エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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長らくお待たせしました。<外伝>をお届けします。



〈外伝〉、実習航海13

〈外伝〉実習航海13

 

「態度がよそよそしくなってますわね」

 

 最初にそれに気が付いたのはビッチであった。

 偶然と言っても良いが、きっかけはミモリである。半舷上陸し、侍女達と買い物へと出かけた際に、ミモリが迷子になったのである。

 ポートバニーの町は地方都市と称して構わぬほど立派で規模が大きい。

 フロリナ島の田舎町しか知らないミモリが雑踏ではぐれ、右も左も分からなくなってしまったのは仕方ない事だったのかも知れない。

 

「ここは何処でしょう?」

 

 道を尋ねた町のチンピラに騙され、あわやと言う時に現れた騎士がミモリを助け出してくれた。

 ケルマディック。彼女は領主に仕える人馬族の騎士で、警備隊を率いていた隊長であった。

 

「え、君は練習艦の乗組員なのか?」

「いえ、違いますけど、難民でお世話になっているんです」

 

 暴漢を鮮やかに退治した彼女は、ミモリの事情を聞いて顔を歪めた。

 ようやくはぐれた侍女見習いを発見し、合流しようとしたビッチはハミーナに行動を制される。

 態度がおかしい。ここは様子見だと無言で告げる侍女長。

 

「困ったな。まぁ、助けてしまったからには仕方ない」

「はい?」

 

 ミモリはきょとんとしている。きせびやかな騎士の服装をした見目麗しい騎士隊長は、こほんと軽く咳をすると、じっとミモリを覗き込んだ。

 セントールとヤシクネーなので身長差は余り違わない。これが、普通の人間だったら高身長から上から目線になる所である。

 

「ここだけの話だが、なるべく早く船を降りた方が良い。死にたくなければ」

「え?」

「誰にも言うな。では、さらばだ」

 

 それだけ告げると、ぱかっぱかっと蹄の音も高く去ってしまう女騎士。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「ケルマディック・ワダツミですね。それは」

 

 半舷上陸から帰還したビッチ一行を出迎えたガリュートは、その女騎士の事を知っていた。

 

「騎士隊長の中では実力者ですよ。元々セントールだから力も強いですし、うちの領内ではトップと言って良いんじゃないでしょうか?」

「東方系の名ですわね?」

 

 ワダツミとの名に引っかかりを持ったビッチが尋ねる。

 

「元々、先祖が東方からの出だそうで、あのゴーダー・カーンの軍勢にも加わっていたそうです。代々傭兵だったらしいんですけど、祖父の代から我がベクター家に仕えました」

 

 ゴーダー・カーンは新暦200年代に西方を席巻した騎馬民族の大帝だ。

 カーンの帝国は悪逆非道。無慈悲であり、今でも子供達は「悪い事をすると、カーンの人馬に連れ去られるよ」と言って、親に脅される程である。

 

「それは良いとして、彼女は何故、ミモリにあんな事を言ったのかしら?」

 

 ハミーナの疑問。

 

「まさか、賊と内通しているとかではありませんよね?」

「馬鹿なっ、幾ら何でも」

 

 否定するガリュートだが、ハミーナは続ける。

 

「ベクター男爵が関わっているか別にして、その女騎士個人がは有り得るとは思いますね」

 

 流石に爵位持ち貴族が、グラン王国に叛旗を翻すとは簡単に判断は出来ない。

 だが、騎士が何やら企みに一枚噛んでいるのは確かだ。

 冗談でも「死にたくなければ」とか、告げるとは思えないからである。

 

「しかし、ケルマディックは我が家に昔から仕える騎士。悪事に荷担する様な者ではありません」

「では、どうしてミモリにあんな事を?

 それでは、その悪巧みが主家の命で行われたとの話になってしまいますよ」

 

 班長と家来の中に割って入ったのはビッチであった。

 

「ガリュートの件もありますわね。では、いっそベクター家に乗り込んでみましょう」

「ええっ」

「いきなり本拠地を突きますか、お嬢様」

 

 ビッチの発言は唐突ではあったが、威力偵察としては理には叶っている物であった。

 囲まれて危害が加えられる可能性も、無論ある。しかし、いざとなれば人質としてベクター男爵の息子も居るのだし、悪い手であるとは言えない。

 

「おい、何話してるんだ?」

「楽しい話? それとも悲しい話?」

 

 横合いから現れた同僚とその肩に乗るヤシクネーに、ビッチ・ビッチンは丁度良かったと声を掛ける。

 

