雪ノ下雪乃は素直になりたい。   作:コウT

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答え Ⅱ

「さて、どうしたものか……」

 

 と、愚痴がこぼれる。

 平塚先生は委員長と打ち合わせがあると言って、先程部室を後にして、俺と雪ノ下、由比ヶ浜に一色の四人がそれぞれやりきれない表情を浮かべていた。

 

 

「ありえないですよ、どう考えても」

「だよね! 絶対にゆきのん目当てとしか考えられないもん!」

「そう……なのかしら。でも私、彼と会ったことも話したこともないのだけれど」

 

 雪ノ下の言葉に反応した由比ヶ浜と一色は顔を揃えて、こちらを見てくる。いやそんなまだ話してねえのかみたいな顔するな。俺だって気付いてるもんだと思ってたし。

 

 

「まあ何にせよ、そいつの目的が本当に雪ノ下なら雪ノ下を行かせればいいだけの話だが」

「……私は嫌よ」

「だと思った」

 

 予想通りの答えで安心した。だが雪ノ下をサポートに行かせなければ恐らく高杉は納得しないだろう。

 なのでここは向こうが恐らく妥協するであろう 中間(・・)を取ることにする。

 

 

「あいつが雪ノ下を呼ぶ目的はサポートなんだろ? でも雪ノ下一人を行かせるのもあれだし、雪ノ下自身もそういう理由でサポートに行くのは嫌と言ってる。なら俺達全員で行けばあいつらを黙らせられるだろ?」

「……つまりサポートが欲しいということなら私一人ではなく、奉仕部全員で手伝うことで仕事の効率が上がると言う事で、向こうも何も言えなくなると言うことかしら?」

「ああ。あいつらの要望通り雪ノ下も連れて来てるんだから文句は言えないはずだし」

 

 正直なところ他にも心配な点はいくつかあるがその辺は進めていくうちに解決していけばいいだろう。

 

「そうね。それなら私も協力してもいいわ」

「まあそっちのほうが生徒会的にはありがたいというか……」

「うん……」

 

 半信半疑な感じだがどうやら全員納得した様子だった。

 

「ではいきましょうか」

 

 雪ノ下が椅子から立ち上がると続いて一色と由比ヶ浜。最後に俺がぞろぞろと部室を出て行く。行き先はもちろん忘れもしないあの会議室。最後に使用したのが体育祭なのでちょうど一年ぶりになる。

 いつの間にか前にいたはずの由比ヶ浜が後ろにいて、肩を優しく叩かれる。

 

「なんだ?」

「あのさ……大丈夫かな?」

「……まああまり心配になり過ぎるのもあれだし、考えすぎんな。危険と思えばすぐやめてもいいんだし。なんなら今から辞めても構わないぞ」

「あはは……なんか久しぶりにあったけど相変わらずだね、ヒッキー」

 

 苦笑いする彼女との視線をふと逸らす。気にしないようにしてるんだから察しろよ。

 由比ヶ浜も一色もこの案を賛同するときに少しぎこちない感じがしたのは恐らく俺の事を気にしているのだろう。そりゃあいくらある程度踏み込んだ相手とはいえ、必死な思いで伝えた告白を断ったのだからこういうふうになることは覚悟の上だった。

 だから今回の件に関しては協力してくれることはありがたいと同時に彼女達と今度どのような距離感でいけばいいのかわからないということもあるので問題と言うのは決して高杉だけに限ったことではない。

 そうして考えてるうちに会議室へ着いた。扉を開けて、中に入ると去年と変わらな光景だった。カタカタと鳴るキーボードの音と疲れた表情で書類と格闘する委員達。去年に比べると随分人数がいるので一見問題が無いように見える。

 

「ああ、一色さん。探したよ」

 

 その声が聞こえる方向に顔を向けると見覚えのある男がいた。高杉潤平。葉山みたいな営業スマイルをニコっとこちらに見せてきている。

 

「雪ノ下さん、手伝いにきてくれたのかい?」

「ええ。それよりもあなた……」

「そういえばまだちゃんと名乗ってなかったね。じゃあ改めて。ケヤキこと高杉潤平です。今度ともよろしく」

 

