雪ノ下雪乃は素直になりたい。   作:コウT

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答え Ⅰ

 高校最後の夏休みが終わり、新学期が始まった。受験勉強もここからが本格的になり、今までのように遊んでばっかりではいられない。具体的な進路としてどこの大学にいくかも決めなければならない時期だ。

 雪ノ下と俺はこれからどうするかを話し合うべく、昼休みに部室へと集まっていた。由比ヶ浜は……まあ来なかった。誘っては見たが今更俺の顔を見るのも辛いのだろうし、そういうふうになることもある程度は知っていたのだから。

 ただ……友達を無くすってのは初めての感覚で正直辛い。

 

 

「どうしたの?」

「ん? いやなんでもない」

 

 雪ノ下が心配そうにこちらの顔色を伺っている。こいつのことだからすぐに察してしまうだろうし、今はこの事について考えるのはよそう。

 

 

「で、どうすんだ?」

「そうね……一応両親とも話し合ったのだけど私は東京の私立大学に受けることにするわ。そこの大学は留学に力を入れてるから、二年目か三年目辺りに一度留学に行きたいと考えてるの」

「へえー。留学か……」

「その……あなたは?」

「俺? 俺も私立大に」

「そうじゃなくて……あなたは来てくれるの?」

 

 きっと不安だったんだろう。自分の行きたい進路に彼氏が応えてくれるのか。そりゃあ傍から見ればわがままに付き合えと言っているのだから理不尽だと思われるかもしれない。傍から見ればだが。

 

「まあ……行ければな」

「そう。よかった」

 

 一安心でほっと息を吐く雪ノ下。まあ本当にそれこそ行ければの話なので確証はもてないけれどそれでも否定するよりかはましだと思った。

その時急に部室の扉ががらりと音を立てて、開かれる。

 

「昼休みにすまない。雪ノ下……比企谷もいたのか」

 

 いつもの白衣姿の先生が入ってきて、教室内を見渡すと顎を触りはじめる。

 

 

「由比ヶ浜はいないのか? あと一色も」

「……来てないです」

「そうか。まあ由比ヶ浜はともかくすでに一色は伝えにきてるものだと思ったのだが仕方ないな」

 

 

 先生の呆れた声が耳元で響く中俺はただただじっとその言葉を聴くしかなかった。

 隣にいる雪ノ下にはすでに二人と何があったかは話しているので同じように辛そうな表情だった。

 そんな中平塚先生は軽く咳払いして、口を開いた。

 

「まあ今回の件は比企谷や雪ノ下に三年は参加せずともいいかもしれないが今年もまた文化祭の時期がやってきた」

 

 

 文化祭。奉仕部の活動の中でも俺の悪役が目立ったイベントの一つであり、雪ノ下も自分自身が一人でやるという暴走をして、由比ヶ浜に怒られたりと色々と奉仕部にとっては分岐点となったイベントの一つである。当然このイベントは色々と思い出したくないことが多く……まあこれ以上は思い出すのはよそう。

 

「今年も文化祭実行委員会が設立され、早ければ今日のHRで各クラス代表が選出されるはずだ。で、今日の放課後の委員会で委員長が決まり、生徒会がサポートをしつつ、進めていくわけだが城廻の時とは違って、一色はまだ二年生だ。色々とうまく立ち回れない部分も出てくるだろう」

 

 

 確かに。去年の文化祭みたいに予想もつかないことが起きて、それに対してうまく動けなけば被害はますます増えていく。まあ去年の場合は委員長に色々と問題があったわけだがもうあいつは関係ないだろうから放っておこう。

 

「そこで奉仕部には一色達のサポートを頼みたいがこの仕事は一年生の小町君達に振ってもいい仕事だから雪ノ下達はクラスの活動や受験勉強に集中してもらって構わない。もちろん手伝っても構わないがな」

「はあ……まあとりあえず小町には伝えとくんであとは勝手にやってくれるでしょう」

「助かる。今年も厚木先生と何故かわ・か・ての私が担当になってしまったからなぁー」

 

 凄い嬉しそうに若手の部分を強調したな。まあ押し付けられただけなのか本当に若手扱いされてるのかは疑問だが。

 何はともあれもう俺達の出番は必要ない。俺達は俺達で先に進まなければならないのだからあとのことは任せることにする。

 

 

 

× × ×

 

 

 

 そして二週間が経った。あと数日といったところだった。今日学校に行けば土日で、その次は文化祭準備で授業なし。で、本番といったところだ。

 小町達も無事承諾してくれて、何とか順調に進んでいる……多分。いや多分というのは家で文化祭についての話をしないからだ。何か聞くと首を突っ込みたがっているように見えるし。そんなわけで状況に関しては聞いていない。

 授業も終わり、校内は文化祭準備で忙しそうで俺達三年も最後の文化祭だからと忙しそうにしている。ちなみに今更クラスメイト紹介というほどの紹介でもないがクラスには由比ヶ浜、葉山、材木座、戸塚、川崎、三浦、海老名さん。あれ? 何かほとんど変わってなくね? 戸部? そんなのいたっけ?

