エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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外伝です。
よーやく、ガリュートのお話が一段落です。

改訂。
一部抜けていたのを補足しました。


最新話
〈外伝〉、実習航海15


〈外伝〉実習航海15

 

 貴族の食事は豪華だって思うのは半ば正しく、半ば間違っている。

 侯爵クラス以上の上級貴族ならば、それは正しい。

 山海の珍味が、とまでは行かないが、一流の料理人が作った食事が毎回並び、しかも朝、昼、晩の三食が提供されるからである。

 

 に対して、士族や男爵クラスの下級貴族は庶民と同じく、一日に二食が基本。

 朝飯はなく、出てもお茶を飲む程度で流される。

 昼をメインするか、晩をメインにするかは、その家の家風次第なので何とも言えないが、ここで沢山食べて、腹ごしらえをするのが普通である。

 流石に貧相では無いものの、特別な場合を除いて、凝った料理とかは余り出ない。

 それでもお肉や魚がメインだし、ワインなんかも供されるのだから、一般庶民に比べれば大分贅沢なんだけど、上級貴族の食卓を夢見ていると失望する。

 

『ダヨー鳥の丸焼きですか…』

 

 飛べない家禽であり、下級貴族なら滅多に口に出来ない高級食材である。

 飴色した一抱えはありそうな巨大な身体が、逆さまになって脚を突き出しているのは美味そうだ。中に何かか詰められているのか、腹の所にはゼラチンの革紐で縫った跡がある。

 大分、無理していないかとビッチは判断する。

 公爵子女でも末の方に近いから、食卓に上がる事は滅多に無い(月に一回あれば良い方)し、士官候補生の薄給では買えないから、口にするのは久しぶりである。

 彼女付きの侍女達も、貴族子女の出だが同じである。

 大抵が、子爵以下の出であり、こうした高級品を日常的に食しているとは言い難い。

 

「それでは頂きましょう」

 

 ベクター男爵の合図で晩餐は開始された。

 高位貴族の晩餐では前菜などが最初に出る事もあるが、こちらはその手順は飛ばされて、最初からメインの鳥料理がお出ましになっている。

 赤ワインが真鍮のゴブレットに注がれ、ハミーナがそれを毒味後にビッチの前に置かれる。

 男爵が目の前の丸焼きにナイフを入れるのは、この場で刃物を使えるのが当主である事の証だからである。

 古い習慣であるが、今でもこれを守っている貴族家は多い。

 

 肉は当主によって切り分けられた後、それぞれの皿に盛られて供される。

 皿は平たく焼いたパンである。

 肉汁を吸い込んだそれは、勿論、食事の一部として食われる運命であるが、これは貴族が口にするより、背後に控えている家臣達の食事として払い下げられる事が多い。

 当然、ビッチ付きのハミーナやマリエルなんかもそっちである。彼女らは主が食事する中、それが終わるまでは、ずっと背後に控えていなければならない。

 この晩餐の席に着けるのは、基本的に領主とその家族、そして客人に重臣が数名と言う所である。

 

「では…」

「乾杯」

 

 杯が上げられ、乾杯の音頭が取られる。

 濃厚な味がビッチの口に広がり、特に果実の甘さが際立つ。

 この島ではワインも輸入の高級品であり、地方領の好みに合わせてかなり甘味のある種類が好まれているのである。

 これは砂糖が取れない地方の菓子が、やたら甘いのと同じ理由だ。ワインが日常的に飲まれる地方ならば、甘さではない渋さやすっきり感を重視するが、生産地以外になるとその特徴である甘味に価値を置き、濃度も濃い方が重視されるからだ。

 

「さて、息子の話でしたね」

 

 メインの鳥料理。サブとしてココナッツを用いたサラダ他、何種類かの料理が供された後、食事も一段落した頃、食後酒が運ばれて来た時にベクター男爵はおもむろに口を開いた。

 ビッチもゴブレットを持つ手を止めて、彼女に視線を向ける。

 

「はい。最低でも士官学校卒業までは、実家への召喚は待って頂けませんか?」

「…今の男爵領の状態では厳しいのよ」

 

