エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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実習航海編です。
『エロエロナ物語』の投稿でやや遅れてしまいました。



〈外伝〉、実習航海12

〈外伝〉実習航海12

 

 派遣された艦隊は旗艦『ウーラガン』を中心とした三隻だった。

 ウーラガンは東艦隊所属のコルベットであるが、残りの二隻は私掠船で規模は小さく、キャラベル程度である。

 ビッチの見た所、随伴船の質は船、乗員共に余り良くなさそうだ。

 

「敵の正体が『アモンラー』率いる艦隊か。だが、艦隊規模までは掴んでおらぬのだな」

「はっ、捕虜の話では最低でも二隻は居るとの情報ですが、詳細は掴めておりません」

 

 ビッチ・ビッチンの報告に、艦隊司令ブリンナー大佐は顔をしかめた。

 この情報とて、既にかなり旧い物だ。もしかしたら新たに船を増強させているのかもしれないし、敵船団の構成艦だってはっきりとしない。

 

 司令はエッケナー大佐からもたらされた伝令文をくるくると巻いた。そして代わりに封蝋の施された文書を手渡す。

 こちらは返信としてビッチが持ち帰る封書である。

 ビッチは直ちにそれを通信筒に入れた。ゴムでパッキングされた細長い金属管で、防水・湿気対策も施されている。

 

「では、エッケナー大佐に宜しく伝えてくれ」

「はいっ、直ちに帰還致します!」

 

 敬礼をして騎竜へ駆け寄ると、まず、鞍に装備されたラックに通信筒を固定する。

 騎竜服と騎竜帽の状態を点検。南方海域では毛皮で作られたこれらは暑苦しいが、空の上に昇る事で感じる寒気を防いでくれる優れものである。

 唯一、ビッチが気に入らないのは元々、自分用にあつらえられた服では無いと言う事で、これは急遽用意された為に、既製品を使わざる得なかった為だ。

 

「さぁ、今度は帰還ですわよ」

 

 ぽんぽんとヤスミーンの頭を撫でる。数時間しか休めなかったのはやや不安だが、今、出発しなかったら、帰投時間が夕方を過ぎて夜になってしまう。

 鞍を点検して固定を確認後、鞍に跨がって身体を拘束帯で固定する。この船に到着後に鞍を一旦外していたので(騎竜のストレス対策である)、これらの点検は重要だ。

 鐙の調子を確かめつつ、つまみを回して地図をスクロールしたり、コンパスの調子や高度計などの機器類を調整する。

 

「この船の乾舷は幾らでしたかしら?」

「主甲板なら、4.5mです」

「ありがとうですわ」

 

 高度計の針を4.5mに微調整。速度計が時速6から9kmの間を小刻みに動いているが、勘で大体、船速が時速8km程度だと見当を付けて、まぁ、こんな物かと放置する。

 厳密な数字なんか出る筈がないのだ。この程度なら誤差の範囲内だろう。

 

「発艦用意良し!」

「了解。ロートハイユ候補生、左舷より発艦せよ」

 

 甲板士官の指示に従い、ビッチとヤスミーンは再び空の人となった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 エロンホーフェンは再び、バニー本島へ寄港した。

 津波の被害はこちらにも達していたが、岬を回った反対側は、被害の状況が直撃されたフロリナ島とは違って遙かに軽い。

 それでも、港内には幾隻もの沈船が見える。沿岸の建物も幾つか被害を受けた様子だ。だが、多数の人々がかいがいしく働き、瓦礫の除去などの各種作業を行っている点が、フロリナ港との地力の違いを感じられる。

 向こうの港は全て洗い流され、人を含めて何も残ってはいなかった。

 

「帰ってきてしまったか…」

 

 ガリュートは故郷の港を複雑な表情で眺めた。

 港の被害の少なさに安堵している自分と、これからの展開を思うと心が沈む自分がいる。

 

「これが、ぽーとばにぃなの?」

「ポートバニーだ。発音が悪いぞ」

「大きいね。人も一杯!」

 

 こちらはダニエル様御一行。

 クローバーは相変わらず無邪気で、好奇心一杯である。働くヤシクネーらが気になる様子で、港湾で清掃作業している団体を興味深げに眺めている。

 

「では、入港手続きを宜しくお願いします」

「うむ」

 

