今更ながら、ダニエル達は物凄く濃い『実践』学習をしてると思う。
よくある目の前にステータスが浮かんで可視出来るチート小説みたいな仕様だったらば、スキル的に物凄く上がってる筈だよなぁと、書いていて思う次第だったりします。
〈外伝〉実習航海8
それは異様な物体だった。
黒い、漆黒と言って良い様な色をした巨大な塊。
形は南洋で目にするシャコ貝に似ていたが、二枚貝の間からは無数の触手状の物が出ており、うねうねと蠢いている。
そして貝殻の下からは百足を彷彿させる、足の生えた長い胴体が連なっていた。
頭らしき物はない。
敢えて言うのならシャコ貝の部分が頭に相当するのかも知れないし、もしかすると、本当の頭部が貝の口の中に引っ込んでいるのかも知れないが、それは窺い知れぬ。
「何て大きさ…ですの」
ビッチは唖然としていた。
この怪物…。怪物だろう、おそらくは、は上空から監察しただけでも、サイズは大型帆船の数倍はあろうからだ。
ちなみに、現代で知られている中央大陸最大の船が全長80mである。超古代文明は全長300mにも達する途方もない大型艦船を有していたとも言われるが、それに匹敵する大きさだ。
「ヤスミーン。気が付かれない様に降りますわよ」
幸い、あの怪物が位置を占めるのは山の反対側だった。ガリュートらに知らせねばと焦りつつ、乗騎に声を掛け、ビッチはフロリナ山を回り込む様にして高度を下げる。
◆ ◆ ◆
「竜か、騎竜みたいだな」
騎竜であれば脅威にはならないなと教授は考える。
真のドラゴンならブレスを吐いたりして厄介だが、人間に飼い慣らされた亜竜の類いなら、この海魔ならば問題にならない。
噛み付こうが、引っかかれようが全ての攻撃は通用しないからだ。
「ふん、墓守の理論は合っているのか…。竜脈は変動を起こしている」
手元の計器に目を落としながら教授は呟いた。
これが引き起こす莫大なパワーを何に使うつもりなのか、墓守の意図は分からない。
だが、これが本番ではなく、単なる事前調査である事なのは予想は付いた。それが必要になる程の計画が、これから進められるのだろうと。
「あの墓守の事だ。何年先になる事やら…」
古代王国風の姿をした姫チックな妖精族を思い起こす。
種族的な特性もあって、信じられない位に息の長い計画を立てる。百年単位も珍しくない。時間の感覚が違うのだと判っていても、どうにもまどろっこしい。
「ま、今回の事は帝国とも何かあったと見ているが…」
結社による幾つかの計画が同時進行しているのは感じている。法国や王国を巻き込んでの陰謀に自分も荷担しているからだ。
帝国からの要請で王国沿岸地帯にダメージを与えるのも視野に入っているのだろうと思う。
実際、今回の津波で王国は相当の被害を被っているはずだ。
「仕上げを急がないとな」
海魔は唸りを上げている。触手群は土中に潜り込み、マグマの圧力を高めて行っている筈だ。
このフロリナ火山を爆発させるのに、あと数時間足らずだろう。
◆ ◆ ◆
「出てこないんだがな」
ヤシクネーの幼生体にダニエルはお手上げと行った様子だった。
クローバーと名付けられた子供は、あれから乳を飲み終えると、再びダニエルの胸ポケットへと籠城してしまったのである。
「気に入ったんだよ」
「気に入ったんだね」
イマーイとアリーイが声を揃える。
皆で食堂へと移動し、粗末ながらも与えられた配給食をぱくぱくと食べている。オートミールみたいな粥で、ダニエルに言わせると『家畜の餌』みたいな物だが、彼女らは粗食に慣れている様子で、文句も言わず口にしている。
