エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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士官学校、只今実習中

〈エロエロンナ物語7〉

 

 ビッチ様とダニエルはあたしと同じクラスでも学科が違った為、四六時中顔を合わせる事態にはならなかった。

 ちなみにあたしは技術科。彼らは掌帆科だ。実際に軍艦に乗って指揮を執るのが掌帆科。船や港を設計したり作り上げるのが技術科で、軍の任務から言えば裏方になる。

 とは言っても基礎として重なる部分も多いから、一年生では合同授業が多いの。

 まずは主計ね。船内で糧秣とか管理する仕事。糧秣や嗜好品の買い付け、管理は元より、麾下の部下達に関する給料も管轄するので計算は必須。

 羅針盤や六分儀を使っての位置測定。測量のやり方も基礎よ。騎士が馬に乗れて武器を振り回すだけでも何とかこなせそうな阿呆でもなれるのに比べ、海軍って読み書き計算、そして測量が出来なきゃ士官になれない。

 あとは基礎体力作り。特に泳げないと駄目よ。

 中には泳げませんって人もいて、何で海軍士官になろうと思ったんだろうと疑問符が付くケースもあったり。

 そう言う人は猛特訓で水泳を叩き込まれるけど、残念ながら身につかず、エリミネートされる場合が結構ある。まぁ、船から放り出されて溺死しちゃうのは勘弁だからなぁ。

 

            ◆       ◆       ◆

 

「太陽の高度から時間を計る。ああ、面倒くさい。懐中に入る時計があるなら楽なのに、そうは思いませんこと?」

 

 士官学校に隣接して満々と水をたたえるのがネーベル湖。王都の水瓶とも言われ、ポワン河の水源の一つともなっている大きな湖。あたし達は実習を受ける為にカッターと呼ばれる大型艇に乗っている。

 

「曇ってたら使えませんが、このクロス・スタッフを使う際の基本にもなります。そして小型の時計はいつか開発されるでしょうけど、今は無い物ねだり。ぼやかずに身に付けましょう。そちらの方が格好良いですし」

 

 ビッチ様が隣で同意を求めるけど、あたしは無視して天測を続け、口だけで対応する。足元がゆらゆら揺れてるから、結構安定させるのが大変なのよね。

 艇と名乗っていても長さは12m近くある。基本はオールでの漕走だけど、マストもあって帆走も可能だし、ある程度の航洋性もあるから準備万端整えれば、十日以上の長距離航海だって可能だ。

 でも揺れる。風が強いからだ。

 

「…正論ですわね。でも、いつかわたくしは時計技師のパトロンになろうと決意しましたわ。懐中時計欲しいですもの」

 

 技術屋さんに資金が流れるのは結構な事だ。うんうん。 

 ちなみにあたし達、この湖の真ん中までカッターを漕がされましたよ。ええ、これも基礎訓練の一環。一糸乱れず櫂を漕げなければ教官から叱咤が飛ぶ。

 貴族だろうが平民だろうが、市井の身分は関係なしにね。

 陸軍なら迷子になっても、適当に馬を駆れば少なくとも何とかなるし、地図の読み方を知らない騎士が居ても問題ない。

 でも大海原では、自分の位置も分かりませんって指揮官が居たら全員お陀仏よ。適当に船進めても、港や陸地が必ず現れる保障は無いもの。

 船では板子一枚下は地獄。無能者の士官は要らない。だから海軍は徹底的な実力本位の教育を受ける事になる。毎年、堪え切れなくなって貴族入学者の半分近くが去るのも宜なるかな。

 

「ビッチ様は頑張っていらっしゃりますわ。昨日も一人辞めましたし」

 