「ああ、余り楽しくない話ですのよ。丁度良かった、頼みたい事がありますの」

 

              ◆       ◆       ◆

 

「ふむ、襲撃される可能性あり…か」

「はっ! ビッチ・ロートハイユの言でありますが」

 

 艦長に発言するのは、報告を肩代わりされたダニエルだ。

 彼女は善は急げとばかりに出掛けてしまい、報告はダニエル任せになってしまったのだ。彼の肩の上にいるクローバーは、「仕事押しつけられた」とおかんむりである。

 

「どう思うね。指導教官?」

「判断材料が少なすぎますな。しかし、無視する訳にも行きますまい」

 

 単なる与太話ならば良いのだが、発言相手が領主麾下の騎士隊長である点が引っかかる。

 警戒するに越した事はない。と大佐は腹をくくる。

 

「デス。半舷上陸している者を呼び戻せ。陸戦隊を編制し、警戒に当たらせろ」

「はっ、指揮は私が取ります」

 

 デス・ルーゲンス少佐は一礼するとダニエルへと振り向く。

 

「総員を呼集させよ。臨時に陸戦隊を編制し、警戒に当たらせる」

「了解しました」

 

 カンカンカンと船鐘が打ち鳴らされると、班長クラスのオフィサーがたちまち甲板に集合し、命令が伝えられる。

 

「シフトは三班。6時間交替で第1~5班。6~10班。11~15班に別れる。第16班は予備として操船体制で待機。現在上陸中の11班以下を艦に戻す様に伝令を出せ」

「こちらが警戒している事を相手に気取られるな。あくまで、平常運転だと思わせるんだ」

 

 指示が出ると同時に最初の第一陣向けに、武器庫が開けられて装備が用意される。

 元々が海兵なので武器と言ってもかなりの軽武装だが、甲板に並べられた武器・防具の類いはがちゃがちゃとかなり五月蠅い。

 

「うわぁ、鎧だ。俺、初めて着るよ」

「連弩の太矢って何処?」

 

 口々に感想を述べる士官候補生達。

 特に鎧は普段から縁遠い装備である。陸軍と違って艦上では邪魔になるので身に付ける事は殆どないし、溺死を避ける為に金属を使われている箇所は少ない革鎧である。

 中には着用法が分からず、途方に暮れる者だって出る。

 

「ポーティングランス(移乗戦槍)なんて、訓練以外で使うとは思わなかったなぁ」

 

 覆いを取り去って長い穂先を確かめる者。捕鯨用の投げ銛そっくりで、後ろには縄も付いている。敵に向かって投げつけて、尻の縄をたぐって回収する大型の槍だ。

 

「そいつを持った奴は歩哨ね」

「ええっ」

「見た目から怖そうだから、はったりが利きそうだろ?」

 

 確かにこれで歩哨すると見た目から威嚇にはなりそうだ。

 

「カラット、俺達の担当は夜半からだが、港へ行って半舷の奴らを連れ戻す。

 単独は避けて分隊単位で行動しろ。それと港の奴らに気取られるな」

「分かりました。班長は第一分隊を率いて下さい」

 

 ダニエルは副官に指示を与えると、四人の部下を率いて街へと飛び出した。

 街は復興の慌ただしさはあるが、フロリナ港と違って被害は少なかったらしく、そこらに未処理の死体が放置されてるとかの悲惨な光景は余り見られない。

 あっちは地獄みたいだったからな。とダニエルは思い出す。

 

「こっちでは、酒場や食堂が開いているんだからな」

 

 少なくとも、全ての建物は津波で流れ去っていた向こうでは考えられない光景だ。その中で飲食している候補生を見付け、直ぐに帰還する様に指示を出す。

 帰還理由を聞かれるが、「そんな事は俺にも分からん。教官なり艦長なりに直接聞け」とにべもない答えを返すのは、どこに敵の耳があるのかが判らぬからだ。

 

「よぉ」

「パカ・パカ、貴様か」

 

 数軒目の屋台でほろ酔い気分になっている人馬族を発見する。

 早速命令を伝えると彼は怪訝そうな顔をして、こちらへ顔を近づけた。

 

「まぁ、座れや。おーい、オヤジ。こいつにもエールを一杯ね」

「おいっ」

「しっ、俺達を見張っててる奴が居る」

 

 それを聞いて黙って相席になるダニエル。

 

「何処に居る?」

「目をやるなよ。そうだ、クローバー。何か唄を歌え」

 

