状況は最悪だった。

必死に避ける防ぐの抵抗も虚しく体力も魅力も使い果たし、今は地面に座り込んで空から放たれる死の光をただ待っているだけだった。

逃げること叶わない残り数秒の命を諦める。

空を見上げながら目を瞑り、今までの記憶を掘り起こしながら死を待った。

 

「・・・。」

 

両手を空に向けて伸ばす美希の周りに黄緑色の三角の陣が出現した。

クルクルと回って徐々に速度を落としていく。

 

「バイバイ」

 

そう口にして陣が停止した時だった。

 

 

ドガシャーッ

 

 

雷が落ちたような爆音と共に旧校舎の中庭付近が桃色に光り3秒ほどで消えた。

それに気をとられた千早はハッと旧校舎から美希に顔と視線を戻す。

黄緑色の陣が上の先端から光の粒になって消えていく。

美希もまたその音と光に気をとられて集中力を欠いたようだ。陣が完全に消えて空に高々と掲げていた両腕をだらしなく下ろした。

しばらく旧校舎を見つめて、ゆっくりと中庭へと飛んでいく。

死を回避した千早は、力が抜けて呆然と空を見つめる。

 

「なんだったの、今のは?」

 

何が起きたのかわからないが、命拾いしたことには変わりなかった。

せめて立ち上がって歩けるほどには回復しなければいけなかったので楽な体制で目を瞑ってゆっくりと心と身体を休める。

横になりたかったが間違いなく眠ってしまう。

眠らない程度に意識を浮遊させた。

 

 

 

 

 

 

「ケジメはつけるわ!」

 

上空に星井美希の姿を確認してから敵意を向ける。

さっきと違ってもう震えも恐怖心も感じない。

ただやよいを騙して薬を使った律子とやよいの苦悩に気付かず我が道を進んだ自分への憤怒で満たされ、空には八つ当たりにもってこいの敵がいる。

律子の居場所を聞き出し殺す。

ただそれだけを目的に、最後は自ら人生の幕を引こう。

そう思い身体に桃色の電気を纏う。

 

「・・・律子はどこ?」

 

「知らないよ。」

 

「・・・そう。」

 

伊織を纏う電気はどんどん膨らんで絶え間無くバチバチと音が鳴り続く。

伊織の身体を濃いピンクの球体が包み電気が球体を走り回っていた。

 

「じゃあ、消えなさい。」

 

「あはっ☆」

 

伊織を包む球体が一気に身体へと取り込まれ、右腕を振り上げて思いっきり振り下ろした。

まるでボールを投げたようにピンク色の光の筋が美希向かって飛んだ。

お互いの距離は高低差を含め15メートルと少し。

光の筋はそこそこの速度で飛んで美希と同じ高さで止まって消えた。

 

「・・・なに?」

 

美希が首をかしげて伊織を見た。立ち尽くして俯き表情が見えない。

 

「デコちゃん。消えちゃったよー?」

 

後ろに手を組んでバカにしたように声を発する。

すると伊織がバッと顔を上げた。

目を見開き睨み付けるような顔を見て今度は美希が何かに気付いたように表情が強ばった。

急いでその場を離れようとしたが。

 

「遅いっ!!」

 

その声と同時に光が消えた場所から『バシィッ』と大音量でピンクの球体が現れた。

その球体は1秒も無く美希の身体を包んだ。

 

「しまっ」

 

「弾けなさい!」

 

途端に球体の中で電撃が弾け回った。目を開けてられないくらい光ってバリバリっと絶え間無く鳴り続いた。

1分弱も続いた攻撃は徐々に落ち着き始めパチッと最後の音と共に静寂を取り戻した。

 

「水瀬さん!」

 

千早が旧校舎の中から出て来て伊織に近づく。

その時、傍らに寝かされたやよいが目に入った。

 

「・・・高槻さん・・・?」

 

「千早っ!!」

 