 彼女はふふんと鼻を鳴らし、つんとすまし顔をしつつ、「この程度で音を上げるなど、わたくしのプライドが許しませんのよ」と仰る。

 その言葉は心強いのよね。やっぱり女の子は少ないから。

 学校全体で一割居れば良い方。学内には侍女や職員なんかも居るから、実際は男だらけって程では無いけど。

 流石に入学してから三ヶ月にもなると、退学者のペースも落ち始めているけど、女性の候補生の方が根性あるのかしら、辞めた人間は男子よりも少ない。

 

「午前十時って所ですわね。そろそろ帰港に入りそうですけど。午後は選択授業ですから…、そう言えばわたくしは魔法ですが、エロコ様は何を選択なされたのかしら?」

 

 同じ半妖精だけど、あたしと違って彼女には魔法の才がある。まぁ、羨ましいけど道が違うんだから仕方ない。

 

「錬金術ですわ。アタノール炉とか、色々と変わった道具を知れて面白いです」

「わたくしは風の魔法に特化しようと思いますの。【送風】を極めれば、指揮する船は活躍間違いなしですから」

 

 火系の派手な攻撃魔法に比べて地味だけど、海では風系は使い出あると見做されている。帆船は風が命だから、何処でも順風を起こせる風魔法は使い勝手が良い。

 

「魔法はあくまで補助だ。最後は指揮が物を言う」

 

 突っかかる様に途中で割り込んできた声はダニエル。

 

「まぁ、それは正しいわね」

 

 ちらと目をやる。意外な事にダニエルはめげる事無く、授業に付いてきていた。単に負けず嫌いなのかは知れないが、リタイヤせずに今も学校へ籍を置いている。

 

「攻撃魔法は射程の点で弓に劣る。操船に風魔法は便利だが、それも巧く艦隊機動を理解してないと役に立たないからな」

 

 彼の言う通り、派手な攻撃魔法は距離的に100m放てればいい方で、弩砲や長弓に劣る。どちらかと言えばクエスターなんかの個人戦向きね。

 例外的に戦争向けの超射程魔法もあるけど、事前に大きな魔方陣を描くなり、魔導マテリアルが大量に要るとかの準備が大変で、攻城戦ならともかく遭遇戦では役に立たない場合が多いわ。

 

「でも、根拠の無い自信だけの愚鈍な指揮官が誕生しない様に祈りますわ。おほほほ」

「誰の事だ」

「さて、誰の事かしら?」

 

 公爵令嬢と侯爵子息の掛け合いを横目に、あたしは測量道具を片付ける。やがて教官の声が上がり、カッターは港へ向けて漕ぎ出されるだろう。

 オールを握る手を保護する為に、あたしは包帯を巻き始める。血豆とか出来ると製図の時に困るからね。

 聖句魔法で治癒するって手はあるけど、校医に負担は掛けたくないし、ましてイブリンに頼る訳にはいかない。

 

「そう言えば、エロコ様も魔法は使えるんでしたわね?」

「児戯みたいな物です。威力や精度の点では呆れる程にお粗末な」

「ふん、それでも半妖精か?」

 

 ダニエル。ダニ公とか言ってやろうかしら、は痛い所を突いてくるわね。でも、そんな事は今まで散々からかわれてるから気にしないわよ。

 冷ややかに笑って侮蔑の視線を向ける。

 

「向き不向きは誰にでもあります。ダヨー鳥の様に空を飛べない鳥だっているのと同じ様に…」

 

 ダヨー鳥は南大陸原産の飛べない大型鳥で、かつて持ち込まれて以来、中央大陸にも家禽として定着している。

 王国では割合ポピュラーな高級食材だ。卵も肉も美味。でも、あたしみたいな士族層では年に数回食べられるかどうかってご馳走になる。

 

「あれ、美味しいんですけどね」

 

 ぼそっと付け足したのは、年末に食べたダヨーの丸焼きを思い出した為。一家総出で舌鼓を打ったご馳走だったわよ。

 

「そうですわね。わたくしもダヨー料理は好きよ。ダニエル様はお嫌いでして?」

 

 とビッチ様。

 

「俺は…嫌いでは無いが」

 

