あれから雪ノ下を家まで送った後、俺も家に帰った……といきたかったが帰る前に公園に寄った。昼間の公園ではなく家から少し離れたところにある公園だ。
探してもらったお礼と同時に言わなきゃならないことがあるのでそれを伝えに呼び出したのだ。
しばらくしてからそいつが公園の入口から入ってくるのが見えた。
「悪いな、こんな時間に」
「いえいえ。先輩も一日お疲れ様です」
「お前も探してくれたんだろ。お互いお疲れ様だ」
「何か先輩が優しい、怖い」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
相変わらずなご様子で安心した。どうしてもこれから雪ノ下から信用を取り戻すためにはお前に言わなきゃならないことがあるからな。
「一色。こないだお前が言ってたことの返事をしたい」
「……はい」
俺の前に立っている一色の表情は変わらなかった。そんな彼女に俺は精一杯声を出した。大声ではない、気持ちの面で。
「悪い……もう一度やり直させてくれないか?」
「……は?」
一色の呆れた声が公園に響いた。そりゃそういう反応になるよな。ですのでご説明します。
一色に今日雪ノ下と話した事と今回の事。そして修学旅行の一件等も含めて関係あることを全て話すと一色は呆れたようにため息を吐いた。
「どうしてそんな大事なことを黙っていたんですか……」
「悪い」
「知ったらそんなこと頼まなかったのにー!」
いや本当にごめんなさい。マジで反省はしているので。
「でもこれは先輩だけじゃないですね。私も悪いです」
「は? 何でだよ」
「最初に嘘の告白をしろって言ったのは私ですし、それにそれを利用して告白したのも私ですから。だから私も反省しなきゃです……ごめんなさい」
と、一色が頭を下げた。あまりに予想外なので驚いている。
「いや言わなかった俺が悪いし、気付かなかった俺が悪いんだ。だから」
「だって先輩は雪ノ下先輩のことを考えていた時に私が依頼したわけなんですから私も悪いです」
「それでも大事なことを気づかなかった俺が悪いんだ」
反省だけで済むことじゃない。どうして自分があんなに嫌悪していたものを忘れていたのか今でも理解できない。いくら雪ノ下の事で悩んでいたいたとはいえそれを言い訳にはできない。
「でもそういう事ならわかりました。とりあえずあの告白は一度忘れてください」
「ああ……その」
「先輩はもう何も言わないでください。わかってますから」
そう言って一色は俺に背を向けて公園を出口の方へと歩きだし、出口手前でこちらに振り返った。
「じゃあ先輩。また明日」
と、別れの挨拶を言ってあっという間に走って消えてしまった。本当にあいつにも申し訳ないことをした。
さてこれで終わりじゃない。次に謝らなきゃならない人がいる。奉仕部は俺と雪ノ下だけじゃない、何が起こったか全て説明しないと。
「先輩の馬鹿……告白し直したって意味ないじゃん……もう私の負けじゃん……」
× × ×
「よっ」
「どうしたの?こんな時間に」
公園から由比ヶ浜のマンションまでは意外と距離があり、思った以上に移動に時間がかかってしまい、時刻は夜十時を回っていた。それでも寝間着姿の由比ヶ浜はマンシュン下で待っててくれて申し訳ない気持ちになった。
「その……言いたいことあって」
由比ヶ浜は無言だ。じっと俺の方を見つめるその表情は冷たく、そして怖かった。明らかに俺がこれから謝ろうとしていることを見破られている。
でも言わなきゃいけない。
「本当にすま」
「ちょっと待って」
謝罪の言葉は遮られた。あまりに突然だったので少し頭を下げた状態で顔を上げる。
「隼人君から聞いたんだけど……ゆきのん、今日男の人に襲われそうになったって本当?」
「は?」
「え? 違うの?」
「確かに男とカラオケにいたが襲われてないぞ?」
葉山の説明は間違ってないはずだ、多分。だとするとこいつは雪ノ下が高杉と一緒にカラオケにいた→襲われたと勘違いしていることになる。どこをどうしたらそんな勘違いをするのか聞きたいが下手に何か言えばそれこそ謝罪のタイミングを失う。
「じゃあヒッキー何で来たの?」
「いや俺はこないだの事を謝ろうと思って」
「え!? ゆきのんを守れなかったことについてを謝ろうとしてたんじゃないの!?」
何か話がややこしくなってきたけど結果として俺のせいで高杉を頼ることになってしまったんだからそれに近い。