 そういって手を差し伸べてくる。

 夏休みの事だったがこいつは雪ノ下に頻繁に連絡を取ろうとして、雪ノ下から嫌悪感を抱かれている。その時はまだケヤキ=高杉という存在を知らなかった。

 ついに正体を知ることになった雪ノ下だったが特に戸惑う様子もなく、じーっと高杉を見て、やがて、

 

「そう。よろしく、高杉君。それから私だけではサポート出来かねない部分もあると思うから部活の人も連れてきたけどいいかしら?」

 

 と、手を握ることなく、涼しげな表情で質問を投げかける。

 

「ああ。構わないよ。由比ヶ浜さんに……比企谷君だね。よろしく」

「うん……よろしく」

「……」

 

 由比ヶ浜は戸惑い気味に挨拶し、俺は無言。いや今更こんなやり取りをこいつとする必要はないし、そもそもこいつはこんな風に穏やかではない。

 葉山や雪ノ下さんと同じでこいつもこんな風に仮面を作っている。さすがは元有名動画投稿者の一人だ、キャラを作るのもお手の物か。

 

「それじゃあとりあえず雪ノ下さんと一色さんはこれから副委員長と打ち合わせがあるから、一緒に参加してほしい。由比ヶ浜さんはどこか空いている部署を手伝ってくれると助かる。比企谷君は記録雑務で」

 

 何で俺だけ決まってるんだろうか。絶対わざとだろ、こいつ。

 雪ノ下達はそのままホワイトボードの前で話し合いを始め、由比ヶ浜はぼーっとしているところを知り合いの女子に連れて行かれた、というより拉致られた。

 俺はと言うと言われるがままに記録雑務のところへ行くとさっそく溜まっている書類を押し付けられる。

 何々……照明器具の使用許可、調理材料の領収書に有志団体の一覧リスト作成、それからネトゲ部の功績記録の展示許可に体育館でのアニメ映画上映許可……後半明らかに影響されてるよな、これ。

 しかもほとんどの書類の期限は過ぎている。恐らく提出が遅れているのできちんと処理できないまま、ここに溜め込んでいるのだろう。

 とりあえず空いている席に座ると一枚、一枚処理していく。

 周囲を見渡すがどう見ても最近まで崩壊しかけていたとは思えない。みんな楽しそうに仕事に打ち込んでいる、いや仕事に楽しいなんてあるわけないんだけどさ。

 

「比企谷。お前もいたのか」

「……葉山か」

 

 後ろから声をかけてきたのはもう一人の爽やか王子である。今日は何だか俺の嫌いな奴によく声をかけられるな。

その葉山はある一点を集中してみていた。いや正確に言うとその一点、ホワイトボードの前で話し合っているあいつらを。

 

「比企谷。その」

「言わなくていい。ちゃんと見ている」

「そうか。ならいいが彼に関しては少々危険な感じがしてな」

「お前と変わらないだろ」

「……さすがにそれは心外だな」

 

 そうか? 結構葉山と高杉って似てると思ったんだけどな。残念。

 

「で? お前は何しに来たんだ?」

「去年と同じだよ。有志バンドの申し込みだ」

 

 やっぱ今年もやるのね……特にバンドマンでもないのにこういうイベントでは必ず美味しいところで出てくるのが葉山隼人だ。と、いうよりも葉山隼人が出てくることをみんなが望んでいる。それは紛れもない事実である。

 

「そういえば彼も出るらしいな。有志バンド」

「……だからなんだ」

「いや。比企谷も対抗して、出ればいいんじゃないか?」

 

 去年に引き続いて、やっぱりこいつはバカにしてるのだろうか。

 そう思ってるうちに葉山は申込用紙を出して、さっさと消えてしまった。ようやく集中できると思っているとホワイトボード前にいた雪ノ下がこちらに向かってきており、俺の前に立つとふうとため息を吐く。

 

「お疲れさん」

「……思った以上に深刻な状況だったわ」

 

 それから数分間雪ノ下から話を聞いて、現状を知ることが出来た。

 高杉達は今回やりたいことを出し惜しみせずにやっていこうということで進めていた。その為実行委員会主導のイベントを企画したり、クラスでの催し物もクラスでの意向を極力許可するようにしていたが当然ながら生徒会がそれを黙ってはいなかった。なので色々と考え直し、クラスの催し物では許可を出せない点に関しては準備の中止をして、イベント系に関しては何とか実行できそうなものは実行して、無理そうなものは切り捨てようと言う事。それが高杉の言い分だ。