「困るぞ」
「あれ、ダニエルはクローバー嫌い?」
「そうじゃない。軍務で邪魔になるからな」
万が一、ぶつかったりしてポケット内で潰してしまったりすると寝覚めが悪い。
生まれたばかりなのでまだ身体がぷにぷにで、硬い外殻に覆われていないから尚更である。
「そっか、クローバー、クローバー」
イマーイが語りかける。ポケット内のヤシクネーがひょこっと顔を出す。
「クロー…バー?」
「そっ、貴女の名前はクローバー」
自分を指さすイマーイに、首を傾げるクローバー。
真似して自分を指さして「クローバー」と名乗り、やがて自分の個体名として認識した様だ。
ヤシクネーに限らず、外敵から身を守る為に魔族は学習スピードが速い。やがて、幾つかの単語を理解して、言葉らしき物も操れる様になる。
「うん、お利口。お利口」
「さっすが、あたしの姪だねぇ」
ダニエルは置いてきほりだ。ヤシクネー達だけで盛り上がっている。
構わず彼は士官食を食べる。士官食とは兵食と違って『自腹を切って食べる食事』であり、基本的に士官にのみ許されている贅沢だ。
内容は兵食よりも数段上だ。国内ならばレストランに出てくる様な品々に、高級なワインやらブランデーやらも付いている。
それでも彼にとって、この食事は『実家で食べる品に比べて数段劣る』内容なのだが、兵食に我慢出来ないダニエルは毎回、士官食しか頼まない。
ここら辺が兵食で文句を言わないビッチとは違う、お坊ちゃんであるのだろう。
「しかし、この飯もいつまで食えるのか…」
タルタル付きのエビフライを賞味したダニエルは嘆く。
難民が押し寄せているのだ。この船だって食料の統制が入るのも時間の問題であろう。士官食は今日限りで終わりになりそうだとの予感が働いている。
酒保で酒を買い占めたいが、既に統制が入ってしまっているのを、さっき知ったばかりである。艦長であるエッケナー大佐の行動の素早さを恨む。
「そう言えば、タカトゥク殿は?」
「お姉ちゃん、具合が悪いって寝てる。産婆のおばあさんが見てくれてるけど」
アリーイが口を濁す。具合が急変したのだ。
「元々、お姉ちゃん、丈夫な方じゃなかったし…。だから、御飯持って行くんだ」
「そうか…」
そこへ伝令がやって来る。
メガホンに口を宛て「船が接舷するので、避難民番号300番までは移乗せよ」と大声で伝える。 ダニエルはイマーイ達の番号を聞いた。
すると『281』と『323』との答え。
「どうしよう。姉妹がばらけちゃう」
「何とかしよう。甲板へ上がってくれ」
とにかく甲板に上がると、右舷に大型のキャラベル船が見える。
あれが接舷する船らしい。ダニエルは艦尾の操舵甲板に艦長を見つけると近寄った。
「マールゼン商会のケージー9世号。接舷します」
「慎重にな。タラップの用意を急がせろ」
指示を飛ばす艦長。
指揮を邪魔する訳にも行かぬので、ダニエルは暫く待つが、二人のヤシクネー幼女はお構いなしの様だ。「ねーねー」とか、「艦長さん、お願い聞いて」とか話しかける。
「こらっ」
側に立つ従兵が怒るが、艦長はそれを遮って「何の御用かな?」と幼女らに問いかけた。
ダニエルも加わり、汗を拭きながら説明する。
「それは大変だな。わしも離散家族を作るのには反対だ」
「はっ、出来れば彼女たちと、姉のタカトゥク殿も一緒に移乗組へ入れられませんか?」
大佐はカイゼル髭を撫でると「ふむ」と一言。
「ケージー9の方とも相談しなくてはならないが…」
言いつつ、接舷の終わった相手商船の方に視線を向ける。