とりあえず由比ヶ浜にはこれまでの事を改めて説明して、謝罪をした。由比ヶ浜は驚いていたがすぐに向こうも謝罪をしてくれたので一色同様申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
もちろんこれで終わりではない。俺がやってきたことは帳消しにはできないし、雪ノ下もこれまでの自分の行動を否定されたのだから複雑な気持ちだろう。だからこそこれからが重要だ。由比ヶ浜に別れの言葉を告げた後、俺はマンションを後にしてようやく家に帰れた。これでようやく落ち着け……
「お兄ちゃん……聞きたいことあるんだけど」
ないです。きちんと謝罪をして、話が終わったのは午前2時。完全に日付は変わっていた。
× × ×
「そうだよね……ヒッキーはゆきのん大好きだもんね……でも……諦めたくないよ、私……」
日付変わって月曜日。いつも通り学校に登校すると葉山や三浦、それに戸塚や川崎にも質問攻めを食らったのでとりあえず雪ノ下との約束した事は伏せて、それ以外をきちんと説明した。葉山は俺の事を終始睨んでいたが俺は一度も顔を合せなかった。
そして放課後を迎えていつも通り部室へ向かう。昨日の今日でさっそくどういう風に振る舞えばいいかわからない。そもそも改めて考えると雪ノ下って俺の事好きなんだよな。嘘とかじゃなくて。いや友達超えてそういう恋愛対象に見られていたことがびっくりで何も言えない。
部室の扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。よし、行けそうだ。
「うす」
「あ……こんにちは」
雪ノ下はいつも通りいたが何か様子がおかしい。って当たり前か……。
席について、本を取り出す。雪ノ下の方を見ると向こうも本を読んでいるようだがちらちらとこちらを見ている。
「……何だ?」
「あ!い、いやその……何でもないわ」
「そうか……」
何だ、これ。すげえ違和感感じる。こんなにそわそわしている雪ノ下見たことないし、今まで積極的だった分、余計に変だ。
まあそう簡単には素直になれないだろうし、そもそも素直になるって具体的にはどういう感じなんだ?
そんな考えの最中、雪ノ下が口を開いた。
「ひ、比企谷君。その……昨日帰ってからクッキーを作ったんだけど……た、食べないかしら?」
「あ、ああ。じゃあ……もらっていいか?」
なんでこんなに動揺してるんだよ。雪ノ下は木皿にクッキーを移して、俺の方へと差し出した。
「その……お口に合うかわからないけど……」
そんな雪ノ下の言葉を聞きながら一口食べる。もちろんそれがまずいわけではなく、前に食べたクッキーのように俺は感想を口にする。
「うまいな」
「……ありがと」
嬉しかったのか雪ノ下は優しく微笑んでいた。そして改めて気づいた事がある。
雪ノ下雪乃ってこんなに可愛く笑うんだなと……。
「やっはろー! あ! それってゆきのんの手作り?いいなー! ずるいよ、ヒッキーだけ!」
「由比ヶ浜さんの分もあるから安心して」
「本当!? やったー! ありがとゆきのん」
「ちょ……由比ヶ浜さん、暑いからくっつくのは……」
気付けば三人とも笑っていて、その声は教室中に響いていた。
何だかいつもよりも騒がしいがそれでもこの教室でこんなにも心を落ち着かせて笑うことができたのは久しぶりな気がした。
それから材木座が来ていつも通り原稿を見たり、一色が手伝いを頼みに来たりといつも通りの部活で時間はあっという間に過ぎて、部活は終了した。
雪ノ下と由比ヶ浜と別れて、そのまま家に帰ろうとするとポケットにしまってある携帯から振動を感じる。取り出すと一通のメールが来ていた。
『雪ノ下です。由比ヶ浜さんからメールアドレスを教えてもらいました。あと最近流行りのLINEというSNSのアカウントも作ったのでもし比企谷君もやっていたら登録してください。ではまた明日』
出会ってから一年以上経つのにようやく彼女の連絡先を知ることが出来た。少し嬉しいテンションを抑えきれないのかすぐにアドレスを登録して、LINEもインストールした。
『俺だ、登録頼む』
『……誰?』
『いや比企谷』
『誰?』
『おい……』
『冗談よ、連絡くれてありがとう。嬉しいわ』
嬉しいと言われた。液晶越しの会話だがあの雪ノ下雪乃が連絡くれて嬉しいと言ってくれたのだ。
その日は気分よく雪ノ下とそのまま連絡を続けて、ぐっすり寝れた。
早く明日雪ノ下と会えないかな。気付けばそんな風に考えてしまっていた。