雪ノ下雪乃は素直になりたい。   作:コウT

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好きだから迷う Ⅰ

失恋というのは好きな相手に告白して振られること。もしくは好きだった相手が他に好きな人が出来て、自分の恋を諦める、そういうことだと思っていた。

 だからこそ俺はこの痛みに耐えなければならない。彼女達を振った罪は軽いものではなく、周囲に知られたらナイフを突き刺されてもおかしくはない話だ。それほどまでに俺が犯した罪は重い。

 そんな彼女達の想いを無駄にしない為にも、あいつに自分の想いを伝えなければならない。もちろん約束がある以上はどういう返事になるかは想像もつかないし、必ず想像通りの返事をもらえるとは限らない。

 しかしどんな勝負事にも百%の勝率なんてありえないはずだ。0.01%くらいは可能性が残されているとしたら、それに賭けてみるのもありだとは思う。

 凄いラノベ主人公みたいな事を言っている気がするが当然ながら不安はぬぐい切れていない。

 一色とのデートから数日が経って、夏休みも八月に突入し、日に日に暑さを増している。そんな暑い日だがわざわざ外に出て、何をしているかと言えば……。

 

「比企谷君? 話を聞いてる?」

「ん? ああ。聞いてる聞いてる。昼飯は麺系で頼む」

「お昼はもう作ってしまったし、全然話が違うのだけれど……」

 

 

 雪ノ下は小さくため息を吐いた。こいつには由比ヶ浜と一色とのデートについて一通り説明した。話を聞き終えると、特に驚いた様子を見せる様子もなく、ただ悲しそうな顔を浮かべて、「そう」と一言呟いた。

 それからはあの二人の話はしていない。こうして今日も雪ノ下のマンションにお邪魔しているが勉強をみてもらったり、テレビを見たりと有意義に過ごしている。もちろんこうして雪ノ下の家に行く事に関しては最初は抵抗があった。どうしてもあの時の事を思い浮かべてしまうからだ。

 それは雪ノ下も同じようで、誘っておいて、いざ家に着くとお互い顔が赤くなり、全然言葉を発する事はなかったが今ではこうして笑えて過ごせているのだから慣れって怖いものだ。

 

 

「仕方ないわね……もう一度説明するから聞いてくれる?」

「悪いな」

 

 こほんと咳払いして、彼女は話を切り出した。

 

 

「ケヤキさんって覚えているかしら?」

「ケヤキ?」

 

 えーと……あれだ! スギ君だ。正しくは高杉だけど。そういえばカラオケの一件以来全然話を聞かないな。

 

 

「その顔は覚えているようね。ケヤキさんとはあの日以来一切連絡を取らなくなってたのだけど向こうは一方的にメールを送ってきていて、返信しなきゃとは思ったけど今更どういう話をすればいいのかわからないし、それにもう誰かの言いなりになるのは……」

 

 いやそんな顔を赤くして、こっちを見んな。思わず顔を逸らしちゃうだろうが。

 

「……ま、まあそれは置いといて、だ。別に連絡取っていないなら気にする必要ないんじゃねえの?」

「そうなのだけど夏休み入る前からあまりに頻繁にメールが来るから……アドレスを変えようか悩んだけどそれはそれで向こうを刺激しちゃうかもしれないし」

「うーん……まあ同じ学校だしな」

「え?」

「いやなんでもない」

 

 

 ケヤキ=高杉ということをまだ知らないのなら、別に教える必要はない。それにこれは単純な予想なんだが高杉は雪ノ下の事が好きだ。一度告白してるくらいだし。

 こういうのって片思い男子によくある兆候なのだが周囲が見えなくなって、自分が行っている事を異常だとは思わない。一応幸せになれる結末と最悪の結末をある程度予想しといて、振られてもメンタルがやられないようにと予防線を貼っとくけど全然役に立たない。ソースは言うまでもない。

 

 

「こういう時はやはり同じ犯罪者気質のあなたに聞けば、何かわかると思って」

「その括りで頼られるのは凄い不本意だけどな。でも迷惑ならアドレス変えることや思い切って言うことも手段の一つだ。こういうのははっきり言えば、案外折れる場合が多いし」

「そう……ならちゃんと言おうかしら。一応お世話にはなったからその辺もきちんとお礼の言葉を入れて、伝えれば大丈夫だと思うけれど」

 

 すぐに文を思いついたのか、携帯を取り出すとメール画面を開いて操作し始める。携帯の扱いも由比ヶ浜にレクチャーしてもらったのか昔と比べて慣れていた。

 しばらくするとメールを送信したようで携帯を閉じると隣にいた俺の肩に頭を預けてくる。

 

 

「私って本当に最低ね」

「そうか?」

「散々サポートしてもらって、要件が済んだら迷惑扱いなんて」

「だとしても一方的に何通もメールを送ってるなら言うべきだろ」

「そうね……ねえ比企谷君」

「ん?」

「あれから私達……変われたかしら?」

 

 

 それは愚問というやつだろう。こうしてお互い好きな人同士で二人きりで過ごすこの時間が何ともないわけがない。

 それなのにどうしても何かが突っかかる。心の中にある何かが。雪ノ下雪乃とこういう風に過ごせて、嫌じゃないはずなのに何でこんなにももやもやした気持ちになるのか。

やっぱりあの約束か? いや違う。それだけじゃない。雪ノ下と俺ってなんつーか……不完全なんだよな。お互い好きなのに両想いの関係に成りきれていない。パズルみたいにバラバラになったものを一つ一つ埋めていく最中であと残り数ピースというところまで来ている。だから不完全だ。

