足取りは重かったが何とか雪ノ下のマンションの前に着いた。エントランスに入り、雪ノ下を呼び出すも反応はない。寝ているのだろうか?
「反応ないね……」
「……寝てるだけじゃねえの?」
「私、電話してみるね」
携帯を取り出して、雪ノ下にかけ始める。コール音がこちらにも聞こえてきて、繋がると声が消えてくる。
『あ、ゆきのん?結衣だけど……』
『……由比ヶ浜さん?』
『うん!今、マンションの前にいるんだけど開けてもらっていい?今日お休みだから心配で来ちゃって……』
と、電話で話しながらベルを鳴らすと自動ドアが開き、そのままエレベーターに乗って雪ノ下の住んでる階に昇り、降りて表札の無い部屋の前で立ち止まる。
「ねえヒッキー」
「何だ」
「こういうことをここで聞いちゃ駄目だと思うけど……ゆきのんと何かあった?」
その質問に答えが出ることはなく、ただ沈黙した時が流れる。この扉を開ければ雪ノ下がいる。なのに今、その質問をするということはこいつなりに不安に思ってることがあるのだろうか。
「……ごめん。気にしないで。行こっか」
そう言って由比ヶ浜がインターホンを押す。しかししばらく経っても反応がない。雪ノ下が家にいることは確かなので出ないということは何かあったのかもしれない。
ドアノブに手を伸ばすと簡単に開いた。鍵はかかってなかったようだ。
「……雪ノ下、いるか?」
「おじゃましまーす……ゆきのんー?」
恐る恐る入って行く。室内は真っ暗で電気はつけてないようだった。靴を脱いで、廊下をを進み、リビングへと入ると部屋の端で毛布に包まっている何かを見つける。その近くの床には携帯も置かれている。
「……誰?」
顔は見えないが声だけは聞こえてくる。とりあえず無事でよかった。
「俺だ、比企谷だ」
「比企谷君……?」
包まっている毛布をどけられ、雪ノ下が顔を見せる。だがその顔を見て、さっき思ったことを撤回する。その様子は衰弱しきってる様子で髪もボサボサ。俺が今まで見たことのない雪ノ下雪乃だった。
「ゆきのん!? だいじょ」
「嫌!」
由比ヶ浜が近づこうとすると雪ノ下は再び布団に包まった。その様子は怖いとか嫌いとかではない。明らかに目の前の男を拒絶している様子だった。
「由比ヶ浜さん……なんでその男がそこにいるの?」
「え?」
「どうして……どうしてその男を家に入れたの!」
叫び声と共に雪ノ下が由比ヶ浜に掴みかかり、押し倒された。何が起こったのかわからず茫然とするがすぐに引き離そうとする。
「おい! 何してんだ!?」
「触らないで!」
思いっきり睨まれ、動きを止めてしまう。その目は親の仇のような眼光で、恐ろしく怖いものだった。嫌なものを見るとかそういうものではない。存在そのものを恨んでいるような目でその目を逸らすことが出来ない。
そんな目をした雪ノ下は口を開いて叫ぶ。
「私はあなたのことが好きだった! ずっとずっと……。由比ヶ浜さんや一色さんよりもあなたのことが大好きだった! あなたとは色々ぶつかったこともあった! でもあなたが自分を犠牲にするやり方を辞めて、周りと協力しようとしてくれた時は私は嬉しかった! そしてあなたは私をいつも助けてくれた!だから私は……」
息を切らした雪ノ下は落ち着いて呼吸を整えると再び口を開く。
「私はあなたが好きで、あなたに振り向いてもらえるならどんな自分も演じようと思ってた。なのに……なのに何で……何で……」
言いながら雪ノ下は立ち上がって、俺の服を掴むと涙を流し始めた。押し倒されていた由比ヶ浜は何が起こったのかわからないのかただただ俺達をじっと見ていた。
「……ごめん」
× × ×
結局雪ノ下の精神状態が不安定ということで家を後にした。しかしそれだけでは終わらない。当然雪ノ下が言ったことの説明をしなきゃいけない。
俺は由比ヶ浜に昨日の事を説明すると思いっきり頬を叩かれた。そして由比ヶ浜は無言でその場から立ち去って行った。
ぽつぽつと雨が降り始め、すぐに豪雨となった。だが傘は持ってきていないし、それに今はどこかで雨宿りする気も起きない。今の俺には雨に打たれるのがちょうどいいのかもな。頭を冷やして反省しろってことでな。
もうどうしたらいいかわからない……どうして俺はあんなことしたんだろうな。
「……濡れるよ」
言葉と共に雨が遮られた。顔をあげると俺の頭上に傘があり、その傘を手に持っている人は俺に含んだ笑みを浮かべていた。
「とりあえず移動しようか、比企谷君」
「……話すことはないですよ」
「……私は君に言いたいことはたくさんあるし、聞きたいこともたくさんあるよ」
知るかよ。どうせ雪ノ下のことで俺を責めたいんだろ?
だったらこの場で言えよ。いちいち回りくどいことすんなよ。
「……雪乃ちゃんはね。本当に君が好きなんだよ?君なしじゃ生きていけないくらい」
勝手に話し続ける雪ノ下さんにかける言葉はない。今更説教かよ。
「だから君から相談を受けた時にようやく君は雪乃ちゃんの気持ちに気付いてくれたのかなって。でも理由はわからないときた。初めはただ鈍感かなって思ったけど。
でも昨日の電話でようやく君が気付かないふりを辞めたと思ったと同時に雪乃ちゃんがついに思いを伝えたのかなって思った」
もういい。やめてくれ。いちいち苛々するんだよ。
「でも雪乃ちゃんはあんな風になっちゃった。振られただけじゃあんなふうにはならないと思って、何とか理由を聞いたら君が裏切ったって言うから」
「うるさい!」
あまりにも耳障りなので思いっきり叫んでしまった。すぐに雨の轟音にかき消されるがそれでもその声は彼女に届いたようだった。
「全部本当の事だから何も言い返せないのが悔しい?」
「あなたは俺をあざ笑いに来たんですか?」
「あざ笑う? まさか」
雪ノ下さんはそのまま傘の中心を自分の頭上に移動させ、歩き出して、少し離れたところで振り返った。
「もう二度と雪乃ちゃんに関わらないで。それだけ」
そう告げて再び歩き出した。
何故だろう。雨なのに物凄くしょっぱかった。
お読み頂きありがとうございます。
ようやく物語が前半終えたというところです。
ここからようやく後半になります。
今後共温かい目で見て頂ければ幸いです。
では