 スミレ色のドレスを揺らしながら男爵は答える。

 彼女は「知っているとは思うけども…」との前置きを呟いて、本来、男爵領を継ぐべきガリュートの兄が死亡した事を挙げ、次席であるガリュートが急遽、継がねばならぬ事を伝える。

 

「それは知っております。しかし…」

「時間が無いのよ」

 

 途中で男爵はビッチの言葉を遮った。

 本当ならば残り一年程度なら待てる筈だった。

 

「そりゃ、士官学校を卒業してくれた方が資格も取れるし、嬉しいけどね」

「何か切羽詰まった事があったんですのね?」

 

 男爵は真顔になって、「海賊ブロドールを知っていますね?」と問う。

 公爵令嬢は内心驚愕したが、長年に渡る悪役令嬢としての訓練の成果か、それを表に出す事は無い。与えられた情報を『今、対峙している相手だと思われる相手ですわね』と分析する。

 

「知っておりますとも。海軍の中でも有名な海賊団の頭ですわ」

 

 極めて平静を保ちながら、ビッチは答えた。

 ちなみに悪役令嬢なる称号は、上級貴族の子女にとっては褒め言葉である。

 令嬢教育を通して、高貴、傲慢、傍若無人、そして鉄面皮な、まるで舞台役者の悪役っぽく演じる事が、時として要求されるからだ。

 それは悪役になれとの目的では無い。感情を表に出さない仮面を被り、相手を騙せとの目的であり、ある意味、別人に化ける間諜の訓練にも似ている。

 架空の令嬢として振る舞いながら、本心を見せず、ポーカーフェイスを決め込むのだ。

 

「彼が、我がベクター領へ押しかけてきているからです」

「退治する絶好の機会ですわね」

 

 そう答えつつも、ビッチは考えを巡らせる。『海賊に脅迫を受けてますわね』との予想は間違いなさそうだ。

 今のベクター男爵が持つ軍備では、恐らく海賊団に退行出来ないとの予想は、先程伺ったガリュートとの会話で判明している。

 陸戦に関しては騎士戦力の過多で優越しそうだが、ポートバニーを制圧されれば、その収入を経たれる等しく、時を経かずしてじり貧になろう。

 占領が短期間でも、街や港湾設備を破壊されたら致命的であるからだ。

 その再建に掛かる費用と時間は、地方の男爵領が負担するには重すぎる。

 

「退治するにも戦力が無いのですよ」

「海上戦力が、ですわね?」

「お恥ずかしい限りですが、唯一の軍船は、既に役に立ちません」

 

 これは話に聞いたガリオットだろう。

 

「では、どうしますの?」

 

 居住まいを正したビッチの質問へ、ベクター男爵が、ぱちんと指を鳴らすと正面の扉から武装兵が現れる。女性ばかりなのは南洋諸島の人材事情なのであろう。

 

「海賊の要求は一つです。貴女方の練習艦を撃沈するので、それを見て見ぬフリをしろ。と。

 それに先んじてロートハイユ公爵令嬢。貴女を拘束、監禁します」

「あら、殺害では無く、監禁ですの?」

 

 男爵は「ええ」と続ける。「このまま海賊に討たれるのも望みません。それに貴女を助ければ、少なくともロートハイユ大公に対する借りも出来ますからね」と言った。

 裏取引か何かで、襲撃に関しての取り決めが結ばれているのだろう。

 

「王国に対する反逆ですわね」

「仕方ないのです。街を人質に取られていますから」

 

 真っ赤なドレスを翻してビッチは席を立った。

 彼女はスカートの中からカトラスを取り出すと、一気に抜く。

 既にハミーナとマリエルは主の左右に陣取り、左右から迫る武装兵に対抗する構えである。

 

「待った! 待った!」

 

 ばんと扉が開き、渦中に第三者が現れたのだった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 にわかに表が騒がしくなった。

 御者台を離れて歩行練習していたミモリは顔を上げる。

 まだ、失った脚を再生するには至っておらず、脱皮の日を待ちわびながら、松葉杖でかたかたと歩き回っていたのだが、門番と誰かが言い争いをしている様子だ。

 

「あれは…」

 

 見知った顔だった。

 一緒に侍女修行の面倒を見てくれたテルミである。

 思わず「テルミさーん」と声を掛けてしまう。

 

