「高杉潤平。十七歳。総武高校3年生のバスケットボール部。好きなものは親子丼で嫌いなものは辛いもの。また昆虫が苦手。隼人と同レベルの爽やか系のイケメンなので昔から女の子にはモテて彼女いなかった時期が珍しいくらい。他にも」
「ストップ。もういいです」
名字を教えてからまだ五分も経っていないんだけど。一体どこからその情報を入手したんだろう。
「めぐりとか隼人とか他にも一色ちゃんや静ちゃんに聞いたんだよ」
「だから思考読むのやめてください」
今は一刻を争う時ですから。
雪ノ下さんと合流してひとまずケヤキと思わしき人物である高杉の情報を教えた。最もこいつが犯人である保障はないけどひとまず候補があがっただけでもでかい。
と、目の前からこちらに向かって走ってくる人物がいる。葉山だ。
「二人共一緒にいたのか! よかった!」
はあはあと息を切らしながら話す葉山はかなり焦った様子だった。
「繁華街のほうで雪乃ちゃんの写真を見せて、彼女を見なかったか訊いてみたら、さっきカラオケに入ってくのを見かけたって」
嫌な予感がする。それは雪ノ下さんも同じでお互い顔を見合わせた。
「隼人。場所はわかる?」
「ああ、案内するから来てくれ」
葉山に連れられて俺達は走り出した。カラオケは走って5分くらいのところにあり、中に入ると最近流行りのBGMと共にざわめいた雰囲気が漂っている。
「店員には俺が説明するから比企谷と陽乃さんは二人で部屋を探してくれ」
「わかったわ。じゃあ私は一階を探すから比企谷君は二階を探して」
首を縦に振って、奥にある階段を登った。日曜日なので利用客は多かったが一つ一つ部屋を覗く。ドアはガラス張りなのでおかげで中が見える。
雪ノ下がこんなところに一人で来るはずがない。考えられるとしたら誰かに誘われてきたとしか考えられない。ただあいつを誘いそうな奴は全員あいつを探してくれている。ということは考えられるのは一人だけだった。
そんなことを考えてるうちにふと奥の部屋だけ明かりが消えているのが見える。最悪な事態にならないことを願って、部屋に向かって思いっきりドアを開ける。
「……無事だったか」
「……比企谷君?」
真っ暗な部屋の中一人雪ノ下はソファに座っていた。よかった、無事だった。呼吸を落ち着かせて口を開く。
「なんでこんなところにいるんだ?」
「ケヤキさんに誘われてね……まさか総武高校の人だとは思わなかったわ」
「動画見てる時に気付けよ。ブレザー着てただろ」
「それは……その」
自分の見落とした部分を思い出したのか雪ノ下はそっぽを向いた。何かこないだの俺を拒絶していた時と違って、落ち着いている。
部屋に入ってドアを閉めると雪ノ下の向かい側のソファに座った。
「あなたが歌いにくるなんて明日は地震かしら」
「そうだな……俺が本当に歌いに来たならな。てか高杉はどうした?」
「高杉?」
「あー違う。そのケヤキだ、ケヤキ」
何でケヤキにしたんだよ。杉なんだからスギでよかっただろ。強そうじゃん、花粉症の人には。
「さっきお話したら先に帰ると言って帰ってしまったわ……何か余計なことを言ったかしら」
「さあな……」
「そう……それにしても良く私に顔を見せられたものね」
そうだよな……。恐る恐る雪ノ下の顔を見ると向こうも俺の顔を見ていたようで思わず目が合ってしまったので顔を逸らす。だが雪ノ下は逸らさなかった。
「私はまだ怒ってるわ、あなたに」
「……ああ。だからきちんと言わせてほしい」
自分がしてしまったこと。そして忘れてしまったことの反省はした。もちろん口では何とでも言えるからそれをどう思うかはこいつ次第だ。
ただ今はただ頭を下げる。そして言葉を述べる。それが俺にしなきゃいけないことだから。
「本当にすまなかった」
隣の部屋の歌声が聞こえてくる。頭を下げているから雪ノ下の顔は見えない。ただ何かを発するまで顔は上げられない。
「……私はあなたが嘘の告白したことについては本当に許せない。もうそういうことはしないと信じていたから。一色さんが修学旅行の件を知らないとはいえ、やってほしくなかった。だから私は今、あなたのことをどう信じていいかわからない」
一言一言が正直重い言葉だった。一年近く一緒にいてこんなにも空気が重くなり、こんなにも辛い言葉を浴びせられるのは初めてだった。
「ここ数日間ずっと考えてたの。私は何であなたのことが好きなのかって。私にとってあなたはどういう存在なのかと。でも答えは見つからなかった。今までならこれまでのことを振り返れば納得できたのにあの告白がそれを壊してしまったの。
だから私は今……あなたのことを好きと言える自信がないの」
「悪い」
何も言えない。ただ話を聞くことしかできない。俺は何もかもを壊そうとしてしまったのだから言い訳も何もできない。