 肩上のヤシクネーはきょとんした顔をしていたが、こくんと頷くと「もーもーさん。もーもーさんとみのたうろす。ほるすたいんがお気に入り♪」と調子っぱずれの唄を歌い出す。

 その間に人馬族は小声で会話を交わす。

 無論、クローバーの歌に手拍子をしながらである。

 

「上手い上手い。もーもーさん♪

 でだ、俺の斜め向かいに座ってる奴。海賊っぽいがどうも聞き耳を立ててやがる」

「海賊? 領主配下の軍人じゃないのか」

「そう言うお上品な奴にゃ見えないな。っと、もーもーさん。もーもーさん♪」

 

 クローバーのもーもーさんの歌に合わせながらなので、会話が進まないが、彼女の歌声は充分、会話を聞き取りにくくする工作には役立っている。

 ちなみにもーもーさんは、ダニエルの侍女テルミがクローバーに教えた童謡だ。

 怪物ミノノタウロスが牧場の雌牛に惚れてしまうという戯れ唄だが、本当にあった事件を題材にしているので、牧場関係者にとっての警告を主としている唄らしい。

 

「アリエル、テルミ」

 

 侍女二人の名を呼ぶと、ダニエルはハンドサインで指示を出す。

 二人は目で合図しながら、ダニエル達から離れて監視体制へと移る。

 

「よしっ、まぁまぁの出来だね」

「いや、音痴だろ」

「ダニエル酷ーい!」

「続きは船に帰ってからだ。ほら、パカ・パカ、歩けるか?」

 

 パカ・パカに肩を貸しながら一行は席を立った。

 オヤジに支払いしつつ、侍女二人が海賊の男らしきのを監視しているのを確かめつつ、ダニエルは店を出てエロンホーフェンへ向かった。

 

「ほるすたうろすって、本当に居るの?」

「眉唾じゃねぇ。女型のミノなんてさ」

 

 道中、そんな馬鹿話を繰り広げながら船へ着く。

 しかし、監視の目は続いているのを一行は感じていた。

 特にクローバーが「付いて来てるよ。ダニエル」と耳元で囁くのはかなり役に立つ。身体が小さいと目立たないのだなと、彼はこの小さな同居人を見直した。

 途中で別れたアリエル達が気がかりだったが、今は無事であるのを祈るしか無い。

 

「良くやった。クローバー、アイスを奢ってやる」

「わーい」

 

 酒保の方も入港でかなり食料事情が改善されて、嗜好品が解禁になっている。

 水属性魔法の【氷】を使ったアイスクリームは高価だが人気だ。牛乳と卵に砂糖が必要なので、いつでも造れるメニューではないが、ダニエルはそれを奢る事にした。

 

「パカ・パカ。カラット、どう思う?」

「監視の目は確かにありましたね。ロートハイユ班長の主張も信憑味を帯びてきたと言う事ですが、しかし、相手はどう見てもチンピラか無頼漢の類いでしたよ」

 

 身体と同じサイズはありそうなアイスの器に顔を突っ込んで、幸せそうにアイスを頬張るクローバーを横目に見ながら、カラットは疑問を述べる。

 

「領主配下の兵ではないな。考えられるのは結託だな」

「結託だと?」

「ああ、つまり、直接俺達を襲うのは海賊で、それを領主側が見逃すって話だ」

 

 パカ・パカは断言する。

 

「見て見ぬ振り、か」

 

 有り得るな、とダニエルも納得する。

 もし、私掠船側と裏で通じていたとしても表立って敵対せず、便宜を図る方が後々言い訳もしやすい。問題は、それが例の騎士隊長一人の問題なのか、それとも領主ぐるみの陰謀なのかだ。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 侍女二人、ハミーナとマリエルの力を借りてビッチ一行は旅装を整えた。

 街道を行く為に馬車を借り、ベクター男爵邸へと歩みを進める。

 馬車は普通のコーチ(箱馬車)タイプ。

 カブリオレ(露天)タイプでも良かったのだが、流石に外から丸見えなのは避けたいからである。

 

「窓を開けないと暑苦しいですわね」

 

 南国だから暑いのである。しかも、今着ているビッチの服装はいつものセーラー服ではなく、私服のドレス姿。袖無しとは言え、熱気の篭もる馬車内では暑苦しい。

 

「ガリュート様を見せる訳にも行きませんし、我慢して下さいお嬢様」

「判っていますわ。微風を我が元へ【送風】」

 

