小町と家に帰った後、疲れた俺は布団に飛び込んだ。一日中変に気を使ったから余計に疲れた。今はご飯できるまでに体を休めよう。
そんな俺の休みを邪魔するかのごとく、携帯が振動してるのが聞こえる。渋々携帯を取ると着信が来ており、『一色いろは』と表示されている。そういやずっと前にアドレスと番号交換したんだっけ。そう思いながら通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
『もしもし?」
『もう!何でメール見てくれないんですか!ずっと学校で待ってたんですよ?』
え?メールなんて来てたか? 慌ててメールボックスを開くと受信数15件……。ギリメンヘラに入らないレベルだな、これ。30件超えたらメンヘラ入り確定。
『悪い。見るの忘れてた」
『えええっ! まあ何か用事あったならいいですけど。それより先輩にお願いしたいことありまして』
『お願い?』
聞き返すと少し間が空き、そして一色の声が携帯から響く。
『明日、私に告白してください』
……へ? どうしたんだ、俺の携帯。とうとう知らない言葉を言うようになってしまったのか。それともあれか。Siriちゃんが勝手にしゃべったのか。
『せんぱーい? 聞こえてます?』
うん、そうだ。そうに違いない。よしもう一度聞き直そう。
『一色。お願いごとってなんだ?』
『私に告白してください』
『はあああああ!?』
『うわっ!』
思わず大声を叫んでしまった。どうやら向こうの一色も驚いたらしく、焦る声が聞こえてきた。どうやら幻聴じゃなかったらしい。
『えーと一色。お前は言う相手と言うことを間違ってるぞ。お前は明日、葉山に告白しますって言おうとしたんだよな?』
『それお願いごとじゃなくなってるじゃないですか……先輩にお願いしたんですよ』
えぇ……マジで? 馬路で? 本当に俺が告白するの? つか何で告白するんだよ。
『まず告白しなきゃならない理由を教えてくれ』
『あ、言うの忘れてました。えっとですね。こないだ話した件覚えてますよね?』
『ああ。彼氏のフリしてくれってやつだろ』
『そうです。それなんですけどちょっとまずい情報を友達から聞いて、例の男子がまた私に告白するつもりでいるらしいんですよ』
何と勇気ある男子なんだ。一度フラれた相手にもう一度向かうなんて。
『何で諦めないんですかね……フラれたら普通は諦めるはずなのに』
またブーメラン投げてるがもう触れるのもめんどいしやめておこう。いつか気付く、いつか。
『で、明日の朝。彼が朝練あるんで朝練後に呼び出します。その呼び出した場所に彼が来たタイミングで先輩は私に告白してください。不本意ですけど何とか諦めさせるためにOKしてあげますので。言っときますけどあくまで仮ですからね!か・り!』
『はいはい……』
だから何で頼む側が偉そうなんですかね……。
まあそれは置いといて事情はわかった。要は彼の目の前で告白して彼氏できたところを見せ付けて、諦めさせようという魂胆か。
けどそんなにうまくいくものだろうか? もし例の男子が逆上して、襲い掛かってくるならばいくら後輩でも運動部と文化部(奉仕部が文化部扱いかは知らないけど)じゃ勝てそうにもない。
『なあ最悪な場合のことも考えてるのか?』
『最悪の場合?』
やっぱり考えてなかった。人生そんなに甘くはないんだぞ、いろはす。
『もし相手がキレてお前に襲い掛かったらどうすんだって話』
『ああ、なるほど。確かに怖いですよ。でも大丈夫です』
『何で?』
そう聞き返すと明るくそれでいて楽しそうな声で返事は返ってきた。
『先輩が私を守ってくれるって信じてますから』
× × ×
こうして一色の要望に応えることになった翌日の朝。待ち合わせ場所の体育倉庫に早く着いた俺は一色を待っている。
すでに指示は受けており、出会い頭から台本通りに動いてほしいということだ。昨日の夜のうちに台本は送られてきてすでにセリフも完璧に覚えてきた。というわけで何も考える必要がなくなったのであまり緊張はしていない。最もいざ本番となった時にセリフを噛んでしまう可能性があるのでそこが心配なんだけどな。
と、こちらに向かってくる人影が見えてきた。ぼんやりとだが恐らく一色だろう。と、同時に一色から来る方向の反対側からも人が来るのが見える。タオルを肩にかけたユニフォーム姿の男子。恐らくあれが例の男子だろう……ってえ!? これまずくない? 当初は彼が来たタイミングで告白するんだよね? ねえ? と、一色が来た方に振り返るとはあはあと息を切らしながら、立っている一色がいた。
「遅れてごめんなさい……寝坊しちゃって」
「そんなのはいい。それよりもう来てるぞ」
「え!? じ、じゃあ先輩頼みますよ」
そう言って一色は少し距離を取って、俺の顔をじっと見つめる。
大丈夫。台本通りにやればいい。今は誰も見ていない。これからここに起きることは一色とそいつと俺だけしか知らないことなのだから。
「一色……お前の事が好きだ。俺と付き合ってほしい」
「はい。でもその前に私にも言いたいことあるんで言っていいですか?」
「え?」
いきなり台本と違うところ言われて戸惑った声を出してしまった。そこって「はい。正直先輩の事、前から好きでした」じゃねえの? そのセリフもまずいと思うけどさ。
一色はこほんと咳払いすると再び俺の方を見て、にこっと笑って口を開いた。
「私はずっと頼りっぱなしでした。正直最初は生徒会の仕事を手伝ってほしくて、先輩にあざとく接したりしてました。でも一緒に仕事していくうちに先輩と一緒にいる時間が楽しくて、そのうち先輩と一緒にいたいから仕事をお願いするようになりました」
「一色……」
えへへと笑う一色は顔を逸らして再び口を開く。
「私は雪ノ下先輩や結衣先輩が先輩の事好きな事を知ってます。だから私は諦めようとしてたんです。私にはあそこに立ち入ることは許されないんだなって。
でも私好きなんです……先輩の事」
と、こちらの方を向いて、顔を赤くした一色はその言葉を言った。
「先輩。私は先輩の事が大好きです。私と付き合ってください。お願いします」
そう言って頭を下げた。俺はただ茫然と見ているしかなかった。
あまりに予想外過ぎることだからだ。これは台本ではなく、本心で言っていることくらい俺にでもわかる。ただこんな捻くれた俺を好きになってくれる人なんてずっといないと思ってたからだ。だからこそあまりに唐突の出来事に俺はただただ見てるしかできない。
何か言わなきゃ。けど何て言えばいい。とりあえず今はこの返事を出すことが出来ない。だからとりあえずこの場を何とかしよう。きっと例の男子はまだ後ろで見ているのだから。
と、思って俺は言おうとした。
「あの」
バキ。
俺が言いかけたまさにその時だった。一色の後ろ側の校舎の影で何かが折れたような音がした。その方向に目をやると誰かが木の枝を踏んで枝が折れていたのだ。
ただそんなことはどうでもいい。問題はその木の枝を踏んだやつだった。だってそいつは絶対にこの場を見られたくなかった人だから。絶対に知られたくなかったから。けどそんな思いを裏切るかのように雪ノ下雪乃はそこに立っていたのだ。