「さてお兄ちゃん。何で呼び出されたかお分かりでしょうか?」
「いや……全く持って検討が」
「つかないとは言わせないよ」
まあ予想はつくようでつかないような……。
あれから数週間、数か月と経ち、ついに夏休み目前となった七月の中旬。この日も夏期講習の申し込みを終えて、その後雪ノ下の家でご飯を食べて、雪ノ下と話して、先程家に帰宅してきたばかり。あ、ちなみに雪ノ下と付き合ってないです。
つまり小町が言いたいのはそういうことなのだ。
「そもそもお兄ちゃんは一週間にどれくらいの間、雪乃さん家に行っているか知ってる?」
「まあ……ちょっとだけ」
「週3で行ってて、おまけに金曜日か土曜日に行くときは必ずと言っていいほど泊まってるよね?」
「それは勉強教わってたら日付変わるぎりぎりだったし」
「毎週ぎりぎりまで教わってるんだ?」
くっ! この妹は相変わらず痛い所をついてくる。いや俺も帰ろうとはしたんだけどあいつが泊まって行けば明日も朝から勉強を教えられるって言うし……寝室が一緒なのはまずい気がするけど。
「いい加減はっきりさせなよ! お兄ちゃんが雪乃さんとラブラブしてるせいで結衣さんもいろはさんも困ってるんだよ!?」
「ラブラブって……あいつらの前では別にそんな風にはしてないし……それに何で由比ヶ浜が困ってるんだよ」
「まだわからないの……それにしてないつもりでもそういうのわかっちゃうの!」
言い終えて小町は深くため息を吐いた。てかもう日付変わるから寝ようよ。明日も学校なんだけど。
「小町はお兄ちゃんの味方だけどさぁ……そろそろはっきりさせるべきなんじゃないかと思うんだよね」
「それはわかってるけどさ……一応俺達の願いが叶ってない以上まだ付き合うわけには行かないし」
「うーん……もう十分だと思うんだけどな」
十分だと思えているのはあくまで第三者目線だからだろうな。
というより約束が果たせているのかはわからないのだ。信用を取り戻すというのはあくまで俺があいつにお願いした事、そしてあいつは自分が素直になれるように頑張るから見てほしいというお願いをした。
個人的には雪ノ下の方のお願いはすでに叶っていると思う。お互い会ったりすると緊張はするけどコミニケーションを取る機会は前より多くなったし、お互い素直に話せるようにはなったと思ってる。
だがあくまで雪ノ下の願いだ。俺の願いが叶っているのかはあいつが決めることなのだから俺が決めるわけには行かない。それにあの時自分がしてしまったことで失ったものを取り戻すのは簡単じゃない。
「さて……お兄ちゃんに言いたいことも言ったし、もう寝ようかな」
目を擦りながら小町は立ち上がって、ドアの方へと歩き出す。ドアノブを握って開けるとこちらに振り向いて小さく微笑んだ。
「おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ」
妹の姿が完全に消えたのを確認して、重い体を起こして立ち上がると俺もリビングを出て、自分の部屋へと戻って行く。
小町が言っていた通り、このままじゃいけない。俺と雪ノ下の関係をきちんと明確にしなければ余計に悲しませる人がいるから。けど一つだけ引っかかる、というより不思議に思ってることがある。
俺は雪ノ下雪乃の事が好きなのだろうか。何を今更と思うかもしれないが俺は過去に好きな人に振られ、それをバラされて苦い思いをしてきた。だから人を簡単に信じないし、ましてや人を好きになるなんて無理だと思っていた。
そんな俺が彼女達と一緒に学校生活を共にしていくうちに人を信用できるようになってきたし、何よりかけがえのない何かを手に入れることができたと思っていた。でもそれを俺は壊してしまい、全てが台無しになってしまった。
そこから立ち上がって今に至る。俺も彼女もお互い距離感を掴もうと必死だった。でも二人で過ごしていくうちにだんだんとそれが見えて来て、そのうち二人でいることが当たり前だったし、彼女と会わない日が嫌になっていた。
これだけわかっているなら最初から疑問に思う必要もなかったけどそれでも面と向かって彼女の事を好きと言える自信が今の俺にあるのだろうか。
「というわけで三年生は夏の間は受験勉強ということで。依頼が来た場合は小町さん達に任せるということでいいかしら?」
「いいんじゃねえの?」
「私もさんせー!」
「皆さんのご期待に応えられるように頑張ります!」
小町が敬礼のポーズを取って応える。奉仕部の教室は今日もにぎやかだ。
「じゃあ連絡事項はこれで終わり。私は用事あるので先に帰るから戸締りお願いしてもいいかしら?」
「はい! 任せてください」
「そう、じゃあお先に失礼するわ」
「お疲れーゆきのんー」
「お疲れさん」
雪ノ下は足早に教室から出て行った。何でも今日は実家に帰り、家族で食事だそうだ。あの一件については家族には黙っているらしく、姉である雪ノ下さんも話してはいないが、
「それでも雪乃ちゃんは何かあれば実家に帰ってくること。無論みんなでご飯とか食べに行こうってなれば絶対帰ってくるんだよ?」
と、脅さ……言われているらしく今日は急いで帰らないといけないらしい。
まあ奉仕部も最近加入が決まった小町や川崎大志、その他数名いるので俺達三年が関わる機会ももうなくなっている。俺も荷物を鞄にしまい、立ち上がって教室から出ようとした。
「ヒッキーヒッキー」
「ん? 何だ?」
「今日って……この後暇?」
「まあ暇だけど……」
答えると由比ヶ浜は俺の顔に近づき、小町達には聞こえない声のトーンで話す。
「これからその……私に付き合ってほしいんだけどいいかな?」
× × ×
「二人でどこか出かけるのってお正月以来だね」
「そうだな」
成り行きで行くことにはなったが元々今日は一人でご飯食べて帰る予定なのだから構わない。それに最近は雪ノ下ばかりでこいつと話す時間はなかったのだから。
「それで? どこに行きたいんだ?」
「うーん特に希望っていう希望はないんだけど一緒に行きたいところがあるからさ」
「…..まあどこでも構わないけどあんまり金がかかりそうなところは勘弁な」
「へーき、へーき!」
そう笑うと由比ヶ浜は俺の手を左手をぎゅっと握ってきた。温かい感触が伝わり、思わず顔が赤くなる。
「お、おい!」
「今日くらいいーじゃん、いーじゃん! デートなんだから!」
子供のように無邪気にはしゃぐ彼女を見て、諦めた。
どーせ何もないんだから思いっきり付き合うとしよう。というよりこんなにも笑顔な彼女を見て、断ろうとする男がいれば多分それは本物の馬鹿としか言いようがないくらい見る目がない男だろうな。