タラップが渡され、商船の方から船長クラスの責任者達がこちらへ移乗してくる所であった。
と、そこでイマーイが歓声を上げる。
「ケージー・マールゼンっ、あたしよ、イマーイよ!」
「え。ケージーって姉さんの…」
アリーイの方はぽかんとしている。すると移乗してきた相手方の方にも変化が起こった。
先頭の若い男が駆け寄ってくる。
あっという間にラッタルを駆け上がると、息を切らせて「イマーイ、無事だったのか!」と叫び、対してイマーイも「姉さんが乗ってるわ」と返答する。どうやらこの二人は顔見知りらしい。
「失礼しました。私はケージー・マールゼン。マールゼン自由貿易船団の長です」
「ケージー9世号の船長、スコーピオンじゃ」
どっしりとしたドワーフの船長と挨拶する優男。中原風の格好をした青年で、歳はダニエルよりも十は上に見えるが、『この若さで船団を持ってるのかよ』との嫉妬も芽生えてしまう。
そう言えば、マールゼンって何処かで耳にしたと思ったが、こいつがそうかと改めて驚く。
モテそうな奴だなと思いつつ、ダニエルは他の士官と共に敬礼を返す。海軍士官は常にスマートに、紳士たれがモットーなのだ。
「練習艦エロンホーフェン艦長、エッケナーだ」
艦長と船団主が言葉を交わす中、イマーイはアリーイに「お姉ちゃんを連れて来て」と命令し、やがて甲板下から具合の悪そうなタカトゥクが姿を現した。
優男は交渉をドワーフの船長に任せて、彼女の元へと走って行く。
「ダニエル士官候補生。先方の許可が出た。その姉妹達は全員移乗だ」
「はっ」
敬礼。これで肩の荷が一つ下りたと感じる。
良かったなとアリーイの肩をぽんぽん叩くと、改めてはっとなって「有難うございます」と礼を述べる姉妹。
タカトゥクの方も何やら泣いているが、あの優男に慰められているのが分かった。「家族が殆ど見付からない」「ミドーリ達もか?」とのやりとりが切れ切れに耳に入った。
移乗は速やかに行われた。ヤシクネーを含む300人近い人数だが幸い、マールゼン商会の船は大きく余裕はありそうである。
「ありがと、ダニエルさん」
「バイバイー、元気でねーっ」
両船が離れて行く。イマーイ達は元気よく手を振っているが、タカトゥクの姿は見えない。やはり具合が悪いのだろうかと心配する。
「無事に過ごせれば良いがのぅ…」
「あんたは乗らなかったのか」
隣にあの産婆が居るのを意外な目で見つめる。
産婆は「わしは401番だったでの」とカラカラ笑うが、真顔に戻り、「わしの見立てが外れれば良いが、恐らくタカトゥクは長くない」と告げて目を伏せた。
「まさか…」
「脱皮と出産が重なっただけでも失った体力消費は膨大じゃ。それを補えれば助かるが、聖句魔法でも駆使せぬ限り、状況は絶望的じゃな。
向こうの船に聖句使いが居る事を祈ろうぞ」
改めて彼は、遠ざかりつつあるケージー9世号に目をやる。
バニー本島も状況的には同じだと予想し、かの船は本土に向かうとの話だ。
大型キャラベルであろうが基本的には貨物船である。それに乗員を満載しているのだ。元々搭載している食料や水も少ないだろう。当然、配給も乏しい筈だ。
無論、タカトゥクは船団主の彼女なのだろうから、船室や食事の扱いが、それなりに厚遇されるとは予想出来るのだが…。
「ところでお主、そいつをどうするのじゃ?」
「そいつ?」
そう言いかけた時に、「ふわぁぁ」と欠伸が胸元から聞こえ、胸ポケットから寝ぼけまなこのクローバーがひょいと顔を出した。
◆ ◆ ◆
「怪物?」
ガリュート達の反応は微妙だった。