 そこへ教官から「漕ぎ方用意」の命令が響く。候補生達はオールをばたばたと用意する準備に取り掛かり、会話は中断となった。

 教官の「いち、にー、いち、にー」のかけ声と共にオールを漕ぐ。ガレー船ならドラムが鳴らされる場面だけど、カッターにはそんな物積む余裕は無い。

 オール捌きは一糸乱れずっていうのが理想だけど、あたし達はにわかなのでそんなに上手く行く訳も無く、タイミングずれが起こるのはしばしばだし、中には巧く漕げない人だって居る。その度に怒声が飛んで来る。

 まぁ、真っ直ぐ進まない最初の頃に比べたら、それなりに見られる漕ぎ方にはなってるとは思うわ。上級生達の漕走を見ていると先輩達は完璧にこなしているから、あたし達も二年生になればあれだけ上手く漕げるんじゃないかな?

 

            ◆       ◆       ◆

 

「お疲れ様です」「お嬢様」「我が主よ」

 

 到着した桟橋には沢山の侍女が待ち受けていた。

 無論、ニナ達だけでは無く、他家の侍女も含めてよ。それぞれタオルや飲料を手に持って主を出迎えている。これから食事時間だし、余裕のある者なら湯浴みの後、着替えになるからだ。

 付き人と無縁の平民候補生達は、彼らを横目に見ながらさっさとその場を後にする。あたしも本来はあっちよねと思いつつ、歩きながらイブリンからタオルを受け取った。

 

「湯浴みにしますか?」

「そうね。制服の着替えを用意して頂戴」

 

 ニナの問いかけにあたしは頷いた。ここらの細かさは侍女歴の差でイブリンには無理だ。元聖女様は、他者に仕えるより仕えさせる側なんだから仕方ない。

 ニナに教わって侍女の所作を勉強中らしいけどね。

 

「イブリン関係の動きは?」

 

 前に襲われた様な刺客がこちらへも派遣されないと言う保障は皆無。もっとも、ここ三ヶ月は特に変わった動きは無かった。

 

「怪しい動きをしている侍女が数名。もっとも法国の間者とは断定と出来兼ねますが」

 

 侍女二人と浴場に向かいながら、あたしはニナの報告を受ける。

 

「そうね。主の護衛を兼ねている戦闘侍女が付けられている場合が多いから、別口での警戒もあるんでしょうし」

 

 お家騒動やら、権力闘争なんかは貴族間では別に珍しくも無いわ。そんなのに無縁な、あたしにはぴんと来ないけどね。あたしを害しても、ルローラ家やその一族、何も困らないから。

 

「怪しい生徒は?」

 

 イブリンが尋ねる。まぁ、用意周到な相手なら間者や暗殺者を士官候補生を装って入学させるって手口はある。だけど…。

 

「流石に無理でしょ。貴女が侍女入りしたのは入学式ぎりぎりよ。そこから遡って生徒を用意させる余裕なんてないもの。入学試験はどうするのよ?」

 

 でも貴族なら無試験って抜け道はあるわ。あたしも末席だけど貴族階級だからその恩恵を受けてるけど、暗殺者が貴族ってのは流石にねぇ。

 

「本物の貴族を用意しないと無理ですか」

 

 転入生なら有り得るかもだけど、普通の学校ならともかく、軍の士官学校へ途中編入なんてのは不可能だろう。だって海軍の士官学校は王立のここ一校しか無い。

 

「裏家業専門のお家柄の噂はあるけどね」

 

 暗殺や諜報に強いお家柄って幾つか知っている。但し、あくまで噂で『暗殺者を生業とする家でござい』って、堂々とばらしている所は無いわよ。

 

「姫様。そこの子女だったら或いはって可能性もありますが、法国の利害の為に動く事は売国奴の決意を固めてない限り、まず有り得ません」

 