「ほら、ビッチ様の関係者だって言ったでしょ。早く通しなさい!」

 

 そう言い放つと。テルミは強引に門を抜けて馬車へと駆け寄る。

 

「ああ、良かった。ビッチ様は?」

「屋敷の中です。何かあったんですか?」

 

 ミモリの答えに、テルミは搔い摘まみつつ「海賊の停泊地を発見した」事実を伝える。

 その時、がさがさと藪をかき分け、ガリュートが顔を出した。

 

「あ、その方は?」

「えっと、何で女装して…」

 

 二人の声を無視すると、ガリュートは疲労困憊したルゥを馬車に乗せ、「済まないが彼女の面倒を頼む」とミモリへと言い含める。

 そしてテルミの方へ向き直り、「ビッチ様が発見した竜母ですか…。しかし、これはチャンスかも知れませんよ」と呟く。

 

「どうなっているんですか?」

「反乱ですよ。いや、見て見ぬフリだから正確には違うのか」

 

 説明を求めるテルミへ、彼はここへ来るまでに耳にした情報を伝えた。

 所々、監視の兵が立っていたのだが、彼らが口にしていた会話を要約するとこうだ。

 

 今、男爵領は海賊ブロドールに脅迫を受けている。

 単なる海賊の脅迫ならば、男爵も折れなかっただろう。しかし、彼らの戦力は高く、多数の飛竜を擁しているので男爵領の軍では対抗出来かねる。

 見せしめとして、一つの村が焼かれてしまった。

 要求はただ一つ。王国海軍の練習艦襲撃に対して見て見ぬフリをせよ。約束さえ守れば男爵領に手出しはしない。しかし、命に逆らえば、街という街は焼いた小村と同じ運命を辿る事を覚悟せよ。

 男爵は了承したらしい。ただ、今、訪れている公爵令嬢の命は救うつもりである。

 八大大公であるロートハイユ家の報復は、ブロドールに負けず劣らず恐ろしい物であるからだ。ここは娘の命を助けた事で、大公家を通じて国との取引材料としたい所なのだろう。

 

 箇条書きにするとこうなる。兵達の規律が低く、機密をべらべらとガールズトークの様にお喋りするので助かった格好になる。

 

「と言う事は…」

「ええ、既にビッチ様達が拘束されている可能性もあります」

 

 その会話を聞いてここまで達するのに、案外時間を食ってしまった事が悔やまれる。

 体力の減ったルゥを連れていなければ、もっと早く到達出来たのだが、ガリュートはこのヤシクネーを見捨てたくは無かったのである。

 

「急ぎましょう。僕が案内します」

「あたしも疲れてるんだけどね。ここまで突っ走って来たから」

 

 カルシスはポートバニーから約5km程の位置にある。テルミはそこを急ぎ足(息が上がるので、基本的に走る事はしない)で駆け付けたのだ。

 それでも同意せざる得ないのは、ダニエルからの与えられた任務と、プロの護衛侍女としての自分の矜持でもあった。

 

「結構、強行突破になると思いますよ」

「あたしを誰だと思ってるの。舐めちゃ困るわ」

 

 ミモリにルゥを任せ、メイド服の二人は駆けた。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「ガリュート、貴方…何と言う姿で!」

 

 部屋に入ってきた闖入者を出迎えた第一声は、間抜けな物であった。

 言葉を発したベクター男爵は元より、家令のエドワードも口をあんぐりと開けている。

 ビッチを囲んでいた兵達も、「えっ、ガリュート様?」と言った感じで一瞬、呆然となった所を見逃すビッチ付きの護衛侍女達ではない。

 

 一閃。

 侍女達は素手では無く、スカートの下に忍ばせていた伸縮棍。

 ビッチ自身もカトラスを峰打ちの要領で振るうと、囲んでいた兵達がバタバタと倒れて形勢は逆転する。

 ビッチらの倍は居た筈の武装兵達は無力化されてしまった。

 

「母上、降伏なさって下さい」

 

 メイド服を着た息子が降伏勧告する中、相変わらず席に座ったままでベクター男爵は静かに目を閉じた。ビッチはつかつかと上座に回ると、彼女にカトラスを突き付ける。

 唯一残った家令も、この状態では何も出来ず、立ち尽くしたままである。

 