そりゃそうだろうとビッチも思う。自分が当事者じゃなかったら、こんな荒唐無稽の話なんか信じられない。
この山の後ろに巨大な化け物が居て、火山に取り付いてるなんてのは。
「ええ、とにかく監視をせねばならないと思いますわ」
「あの…逃げた方が良いと思うんですけど」
反対、約一名。ミモリの判断は民間人としては正しい。
だが、悲しい事にビッチ達は軍人だった。まずは敵の正体を繰り、可能ならば正体を看破して報告するのが義務なのである。
「却下。でも、わたくし達の事情ですから、ミモリはお逃げなさい」
「母艦は無事だったのでしょう。一度、班長は騎竜で帰還して報告した方が…」
「えーっ、嫌ですよ。皆さんと離れるなんてっ!」
ここまで来たら一蓮托生だとミモリは思っていた。
どの道、松葉杖頼りのこの脚では長距離を走破出来ない。ボートは操れるけど、一人で行動するのは心細い。そして、もしも密林に住む魔物や猛獣に出会ったら助からない。
魔族のヤシクネーだからと言っても、ミモリは傭兵やクエスターである姉らと違って、普通の女の子なのだ。立派な武器になる大きな鋏を振り回しても、突然、岩猪(ロックボアー)が突進してきたら勝てる気がしない。
と考えた時に、思わず『岩猪、ステーキにすると美味いんだけど…』とか変な連想してしまうのは、妄想癖があるミモリの悪癖だ。
「地上から近づくのは危険ですわ。やはり、竜でもう一度上空から偵察しましょう」
「複座に出来るなら、ご一緒します。ミモリはここでボート番を…」
「だから、あたしを独りぽっちにしないで下さい!」
妥協案。
ビッチが空から偵察。ガリュートとミモリはボートで港へ。
危ないと判断したら、ビッチは即待避。一目散に母艦へと向かう。
「これで宜しいですわね?」
確認する公爵令嬢。腕を組むガリュート。やや不安ながら、こくこくと頷くミモリ。
そこへ大地が揺れを伴って、再び鳴動する。
余震か、それとも火山の脈動か?
だが、それは別の物であった。視界の先にある地面が突如、ミミズ腫れの様に盛り上がると、こちらへ一直線に向かってくるのである。
「な、何だ?!」
流石の怪現象に焦るガリュート。
それは前進を続け、彼らからほんの数十mの所まで到達した時に変化が現れた。
大地が裂け、太く、黒々とした鋼鉄のミミズが姿を現したのである。
高さは10mにも達しようか。そいつが鎌首を上げてビッチらを睥睨する。気弱なヤスミーンがバタバタと翼を動かし、逃亡しようとするのをビッチは慌てて制御する。
「ほぉ、こんな所で再会するとはな」
士族の彼女には、忘れられない聞き覚えのある声だ。
「こちらこそ、こんな所で会えるとは思いませんでしたわ」
吊り目気味の眼が、鋼鉄のミミズをきっと睨み付ける。
事情を知らぬ残りの二人が困惑する中、ミミズの頭部に黒衣の異様な姿をした男がぬっと現れた。
〈続く〉
てな訳で、無事にSS9〇00とK〇9は結ばれました。って誰が判る(笑)。
一応、航海編でのトイズ家とはこれでお別れです(その内、出そうだけど)。
いえ、一人を除いて…。
クローバー「クローバー、コンビネーション・ゴー」
ちっちゃな身体でしゃかしゃか走る。
クローバー「クローバー・イン」
お人形の鎧を着る。甦るヤシクネ戦士!
クローバー「クローバー・フォロー!」
やっぱり、人形用の斧槍を構える。
ダニエル「何をやってるんだ?」
クローバー「戦闘訓練よ。あたしがダニエルを守ってあげるんだ!」
とか、戦場で戦士の肩に乗って騒ぐ、妖精的なマスコット役になりそうな予感。
そーいや『ダンバ〇ン』のスポンサーも、かの会社だったっけ?