エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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津波など、やや陰惨な描写が含まれます。
読む際にはお気をつけ下さい。
 
追記。
フロリナ島について設定漏れがあったので矛盾を修正。


〈外伝〉、実習航海5

〈幕間〉バニー諸島

 

 グラン本土の南方海上にある諸島群。最大のバニーアイランドは南北に350km、東西に200Kmの長さを持った大型島であり、本土とは約170kmほど離れて位置している。

 本島の西側には小さな群島が無数にあり、それぞれ探索や開拓が進められているが、未だその全容は明らかになっていない。

 気候は亜熱帯性である。本土には見られない植物群が茂り、珍しい珍獣も生息するが、これもまだまだ未調査段階である。

 

 バニー諸島の記録が初めて現れたのは古代王国期である。

 今から約五千年前。魔族戦争を通じて勇名を馳せた亜人種、ウサ耳族、ネコ耳族が開拓に入ったのが最初とされている。

 それを象徴としてバニー諸島と名付けられたのだが、それはその島々に興味を示す者が当時居なかった印でもあった。

 それは島特有の風土病が酷かったからである。 特にヒト種は罹り易く、古代王国はここを流刑の島に定めた程であった。

 しかし、ウサ耳族は風土病には耐性があったらしく、感染する事はあっても命を落とす程の症状は見られなかった。これは他の妖精族や亜人種も同様だったのだが、妖精族は本土との気候と植物相のあまりの相違からこの地を好まず、他の亜人種達も先行したウサ耳族に対する遠慮から、大規模な以上は行われなかった。

 例外はウサ耳族と同盟を結んだ魔族、ヤシクネー族である。

 これは本土を含む大陸では差別対象になっていた事が挙げられる。魔族の中でも温厚な種族なのだが、外見からどうしても忌むべき者と認識されてしまうのである。

 また、気候がヤシクネー族の食料である椰子類栽培に適しており、更にヒト種を含む他種族がごく少数である事も生活環境に合致し、彼女たちはほぼ一族郎党全てがバニー諸島へと居を移した為、今では本土でヤシクネー族を見かけるのは難しい。

 

 古代王国滅亡後、島は本土同様に群雄割拠の時代が長く続いたが、グラン王国成立後に行われた女王の親政で本島の勢力は王国の支配下へと組み込まれる。

 新暦630年代の事であった。王国がこの地を長年放置していたのだが、バニー諸島を根拠とする海賊の跳梁と、バニー諸島が生産する特殊な生産物に気が付いた為である。

 特にルネサンス時代に復興したゴムの生産には、この地は必要不可欠とされ、竹糖や麻に椰子類。実芭蕉を筆頭とする果実類などが注目されたからである。

 大規模な移民団による本格開拓も行われ、今ではウサ耳族以外の者、特にウサ耳族に対抗意識を持つネコ耳族が大挙して押し寄せてきている。

 但し、摩擦を避ける様にして、ネコ耳族が向かった先は本島ではなく、未開拓の群島の方が主である為(これには属領の統治問題をややこしくしたくない、王室の意向もある様だ)、大規模な衝突は今の所、起こっていない。

 

 宝島とも言えるバニー諸島であるが、その重要性は近年、他国にも認識されており、特にマーダー帝国が食指を動かしているともっぱらの噂である。

 もし、だが、仮に王国と帝国が大戦を起こしたら、今度はバニー諸島を巡る制海権の取り合いになると危惧されている。

 これだけ豊かな資源を、王国一国に独占させておく事は無いと帝国が思うのは当たり前であろう。揚陸作戦すら展開される危険も高い。

 王国、正確には現国王ギース陛下が王海軍士官学校を設立し、海軍士官の育成に力を注ぐのも、これに対する対抗策と見るのである。

 

デボルド・ボロナード著、『新暦1003年のバニー諸島考察』より

 

 

 

〈外伝〉実習航海5

 

「大丈夫ですの?!」

 

 宿屋が瓦礫と化すのは一瞬だった。

 元々、耐震構造なんて観念の無い世界である。強い横揺れを食らった建物の多くは、あっけなく倒壊していった。

 

「な、何とか」

 

 こちらも瓦礫の中から顔を出したガリュートは、班長の問いに答えていた。

 怪我は無い。この建物が軽量の竹や椰子の葉が素材で南洋風な造りであった為に、上から重量物が落下しなかったのが幸いした様だ。

 

「とにかく外へ出ますわよ」

「はい」

 

 残骸を乗り越えて外へ出る。

 そこには命からがら脱出してきた民が呆然と立ち尽くしていた。

 

「負傷者は多いようですね」

「でも、大怪我した者は少ないですわね。これが大陸の石造構造物であったなら、こうは行かないですわね」

 

 石壁や太い梁が落下して押し潰される者続出だろう。

 そして住民の中に強い外骨格を持ったヤシクネーが多いのも幸いしていた。

 

「とにかく救助活動をしませんと…。あそこですわ」

「しかし、この場合、速やかに帰艦しないと」

 

