エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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お待たせしました。実習航海11です。

次はリオンの後編か、聖女編12になると思います。
来週には更新予定。

改訂。
魔法の名前変更。【烈風】→【強風】へ。


〈外伝〉、実習航海11

〈外伝〉実習航海11

 

 ビゴ砂漠。

 墓守はまどろんでいたが、唐突にそれは破られた。

 

「教授ではないか?」

 

 気配からしてそう判断する。

 空間から蜃気楼の様に現れた人物は片膝を着いて、ぜいぜいと息を吐いていた。

 

「エリルラめ…。死ぬかと思ったぞ」

 

 そんな呪詛を吐いたのは、ボロボロな姿となった教授であった。

 黒い長衣は焼け焦げているし、特徴的にその仮面にもひびが入って、一部が欠損し、口元が見えている。何らかの攻撃を…、それも高威力の物を受けたのは明白であった。

 

「光の乙女にやられたのか?」

 

 墓守は『活動地域には確か居なかった筈ではないのか?』と訝りつつ、席を立った。

 そのまま、床をたんと軽く蹴るとふわりと宙を舞う。

 

「その通りだ。いかんな、奴の能力(ちから)を過小評価していたよ」

「ほぉ」

「評価を上方へ修正しよう。エリルラが発掘兵器まで使えるとは思わなかった」

 

 白い衣を棚引かせ、優雅に着地すると墓守は【癒やし】の聖句を唱える。

 教授は「済まんな」と謝意を表して、その治療を素直に受ける。墓守は「大した力ではないが、やらぬよりはマシと考えてくれ」と、傷口を塞いで行く。

 

「竜脈の方はどうなったか?」

 

 墓守は自分の目的をそれとなく聞き出す。

 

「第一段階は成功した。しかし、光の乙女の妨害でそれ以上は無理だった。

 が、バニーアイランドに与えた損害は軽くない。帝国への義理は果たしたと思って良い」

 

 教授の算盤では海魔を失った事で収支は大赤字だと感じている。あれは、まだ複数の予備があった筈だが、再整備して竣役させるのに手間が掛かりそうである。

 

「それは重畳」

「それと…エリルラと光の乙女が別人格と判ったのも、収穫の一つだな」

 

 同一人物かと考えていたが、これは今後の計画に対して修正が必要になるだろう。

 

「仲間への引き入れ…まだ諦めてないのか?」

「ああ。エリルラは無理だとしても、エロコの方はな。

 それより目的は果たしたのだ。損害も大きいのでマテリアルは大幅におまけして貰うぞ」

 

 教授の言に、エルフの美少女は「う、うむ」と押され気味に頷くしかなかった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 竜が艦上から飛び出すのは苦労が多い。

 専門の竜母ならいざ知らず、普通の軍艦には帆柱や帆、リギンと言った邪魔者が艦上に張り巡らされているからである。

 それらを避けて飛び立つのはアクロバットに近く、ベテランの竜騎士でも無い限りは、危険すぎて誰もやりはしない。

 

「吹けよ、【強風】」

 

 ビッチが風魔法を唱える。【送風】の魔法に似ているが、こちらの【強風】は強烈な風を起こす呪文で、長時間、一定の風を支配する【送風】と違って極めて短時間しか持続しない。

 帆を畳み、索具類を一時的に取り払って甲板をクリアにした状態で、なおかつ、この【強風】の風に乗せて短距離発艦を行うのが、通常の艦上発艦であった。

 

「さぁ、飛びますわ」

 

 下から上へ吹き上げる上昇気流に乗って、ヤスミーンが翼を大きく上下に動かした。

 力強く、何度も翼を羽ばたかせるとふわりと巨体が浮かび上がる。そのまま甲板を後肢で蹴り、、舷側より飛び出す騎竜。

 船は航行中だ。ぐずぐずすると後ろへ流されて、帆柱とかに衝突しかねないからである。

 やや手間取ったが、何とか発艦に成功したビッチは息を吐いた。

 

「毎度ながら、冷や汗ものですわね」

 

 昨日一日掛けて、ヤスミーンを休養させ体調も整えた。

 飼い葉もたっぷりと与え、全身を洗い清めて鱗も磨いた。竜はいつも清潔にしていないと、いつの間にか鱗の中に寄生虫が入り込んで病気になったりするので、こうした日々のケアは大切だ。

 二日近く放置してたので心配であったのだが、問題は無かったみたいでほっとしていた。

 

「さて、艦隊の集結ポイントは…」

 

 海図とコンパスを頼りに方向を定める。無論、これは津波前の予定に過ぎないので、実際は変更されている可能性が高い。だから予定ポイントを中心に周囲を回る必要があろう。

 

「旗旒信号確認。行きますわよ」

 

 直ぐには針路を取らず、エロンホーフェンの周囲をぐるりと旋回する。飛び立った後、時として追加として艦からの連絡があるからである。

 大抵の信号は、今掲げられた旗旒信号のような「飛行ノ無事ヲイノル」だのの激励だが、時として重要な追加の命令変更があったりするのだ。これを見落としたら任務の上で大変な事になりかねない。