「さて、落とし前を付けさせて頂きますわよ」

「班長!」

「お黙りなさい。わたくしは、今、男爵と話しているのです」

 

 公爵令嬢は割って入ったガリュートの言葉を退ける。

 ベクター男爵は「まさか、お嬢様にしてやられるとは…」と口ごもると、にやりと笑みを浮かべる。「負けた以上、我が首を差し上げます。しかし、領民達には罪は無いので寛大な処置を」とだけ発言し、先程、ダヨーを切り分けた肉切りナイフを…。

 

「誰が死ぬと言いましたの」

 

 それをカトラスで弾き飛ばすビッチ。

 驚きの目で見詰める男爵に、彼女はゴージャスな縦ロールを揺らして「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 

「テルミでしたわね。報告を」

「はっ、我が主ダニエル様からの伝言です」

 

 一連の報告を聞いた後、ビッチ・ビッチンは「それ、逆転の一撃になりますわね」と呟いた。

 ベクター男爵に改めて事情を尋ね、ブロドールの脅迫に関しての飛竜戦力の事を分析する。

 

「竜が十二頭ですのね」

「ええ、そう聞いているわ。奴らそれだけではなく、沿岸のデモイン村を焼き払ったのよ」

 

 普通、単なる町や村に対空用の弩砲なんかある訳はない。

 ただの竜騎士の襲撃だけでも手に余るのに、奴らは焼夷弾攻撃による爆撃までやってのけたのである。小さな漁村はたちまち燃え尽きた。

 

「幸いと言うか、村の住民は我々へのメッセンジャーとして生かす事を許されたみたいで、犠牲者は見せしめの為の数名に留められたわ」

「それでも死んでいるのは確かです。無念であります」

 

 男爵の後に言葉を継ぐのは、家令のエドワードである。

 彼の娘がこの村の守備隊長であり、襲撃に対して抵抗して殺されているからだ。

 それを聞いたガリュートは絶句していた。知り合いであったのだろうとビッチは推測したが、深い事情に突っ込む事は止めた。

 それよりも、こちらが出せる手を使うべきである。

 

「もう夜だわね。テルミ、ダニエルは貴方の報告を聞いてどう行動すると思いますの?」

「ダニエル様の性格であれば…」

「わたくしなら、停泊している竜母に夜襲をかけて撃沈するわね」

 

 テルミも頷いた。

 どうやら、同じ結論に向こうも達しているらしい。

 

「騎竜母艦を沈めるのですか?」

 

 ガリュートが驚きの声を上げる。

 ビッチは「ええ」と肯定し、「竜は夜間飛行に向きませんわ。ならば、巣に入って寝ている時に奇襲しなくてどうします」と続ける。

 確認している竜母は一隻のみ。

 もし、別の母艦が居たら失敗であるが、特殊な船だけあって複数を運用する事態は余り考えられない。こいつを無力化すれば、当面の危機は去る。

 

「ベクター男爵」

 

 改めてビッチは彼女の方を向き、カトラスを鞘に仕舞う。

 

「ガリュートの士官学校の件、延長して貰いますわよ。それが今回の落とし前ですわ」

「…それだけ?」

「わたくしは父、ロートハイユ公とは違いますの。

 ベクター領を割譲しろとか、そんな無体な要求は行いませんわ」

 

 しかし、ビッチはその後に「基本的には」と付け加えた。

 つまり、場合によってはその要求が有り得るとの脅しだ。その約束が履行されぬ限り、いつでもちゃぶ台返しはあるとの話である。

 凄みのある、本当に悪役令嬢らしい笑顔でそれを告げ、「宜しいですわね」と確認に入る。

 

「是も否もありません」

「では、我々と同行して頂きたいですわね」

 

 事務的にそれを告げると、ハミーナに男爵を拘束する命を下す。

 彼女らが男爵を捕虜にして、エロンホーフェンへと帰還したのは夜七時過ぎであった。

 

 

〈続く〉




久しぶりのエロエロンナです。
『偽りの聖女』の方は来月になります。
今月、R-18の方の更新は出来るのかは微妙な線ですね。

宣伝。
『港湾都市編』の方にも新作「ヤシクネー イン ザ シェル」が出てますので、良かったらご覧下さい。

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