ただの士族令嬢がどうしてこうなった!
〈幕間〉
ラグーン法国とは中央大陸では珍しい宗教国家である。
古代王国滅亡から、中央大陸は未開の土地として困難な生活環境にあった。
野生の猛獣は無論の事、魔獣、魔族、と言った人智を越える化け物共が跳梁し、ヒト種を中心とする人間達の生活を脅かす。
そんなに中、大陸南西部の聖句魔法の使い手達が興した小さな開拓地、それがラグーン法国の礎となる。
彼らは白の神々の中でも、聖なる女神ラグーンを奉じて脅威に立ち向かって行き、ついには大陸全体に僧兵や神官を送り込んで、困窮する各地の民を手助けする。
やがてラグーン聖教会は、他国からの干渉から対外的な独立を護るべく、国家として立ち上がる。
中央大陸での宗教は様々なれど、ラグーン聖教会ほど組織立っている物は皆無であり、その権威は大陸中で広がっていると見て良い。
『エルダ地理誌』
〈エロエロンナ物語5〉
結論的に言うならば船と宿は無事だった。
例のクレイゴーレム共が襲ってきたんだけど、横合いから現れたファタ義姉の魔導攻撃に蹴散らされたわ。火炎魔法一発で掃討されていた。
「ああ、やっぱり。頭の中の笛の音が絶えていたから、こっちは無事だと思ったわ」
目の前には死屍累々、ではなくバラバラになった傀儡の残骸。
「予定よりも早く仕事が終わってね。で、埠頭へ行ったらこいつらが襲ってきたじゃない。身の程知らずだから吹っ飛ばしたら、油粘土みたいな身体で着火して良く燃えるから困ったわ。歩く松明って感じで」
ファタ義姉様はころころと笑った。今でこそ伯爵当主に収まってるけど、帝国との戦争では英雄だったんだよね。今は亡きあの方と結婚してなければ、もっと高い爵位を授けられていたに違いないわ。
「風鈴亭の方でも負傷者は出たけど、幸い死者は皆無って報告が届いてるわ。
さて、鑑定を始めましょうか?」
「こちらへ」
ニナが先導して船内へと案内し、雁字搦めに拘束されているサンプルを見せる。火球の魔法で吹っ飛ばしてしまったのに比べ、こちらは損傷が少ないからね。
「で、どう判断しましたか?」
幾つの鑑定魔法や、実際にいじくり回した後、難しい顔をして黙ってしまった女伯へ、あたしはおずおずと尋ねた。
「見た事の無いタイプ。かしら。普通のゴーレムなら魔力が感じられるんだけど、目の前に感じたこれには、何も無い」
考えられるのは一つか。
「まさか発掘兵器、ですか?」
妖精種すらこの中央大陸に存在していなかった時代。古代王国も建国されてなかった古い、古い時代に存在したとされる謎の超古代文明。
魔法を極めた古代王国すら凌ぐ奇跡の数々を体現せしめた。と神話にはある。
ホントかしら? あたしは眉唾って気がするんだけども。
でも、そんな文明の物品がたまに発掘される事が本当。殆どが単なるガラクタだけど、それでもごく僅かに機能する代物もあるの。
物騒な事に、作動する品の大半は兵器の類い。
一万年を優に超えるってどれだけ耐久性があるのって呆れるけど、今の世では、それらを発掘兵器と呼ぶわ。
これが厄介なのは、現世で主流の魔力で組み立てられた理が全く効かない点。
例えば、弓の無いクロスボウみたいな武器があって、引き金を引くと岩をも溶かす熱線を放つ。これに対しては防御用の魔導も無効なのよね。
高位ランクの攻撃魔法すら防ぐ結界魔法でも、構わず貫通してしまう。何故なら、発掘兵器は魔力を放つ物では無いからよ。相手の魔法を防ぐべく、魔力干渉によって威力を中和するプロセスが全く役に立たないから。
無論、魔法の中には通常の物理的打撃や熱を防ぐ結界や障壁もあるんだけど、発掘兵器はそもそも威力が違いすぎるらしく、易々とオーバーキル気味のダメージでこれらを無力化してしまう。
活火山の輻射熱から身を守れる数千度の熱に耐えらる障壁でも、発掘兵器が数万度の熱を与えて来るんじゃ、はっきり言ってお手上げだ。
「普通、使い捨てのアーティファクトでも、魔力が抜けた後の残滓が残るけど、こいつには魔力反応は皆無。なら、発掘兵器の類としか言えないわ」
但し、義姉は「そんな発掘兵器。あたしの知る限りでは初耳だけど」とも告げる。困惑しているのは明らかだった。