伊織の大声に一瞬ドキッとして千早は伊織を見た。

その身体は所々に擦り傷を作って土埃で汚れている。

それを見た瞬間、何があったのかを察した。

やよいは律子に薬を打たれていたこと。そしてさっきの雷のような電撃と二人の状態。

やよいに目を移すとその身体は火傷の跡が強く残っていた。

 

「まさか・・・こんな・・・。」

 

千早の脳裏に地下室での出来事が甦った。

あの時に投薬を止められていたら、きっとこんなことには・・・。

千早の行動は万人から見れば正しかった。正しかった筈なのに。生まれたのは後悔の念だった。結局眠り姫は解き放たれたのだ。やよいを助けるべきだったと、千早はもう目覚めることのないやよいへの謝罪の気持ちでいっぱいになった。

 

「終わらせたわよ。」

 

視線を空にやる伊織と同じ場所を千早も見る。

そこには静かに佇むピンクの球体にヒビが入り始めていた。

 

「あれは・・・?」

 

「電玉(でんぎょく)よ。球体に敵を閉じ込めて電気を集中砲火する技。終わったら球体は割れて中の敵は蒸発してるわ。」

 

千早の見たことがない技だった。

伊織の能力は電気を飛ばしたり身体から放出するだけだと思っていた。これほどの技があったなら本当にアイドルに抜擢されていたかもしれない。

尋常ならざる威力は確かに火傷などでは済まないだろう非情の技だった。

球体が割れ落ちていく。

 

「な・・・んですって・・・。」

 

割れたピンクの球体の中に更に黄緑色の球体が姿を現した。

その球体は上部から光の粒になって消えていく。

そこには膝を抱えて胎児のように身体を丸めた星井美希の姿があった。

 

「今のは流石の美希でも火傷しちゃうところだったの。」

 

「ありえない・・・人が蒸発する程の電気を浴びせたのに、それを防ぐなんて・・・うっ」

 

大きくふらついて片膝が地面についた。

これほどの威力の技だとかなりの魅力を使ったことは簡単にわかる。

千早もそれほど回復していないのに伊織まで消耗してしまった。二人とも美希の攻撃を防げる手だては遂に無かった。

 

「もう終わりなの? だったら、そろそろ本気で消しちゃうね。あふぅ。」

 

アクビをしながら美希の手元にはスタンドマイクが出現する。

先端から緑色の魅力が死神の鎌のように形を成して炎のようにゆらゆらと揺らいでいる。

現在でもお互いの距離は結構ある。

だが持ち出してきたと言うことは攻撃手段がある可能性が高い。警戒するには十分だった。

右手でクルクルと回した後、腕を伸ばして縦に持つ。

こちらに向く刃はまるで照準を合わせるようだ。

 

すぐに美希が鎌を大きく振りかぶった。

来る! と一層警戒を強める。

振りかぶった大鎌を思いっきり投げた。恐ろしいスピードで回転しながら飛来する大鎌は目の錯覚で円形に見える。

千早と伊織は紙一重で伏せて避けた。

大鎌は校舎に飛び込み何かが壊れる音を残して静かになった。

 

「ふ、ふん。来るって分かってて避けないわけないじゃない。」

 

立ち上がって美希に強がって見せる伊織だが千早は何かがおかしいと感じた。本気で終らせると言って出した武器が本当にこれだけで終わるのか?

目を細めて笑顔になる美希を見てハッと気付く。

まだ桜についた炎の微かな灯りで、美希から黒い線が伸びているのが見えた。脳裏に雪歩の時の出来事が甦る。

もしあの時と同じモノだとしたら。

 

「水瀬さん伏せてっ!!」

 

「え?」

 