その時、部屋のドアが急に開いた。
「あらら。二人で仲良くお話中かな?」
「姉さん……何でここに」
「何でここにってそんなの言わなきゃわからない?」
二人は互いを睨むように見ている。何かさらに部屋の空気重くなったような……。
「さて雪乃ちゃんはもう話すことない?」
「……ええ」
「そう、じゃあ次は私から雪乃ちゃんに言いたいことあるんだけど」
そう言って部屋のドアを閉めて俺の隣に座ってきた雪ノ下さんは腕を組んで、話し始めた。
「ネットで知り合った人に会おうって言われて何の警戒心もなかったの?」
「それは……その」
「それに何かその人の言う通りに動いてたじゃん。雪乃ちゃんは自分で考えて行動するってことをしなかったの?」
「それはあの人のアドバイスで」
「アドバイス? あんなのを信じるなんて雪乃ちゃんは馬鹿なの? 恋愛なんて思い通りに行かないから楽しいのに人に言われるがままに動いて、偽りの自分まで作っちゃうし。ああいう仮面を作らなきゃ比企谷君に素直になれないの?」
次から次へと攻めてくる雪ノ下さんの言葉にいつの間にか雪ノ下は何も言えず、顔を下に向けていた。
「そもそもさ、私からしたら何もかもが都合良く考えすぎなんだよね。そりゃ雪乃ちゃんがそうまでしなきゃならないほど比企谷君のことを好きなのはわかるよ。でもそれは恋愛じゃないの。雪乃ちゃんは偽りの自分を好きになってもらおうと頑張ってただけなの。そんなの誰が好きになると思うの?」
「あの……その辺で」
「それにもしケヤキって人が雪乃ちゃんをわざと振られさせて、その弱みに付け込もうとしていたらどうするつもりだったの?こんなところに二人きりで襲われたら無事で済まなかったんだよ?」
俺の言葉も無視して話を続けている。止めなくちゃいけないがいつもより強く言葉を言えない。自分の事じゃないのに俺まで悪い気分だ。
すると雪ノ下さんはいきなり視線を俺の方へと移した。
「だから今回は二人に怒っているよ、私。まあこれからどうするかは私が関与することじゃないから任せるけど今の君達は……本物じゃない。それだけは言えるよ。私、隼人に伝えてくる」
雪ノ下さんは立ち上がれると部屋のドアを開けて、出て行った。
部屋には俺達二人が残されさっきまで重い空気が当てられていた。
「今の君達は……本物じゃない」
確信を持って言われてしまった言葉だがそれは納得せざるを得ない。
けどそれで黙っているわけにはいかない。だって彼女の言っていることは間違っているから、彼女の言ったことをそのままにしてはいけないから。
「雪ノ下」
俺の声に反応してゆっくりと雪ノ下は顔を上げた。明るさはなく、辛そうな表情だった。
「お前が俺を信用できないのは俺の責任だ。だから……俺にチャンスをくれないか?」
「……チャンス?」
「これから先の俺を見て……もう一度俺を信じてほしい」
俺の言葉に雪ノ下は黙っていた。当然だ、とんでもないことを言っているのだから。
「虫のいい話なのはわかってる。でも俺はお前とこのままの関係でいたくない。またお前と笑って過ごしたい。だから……頼む」
自分で言ってて勝手な話だとはわかってはいる。でももし雪ノ下の中に俺を信じてみようという気持ちがまだ少しでも残っているならその気持ちに頼みたい。過去をなかったことになんか誰にもできない。でも未来の事は誰にもわからないんだからもしチャンスをくれるならそれに応えたい。
「……なら私もお願いがあるわ」
「何だ」
「姉さんの言った通り私はあなたに偽りの自分を見せてた。そうすれば素直になれると思って。でもそんな私を好きになってもらっても意味がなかったの。だから私もこれから素直になれるように……頑張るから見てほしいの」
こほんと咳払いして、雪ノ下は話を続けた。
「私も都合のいいことを言っているとは思ってるわ。でも私も言われっぱなしは嫌だから」
「俺もだよ。俺もこれから先信用してもらえるように努力をする。だからその何だ……見ててほしい」
「あらやっぱりあなたってナルシストだったの?」
「ちげーよ。つかやっぱりって何だよ」
今までそんなふうに思ってたのかよ。しかし何だかさっきよりかは空気が軽くなった気がした。それにしても人に信じてもらいたいと思ったのは生まれて初めてのことなので正直困惑している。
でも彼女は言った。素直になりたいと。なら俺も彼女には素直でいるべきだと思う。過去は変えられない、それはまぎれもない事実だ。ただその過去を引きずったままこれから先、生きていくのは間違っている。
雪ノ下雪乃が素直になりたいと言ってくれたように比企谷八幡も素直になるべきだと思う。そんな関係が出来るようになった時に俺達の関係は本物と呼べる関係になるのかもしれない。