「ま、ゴーレムは脇に置いて、次の案件ね。フロル君?」
義姉がつい、と視線を移す。あたしとニナもフロルに注目する。
「説明責任を果たせ。ですね」
フロルは一旦目を閉じて、一呼吸を置いた。
「私はラグーン法国の聖教会から追われています」
ラグーン法国は、グラン王国の西に位置する半島に存在する宗教国家だ。
「知っての通り、法国は聖教の総本山です。聖句を使える女性は神官となり、使えぬ男性は神官を支援する法官となります。それは古代王国が滅亡した千年前よりの変わらぬ秩序でした」
「それが崩れたってのが、フロル君の存在だって訳ね?」
あたしの問いを彼はこくりと肯定した。
「貴方の存在は聖句を使えず、ずっと神官の下に位置していた法官達の野心を呼び起こすのに充分な火種よね。組織を維持する為に、その存在を消し去りたいのも分かるわ」
「女伯の仰る通りです。
私は教会の法官だった父と神官だった母の間に生まれた赤子でした。
その素質ゆえか、産まれて間もなく…ゆりかごに寝ていた赤子の時点で聖句を唱えたのだそうです。
父と母は無論、その場にいた人々は驚愕したそうです」
あれ? どことなく。
「あの、姫様」
「ニナも、聞いた事あるのね?」
これ聖教会が聖女として認定した、うら若い神官の誕生秘話っぽいわよ。確か、名はフローレと言った。
「両親は困惑しました。しかし、私が聖句を使えるのは事実。だから、本当の性別を隠し、対外的には女性として世間で通す事にしたのです」
でも、女装で生きたとしても二次性徴期を迎えれば限界は来る。だから、家族は口裏を合わせ、密かに法国を出て国外で生活する様に手配した。と彼は語った。
「で、今、法国で公式行事に出てこない聖女フローレ様は病死って筋書きか。
凄い国際問題を連れてきたわね。我が義妹は」
そんなこと言われて睨まれたって困るわよ。じゃ、どうするのよ。あの時ラーラ共々救助しないで、海の藻屑にせいとでも?
「私の事を知ってらっしゃったんですね」
義姉は当然頷く。
「そりゃ、法国があれだけ宣伝してる有名人だからね。それに立場的には法王と最高司祭の子。聖女として持ち上げられるのも宜なるかな」
聖女フローレの絵姿は見た事ある。もっと長くて豊かな御髪だったけど、多分、変装の為にばっさり切ってしまったのか。
「そう言えば、エロコは海軍士官学校へ入るのよね?」
「はい。二日後に」
だから、明日は納税とか手続きを済ませなきゃならないのよね。
「貴族子女は世話をする使用人が二人まで許されるんだったっけ」
これは寄宿舎で生活する規定になってるからね。自活能力に乏しい高貴な方々は、身の回りを世話する侍女が、寮への同居が認められている。
当然だけど、そんなのを何十人とぞろぞろ連れて来たら迷惑なので、人数は最大二人までに制限されている。あたしの場合、使用人はいなくても構わないんだけど、一応、士族の見栄とお目付役も兼ねてか、ニナが付けられている。
「エロコ、寄宿舎でフローレ様と同居しなさい。侍女追加の手続きは私が取るわ」
聖女様は大きく目を見開いた。勿論、あたしにとっては寝耳に水。
「良いのですか?」
「流石に貴女の国籍を偽って入学させる力は無いけど、侍女としてならお墨付きを一筆したためる程度は可能だからね」
えええええ!
「流石です女伯。士官学校は国立の、しかも軍の機関ですからね。法国の連中もそうそう手出し出来ないでしょう」
ニナまで賛同しちゃってるわよ。
「侍女は入学前に先行して寄宿舎へ入り、主人の生活環境を整えておくから明日にでも入寮出来る。そうだったわね?」
「はい。ニナは荷物と共に赴く予定でした」
「ファタ義姉様。あの…」
おずおずと声を掛けるけど、ぶつぶつ呟いてる義姉に無視された。
「マルグリッドに情報伝えるべきよね。流石にここまで大きくなると、一伯爵家で収まる様な事態じゃないし…。エルン兄様にも連絡しなきゃ駄目か。
ニナ、その線で準備を進めて下さらない?」
義姉様、仕切らないで下さい。
「了解しました。女伯」
こら、ニナ。貴女、私付きの侍女で女伯の部下じゃ無いでしょう?