 艦長は途中で乗船したパイロット(水先案内人)に敬礼し、下船して行くのを見送った。

 

「驚いたな。まさか、パイロットが派遣されているとは思いませんでした」

 

 副長の正直な感想である。てっきり港の被害に忙殺されて、入港管理もいい加減になっていると予想していたのだ。

 

「それだけ組織立っているのだろう。しかし、正直、私も驚いている。

 水先案内艇(パイロットボート)が現れた時、幻かと疑ったよ」

 

 そう語る大佐の視線の先には、転舵しつつ、本艦から離れて行く白く小さな船があった。

 先程まで接舷していた、この港所属の水先案内艇である。申し訳程度のキャビンとラテンセールを一枚持っただけの軽快そうな縦帆船だ。

 一昨日被害があった筈なのに、もう通常業務に復旧しているのは凄かった。

 

「ロートハイユ候補生が到着するのは、そろそろか?」

「向こうで手間どっていない限りは、18:00(いちはちまるまる)までには…。あ、あれがそうではありませんか?」

「いや、二騎いるぞ。デス、警報を鳴らせ、対空戦闘用意!」

 

 空の一角に騎影を認めたエッケナー大佐は鋭い声で命令を発した。

 相手は二騎。追われている様子で、緩降下しながら後ろの一騎を振り切ろうとしている。

 こちらの甲板も大忙しである。もうすぐ入港だと気を抜いている時にラッパが鳴り、突然の戦闘配置命令だ。あたふたと弩砲の固縛を解いているが、見た所、8基ある内の一部しか間に合いそうもない。

 

「な、何であたし達がぁ」

「ミモリさん。口よりも手を動かしなさい!」

 

 ミモリが目を白黒させながら、ウインドラス(巻上器)を回す。

 侍女だろうと使える者は使えとダニエルに強制動員されてしまったのだが、流石にダニエル付きのアリエルやテルミ。ビッチ付きのハミーナ、マリエル達の動きは素早かった。彼女ら貴族付きの侍女は、いざと言う時は補助戦闘員としても働く様に訓練されているからである。

 一番砲座の射手席に座るのはダニエル。こちらも旋回ハンドルを回して指向している。唯一、弩砲の撃ち方を心得ているからである。

 

「やれーっ、いけーっ、うてー!」

「騒ぐな。命令が無けりゃ、発砲出来ないんだよ」

「えー?」

 

 肩に乗ったクローバーが騒ぐが、ダニエルはそれをたしなめる。

 ようやく弩にテンションが掛かり、発射可能になった頃、望遠鏡で竜を観察していたデス・ルーゲンス少佐が声を上げる。

 

「先頭はロートハイユ候補生ですな」

「では後ろが敵か。一番砲座、後方の敵へ警告射を放て!」

 

 仰角を掛けられた弩砲が照準を付け、引き絞った弦から太矢(ボルト)が放たれる。

 太矢は飛翔しつつ、弾頭から耳障りな音が響かせた。これは先端に付けられた笛が音を発して、騎竜に威嚇を与える為の対空用のボルトである。

 敵を怯ませられれば上等。な理屈で考案された矢であるが、心理的にはかなり効く様である。

 

「びぃぃぃんって鳴った!」

「でっかい鏑矢だからな。さて、次彈装填急げっ!」

「ひぇぇぇぇ。また、ぐるぐるー!」

 

 一番砲座から三者三様の怒声や悲鳴が上がる。

 警告射はビッチの後ろに位置する敵竜の脇を、予定通りにかすめると後落して行く。効果はあった様で、その竜はくるりと騎首を翻した。

 

「二射目はなさそうだな…」

 

 ダニエルは汗を拭う。

 彼の本質は指揮官であり、弩砲の射手をしたのは訓練以来だったからだ。間違ってビッチの方を串刺しにしてしまったらと焦っていたのは秘密である。

 

「あれはお嬢様ですね」

「ええ、確かに…」

 

 ビッチ付きの侍女長ハミーナとその配下、マリエルは会話を交わす。

 マリエルは職を辞したローズに代わりで、やはり、士族令嬢と言う良い所のお嬢さんである。無論、戦闘侍女であり、見掛けに反してそれなりの戦闘力を持っている。

 