 と、まあ文化祭を盛り上げてくれるキャスティングは去年同様揃っているのでクラスの方は盛り上がるだろう。今年は劇ではなく、何でもメイド喫茶をやるんだとか。

 もちろん戸塚も着てくれるよ! チェキは一回二千だぞ! ループしまくるぞ! と、誓いながら文化祭準備で忙しそうにしている教室を後にする。今更俺がいても、特に戦力にならないし、女子からも「何で先に帰るの? みんなが頑張っているのに」と怒られることもない。

 しかし自然と足は昇降口ではなく、特別棟に向かっており、気づけば部室の前に立っていた。いや意図的じゃなくてなんか本能的なあれで……。

 すると後ろから足元が聞こえてきて、振り返ると雪ノ下がこちらに向かってきていた。

 

「お前も来たのか」

「ちょっと気になってね。あなたも?」

「まあな。小町からは状況を聞いてないからな」

「やっぱり気になってしまうものね」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべる雪ノ下。まあまだ半年はあるから引退を考えるのはいいかなと思ってしまう。と、いうより引退する時期とかないしな、この部活。

 そんなわけで教室の扉を開けて、必死に文化祭準備について話し合っているであろう部員達を労うとしますか。ゆっくりと教室の扉を開ける。

 

「うーす……あれ?」

 

 教室の様子は予想とは異なり、部室で話し合っているという感じではなかった。扉を開けた俺達を全員が見つめている状況で空気はいつもの部室より重い。部室にいたのは小町と大志、数人の部員達。そしていつもの依頼者側の席に一色が座っていた。

 

「あ、お兄ちゃん……どしたの?」

「いや様子を見に来たんだが……邪魔だったか?」

 

 すると一色と小町がいきなり椅子から立ち上がって、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきて……そして。

 

「うわああああああああ。もう駄目だよ、お兄ちゃん!」

「せんぱーい! お願いします! 助けてください!」

 

 

 と、俺の制服に顔を埋めて、泣き始めた。状況が掴めていない俺と雪ノ下は困惑した状況だった。とりあえず小町達をなだめて、椅子に座らせて話を聞いてみることにした。

 

「結論から言って文化祭がやばいです。どのクラスも規約を守らなかったり、実行委員長が勝手に色々と進めたりして、統率がまったく取れないんです。奉仕部のみんなにも協力してもらって、何とか一つ一つ片付けていますがさっきの委員会でこれ以上勝手にやるようなら中止になりかねませんと言ったら、委員長がそれはちゃんと管理できていない生徒会長のせいだよね? って言われて……」

「自分がしたことを他人に押し付けるなんてもうどうしようもない屑ね」

 

 雪ノ下が大きくため息を吐き、それに続くように周囲からもため息を吐く音が聞こえる。

 

 

「私達もみんなが何で守らなかったり、勝手なことをしようとするのかも聞いて回ったりしてたんですけどどうやら私達に内緒で実行委員長と実行委員で色々と話し合ってやってるらしくて……平塚先生もこの事態は看過できず、もし文化祭当日で規約違反があれば即そのクラスは中止。また続くようなら文化祭そのものを中止しかねないと言ってて……」

 

 

 一色が嗚咽混じった声で話すと雪ノ下が優しく頭に手を置く。ほえ?っと一色は雪ノ下の顔を見る。なんか今の声可愛いな。

 

「よく頑張ったわね。一色さん、色々と無理をしてたんでしょう。私達も何とか力になるから」

「雪ノ下先輩……ひっく……ありがとう……ございます……」

 

 それを聞くと雪ノ下は優しく一色を抱きしめる。

 

「結局まだ引退はできそうにもないな」

「そうね」

 

 思わず苦笑を浮かべる雪ノ下と俺はきっとどこかで嬉しかったのだろう。こうして奉仕部として活動できる機会があることに。そして目の前の泣いている後輩が頼ってきてくれたことに。

 

「さてと。それじゃあもう一人呼ばないとね」

「もう一人?」

「奉仕部には三年生がもう一人いるでしょう」

 

 まあ仲間はずれはよくないからね、本当に駄目だよ?

