エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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士官学校、初夏

〈エロエロンナ物語8〉

 

 季節は春から夏へ動いていた。

 時間を取ってイブリンと話し合う。事態は三ヶ月前と似た様な物だが、王国側の動きと法国側の動き、そして帝国側の動きに連動性を疑ったからだ。

 

「何か、急激に国際関係が慌ただしくなっているのよね。きっかけは国王陛下の長期不在だったけど、法国でも教会の権力争い。そして帝国の挑発。偶然にしてはタイミングが良すぎない?」

 

 王宮でのやりとりは無論伏せてあるけど、国王不在の噂は既に市井に広まってしまっていた。だが、普段から不在である事が多かった為、王国民にも「慣れ」があるので、幸いにして大事にはなってはいないわ。

 大衆の多くは「危機になったら帰ってくるだろう。今までみたいに」と言う反応なのよね。このパターンが過去に何回もあったからね。

 前国王が崩御していて今までとは危険度が段違いなんだけど、そこまでを認識している王国民が少数派なのが王国を安定させていると言えるわ。

 

「法国での聖女不在は突発的な出来事ですよ。余り関連性があるとは…。まぁ、聖女の件を奇貨にして父、いえ、法王の退位を迫る連中が外国とつるんでいるのは確実ですけどね」

 

 彼女の身を狙うのは法国の中でも保守派だ。特に既得権益を守りたい派閥。そして少数だが巫女達の中にも黒幕が居るらしい。男が聖句を使える何て知れ渡ったら、今までの支配構造が瓦解するでしょうからね。

 

「枢機卿達が特に怪しい。でしょうか。色々な怪しげな連中と組んでいるとの噂でしたけど、まさか禁忌の死霊使いとすら組むとは…嘆かわしい限りです」

 

 死霊を滅するのが教義の聖教会が、そいつらと手を組むなんて本末転倒よね。

 

「教会内に味方は居るの?」

「信用出来るのは父と母だけですね。あと巫女仲間が数人。

 但し、身内以外を完全に信用し切れるかと言えば否です。教会関係者ですから友情と手放しに喜べない。何らかの思惑を抱いて、聖女に近づいて来たと見てますから」

 

 むしろ、法国との利害関係が皆無なあたし達の方が、信用出来るのは皮肉だと寂しそうな笑みを浮かべる聖女様。

 

「傀儡使いについては?」

「聞いた事はあります。古代文明の力を操れる者が存在する話は。ただ、具体的に誰なのかと問われると…」

 

 あの手の研究は帝国の方が進んでおり、多分、帝国の手の者ではと自信がなさうだ。マーダー帝国は領土内に幾つもの大規模な古代遺跡があり、国家事業として積極的に調査しているのは有名だからね。

 

「しっ」

 

 放課後に人目を避けるべく、校舎から離れて湖畔で相談していたのだが、こちらへ金髪をきらきら輝かせながら、ビッチ様が駆け寄って来るのを視界に捉えた。

 あたし達は会話を止め、侍女二人とその主の顔へと戻る。

 

「お聞きになりました。エロコ様」

 

 挨拶もそこそこ、ビッチ様が語りかけてきた。

 

「何でしょう?」

 

 身分から考えれば彼女、公爵令嬢で雲の上の人なのだけど、士官学校では女子が少ないから自然、話し相手になる事が多く、クラスメイトと言う事もあって親しくして貰っている。プライドは高いけど悪い人じゃないし、田舎育ちで権力を振り回すタイプでも無い。そして努力家だ。

 

「実家からの情報ですが、国王陛下が久々に王宮へお戻りになられたそうですの」

 

 初耳だわ。でもここは無関心っぽく「あら、それはめでたいですね」とだけ答えておく。

 

「これで中央のごたごたも収まるでしょう。わたくしたちも一心不乱に勉学に励めると言う物ですわ」

 

 ニナに確認させに行かせるべきかしら。公爵家の情報網はやはり義姉の伯爵家よりも強いのか、それともガセか。

 

「はい、だいぶ鍛えられてきたとは言え、まだまだですし」

 

 勉学と行ってもここは軍の学校。座学の他に体育。特に水泳は必須。そしてカッター漕ぎ。白兵戦の授業もあるから、噂に聞く王立魔導学校とはだいぶ趣を異にする。

 まぁ、あっちの方が貴族子女が通う正統派なコースなんだけどね。授業はあるんだろうけど、優雅なんだろうなと想像するわよ。

 だって実質的な読み書きや礼儀作法、歴史なんかの実学は、貴族なら入学前に各家庭で学ばせて済ませているのが普通よ。学校に通わせるのは主に魔法の勉強と学生活動を通じて貴族次期当主の人脈を作る為の場なのだから。

