月曜日の朝は憂鬱と言うが今日はいつも以上に憂鬱だ。原因はもちろんこの間の雪ノ下の家の訪問である。雪ノ下さんと別れた後も家でずっと考え込んでいたがこれといったことは思いつかず、むしろ考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうなくらい混乱する。
そんな月曜日の朝だが家にいるとまた考え込んでしまうと思い、早めに教室に来ている。自分の机から周囲を見渡すが朝からそんな早く学校にいるやつなんてほとんどいない。まだ7時50分だしな。
「む、八幡か。いつもより随分早く来ておるな」
と思った矢先に声が聞こえた。口調とその暑苦しさを感じさせるのはこのクラスで一人しかいない。材木座だ。
「たまには早く来たい時があるんだよ。つかお前は?」
「我はいつもこの時間だ。何せ早く来て席に座っておかないと隣の席の女子が友達と話してしまうのでな。そうなると我の席に座って話し込んでしまうから朝礼が始まるまで座れなくなってしまうからな」
ああ……わかるぞその気持ち。女子って会話が始まるとその辺の空いてる席に座るからなー。女子とまともに話せないこいつにとってはなかなかの問題ということか。
そういえば材木座で思い出した。聞いてみたいことがあったんだ。
「材木座。聞きたいことあるんだが」
「む。我に聞きたいことは何だ? 先週のイベントで頼まれた同人誌ならちゃんと持ってきてるぞ」
「ちげえよ。それも欲しいけど」
同人誌即売会等は興味はあれど、一人で行くのは勇気がいる。そんな時はこういうイベントに慣れてるであろう材木座に頼んでおく。ちなみにR18ではないぞ。ただのイラスト集だから決して問題ないぞ。下着姿のイラストはセーフということで。
「お前さ、最近雪ノ下が休み時間の度に教室来るだろ? それで何か気付いたことはないか?」
「ふむ。気付いたことと言うと?」
座っているせいか材木座がこちらを見ていると何だか見下ろされているようだ。それは嫌だと思考よりも先に体が動き、立ち上がって近くの窓の縁に寄り掛かる。
「いや何つうか……最近あいつ変わったというか」
「ああ。それは既にお主が気付いていると思ってたのだがな」
「気付いてる? 何にだ?」
材木座はげふんげふんと咳払いすると顔を上げた。
「あの御仁の変貌にみんな騒いでおるが我には仮面を被っているように見えた。本当の顔を見せず、仮面で作られた顔で話しているというのは何だか奇妙でな。まあお主に会いに来てるということなら我には関係ないと思ったからな。あの御仁は確かに怖くて近寄りがたいところはあるもののお主には弱いからな」
それでこいつは興味がなさそうな態度を取っていたのか。というよりあの外面を周りよりいち早く見抜いていたとは……。初めて材木座に驚いたかもしれん。つか御仁って何だよ。お前にとって雪ノ下は上司かよ。
「何にせよ、あの変貌については気付いているものだと思ってたがな」
「つい最近な。お前みたいに初めから気付いていたわけじゃねえ」
「我だって最初からではないぞ。ただ教室ではお主に話しかけようにもお主はイチャついておるから話しかけられず、我は一人なのだ。その為やることなく、お主達を観察してたら気付いたのだ……」
悲しそうな声で答える材木座から悲壮感が漂っていた。すまねえ……そういえばお前もぼっちだったもんな。人間観察ぐらいしかする機会ないもんな。または寝たふり。
「まあ早いとこ片づけて我の相手をしてくれ」
「片づけたところでお前の相手をする義理はねえ」
「ハチえもーん! 相手してよー」
朝から騒がしい……。そんな教室にぽつぽつとクラスメイトがやってきている。とりあえず昼までに考えとかないと。どーせまた弁当持ってきてるんだろうし。
自分の席に座ると震えが走る。震えの元はポケットにある携帯で取り出すとメールを受信していた。見ると送信名は一色いろは。
『先輩、今日のお昼休みに生徒会室これますか? 相談にのってほしいことがあるんです』
× × ×
「ストーカー?」
「うーん……そこまではまだ行かないんですけどでもしつこいんですよ! ほんとに」
昼休みに一色に呼ばれた俺は生徒会室で絶賛相談されていた。雪ノ下は由比ヶ浜に行けないと伝えておいてくれと頼んであるので多分大丈夫なはずだ。まあ向こうも顔は合わせづらいだろうしな……。
「とりあえず話をまとめるぞ。つい最近お前が振った男子が未だにお前に未練を持っていて、隙あればお前のことをデートに誘ったり、一緒に帰ろうとしたりとしつこいということでいいんだな?」
「まあ大体そんな感じですね。いやー本当女々しい男子って気持ち悪いですよね。フラれたならさっさと諦めればいいものの」
お前フラれたのに葉山のこと諦めてたっけ? 何か見事なブーメランを投げているぞこいつ。それともあれか。男子だから気持ち悪いということか……こいつの言葉を聞いた全国の男子はきっとその日の夜は枕を濡らしていることだろう。いろはす、辛辣ぅ!