 雪ノ下は携帯であいつに連絡するとすぐにこっちに来ると連絡が来て、数分待っていると部室の扉が開いて、あいつはやってきた。

 

「ごめーん! クラスの準備で忙しくてね」

「いえ。こちらこそ急に呼んでしまったのに来てくれてありがとう、由比ヶ浜さん」

「ううん。こっちこそありがとね、ゆきのん!」

 

 

 これで奉仕部は全員集合だ。きっと由比ヶ浜も一色もそして雪ノ下も色々と思うところはあるだろうけど今は文化祭だ。やらなければならないことが明確にわかっているのならそれに集中するだけだ。

 

 

× × ×

 

 

 

「とりあえずあいつらが勝手に進めて、何をやっているのか詳しく聞きたいんだが」

「簡単に言えば、生徒会を通さずに物事を進めてしまっているということなんですよね。もちろん中には通しちゃ駄目なやつもあるんですけどすでに準備とかも進んでいて、今更辞めれないって言われちゃって……」

「なるほどな。委員長の暴走が伝染しちゃっている形か」

 

 

 教室には俺と雪ノ下、由比ヶ浜、一色がそれぞれの席に座り、小町達は生徒会の手伝いに行ってもらった。この感じも久しぶりである。

 

 

「今まで使っていた手を使うか?」

「体育祭の時のことを言っているのかしら? でも彼等が勝手にやってしまってる以上恐らく意味がないでしょう。今回の目的は彼等の暴走を止めて、文化祭を何事もなく始められることにあるわ」

 

 淡々と言う雪ノ下。しかし暴走を鎮圧されるには彼等が納得できる交渉の一手が必要だ。その一手をどうするのか。

 

「どうすればいいんだろうね……」

「もう土日と準備日しかないので明日の臨時委員会で解決しないとまずいんですよね……」

 

 不安そうな顔になる二人にどう声をかければいいかわからない。下手に声をかけても仕方ないし。

 

「ところでその暴走の元の委員長はどんな人なの?」

「あ、はい。三年生なんですよね。立候補で決まって、物凄く感じがいい人だと思ってたんですけどまさかこんなことになるなんて」

「名前は?」

 

 

 そして一色はあの男の名前を口にする。

 

 

「高杉という人です」

 

 

 思わず勢いよく立ち上がり、目を見開く。ここにきてあいつの名前が出てくるのは中々の予想外だった。

 

「先輩、知ってるんですか?」

「あ、ああ。まあ」

「どういう人なの?」

 

 

 お前の事が好きな人だよと言いたいがそれはそれでここが揉めそうだ。それに由比ヶ浜はどうやら高杉について知っているらしく、名前を聞いた途端に暗い顔になった。

 

「まあちょっとした知り合いだ」

「あなたと知り合う人がいるなんてね。本当に知り合いなのかしら?」

 

 俺も忘れたいがあそこまで言われてしまえば忘れようにも忘れられないだろうし。

 が、ここで教室をノックする音が聞こえる。

 

「どうぞ」

「邪魔するぞ」

 

 雪ノ下の了承の声で入ってきたのは平塚先生だった。

 

「一色、ここにいたのか」

「どうかしたんですか?」

「先程委員長と一部委員の奴らと話し合いをしててな。で、今さっき終わったところで報告しようと思ってたんだ」

「そうですか……それで?」

「……驚くことに彼等はいきなり謝罪をしてきた。勝手に進めてしまった事に対しては反省しており、現在進行中のもので許可が出せないものに関しては即準備を辞めるということだ」

 

 

 これにはさすがに奉仕部全員と一色が驚いていた。今の今まで話し合っていた問題がこの数十分で解決したのだから。

 

「どういうことですか!? あれだけ私が言っても聞いてくれなかったのに」

「そこは私もよくわからないがただ高杉から条件というか頼み事をされてな」

「頼み事?」

「ああ。君と話した後彼等に連絡する予定だったのだがちょうど全員いるなら手間が省けた」

 

 そういって俺達を見渡す。どうやら俺達に関わることのようだが嫌な予感しかしなかった。そしてそれは的中した。

 

 

「文化祭終了までの間、雪ノ下を自分のサポートとして委員会に入ってほしいということだ」

 

 

 ほらな。あいつの考えることだからそうだと思っていた。

 

「な、なんで雪ノ下先輩を?」

「私は彼と話したことはないのですが……」

「さあな。理由を聞いても教えてくれなくてな」

 

 

 もしこれが目的ならとんでもなく面倒な奴だな、高杉。雪ノ下に近づきたいがためにそこまでするとは……。

 するといつの間にか俺の横に移動していた由比ヶ浜が小さい声で話しかけてくる。

 

「ヒッキー……」

「わかってる」

 

 

 今年の文化祭もどうやら無事に終えることは難しそうだった。

 

 


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