「エロコ。これはエロイナー伯爵からの命令です。楽しい学校生活を送りたいなら、貴女に拒否権はありません」
無いの。拒否権無いのね。立場弱いなぁ、あたし。
◆ ◆ ◆
学校生活が始まろうとしていた。
その間、税関系の役人が訪れて「聞きしに勝る老朽船だ」と、うちの船を馬鹿にした上で、納税のやりとりを完了させたり、船長達とラーラが挨拶に来たりと色々あった。
むかっ腹は立ったけど、役人に『うちは貧乏です』的な印象を与えるのには成功したわね。それから義姉様と共に王城へ登城します。
「最近は大きな行事以外、私もあんまり来た事無いのよね」
と仰ってますが通い慣れた道なのか、ファタ義姉様の態度は堂々とした物。
流石に王城の建物は大きく華美で、敷地面積も広い広い。ルローラ領では一番立派な我が家の館がまるで犬小屋だわ。
「建物がお菓子みたいですね」
建物全体が淡い桃色なのよ。
「桃石ね。高級建材よ。王族ってお金持ちだってつくづく思うわ」
ファタ義姉様は言いつつ馬車を降りた。ここからは徒歩だ。エスコート役の騎士が出迎えてくれて、あたしと義姉が宮廷の先へと進む。
謁見の間は使われず、通された先はマルグリッド王妃の私室だった。
エスコートの騎士は一礼すると、あたし達を残して扉の向こうへ消える。
「ファタ。良く来てくれました」
絵姿でしか見た事の無い王妃様本人がそこに居たわ。紫色の髪の毛をストレートで流し、純白のドレスに身を包んだ美女。
ヒト種でありながら四十代とは思えない若々しい容姿に圧倒される。
「王妃様もご機嫌麗しゅう…って、挨拶は省いて本題に入っていい?」
人目がないからって態度を変えすぎです。
「相変わらずね。そちらが義妹さん?」
苦笑する王妃を見て、あたしも「エロコと申します」と自己紹介する。
「聖女様は侍女として既に士官学校へ送り込んだわ。法国がどんな事をするかは予想も付かないけど、王国軍相手に無茶はしないでしょ。で、ギースは?」
王妃はかぶりを振った。
「生きては居るわね。昨日、手紙が届いたの」
「へぇ、で内容は? エロコには聞かせて良いわよ。もう悪巧み仲間の一員だから」
これは、あたしを足抜けさせない思惑もあるわね。
「何やら何処かの組織に潜入中らしいわね。国を転覆する悪巧みの証拠を掴む為とか書いてあるわ。かなり大がかりな陰謀が進んでるらしいの。ローレル、説明を」
カーテンの影から一人の男が歩み出た。青年、と言って良いだろうが、鎧を着ているのに、足音もさせずに現れた身のこなしが尋常じゃないわ。
「失礼。我が名はローレル。密偵として陛下に仕え、本日は伝令を仰せつかっております。敵組織の黒幕は恐らく国家に匹敵する大規模な物。陛下はこれを内々で収めたい意向です」
敵は王国に内乱を起こさせたいらしい。恐らく帝国が背後にいると睨んでいるが、それだけではなく別の思惑もある。と彼は報告する。
「別の?」
彼は黒髪をさらりと揺らして頷く。
「は、女伯。我が国だけではなく、同様な工作が法国と帝国でも見られるのです。
例えば、法国内での内紛。あれは前国王陛下の崩御とほぼ同時期に起きております。帝国軍の動きが活発化したのも…」
「帝国軍の挑発はお父様の崩御に端を発した示威行動では?
何でもかんでも陰謀に結びつけるのは危険ではありませんか」
マルグリッド妃が口を挟む。でも、ローレルは首を横に振ったわ。
「動員された軍の数が桁違いなのです。その数、約五万。
突発的に動かせる兵数ではありません。しかも、まるで何年も掛けて補給段列を整えたとしか思えない程、兵站が整えられている」
約五万人か。確かにねぇ。
周到に準備しないと動かせる軍勢じゃないのは確かよ。首都が丸々動いているに等しい人数じゃない。
「とんでもないわよね」
義姉は天井を見上げる。仮に消費するのが糧秣限定だとしても、その五万人分が食べる食料が一日何トンになるのか想像するに恐ろしい。
「我が方も警戒を出していますが、何故か軍の動きが鈍いのです」
平時の軍隊はそうそう動けないと言うのはある。駐屯地周辺の治安維持任務もあるからと、前述の補給の問題。
糧秣が手元不如意で動けば、大軍が動くと進撃路沿い村々が食料徴発で飢餓になりかねないからだ。
けど、それにしても動きが鈍すぎる。らしい。
「帝国軍はまだ露骨に国境付近に配置されてないだけはマシだけど、それだけに危機感が薄いのか。はたまた、既に調略されているのか…」
女伯が言いよどむ。
「或いはこれを辺境伯他、北方貴族の力を削ぐ為の奇貨として利用を目論んだ者が居るか、でしょうか?」
「女伯の義妹殿は、ご慧眼ですな」
ローレルは感心した様に頷く。あ、しまった。出しゃばりすぎたかしら?