 ちなみにグラン王国では貴族の戸籍は厳密に管理されてる。

 出生したら半年以内に王都へ届け出る必要があるし、この試験とかには公的に発行されたな身分証を提示する必要がある。勿論、身分詐称したら重い罪に問われるわ。

 折角、手に入れた王国での地位を棒に振ってまで外国に利するメリットは現時点では無い。

 国を追放されて他所へ行っても、今までより高い地位には就けないだろうし、体よく使い潰されるのがオチ。

 

「でもまぁ、侍女に紛れてって線はあるから警戒は怠らないで」

 

 生徒と違って侍女は雇い主の推薦だから、途中でも入れ替えが効く。当然、身分保障は必要だけど、それほど厳密な物では無い。

 と、その時…。痛っ!

 

「おっと、失礼」

 

 脇見をしていたから、あたしは他人にぶつかってしまったらしい。尻餅をつかなかったのは幸いだけど。

 

「いえ、こちらこそ」

 

 改めて顔を見る。灰色の髪に黒ずくめのローブを着た青年だ。銀縁の眼鏡をかけて、手には分厚い魔導書に杖。魔導士ね。

 

「キルン先生」

 そう声を掛けたのはダニエル。相変わらず侍女二人を引き連れて、こちらへ走り寄ってくる。

 

「おい、エロコ。貴様、先生に失礼な事をしたんじゃ無かろうな?」

 

 言いがかりをつけに来たのか。暇人な。とあたしは内心呆れつつ、ダニエルを無視してあたしはぶつかった相手を改めて観察する。

 

「教師でらしたのですか。技術科一年のエロコ・ルローラと申します」

「学園講師のラドガ・キルンだ。魔導の授業を担当しているよ」

 

 あたしは技術科の上に魔導授業は選択してないので無関係だけど、掌帆科の皆にはお馴染みの人物なんだろう。にしても若い。講師だから外部の軍属なのだろうと思う。

 

「キルン先生は凄い方で、既に魔導一級資格を持ってらっしゃるんだぞ」

 

 だから、何でお前が威張る。ダニ公。

 

「ははは、持ち上げても成績や内申は上がらないよ。ダニエル君。おや?」

「何か?」

 

 あたしの顔をまじまじに覗き込む仕草。

 

「その首飾りは珍しいね」

 

 あたしの首にはペンダント。あたしが発見された時、服以外に唯一身に付けていた物だ。が下がっている。

 

「そうなのですか?」

 

 と言っても、チェーンに太さ1cm、長さ15cm程の細いスティックとその左右にやや短く、中央のそれよりも細長い同様なスティックがぶら下がっているだけのシンプルな物だ。

 彫金もなされてなければ宝飾類の飾りも無い単なる棒。

 色はターコイズブルー。材質は不明だが硬質で、三本のスティックが触れ合うとしゃらんと甲高い金属質な音がする。

 

「身内は音叉か風鈴みたいと揶揄しますが、何か珍しいのですか?」

「何となく…ね。勘でしか無いが」

 

 キルン先生は微笑んだ。

 

「メライズの物と酷似している。あ、いや、考古学的な話題になるから、女性には余り興味ないだろうな。

 失礼、昼休みの時間を無駄にしてしまったね。急いだ方が良いんじゃないかい?」

「姫様。湯浴みの時間が無くなりますよ」

 

 ニナがそっと耳にする。もっともだ。あたしは一礼するとその場から離れた。このペンダントがそんなに珍しい物なのかと思いつつ。

 その時、あたしは何故、『メライズ』なる単語を気に留めなかったのか後悔する時が来るとは思っていなかった。

 

〈続く〉




ダヨー鳥はダチョウ相当の大型家禽になります。
ある地方では乗用としても飼育されてる、なんて裏設定も。
中東には騎手を乗せた「ダチョウレース」なんてのも実際存在しますからね。もっとも小柄な少年しかダチョウ騎手になれないそうですけど。

それと、タグ「モンスター娘」追加ですね。

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