背後の校舎からドガァっと大鎌が飛び出してきた。

驚愕のあまり目を見開く伊織は身体が強ばって、足が地面にくっついたように動かない。

未だに回転の衰えない鎌の刃は動けない伊織の胴体を捉えた。

かに見えた。

まさに伊織の身体が上下で別れようとした一瞬の出来事だった。

伊織と鎌の間に上空から突如飛来した"何か"が地面に突き刺さった。

それは両端や赤色に輝き、炎のようにゆらゆらと揺らめいてそれが刃だと気付くのに時間がかかった。

これは美希と同じアイドルだけが使う事の出来るスタンドマイクだ。

両端が魅力の刃になっている事から槍型。それも双刃剣と呼ばれるタイプで、扱いがヒドく難しい事から今では扱うアイドルはいないと聞いた。

こんなもの、一体誰が・・・。

 

槍型のスタンドマイクで弾かれた美希の大鎌はそのまま空へ飛び上がって美希の手に戻った。

それと同時にようやく尻餅をついた伊織が身体を震わせる。

当然だろう。このスタンドマイクが無ければ今はもう地面に転がるただの肉塊になっていたはずだ。

 

「あれはっ」

 

美希も驚きの表情を浮かべている。

どうやらこの槍に見覚えがあるらしい。

それもそのはずだ。そこへ現れた人を見て千早も驚愕を露にする。

千早達の前に背中を向けて空からゆっくりと降り立ったのは、紛れもなく昼間に言葉を交わした天海春香の姿だった。

真っ赤な薔薇のヘアアクセサリーを乗せ、白い生地にピンクのラインで黄色の袖にボタン留め、エポーレットも同じく黄色で軍装飾のような仕様になっており、ピンク・白・黄色のフリフリスカートを微風にたなびかせている。

 

「大丈夫?」

 

「春香、どうして?」

 

その名前には伊織も聞き覚えがあった。

夕方、旧校舎の前で千早が口にした名前だ。何故こんなところにいるのか。そしてアイドルが持つことを許されるスタンドマイクを何故所持しているのか。

どれも少し考えれば答えが出る疑問すら答えが出なくなるほど混乱していた。

 

「千早ちゃん、話は後。さっき、秋月律子が地下に向かったよ。」

 

「律子っ!」

 

その名前に伊織が激昂する。

震えているはずの彼女の心は、命を落としかけたことを忘れたように見たこともない形相で春香を問い詰めた。

 

「律子は今どこ! 地下ってどこの地下なの!」

 

「・・・美希が封印されていた場所だよ。」

 

すると伊織は勢いよく立ち上がった。

若干ふらつきはしたがしっかりと膝を伸ばして立つ。

まだ魅力も体力も十分に回復しきれていないが、それでも律子の元へ這ってでも行くと言う気迫が見てとれる。

 

「行かせないよ!」

 

美希が片腕を上げて指先をこちらに向ける。

放たれた閃光は一直線に伊織へ襲いかかった。これは旧校舎の入り口であずさに放った黄緑色の閃光と同じ。貫通力のある攻撃だ。

千早は無理に防壁を作ろうとしたが、春香がそれを右手で静止した。

春香は目の前の地面に突き刺さるスタンドマイクを両手でしっかり持って思いっきり地面ごと振り上げた。

 

「うぅー、わっほぃ!!」

 

えぐれた地面からドドドっと火柱のような赤色の閃光が放射された。赤い閃光は美希の黄緑色の閃光をかき消して、更にその先の地面からも勢いよく飛び出し、上空にいる美希に到達した。

間一髪でかわした美希はそのまま旧校舎の屋根の上に降り立つ。

そして春香も美希との距離をあけて屋根へ跳んだ。

春香の攻撃を回避し、屋根に着地して正面を見据える美希は笑っていた。

 

「ふふ、ふふふ。」

 

「美希・・・」

 

「・・・待ってたよ。春香。」

 

「還ろう・・・美希。ここは、私達の居ていい場所じゃない!」

 

「あはは、美希達の場所なんてはじめからどこにも存在しないよ。世界を壊して、生き物を殺す。ねぇ、春香もおいでよ。きっと楽しいの。」

 

