エルダ世界の成人は13歳なので、15のエロコ達も飲酒OKです。
てか、飲酒法とか存在してるんだろうか。謎だ。
ご不快になった方は済みません。
〈エロエロンナ物語6〉
学校へ出発前に、お別れの挨拶にはドライデンの乗組員一同もやって来た。と言っても同じ風鈴亭に泊まってるから、あたしが屋根裏部屋の窓から、外の大通りに並ぶ一同と挨拶を交わしただけだけど。
風鈴亭の損害は軽微で、あの夜も殺傷が目的では無く、あたし達へ援軍を送るのを阻止する為の足留めが主だったらしいわ。
相手はリビング・デッド数体。
無論、こっちは浄化魔法では無く、船長以下が物理的に寄ってたかって叩き潰したのよね。うーん、流石は荒事慣れした私掠船員。
「では、お世話になりましたぁ。もしエロンナ村へお越しの際には、スキュラ亭をごひいき下さいねぇ」
多分、あの寒村に足を踏み入れる機会ってないわよ。と思っていても顔に出したりはしない。まぁ、ラーラと再会はしたいのは本音だけど。
彼女は名残惜しそうに別れを告げると、船長達と共に帰途の船出へ就いた。
船尾楼にある、窓があるちゃんとした船室があてがわれたのが嬉しいと、妙にハイテンションだったのが可愛い。
で、あたしはと言うと…。
◆ ◆ ◆
ひーこら言いながら校庭を駆けてます。
いやね、分かってたわよ。軍の学校だから、単に座学のお勉強する場だけじゃないってのは。でもあたしは基本的に非体育会系だから、とってもきついのよ。
「遅いっ、エロコ・ルローラ。追加であと一周!」
教官からの叱咤が飛ぶ。ここは水兵では無く、指揮官を養成する士官学校だから、身体動かす系の授業は少なめだけど、それでも基礎体力は必要だから容赦なくしごかれる。
縄梯子にも登れず、泳げない士官様なぞ、移乗戦闘で敵艦へ乗り込めないからね。
「はぁ、はぁ、はぁ」
校庭を十二周した後、あたしは大の字になって芝生に転がった。
「お疲れ様です」
そんなあたしにタオルを渡してくれるのは、聖女フローレ様、おっと改め侍女のイブリン。偽名は元の韻を踏まない様に努力したわよ。フロルだなんて一発でバレそうな偽名は使わせない。「隠してるけど、私フローレです」って暗喩してどうする聖女様。全く別の印象を与えなきゃ駄目でしょうが!
「有難う」
濡れタオルだから火照った身体に丁度良い。あたしはメイド服を着た彼女に礼を言いつつ、のろのろと立ち上がる。
あたしが虚弱じゃ無いのよ。士官学校は王立の廃兵院を転用した物で王都の外(城壁外)にある。まぁ、じゃないと広大な土地を確保出来ないんだろうけどさ。だから校庭と言ってもかなり広い。一応、あたしは完走したけど、死屍累々でリタイヤした連中だって多いってのを、あたしの名誉の為に言っておくわよ。
「流石にきつそうですね」
「序の口だと思う。故郷ではそれなりに鍛えてたつもりんだけど、甘かったわ。明日からは自主的に朝練で走ろう」
「ご苦労様です」
「何言ってるの? あたしが走るんだからイブリンやニナも走るに決まってるでしょ」
イブリンの顔が引きつった。
「私は侍女で…」
「聖女様が朝練で身体を鍛えてるとは誰も思わない。どうせ運動不足だったんでしょ。男の娘なら身体を鍛えないさい」
「エロコ様。男の『こ』字が違います。多分」
ニュアンスから察してるわね。
「お黙りなさい。ここでの主はあたしよ。それに体力を増強させておけば、後々役立つわよ。あと聖句魔法でのずるは禁止」
【肉体強化】の聖句、便利だからね。ひ弱な聖女様でもニナ並みの運動能力が得られるのは反則だと思うわよ。
「さて、昼食へ行きましょうか」
ここの食堂の昼食は概ね質が高くて、結構、美味しい。量もあるからあたし的には満足なのよね。
荒天時に調理にかまどが使えない時、干し肉に固いビスケットだけ延々と食べさせられる事を経験させられている身からすれば、本当に船上生活で食べる食事に比べれば天国みたいな味よ。
材料だって腐敗してない生野菜に、塩漬け肉では無い生肉だし、お替わりも自由。パンも上質な白パン。
そう、流石は王立の学校。白パンよ。白パン。毎日白パン。正真正銘の小麦粉だけの奴。故郷じゃ特別な日だけに出てくるあれが、毎日食べ放題。夢か、ここは。