 一色の言い分と比べるとところどころあっているが後半は少なくとも一文がおかしい。

 生徒会から何かを言ったからこいつは変えたんじゃない。もしそうならば俺達がここにいる必要はない。高杉が改善をしたのは雪ノ下がサポートとして自分の傍についてくれるから。その理由が俺の中で最も納得できる理由だった。

 

「状況はわかった。で? 高杉自身はどうだ?」

「その……夏休みに頻繁にメールを送ってきていたことを謝罪されたわ。まあ許してはいないけど」

 

 雪ノ下はいじわるそうに笑って、

 

「だから今のところは心配される点はないわ、比企谷君」

「……そうか」

 

 まあ安心はできないけどな。

 

「それに今の私は彼からアドバイスをもらっていた時とは違うわ。ちゃんと……」

 

 そこから先の言葉はなかった。でも違うことくらい俺にだってわかっている。

 あの花火の音が響く中でお互いがそれを確認したのだから。比企谷八幡も雪ノ下雪乃もそれを認め合うことができていると。

 雪ノ下は再び口を開いて話を続けた。

 

「あと今日から忙しくなるからもしかしたら一緒に帰れないかもしれないのだけど」

「ああ。俺も色々と手伝ってるからまあ待つわ。そっちがひと段落ついたところで声をかけてくれ」

「そう、ありがとね。比企谷君」

 

 

 雪ノ下はとても嬉しそうだった。周囲からは話が聞こえてしまったのか、こちらを見てくる視線が一つ、また一つと増えてくる。まあそうなるわな。

 

「じゃあ作業に戻るわね」

「ああ」

 

 雪ノ下が離れていくと視線が無くなっていき、再び各自がそれぞれの作業へと没頭していった。文化祭まで三日。それまで何ができるのかはわからないが少なくともこのまま行ってくれれば問題はなさそうだった。

 

 

× × ×

 

 

「あの……由比ヶ浜さん。今、大丈夫かな?」

 

 

 そう言って私に声をかけてきてくれたのは同じクラスの男子だった。

 私は今、ヒッキー達と一緒に文化祭準備を手伝っている。去年は私だけこっちの方には参加してなかったからみんなと一緒にできて、ちょっと嬉しい。でもヒッキーと顔を合わせる機会が多くて、その度に気まずくなっちゃう。はぁ……何で前みたいにいけないんだろう。

 ゆきのんとヒッキーが両想いなのは夏休み入る前、思えば二年生の終わりの頃から気付いていた。それまでも疑ったことはあるから変に空気をよんでしまったこともあったけど本当にゆきのんはヒッキーの事が好き。そう確信を持てるようになったのは多分その時だと思う。

 

「大丈夫だけど……どうしたの?」

「うん……ここじゃ話せないから移動してもいい?」

 

 頷いた後はその子と会議室から出て、特別棟の廊下まで移動した。彼は私が手伝っている宣伝……宣伝なんとかのところにいる子だ。うちのクラスのクラス委員で、あんまりこういうことをクラスで盛り上がってた私が言うのはずるいかもしれないけど彼は高杉君側の人だった。

 高杉君はゆきのんの事が好き。それはちょっと前に会った騒ぎで知った。あの時はゆきのんを探して、必死になって探していたがヒッキーが見つけてくれた。ゆきのんは無事で私も安心したけどその日の夜にヒッキーが突然会いたいって言ってきた。

 そしてヒッキーからゆきのんが本当にヒッキーの事を大好きで、ずっと苦しんできたことを知った。それまではヒッキーが悪いと思っていたからずっと責めていたけどちゃんと理由があったことに安心した。けどそれと一緒に私は聞きたくないことを知ってしまった。

 

 ヒッキーもゆきのんの事が好き。

 

 でも私は諦めなかった。諦めなかったけど……やっぱり駄目だった。

 

「あの由比ヶ浜さん……俺さ、前からずっと由比ヶ浜さんの事が気になっててさ……その」

 

 そして今。私はヒッキーとゆきのんと一緒にまた部活をしてるけど二人が仲良く会話をしているところをちょくちょく見かけている。

 その度に思うんだ。

 

「……好きです! 俺と付き合ってくれませんか?」

「ごめん無理」

 

 

 私はまだヒッキーの事が好きなんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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