「美希・・・あの時助けられなかった私を恨むんならそうすればいい。だけど世界を、みんなの未来を壊してしまうというのなら、私も黙っていられない。」

 

「今の春香じゃ美希は止められないよ?」

 

「それでも、理性をなくしたあなたを止めるのは私の役目。私の・・・役目なのっ!」

 

晴れ渡り月と星達が見守る中で、二人の武器が交じり合った。

 

 

 

 

「・・・何よ・・・コレ。」

 

その言葉には千早も同意するしかなかった。美希と春香の攻防はまさに人知を超えた力の応酬だった。

空を、地上を、全てを巻き込み刃を交える二人は千早と伊織を置いてきぼりにするには充分な戦闘を繰り広げていた。

千早は自分がこんな戦いに手を出せるほどの力を持ち合わせているとは思っていない。

一進一退の攻防を繰り広げるその二人は息を切らすことも無く戦っている。

お互い攻撃が当たらない。当てられないの連続で何をやっているのか検討もつかないほどのスピードだった。

時折飛んで来る閃光に当たらないようにするのが精一杯の二人は避難をしようか真面目に考え始めていた。

 

「千早、私は律子のところへ行くわ。」

 

春香と美希の戦闘を背景に伊織が千早に向き発した。

 

「そんな、いくらあなたでも危険過ぎるわ。私も一緒に・・・」

 

「大丈夫よ。こっちの心配よりあの眠り姫を倒すことだけ考えてなさい。」

 

「水瀬さん・・・」

 

「・・・押し付けるようなことしてごめんなさい。だけどあの子の、やよいの仇だけは何としても討ちたいの。」

 

初めてだった。伊織が千早に謝ったのは。

面と向かって話す伊織の目はもう千早を見ていなかった。

彼女は偽物である律子の元へ今すぐにでも向かいたいのだ。

千早はやよいを見る。何があったのかは想像できる。だが二人の味わった苦しみや痛みはわからない。

人の死は身近な人間を変える。良い方にも悪い方にも。

復讐、仇討ちは現実逃避から来る自己満足行為だ。失った怒りや悲しみ、憎しみを発散するために行う行為。そうしなければ心を保てない人間もいる。もちろん復讐せずに止まる人間もいるだろう。どちらの人間も心の内は穏やかでいられない。

今の伊織も同じだ。彼女はその負の感情に囚われている。発散してしまうのが先か、それとも自分が本当にするべき事に気付くのか。それは神のみぞ知る未来の彼女の運命だ。千早にも誰にも伊織を止めることは出来ない。彼女の感情が、止まることを許さないのだから。

その行動に千早が取るべき行動は、既に千早の中にあった。

 

「・・・わかったわ。美希は春香が戦ってくれているし、私は巻き込まれないように高槻さんの身体を護る。でも無茶しないで。あなたが死ぬことを高槻さんは決して良く思わないことを忘れないで。」

 

「わかってるわよ。・・・やよいをお願い。」

 

そう口にして伊織は走って旧校舎に入って行った。

千早は直ぐにやよいの側へ移動する。

空で激戦繰り広げるなか、千早は心に静かな何かを感じていた。

やよいの頬に手を触れさせる。

まだ温かい。しかし、息遣いも鼓動も感じない。

身体は至る所に火傷の痕がある。顔は全くの無傷でキレイだった。今にも目を開けそうなほどに。

 

「・・・本当に・・・」

 

千早の頬に涙が伝う。初めて味わう仲間の、友人の死。

仲が良かったと言うほどでもないが、やよいとは勉学を教えたり食事を共にすることもあった。いつも元気な笑顔に励まされたこともあった。みんなもきっとそうだろう。いつも伊織との仲を取り持ってくれた。

今思えば自分も随分と苦労をかけたかもしれない。

なら、最後に彼女に送る言葉はこれしかないだろう。

 

「・・・・・・ありがとう。」

 

その言葉に、やよいが笑った気がした。

 

 

 

第八章

 


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