あたしは疲れた身体を奮い起こし、食堂へと向かったわ。
◆ ◆ ◆
学生食堂は質実剛健な造りで、装飾も施されてない長テーブルに丸椅子が素っ気なく並ぶ、本当に船内の食堂みたいな感じ。
食事は各自カウンターからセルフで受け取る方式よ。当然、学校で雇ってる給仕なんかは居ないけど、中には実家から連れてきた侍女にそれをやらせてる人も居る。
「何だっ、これは!」
あたし達が食堂に着いた時、乱暴に皿を置く音と怒鳴り声が耳に届いた。
あらあら、貴族様の舌には不満はあるんでしょうね。新入生らしき男子生徒が大声を上げている。皿が船内仕様の木製で良かったわね。陶器や磁器だったら、割れて大変な事になってたわよ。
あたしは目を合わせない様にそっちの方に向けた視線を戻すと、カウンターへ向かって歩き出す。今日の献立はベーコン巻き肉団子入りキャベツスープか。パンも付いてるから浸しながら食べると美味しいのよね。
「不味いっ、何という食事だ」
多分、貴族の次男か三男で、しかも、領地収入だけで暮らせるお家柄なんだろうな。「家から、どこそこのシェフ」を呼べとか「酒は無いのか、酒は」とか、無茶ぶりっ言ってるし、控えてるお付きの侍女さんズも困ってるわよ。
「姫様。給仕ならニナが…」
「不要よ」
正規の士官になったら、従兵が給仕してくれるけど、今のあたしには分不相応だろう。それにお家の体面とか考える様な家柄でもない。
「姫様だと?」
その言葉をあたしは無視した。だって、関わり合いになるのは御免だわ。
「おい、お前、どこの名家様だよ」
その声は先程の文句男。侍女を困らせるのに飽きて、あたしに攻撃の矛先を向けてきたのがありありと分かる。あたしは内心嘆息をついてそいつに向き直る。
ヒト種ね。赤毛で天パ。身体はがっしりしてる体育会系。ふぅん、俺様最強系のガキ大将みたいな雰囲気をまとってるわ。
生徒は学校の制服を着るのが校則だから、身なりから身分は判断不可能だけど、腰の佩刀から貴族だってのは大体予想が付くわね。
「何処のご子息だかは知りませんが、他人に名を尋ねるなら、まずは自分の名を出すって常識も弁えないのは如何な物でしょう」
眼鏡をくいっとかけ直しながら、鼻で笑ってやる。
「くっ、俺はダニエル。ボルスト侯爵家の者だ」
顔を茹で蛸みたいに真っ赤にしながら、そいつは名乗った。
ボルスト侯爵。確か北方のエルン義兄様の隣に領地を構える勢力家だったかな。帝国との国境線に接してるから、北の守りを任されてる関係で武系の家柄だったわね。
でも、それなら何で海軍?
「エロコ・ルローラと申します」
あたしも自己紹介する。
「ルローラ? 聞いた事が無いな」
「若様」
首をかしげるダニエル。すかさず控えている侍女から二言、三言耳打ちされる。この主と違い、ボルスト家の侍女さんは流石に優秀ね。
「士族の令嬢ごときが姫とは片腹痛い」
「自分でも分不相応な尊称とは思っております。が、この者は田舎での癖が抜けないのです。笑って許して頂けると有り難いのですが」
一応、下出に出てみる。でも侯爵本人ならばともかく、ただの侯爵令息に士族令嬢ごときとか言われたくないわね。特に食事ごときで癇癪を起こす様な、お子様にはね。
「躾がなっていない様だな。俺が躾てやるから、そのウサ耳を寄越せ」
何を言ってるんだ。このアホは?
「奴隷売買は法で禁止されていますから、お断りです」
流石に周りの侍女達が行き過ぎた主の暴走を止めるべく、「若様その位で」と諭しているが、耳に入ってない様だ。
「俺の命令だぞ。このダニエル・ボルストが命じてるんだ」
駄目だ、こりゃ。穏便に話を収める気も失せた。よろしい、売られた喧嘩は買ってやろうじゃ無いの。
「お聞きになられましたか、皆様!」
給食のトレイを持って突っ立てるまんまなのが、何となく情けないのは承知しているけど、あたしは大げさな口調で食堂を睥睨した。
「諸先輩方。この御方はあたしの侍女を取り上げ、犯罪の片棒を担げと強要なされている。我がグラン王国を担う軍人の卵に、身分を楯に国法を犯せと仰るのは如何な物でしょうか?