 アリエルにそう答えると、ビッチは風魔法を発動した。

 ちなみにこの時代の馬車には、王侯貴族のそれでもない限り窓硝子なんか填まっていない。常に窓全開で、もし雨が降ったら板の鎧戸を閉めるだけである。

 

「荒ぶるカーテン…」

 

 身体の大きさから中へ入れないミモリが御者台で呟く。

 不自然なまでにバタバタと煽られるカーテン。微風にしては少し強すぎるが、この程度はないと暑くてたまらないのであろう。

 

「そろそろでは有りませんか。ガリュート様?」

 

 同じく御者台で手綱を握る、ハミーナが注意を促した。

 ガリュートは窓からそっと外を眺める。ベクター男爵領の中心地、木壁に囲まれたカルシスの街が見えて来る。

 その利便性から男爵邸のポートバニーへの移転も囁かれているが、農地に囲まれたここが、ずっとベクター男爵領の中心である。

 懐かしさと共に『敵地に乗り込んでいるのだ』との意識も上がって来る。さて、母上はどんな事を考えているのか。

 

「衛視が居ますね」

 

 ハミーナが告げる。街へと入る手前の門に衛兵が立っている。

 大袈裟なハルバード(斧槍)を持ったウォーリアバニーの衛兵は一人だけだが、木製の壁を張り巡らした市壁と一体化した粗末な詰め所があって、その中にも数人が詰めている様子である。

 

「堂々と正面から行きますわよ。身分を出してね」

「正攻法ですか。分かりました」

 

 その為にわざわざ貴族の正装して、このクソ暑い中ドレス姿なのである。

 馬車は市門の前で一旦、停車する。

 

「カルシスへ入る用件を述べよ」

「特にありません。敢えて言うなら物見遊山でしょうか」

「何だと?」

 

 バニーガールが鼻息を荒くした時、「下がりなさい。下郎!」との厳しい声が上がり、馬車の扉がばたんと開く。

 ずいっと身を乗り出すのは、豪華なコルセット付きのドレスに身を包んだ、羽根扇を手にした縦ロールの貴族令嬢。

 

「田舎者は礼儀も心得ませんの」

「こちらはロートハイユ公爵令嬢です」

 

 ビッチとマリエルの声が交差する。

 上から鋭い目線で射て、如何にも貴族でござい的な、尊大な態度で見下ろされると萎縮してしまうらしく、びくりと衛視が固まる。

 

「こ、公爵令嬢?」

「如何にも。お嬢様はグラン王国の八大侯爵家、ロートハイユ公爵家の一員でございます」

 

 今は士族だけどね。とビッチは内心ぺろりと舌を出すが、顔の表情は変わっていない。

 むしろ、『さぁ、大貴族の悪役令嬢ですわ』的なオーラで睥睨している。

 

「わたくしが到着したとベクター男爵へ使いを出しなさい。

 礼儀として領主殿へ訪問したく思いますわ」

 

 身分証明として家紋入りの文書を手渡す。封蝋された文はシーリングでビッチの印が押してあり、貴族階級が見れば完璧に本物だと分かる代物である。

 

「お、お待ちを…」

 

 詰め所からこのバニーの上司らしき女騎士が出てきて、顔を真っ青にしながらあれこれ指示を出している。木壁上にある回廊でも数人の兵がバタバタと駆け回っている様子だ。

 

「さて、どう出てくるやら」

「こ…これは、流石に勘弁して欲しいですよ。班長」

 

 馬車に戻ったビッチの呟きと、ボリュームのあるスカートの中から情けない声を出すガリュートの嘆きが同時に上がる。

 

「あら、貴方が変な考えを起こさねば、何の問題もありませんことよ」

 

 ビッチはボーンで膨らんだドレスの中に、とっさに部下を隠していたのである。

 馬車内を覗かれたら、一発で彼の存在がばれてしまうので窮余の策であったが、上手く行った。

 

「いっその事。男爵と会う時もスカートの中に隠れていらしたら?」

「それは勘弁です」

 

 一行がベクター男爵邸へと案内されたのは、それから間もなくであった。

 

〈続く〉




ベクター男爵領もそうですが、南洋の島々の所領はウォーリアバニーやヤシクネーみたいな女系種族が主なので、騎士や兵士なども男性の割合が低くなっています。
ゆえに男性は売り手市場なんですが、貴族家なんかじゃ、男は大切に囲われて表に出てこない。だから、もし婚姻となったら婿へ求婚が殺到します。
まぁ、市民階級は行きずりの男とやるんですが、名のある士族以上だと名誉の点でそうも行きませんからね。

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