 なのに俺はその不完全で満足しようとしている。この現状で満足しようとしている。幸せになれる結末と最悪の結末を用意しとくのはあれは単に予防しているわけじゃない。自分自身の勘違いに気付こうとしている足掻きなのだ。

 もちろんそんなのは必ずしも必要なわけじゃない。言ってしまえば人それぞれというわけだ。ただ比企谷八幡はそういう訳にはいかない。

 

 

「比企谷君」

「なんだ」

「……好きよ」

「さんきゅ」

「あなたは?」

「……ノーコメント」

 

 

 くすと笑って、俺達は互いに見つめあった。

 雪ノ下も俺もどこまで素直になったんだろうか。過去と向き合って、今を生きていることができているのだろうか。

 その答えを出してくれる人はいない。それでも俺の中のどこかで叫び続けている。

 これはまだ本物じゃない。完成していない。

 なら教えてほしい。完成していないなら完成するために何のピースが必要なのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終盤を迎えたある日。雪ノ下に呼び出された。何でも重要な用事があるということらしく、気付けば急ぎ足で彼女の家に向かっていた。

 エントランスに入って、いつも通りインターホンを押す。

 

「俺だ」

「あら早いわね。こちらも準備できたから下で待ってて」

「準備?」

 

 インターホンが切れ、待つこと数分。自動ドアの向こう側から彼女は降りてきたがその姿に思わず見惚れてしまった。

 

「その……どうかしら?」

「あ、ああ。まあ似合っているとは……思うぞ」

「そう……ありがとう」

 

 

 照れてはいるも微笑んだ様子の彼女の姿は浴衣だった。紫色の浴衣はところどころにあさがおと思われる花が咲いており、その姿は気品ある彼女を一段と際立たせる。

 

 

「てか何でその恰好?」

「今日はその……花火大会で」

「花火大会?」

 

 何故だろう。そのワードは物凄く突っかかるものがあるぞ。

 

 

「家からでも一応ぎりぎり見えるのだけど……よかったら近くまでと思って」

「あ、ああ。てか重要な用事は?」

「それはこれからわかるわ」

 

 そう言って、彼女は俺の手を取って歩き出した。どうやらすぐ近くにタクシーも手配していたようでそのまま乗り込んで会場近くへと向かう。

 会場に近づくにつれて、人が多くなり、その熱気が車内からでも伝わってくる。

 

「そういえばあなたはこういう花火大会は初めて?」

「いや……去年も来た」

「……そういえばそうだったわね」

 

 少し戸惑いながらもきちんと事実を述べた。もちろん雪ノ下は姉である雪ノ下陽乃から聞いているから誰と行っていたのかも知っているはずだ。

 去年か……由比ヶ浜と二人で出店回って、雪ノ下さんに捕まり、話をした。もちろんあの花火大会で色々知ったこともあったし、気付かされたこと。そして頼まれたこともあった。

 奉仕部はあの時から気付いてしまったのかもしれない。相手の事を知って、力になりたいと思うことを。人を知るのは時には恐ろしいし、それに力になりたいと思っていてももしかしたら敵になってしまうかもしれないし。

 でもそんな間違いを続けて……足掻いて……今がある。

 奉仕部が今どのようになっているかは正直考えたくなかった。由比ヶ浜を振ったことで俺達三年の間では何かしらの溝ができている。その証拠に俺も雪ノ下も彼女には連絡していない。奉仕部自体は小町達がいるので活動に関しては問題ないと思う。だからこれは奉仕部というより俺達三人の……いや四人の問題だ。

 

 

「比企谷君着いたわよ」

「あ、ああ」

 

 いつの間にか到着していたようで車から降りると周囲は人だかりで動くのが困難に見えた。

 

「一応場所は用意してあるからそこまで行ければいいのだけど」

「……それって有料エリアか?」

「ええ」

 

 

 じゃああの辺だろうか。雪ノ下の手をぎゅっと握って、去年の記憶を頼りに進みだした。呆気に取られていた彼女だったがすぐに微笑んでくれたのでよし。こういうの黙ってやっちゃう辺り渋いね。八幡、かっこいい。

 と、思ってるうちにローブで巡らされている比較的人が少ない小高い丘が見えてきた。

 

「ありがとう。ここからは私が」

「ああ」

 

 近くにいた係員に雪ノ下が声をかけるといきなり係員が頭を下げて、ぺこぺこしながら案内を始めてくれた。何これ。これがVIP待遇ってやつ? 俺一人ならスリ犯と間違えられ、即お縄だろうね。八幡、可哀想。

 そのまま案内されるがままに進むと並べられたテーブル。そのテーブルに見覚えある顔があった。

 

 

「ごめんなさい、少し遅れてしまって」

「いやいやー混んでるから仕方ないね。それよりもちゃんと連れてきてくれたんだねー」

 

 

 そうしてにやにやしながら見つめる雪ノ下さんは去年とは色違いの浴衣を着ていた。模様も秋草模様からさざ波っぽいイメージの模様に変わっている。

 

 

「こんばんは、弟君」

「どーも」

「お? とうとう否定しなくなった?」

 

 否定するのも面倒なだけなのだが。まあそこも含めてスルーで。

 

「あ、お父さんとお母さんはまだ来ないからゆっくりしてていいよー」

「そうわかったわ」

 

 

 あ、まだ来ないのね。なら俺ものんびりと……。

 

「おい待て。いや待ってください」

「ん? どしたの?」

「今、お父さんとお母さんって……」

「あれ? もしかして雪乃ちゃん言ってないの?」

 

 雪ノ下の方を向くとふうと一息ついて、本日の要件を述べた。

 

「比企谷君。これから父と母に会ってほしいの。それが今日の用事よ」

 

 重大すぎるんですが……。

 


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