 無論、士官学校だって人脈作りの場ではあるけど、普通は貴族の次期当主たる、長子や長女は絶対に来ないからね。向こうとは意味合いがまるで違う。

 

「そうですわね。でも、わたくし1kmや2kmを走っても平気になりましてよ。多分、姉妹の中では一番耐久力がありますわ」

 

 兄弟とは言わないのは、恐らく騎士になって軍務に就いてる女子も居る為ね。

 

「魔法の方は如何ですか?」

 

 こっちは選択していない科目なので、ついでに尋ねてみる。

 

「精霊魔法は適性が合ってるらしく順調ですわ。ただ、魔導の方はあまり。聖句魔法は駄目でしたの」

 

 魔法の系統はこの三つ。

 地水火風の精霊力を操る精霊魔法。

 内なる魔力を元に、呪句を口にして唱える魔導。

 聖なる力で身体を癒やす聖句魔法。がある。ただ、この三つの系統を全て使いこなせる者は少ないわ。大抵は一つ。良くて二つ。力の発現にも偏りがある。

 聖句に至っては普通は女子専門だ。まぁ、イブリンと言うイレギュラーが存在するから、今後は研究次第でどうなるのかは知らないけどね。

 

「三つ操れる、エロコ様が羨ましいですわ」

「どれも力が弱いですよ?」

 

 そう。驚いた事に学校の測定で、あたしは魔法全系統を操れるのが判明したのだ。ただ、力の発現はどれも微弱で、初級の系統なら網羅可能だけど、中級魔法を操れるのかは怪しいと言われてしまった。

 広く浅く。良い意味で言うなら応用が利くのが取り柄ってお話で、どれも極める事が出来ないから、魔法の専門家にはなれないのよね。

 

「あら、魔法の効果を込める錬金術師にとってはプラスではありませんの?」

「ええ…まぁ」

「そうだ。錬金術の授業を話して下さいませ」

 

 錬金術。と言っても要は鍛冶や薬学の延長線上にある便利技術ね。まぁ、卑金属から金を作れると信じて研究に邁進する人もまだ居るけどね。

 金属の精錬。薬物の合成。機械の設計やら何でも。ぶっちゃけ魔法を介して物作りするのが錬金術。だから内容も多岐に渡る。

 中には「これも錬金術なの?」と疑う様な技術。例えばお酒の醸造とか、紙漉きとか、市井の職人がやりそうな物も内容に含まれる。

 この前、畑で堆肥作りしたし、牛舎隣の工房でバターを作ったわよ。

 

「あらあら」

「いえ、これらは全部基礎なんです。まず、元となる製品の成り立ちを知らなければ錬金術の本質は判らないと。こうやって制作過程を知り、その上で魔力を付与して行くのが錬金術なんです」

 

 例えば耐久性に優れた魔法の剣を作りたい場合、完成品に付与するより、制作中の時点で魔力を練り込んで行く方が高性能になる。

 鍛冶の最中、鉄を打ちながら「強くなれ、強くなれ」と念を込めながら付与して行く方が良いと言う訳だ。

 

「そして錬金術ではあたしみたいな初級魔法でも、数多く重ね掛けして行けば問題は無いそうで、魔力の総量が高い分、あたし向きなのだそうですわ」

 

 つまり、あたしは強い魔力で一発錬成ってのは出来ないけど、時間は掛かるけどこつこつとやって行けば、性能的にそれに劣らない錬成品を作る事が可能なのよね。しかも、全系統の魔法を付与可能で。

 嬉しい誤算ね。もし軍に就職出来なくても工房構えたら、市井でも生きて行けそうじゃない。いやいや、目指すは海軍士官よ。

 

「大変ですのね。それに比べたらわたくしの悩みなんて矮小な物。頑張らねば!」

 

 何か心の琴線に触れたみたいで、何か決意を新にした様に気合いを入れる公爵令嬢。そろそろ話題を変えたいあたしは、さりげなく情報収集を開始する。

 

「ところで国王陛下の帰還について、詳しく教えて頂けませんか?」

 

            ◆       ◆       ◆

 

 深夜、かたん。と鎧戸が軽く鳴った。

 暫くしてかたん。かたん。と二回鳴る。あたしは【幻光】の魔法を発動すると、鎧戸の閂を外して押し上げる。途端にするっと窓からウサ耳族が入ってくる。

 

「只今戻りました。姫様」

 

 ニナにイブリンが水の入った杯を渡す。喉を鳴らして飲み干すのを認めた後、あたしは彼女へ「ご苦労様」と労いの言葉を告げ、エロイナー家からの報告を待つ。

 

「国王陛下は帰還した事になっています。但し、それは表向きです」

 

 影武者ね。

 

「黒幕は義姉様?」

「と、王妃様ですね。陛下健在のアピールで事態の収拾を図る模様です」

 