「で、お前は俺にどうしろっていうんだ?」
「はい! 先輩にお願いしたいことはしばらくの間でいいんです! 私の彼氏のフリをしてもらえませんか?」
そうあっさりと言う一色いろはの問いにしばらく答えられず静寂な時間が訪れた。
えーと……今何と言いました? 一色さん?
「先輩? 聞こえてますかー?」
「あ、ああ。てかすまん。お前なんて言った?」
「だからしばらく私の彼氏になってほしいと言ってるんです」
ちょっと顔を赤くしながら話す一色はくすっと笑っている。
生徒会室に二人きり。いるのは目の前で照れている後輩。その後輩に彼氏になってほしいと言われている俺。青春の1ページのような光景で何の音も聞こえない。
ただ何か言わなきゃと思い口を開く。
「一色。何で俺なんだ? そういうのは普通葉山だろ」
「葉山先輩にこんなこと頼めませんよ……てかそろそろ気付いてくださいよ……」
最後らへんが声が小さくて聞こえなかったがそろそろ葉山に頼れよ……。まあ先程ブーメラン投げたこいつに葉山を頼るという考えなんざ初めからないだろう。
すると一色がこほんと咳払いして口を開いた。
「まあ今まで彼女いたことない先輩だからこんな可愛い後輩とどういうふうに付き合う素振りを見せればいいかわからないでしょう」
頼んでいる割にはひどいこと言うね、君。俺だってなぁ彼女の一人や二人くらい……いやすいません。彼女どころか奉仕部入るまでは女の子と出かけることなんざ、小町ぐらいしかいませんでした。
「そんな先輩にいいサイトを教えてあげますよ! 何でもうちの高校の三年がやっているという恋愛サポートの動画なんですけど」
と、一色は携帯を取り出して慣れた手つきで操作すると表示した画面を俺に見せてくる。画面には『ケヤキの恋愛講座!』とでかでかと書かれたページが表示されている。
「このケヤキさんという人の動画が最近流行ってるんですよ!」
「はあ……てかこいつうちの高校のやつなの?」
「はい、えーと……あ、これだ」
と、動画を押すと動画が再生され始める。
「この動画で映っているケヤキさんなんですけど恰好を見てください! 本人も気付いてないと思うんですけどうちの高校のブレザーを着てるんですよ!」
ああ、確かに。てかこういうネット動画で身バレするようなもの載せてるのまずいだろ。いくら仮面被って顔を隠してるとはいえ。コメント覧にも総武高校なんですか?とか書かれてるし。それともよっぽどの目立ちたがり屋か……こいつ戸部なんじゃねえの?
「てか俺はこういうの信じねえし興味もない」
「えー……まあそれは置いといて。それで」
一拍置いた一色は再び俺の顔を見て、明るい声で言った。
「先輩。私を助けるために私の彼氏になってくれますか?」
「……まあフリだけならな」
相変わらず年下に弱い俺。でもこんな潤んだ目で上目使いされれば断れるわけがない。年下の女の子を何とかしたくなっちゃうのは昔からの性格だしな。
「ま、もし先輩が本当の彼氏になりたいなら考えてあげなくもないですけど」
「調子に乗るな」
一色の頭をぽんと叩くと痛っと頭を押さえている。
「……本当の彼氏になっていいのに」
「何か言ったか?」
「いえいえ。では今日からよろしくお願いしますね」
そう答える一色いろはの笑顔は今まで見てきた笑顔でも特に可愛いものだった。
そういえば忘れていたけど雪ノ下の件、どうするか。この事はあいつらにも言っておいた方が変な誤解を招かないと思うだろうし。
まあ言うなら今日の部活で言うとしますか。
とりあえず飯を食いに俺は生徒会室を後にする。
今回もお読み頂きありがとうございました。
てか材木座の口調、本当に書くの難しい......。
御仁の意味調べたけど使い方間違ってそうで怖い......。
今後も温かい目でお読み頂ければ幸いです。
では