 ビッチは周回を三回重ね。手元の小さな海図(気流に飛ばされぬ様に鞍の前に固定され、湿気を防ぐ為に油脂でコートされている)を何度も確認してから、目的地へと針路を取った。

 

「行きましたな」

「うむ」

 

 指導教官と艦長がそれを見送る。

 その近所に立つのはダニエルである。正確にはダニエルとクローバー。そして侍女達。

 

「空飛ぶって凄いね。えーと、り、りょうだっけ?」

「竜だ。正確には騎竜。草竜とも呼ばれるがな」

 

 クローバーはダニエルの肩に乗って一生懸命叫んでいる。肺が小さいので叫ばないと会話が成立しないのであるが、まだ生まれ立てなので単語が少し怪しい。

 ダニエルの訂正に、彼女は「りゅう、りゅう。うん覚えた」と何度か口に出して単語を繰り返す。侍女達はそれを微笑ましく眺めている。

 

「若様があんな風に他人に世話を焼くのは初めて見ました」

 

 ダニエル付きのテルミの呟きに、侍女長のアリエルが瓶底眼鏡をきらりと光らせて笑う。

 

「そうなのですか?」

 

 疑問を口にしたのはミモリ。こちらはダニエルでは無く、ビッチ付きの見習い侍女だが主同士が親しい関係で、自然と一緒に居る事が多くなっている。

 テルミが「ええ」と頷いた。

 

「人を見下す事の多い方ですから…」

 

 テルミも見習いの頃からダニエル付きに配されたのだが、かなり傍若無人で我が儘。身内か一定身分以上の者にしか配慮のせぬ、困ったお坊ちゃんな記憶しか無い。

 それでもテルミは持ち前の図太さで、ある意味、彼に対抗してきたのであるが…。

 

「まぁ、ダニエル様付きで残ってるのテルミと私くらいですね。

 神経の細い子や、精神的に弱い者は辞めたり、異動してしまいましたから」

「今度の士官学校入りになって、屋敷の侍女達は胸をなで下ろした筈ですよ。

 何せ、お付きの侍女は二人だけと規定されてますからね」

 

 必然的に他の侍女はダニエルの世話から外れる。

 ミモリは松葉杖を持ち直しながら、「大変ですね」と呟いた。

 

「まぁ、若様はあれはあれで、優しい方なのですよ」

 

 侍女長はそう断言する。

 アリエルだって尊敬する大侍女長に留意されなければ、とっくに辞めている筈だった。「戦闘侍女が、子供の我が儘程度をこなせなければどうするね?」と挑発されたってのもある。

 徹底的に我が儘を無視し、無理難題も「出来ません」「そうでございますか」と鉄面皮で要求をスルーして、今の地位がある。

 そして基本的に彼が強気を装っている事が判ってからは、気が楽になった。

 例え「言う事が聞けないのなら、お前はクビだ」と脅したとしても、実際にそれを実行に移す事は滅多に無かったからである。

 本当に辞めた時は前言撤回して頭を下げて来る。まぁ、そう言っても「お前が辞めたくないのなら、帰ってきて良いぞ」とツンデレ気味なのだが。

 

「俺も騎竜術を覚えた方が良かったかな」

「危ないよ?」

「心配してくれるのか」

「しんぱい…。えーと、それ何」

 

 まだ単語の意味を完全に理解してない彼女に、ダニエルは単語の意味を教えて行く。

 そうしつつ、『面白い』と彼は思う。妹分が出来たみたいだ。

 彼は末子であり、上に兄二人が居るだけである。ボルスト侯爵である父は領地の経営や政界に忙殺され、母は社交界へ顔を出すのに忙しかった。

 その為、跡継ぎでもない三人目の息子であるダニエルに両親が掛ける愛情は少なく、本当に手が離れる年齢になると乳母に任せて、殆ど構う事はなかった。

 彼は孤独であったのだ。権力に任せて横暴に振る舞ったのはその反動と言えた。

 もし彼の下に弟妹が居れば、そんな事はなかったのだろう。

 

「文字を教えてやろう。これからはヤシクネーだろうが学は必要になるからな」

「も…じ?」

 

 きょとんとした顔でダニエルを見返すクローバー。

 ダニエルは肩の上に乗る彼女に視線をやると、「ああ、同時に計算もな」と告げる。

 貴族には読み書き計算は基本である。この娘は自分と違って、読み書き計算を嫌う事はあるまいと踏んだ。

 彼は幼い頃、これが大嫌いで、散々我が儘を言って家庭教師を何人もクビにしたのだった。

 兄がやって来て、拳骨で制裁されたのも今は苦い思い出だ。

 

「面白いの?」

「面白いと思った方が楽しいぞ。そして自慢できる」

 

 クローバーの顔がほころんだのを見て、ダニエルも何となく愉快な気分になるのであった。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 伝令飛行なので低空を行く。