 一時的なカンフル剤にしかならないわね。

 

「その猿芝居、何処まで通用しますか?」

 

 これはイブリン。

 

「死亡しても、いいえ、私的には没した事にされた方が良い私と違って、ギース陛下は生きて健在ぶりを示す必要があります。そして公務に携わる事は避けられません。どうしてもボロが出るでしょう」

「数日間、王宮で過ごした後に、また姿をくらませる予定だそうです」

 

 普通の王室では通用しないが、あの国王陛下なら通用する手だ。執務室を留守にしてふらりと何処かへ行ってしまう。

 

「…問題は、今回からはその手が使えなくなる可能性ね」

 

 それは留守中の公務を、王妃と先代国王が務めていたからこそ出来た技であると言う事だ。先代国王亡き現在、果たして上手く抜け出せるか否か。

 昼間に聞いたビッチ様の情報では、国王帰還は話題にはなっているがそれが偽者だと疑いを抱いているとの雰囲気は感じられなかった。

 もっとも、幾ら貴族の子女とは言え、国政に縁遠い一般レベルの情報ではこんな物だろう。腹芸で重要情報は隠している可能性も否定出来ないけど、だとしたらビッチ様は恐ろしい程高い政治・外交能力の持ち主と言う事となる。

 帝王学は高位貴族の嗜み。妾腹で下位だろうけど、一応は爵位継承権を持った公爵令嬢だから可能性はあるわ。

 

「もどかしいわね。あたしにもっと何かの力があれば」

 

 実は物凄い魔法や武術を使えて、並み居る敵を鎧袖一触。当るを幸い幸いバッタバッタと打ち倒す、もう神話か伝説に出てきそうなチートな力は無理としても、権力や財力で他者を動かす黒幕タイプだって構わない。

 あたしが王女様とか、大公家令嬢みたいな身分ある立場に居たらとも思う。

 でも現実は士族令嬢。毎日お小遣いで、酒保のみかん水を買って飲むのも苦しい財力。種族的補正があろうが十人並みの容姿。インドア派であっても学力はずば抜けた成績では無く、中の上もしくは上の下がせいぜい。

 将来は海軍士官と言う手堅い職を目指してる一般人なのに、国規模の陰謀に二つも巻き込まれている状況が異常なのよね。

 でも、それを放っては置けない。あたしの将来設計が、放置するとがらがらと瓦解するから!

 

「仮に力があったとしても、立場上、振るう事が困難なケースの方が多いですよ」

 

 自分の経験でしょうけど、やな現実を言うわね。元聖女様。

 

「…ニナ。続けて」

「側妃派の動きは幸い、鈍いらしいです。ただ帝国との国境線が騒がしいらしく…。

 具体的には帝国軍の一個師団が南下して国境付近に陣を張り、加えて海上でも帝国の動きが目立つそうです。私掠船数隻が領海内へ侵入を繰り返しています」

 

 国境でもし何かあった場合、国王が気ままに姿を消す訳には行かなくなるだろう。それに気が付いての帝国側の揺さぶりなのかしら。手を打ってきたと言うべき?

 帝国との最前線になる、北方を領地にしている貴族達の間にも緊張が走っている筈だ。山賊退治程度ならいざ知らず、場合によっては王国軍を派遣する必要があるからね。

 

「陛下探索の方はどうなってるの?」

 

 ニナは首を横に振る。手掛かりは余りないか。

 海でも動きがあるって事は、海軍予備として士官候補生が動員される可能性があるけど、赴くのは一年生ではなく、恐らく先輩方だ。

 ちらと視線を置き時計に向けると時刻は午前二時。今日も朝は早い。ここで心配していても、まだ士官候補生の身であるあたし達では何も出来ないのだ。

 

「分かったわ。夜更かしは肌に悪いので、今日はもう就寝しましょう」

 

 各人が寝床へ入ると、あたしは唱えていた魔法の灯火を消灯した。せめて外を出歩ける自由時間が欲しいと願いながら。

 

『…巫女よ』

 イブリンが呼ばれてるわね。

『巫女よ…エリルラよ』

 はいはい。もう寝ているので口は閉じましょうね。

 あたしは寝返りを打ち、そのまま眠りに就いた。

 

〈続く〉

 




学生生活、絶賛謳歌中。
しかし、二足わらじのもう一足の方では、こちらから能動的に動けないのがエロコ達の弱点です。
せいぜいニナを放つ位。

…と書いた時点で、ふと寄宿舎時代の『ラ・セーヌの☆』を思い出してしまった。
エロコが夜中に「変身」して闇を駆け抜ける、正義のヒーローだったら話は別なのでしょうけど、運動苦手の彼女じゃ無理だ(笑)。

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