この拒絶。あたしが間違っているのなら、その間違いをご指導下さいませ」
でも、ここはあたしが直接、この馬鹿を叩き潰すのは下策。先輩方が絞めてくれた方がいいとの判断よ。
「エロコ嬢の言い分は正しいな」
がたっと席から立ち上がったのは、長い黒髪を後ろに束ねた男子生徒だった。あれ、どっかで見た記憶が…。
「粗食に耐えられぬなら去るがいい。ここは海軍士官を養成する場所、船上で豪奢に舌鼓を打てる食事が毎回出るとも思っているのか」
出ません。特等船客でもなければ出ません。士官なら私物で酒とかの嗜好品を持ち込めるけど、基本は水夫と一緒です。
「騎士になったらいいですわ。確か、ボルスト家の領地には海も河も湖もないから、丁度いいでしょう」
金髪の縦ロールを持った別の女生徒が言う。あら、制服のタイから見るに先輩では無く、あたしと同じ一年生だ。
「俺はっ…」
ダニエルは綴るべき言葉を飲み込む。あー、やっぱりか、この男、継ぐべき土地が無いのね。
貴族の長子は跡継ぎ。次男以降はそのスペア。そして領地を相続可能なのは裕福な貴族でも三男位までで、残りは騎士になって何処かの家臣となるか、或いはあたしらみたいな国に仕える軍人か、官僚になるかがお決まりのコース。
独立して商売で財をなすってのは、才能があればの話で滅多に聞かない。
ファタ義姉様みたいな貴族上がりの商家がギルドで幅を効かせてるから、新規で成功するのは茨の道だからね。
「わたくしはビッチ・ビッチン。身分を振りかざす奴は嫌いな15歳」
その子の自己紹介に固まる。す、凄い名だ。あたしのエロコも共通語では凄い響きだけど、ビッチですか。
エルフィンでビッチは『凄い』とか『最上』とか『素晴らしい』って意味だから、この娘さんのフルネームは『最上の素晴らしき者』なのよ。
良く見ると僅かに尖った耳があるから、あたしと同じ半妖精ね。納得。
「ロートハイユ公爵令嬢。先輩として忠告するが、名前詐称は感心しないな」
最初に立ち上がった黒髪の先輩が指摘する。おや、彼女が噂のロートハイユ公爵家の御令嬢なのか。
「あら、わたくし的にはビッチ・ビッチンよ。とっとと実家から独立して、ビッチン家を立てる輝かしい未来が…」
「簡単に独立させてくれるか? あのロートハイユ公が」
黒髪の先輩が顔をしかめる。
「幾ら妾腹の十三女だからって、命名もお母様に一任して、田舎の所領へ放置の上、学校に入るまで一切無関心な父なんて知りません」
ロートハイユ公爵は子宝に恵まれてるので有名だ。お妾さんも何人も居て、側室以外にも市井の女に産ませた御落胤がぞろぞろしてるって噂がある。
「適齢期に育った政略結婚の駒をわざわざ見過ごさないだろう。今は良いが、卒業したら何処かへ嫁がされるぞ。それにビッチから改名したのではないか?」
それを聞いた縦ロール令嬢は、ふふんと笑う。
「その前に海軍で手柄を立てて、海軍卿から是非、海軍に残留して欲しいと懇願される立場になります。それに改名の話は父が『ビッチ』では世間体に悪いと、入学直前で勝手に行った本人不在の行為。わたくしは同意書にサインしていません」
名がビッチじゃなぁ。でも、15になるまで娘の名前にロートハイユ公爵は無関心だったのかとも呆れる。父親としてそれはどうかと思うわよ。
ちなみに王国では13歳になると大人と認められるので、法的には例え両親であっても、15となっている本人の同意無しでは改名は不可能よ。
貴族謄本にも『ビッチ・ロートハイユ』が正式名として登記されている筈。
「ああ、エロコさん。そう言う訳なのでよろしく」
突然、話を振られた。あ、ちなみにあたしは、もう着座してスープ飲んでます。料理は冷える前に食さないとね。
「こちらこそよろしく。ビッチ公爵令嬢」
「ああ、ビッチって響きが素敵。真にビッチよね。妖精語で名を授けてくれたお母様に感謝しなきゃ」
あたしの言うビッチに反応して、うっとりした表情を見せる公爵令嬢。本当にビッチが好きなんだ。
「女性で士官になりたいのって少ないのよね。わたくし一人だけだったらどうしようかと思ってたから、心強いわ。おほほほ、無論、成績では負けないわよ」
ビッチ様は口に手を当てて笑った。これってライバル宣言なのかしらね?
「で、だ、ダニエル君。生徒会長として言っておく」
さっきから絶賛放置中の侯爵子息に黒髪の生徒が向き直る。ああ、どっかで見た顔だと思ったら、入学式の時に式辞を述べた生徒会長様でしたか。
「君もここに入ったからには俗世間の身分ではなく、士官候補生の一人であるのを自覚したまえ。無論、去るのも自由だ」
生徒会長、ジェダ・ドメニコ様がそう告げるのを、あたしは白パンを浸したスープを口に運びながら聞く事になったのだった。
〈続く〉
ビッチ様は良い意味での悪役令嬢ポジですね。ライバル役の。
イブリンも出たので「男の娘」と「悪役令嬢」のタグを追加です。
ついでにニナの「バニーガール」も入れとこう(笑)。