 高度を上げた方が空気の薄さから竜の負担が少なくなり、航続距離も増えるのだが、雲の上からでは合流予定の船団を見落とす可能性が高くなる。

 

「もう少し大きいと便利なのですけど…」

 

 ビッチは鞍の前に設置された地図板を操作する。

 海図の両端をスクロールにして張り渡してある。手元のつまみをくるくる回すと地図が上下にスクロールする仕組みである。

 騎竜に搭載する為にサイズは大きくない。ビッチはそれが不満であった。

 古代王国期は映像盤と言う物を映すマジックアイテムがあったらしく、それがあれば夜間でも鮮明に地図とかの映像が見れたらしい、との思いを馳せる。

 

「コンパス(方位磁針)は正常。速度は125Km/h…」

 

 速度計を見る。これは鞍から突き出した長い棒(ピトー管)の先に計測器が入っており、速度を知る事が出来る。古代王国期の物を参考して、最近導入された最新器材だ。

 でも、残念ながら誤差はあるらしい。高度を変えるとそれだけでも誤差が出るとの話で、ベテランの竜騎士ほど頼らずに己の五感を優先するのだが、ビッチにとっては大体でも速度を計測できる速度計は福音だった。時速数キロ程度の誤差ならば気にもならない。

 

「針路は良し。このまま進みますわよ」

「くぅーん」

 

 当たり前だが、騎竜の体力を温存する為に全速では進まない。

 一番体力を消耗しない巡航速度。滑空を主体として羽ばたかない経済速度を維持するのがコツである。

 本来ならば、高空の方が空気抵抗が少ないので有利なのであるが、前述の理由で雲の下を行かねばならない。

 だから合流予定ポイントまでは高空で飛行し、ポイント付近で低空飛行へ切り替えるのが王道なのだが、津波の影響で船団が予定以外の海域をうろついている可能性や、ついでに敵船団を発見するのも考慮に入れて、低空オンリーで行く事にしたのである。

 

「これで三時間程進めば…。ヤスミーン、退屈でしょうが頑張りますのよ」

 

 当然、ビッチも退屈である。島でもあれば少しは景色に彩りが添えられるのだろうが、残念ながら目の前に広がるのは青一色の大海原でしかない。

 飛び立ったエロンホーフェンも遙か後方。既に姿は見えない。

 それでも監視は怠らない。船影を発見すれば偵察は必要だし、物騒だが敵竜から奇襲される可能性もある。それに今は機位的にこちらが低位なので、危険性は高まっている。

 上下左右に視線を巡らす。幸い、今日は雲量が少ない。

 

「お弁当でも食べましょうか」

 

 二時間程飛んだ時、ふっと緊張を解いて彼女は騎竜弁当の事を思い出した。

 ヤスミーンと組んだ後、これほど長時間の飛行したのはこれが初めてだったのである。

 短距離飛行ならば十数回やって慣れていたのだが、やはり長距離飛行は緊張感が違う。何とか慣れてきたと感じた時、不意に空腹であるのを覚えたのである。

 鞍の物入れに手を突っ込むと、粗末なライ麦パンにハムを挟んだサンドイッチが出てくる。

 風に飛ばされない様にそれを慎重に口に運び、一口囓って咀嚼する。酸っぱい風味と意外に豊かなハムの風味が合わさって美味である。

 

「食糧事情はやっぱり厳しいのでしょうね」

 

 騎竜弁当のパンは最高級の物を使う規定になっている。これがライ麦パンだと言う事は、本艦で最高級の食材がライ麦パンだと言う事を指す。

 しかし、この味ならライ麦パンでも不満はない。五個用意されたサンドイッチをビッチは食べ尽くした。海軍軍人は早弁の才能も必要なのである。

 

「サンドイッチってテラ語でしたっけ?」

 

 何でサンドイッチと呼ばれているのかは古代の女傑、テラが名付けたとの話だけで、語源は不明な料理なのだが、軽食として世界中に普及している料理である。

 海軍でもこの騎竜食だけではなく、戦闘中に食べる戦闘食として採用されている。手で摘まむと言う、いささか不作法な料理故、貴族子女では嫌う者も多いのだが、公爵令嬢に似合わずにビッチは気にしない。これは幼馴染みの悪友の影響だろう。

 

「! 船影」

 

 ビッチとヤスミーンが予定通り船団に到着したのは、予定より半時間程早い時刻であった。

 

〈続く〉




今回は殆ど、竜の飛行になってしまった気が(笑)。
でも思うんですよ。竜が出てくる作品読んでも、鞍一つに竜騎士が乗ってるってだけって作品が多いので、地紋航法を使わない目印無しの海上を飛ぶ場合、どうやって自分の機位を測定したり、目的地へ向かう為の航法どうしてるんだろうって。
地図とかコンパス、そして速度計、高度計なんてのも必要だろう。寒さに耐えられる騎竜服や、騎竜ゴーグルなんかも要るだろうって。
初歩的だけど、WW1の飛行機乗り程度の装備は持たせてやりたいなと思ったので。

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