「怪我を負ってなければ良いのですが…」

 

 ハミーナは港の一角に降りる騎竜を見送った。こちらは入港中なので、帆を畳んだりリギンを外したりする着艦準備が出来ないのである。

 接岸し、舷門(タラップ)が架けられると侍女二人は真っ先に駆け下りて主の元へと向かう。

 ダニエルも後を追いたかったのだが、生憎、こちらは侍女と違って軍人だ。勝手に船から離れる事は出来ない。

 

「お嬢様!」

 

 広場の一角で竜が四点着艦法のまま、身を横たえていた。

 鞍の上にぐったり前のめりになった主の姿を確認すると、ハミーナが声を掛ける。

 その声に反応したのか、ビッチが身を起こす。ゆるゆると手を挙げて、自分が健在であるのをアピールした。

 

「だ、大丈夫ですわ。それよりも報告を…」

「お嬢様」

「ヤスミーンは無事ですの?」

 

 その言葉を受け、マリエルが騎竜の周囲を回る。

 見た所、竜は大きな損傷や怪我は見当たらない。幾らか鱗に傷が付いているが、これは敵の連弩からの攻撃を受けた跡だろう。

 貫通している箇所はなく、命中したが鱗で弾いているのだ。

 個人用の連弩であって幸いである。これが対空用バリスタだったら致命傷を受けていた所である。連弩も威力的には対人ではオーバーキル気味なのだが、竜の鱗に対しては少々威力不足なのだ。

 

「あたしに乗って下さい」

 

 松葉杖の為、正規の侍女二人からはやや遅れたミモリが声を掛ける。

 一応、彼女もビッチ付きの侍女である。臨時雇いなのでこれからどうなるのか不安であるが、今はそれを気にする余裕はない。

 彼女はヤシガニ体の広い背中を示し、ビッチを背負うべく回れ右をする。

 

「怪我人なんだから無理は禁物よ」

「大丈夫です。脚を一本失ってますけど、何とかなります」

 

 マリエルの言に『そろそろ役に立たなきゃ』と考えているミモリは、胸を張って断言した。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 最初にそれに気が付いたのは、旗艦の周囲を周回中だった。

 旗旒信号が上がり、「我ガ艦隊にカカワラズ、タダチニ帰還スベシ」の通信文を読んだ時であった。慌てて周囲に視線を巡らせると、数隻の船影が見えた。

 

「まさか、敵?」

 

 普通、商船は独航が基本である。船団を組む事は殆ど無い。

 しかも、最後尾に位置する船が独特すぎた。主船体の左右にアウトリガーを設け、その上に甲板を張った三胴船なのである。

 しかも、主船体からやや離された、その左右甲板に蠢く大きな影。

 

「りっ、竜母ですの?」

 

 騎竜母艦。通称、竜母。

 竜を発着させる広い専用の飛行甲板を持ち、十数頭の騎竜を搭載する、海上で竜を運用する為の専用艦である。

 海軍でも虎の子の金食い虫であり、普通は私掠船団如きが保有する事はあり得ない。

 あり得ない筈なのだが…。その飛行甲板から数頭の騎竜が飛び立ったのだ。

 ビッチはヤスミーンに鞭を入れて上昇に移る。

 敵よりも高度を稼がねば危険であった。

 

「! 艦隊が」

 

 幸い、こちらを追撃するのは僅か一騎。残りの七騎は全て艦隊の方へと殺到している。

 旗艦ウーラガンを始め、各艦が対空射撃を開始するが、弩砲の殆どは外れで、敵騎の接近を許してしまっていた。

 針路をエロンホーフェンとの合流海域へ向かう為、ビッチは艦隊の方に注意を向けられる時間は少なく、殆どが高度稼ぎの最中に見た物であるが、敵騎の動きは明らかにおかしかった。

 

「何故、海面すれすれに?」

 

 弩によって甲板を掃射するにしても、普通は艦の上方から降下する物である。

 敵艦の弩砲を騎竜へ分散させ、連携した味方艦隊にその脅威を向けさせない事が目的だからであり、水平飛行で長く姿を晒す事自体が、弩砲の的と化す自殺行為と考えられている為である。

 そも騎竜自体、艦隊攻撃には向かない。本物の竜と違い、口から火焔だの電光だのを吐く事が出来ないからだ。だが…。

 