「帝国寄りの北方国境線には、勢力家が多いと聞き及んでいますので…」
取り繕う様に発言するが、これは本当の事。
帝国との国境近辺には辺境伯、或いは侯爵以上の大貴族の領地が多いのよ。万が一、攻められた際に大兵力が必要な為と、王都から大貴族の影響力をなるべく受けない為でもあるわ。
王都への移動にお金を使わせて街道沿いを富ませるとの噂があるけど、それは半ば眉唾のガセと思うので、この際考慮しないわ。
「この件に関して、ギースは何と?」
ファタ義姉様が口を出す。
「陛下は内通者の推定をなされている様でした。ただ、まだ大事にはしたくないとして、証拠固めに間者を放っている段階です」
「それは重畳。既にあんた以外の『闇』も動いてるのね」
ローレルは頭を垂れた。この人、噂に聞こえた王国間諜部隊『闇』の一員なのね。
「さて、聞く限り、私らにはまだ手出しが出来る状態じゃないわね。軍主力は難しいにしても、遊撃部隊は北方へ送っているのでしょう?」
「その点は抜かりはないわ。連隊規模を三つ。
万が一侵攻があっても、一個師団程度なら二日や三日は支えられる筈です。それより、そちらの厄介事の件だけど…」
「聖女様ね。エロコの侍女として潜り込ませる事にしたわ」
王妃様と義姉が会話を交わす。
「フォローは?」
「要るわね。法国は国際問題になるから手出しを控えるとしても、ギースが目を付けた組織が関わってるとしたら、あそこが国軍施設だろうが無関係で襲って来るかも知れない。さりげなく何人か護衛役を回してくれると助かるわ」
「陛下が全力で酷使してるから、今の『闇』に余剰戦力は無いわ。
暫くは無理よ。エロイナーの方で何とかならない?」
「侍女はもう増やせないわよ。
うちは商家だから元々、軍事力は低いし、エルン兄様は国境に掛かりきりでしょう。ルローラ本家、母様はこの手の事に無関心…」
関わり合いになるなって話になるでしょうね。
「他の貴族に当るのはどうかしら。今年はロートハイユ公爵家の令嬢が入学してるし、あの辺りなら親戚だから顔も利くわ」
ロートハイユ家は南部の大貴族。六大公爵家の一つで立ち位置はやや中立ながら、派閥は正妃派と見て良いだろう。
「情報漏洩の点から、あんまり他家、それも有力貴族を巻き込むのも気が引けるわよ。それもロートハイユ公爵じゃ、貸しが大きくなりそうだし…」
確かに有力貴族であるロートハイユ公を味方に入れれば心強いが、見返りに何を要求されるかが怖い。
「王妃様。発言をお許し願えますか?」
女伯と王妃様がうんうん頭をひねっている時、唐突にローレルが口を開く。
「構いません」
「私的な人材ですが士官学校の内部に宛てがあります。『闇』ではありませんが、それなりに何でもこなせる人物です」
「あら…」
「へぇ」
意外な顔を見せる二人。義姉様はローレルへ向くと質問をする。
「宛ては確実なのかしら?」
「これから問うてみるので確約は出来ません。何しろ、裏社会のそれを生業とする玄人でもありませんから。
が、頼めば無理は利くと思いますし、腕も及第点は行く筈です」
女伯は顎に手を添えると目を閉じる。
暫くして「では頼みます。『闇』の推薦ならば、期待は裏切らないでしょうし」との言葉。
まぁ、ゼロよりはマシとの判断ね。
その後も話し合いは続いた。
ちなみに納税の報告は簡単に片付けられてしまったわ。献上した書類をぺらぺらと王妃様が確認するだけであっけなく。
「ご苦労様です」との労いの言葉は頂いたけどね。
そして半時後、あたし達は王宮を後にする事となる。
〈続く〉
発掘兵器登場です。
ようやく、タグの「超古代文明」が出せました。
しかし、例に挙げたあれ、どう見ても「超文明(ピー)銃」(By古き歯車)ですね(笑)。