「ええっ!?」

 

 敵騎が何かを投下したのだ。

 水面に水柱が立ち、その後、白い航跡がするすると味方船に伸びる。それが味方と交差した時、船を含む一体の海面が凍結した。

 

「あれは見た事がありますわ!」

 

 味方私掠船。確か船名は『ギャラホルン』とか言ったか、は氷塊に包まれて惰性で航行していた。帆は既に役に立ってない。甲板にいた人間は凍結して生きてはいないだろう。

 ビッチはあれを知っていた。数日前、敵と交戦した際に魔導弾頭の一つにあれと似た効果の物があったのだ。

 敵はそれを用いて、竜から投下する水中推進弾を開発したのかも知れない。

 

「やばいですわね」

 

 余り長く見てはいられない。水中推進弾を投下し終えた敵騎が上昇に移ったからである。こちらへ向かってくる前に逃げねばならない。

 先行した一騎はこちらへと追いつく程の猛追をしている。この上、敵の数が増えてしまったら、完全に不利になる。

 ここは逃げるが勝ちである。

 

「早く、この情報を母艦に伝えねば!」

 

              ◆       ◆       ◆

 

ブロドールの旗艦、アモンラー。

 

「凄い物だな…」

 

 用意した新兵器は胡散臭かったが、予想以上の力を発揮してブロドールを驚かせていた。

 

「試作品と言っていたが、教授め」

 

 竜へ搭載可能にした魔導弾頭。但し、空中ではなく水中を進むと説明された時、ブロドールは何も期待していなかったのだが、これは凄いと認めざる得なかった。

 今回のこれはプロモートなのだろう。その威力を示し、帝国へと売り込む為のデモンストレーションだと認識する。わざわざ結社が竜母まで用意させたのもその為か。

 

「が、竜母を用意する価値はあるな」

 

 ブロドールは後方を走る竜母『パンゲア』を一瞥する。

 結社からの貸与であり、今の指揮権は自分にあるが。正確には自分の持ち船ではない。乗り組んでるのも結社の関係者で、全て教授と同じ様に表情のない仮面を被っている不気味な連中だ。

 

「敵旗艦に命中弾!」

「これじゃあ、あっし達が手を出す前に全て終わっちまいますぜ、頭ぁ!」

 

 甲板で弩砲を構えている無法者共が、不満の声を上げる。

 斬り込みを用意してた手下達も同様である。

 最初の一隻は凍結するだけだったが、次の奴は火球に包まれて爆沈。今度の旗艦も轟沈は免れたが、あの被害では海に没するのは避けられまい。

 斬り込み移乗戦闘で戦利品を漁る機会が消えたのだ。私掠船にとってこれは痛手である。

 

「こっちの都合は考えてくれないのが、錬金術師らしいと言うべきか」

 

 終わってしまった物は仕方が無い。

 ブロドールは凍結してる敵艦への接舷を命令した。氷を砕いて中を調べれば、幾ばくかの戦利品が見付かるだろうとの皮算用であった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「ご苦労」

「はっ…あ、あら、です…わ」

 

 母艦で報告を終えたビッチは敬礼後に気を失う。

 敵騎と追いつ、追われつつの空戦をしながら辿り着いたのである。何とか気力でここまで保っていたのだろう。侍女達が慌てて介護する中、エッケナー大佐らは頭を抱えていた。

 

「艦隊との合流は…」

「デス。わしはブリンナー大佐が無事でいる可能性は低いと判断している。

 万が一、撃沈されていないとしても、艦隊は半壊状態だろう」

 

 先のロートハイユ候補生の報告を信じるなら、既に艦隊の三割は喪失している。

 生き残ったなら、このポートバニーに入港してくるだろうが、戦力として計算出来るのかと言えば、余り頼りにないのは確かだ。

 

「戦えるのは、我々だけと覚悟しておいた方が良いかもしれん」

 

〈続く〉




魚雷登場。
でも発掘兵器ではなく、教授が考案したオリジナル兵器です。
まぁ、アイディアは発掘兵器にあるのでしょうが、この機構を工夫して考えたのは彼の功績です。
さて、個人ではなく、組織としての結社が出て参りました。
まだ全貌は謎ですけどね。

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