 さっきの宿屋からうめき声が聞こえる。ビッチは瓦礫を取り除くべく戻り、手近な瓦礫を除去し始めた。宿屋の中に閉じ込められてる者が居るのは確かだ。

 

「大丈夫ですの?」

「あ、あしが挟まれて…助けて」

 

 誰何すると弱々しい答えが返ってきた。若い女の声である。

 ビッチはガリュートへ「何か、照明を」と要求し、彼は近場の火事場へ走って行く。そう、火災も起きているのだ。

 

「大丈夫ですわ。直ぐに助かります」

「あ、ありがとう」

 

 元気を出して貰いたいとかけた声に対する返答は、かなり弱々しい。

 と遠くから「おーい、津波がくるぞーっ!」との叫びが耳に入ってきた。

 

「船を出せ」

「高台へ逃げろ」

 

 すると被害の大きさに呆然としていた付近の住人に動きが起きた。

 周囲がにわかに騒がしくなる。火事の火を消そうとしていた者達が、住人の救出に当たっていた者達が、持ち場を離れてどんどん逃げて行ってしまう。

 

「班長、俺達も避難しましょう!」

 

 松明を持って帰ってきた副班長が肩を掴んだ。

 

「何を言ってますの。彼女を捨てて逃げる訳には」

「津波です。多分、大津波なんです」

「ああっ、もう、津波って何ですの?!」

 

 王国では地震は滅多に起きず、よって津波の概念も浸透していないのである。

 松明の光によって、かろうじて照らされた奥に血塗れの顔がにっこりと微笑んだ。瓦礫によって負傷しているらしく、全く身動きが出来ない様だ。

 

「有難う。でも逃げて下さい。あたしを置いて行って下さい」

「何を馬鹿な事を」

 

 ごぉーっと言う不気味が音が耳朶を打つ。

 ガリュートは『ああ、いよいよだ』と覚悟して、周辺に使えそうな物がないかとサーチする。だが看板、タライ、大きなテーブル、ガラクタばかりだ。

 しかし、神は彼を見捨てなかった。半壊している物置の横に古ぼけたボート。恐らく、昔は現役だったのだろうが、幾艘も積んであったのだ。

 

「くそっ」

 

 彼は松明をその場に置いて駆け出し、ボートを固縛しているロープを外すと、舟達はがらがらと崩れる様に地面へと落ちた。

 その中の何隻かをひっくり返し、損傷程度を素早く見極める。

 穴が開いている物。船体が損傷している物は駄目だ。最低でもきちんと水面に浮かび、沈まない舟である必要がある。

 

「班長っ、こちらへ!」

 

 ようやく眼鏡にかなった舟を見つけ、数本の櫂を適当にボートへ放り込んだガリュートが叫ぶ。

 

「さようなら、あたしの脚っ! ぎゃぁぁぁぁっ」

 

 彼が振り向くと同時に凄い悲鳴が上がる。

 やがて瓦礫の中からビッチが立ち上がり、重い物を引きずる形で現れる。。

 

「ガリュート、手をお貸しなさい」

「彼女は…?」

「話は後。わたくしだけではこの娘は重くて引きずるのが精一杯ですわ」

 

 彼女が引きずっていたのは気絶した少女。しかも、ヤシクネーであった。

 まだ成人前だろうが重いのも頷ける。六本の脚の内、左側の一本が切断されており、赤い血がしたたり落ちている。

 手を貸して何とかボートに全員を乗せた所に、とうとう水がやって来た。

 最初は足元をぬらして行く程度の穏やかな増え方であったが、どんどん水かさが増して勢いも激しくなって行く。

 がくん、とボートがごつごつと船底を擦りながら動き出した。浮力を得て水面へ浮かんだのだ。

 

「流れに乗ります。何処へ行くかは見当も付きませんが…」

「任せますわ。聖なる癒やしを与えん。【治癒】」

 

 茶色の体色をしたヤシクネーの止血と共に聖句を唱えたビッチは顔を上げた。流血は止まったものの、彼女の腕では脚の再生は叶わない。

 街を水が洗っていた。ボートは木の葉の様に揺れて島の内側へと押し流されて行く。月明かりの惨劇の下、しかし、まだ彼らは生きていた。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「前方より大波っ!」

「艦首を縦に向けろ。あれを乗り越すぞ。面舵もどーせー」

「もどーせー」

 

 うねりと共に巨大な大波が前方より迫ってくる。

 エロンホーフェンは波に向けて正対すると、急坂を上がる様に大波の上を乗り越えて、続いて俯角を付けて真っ逆さまへ突っ込む。

 加速度が凄い。飛竜乗りに言わせればトリム/ツリム30°の角度で上昇、降下をやっている様な物である。士官候補生の中には吐き出してしまっている者もいる。

 

「凄ぇ、気分が悪い」

 

 ダニエルは口元を拭うと再び立った。当直では無いが、こんな時に大人しく船内でじっとしては居られない。

 第10班の者は欠員無しだが、負傷者が若干出てしまっているのを確認している。それに対してはほっとしているが、問題は第14班の方だ。

 その班長と副班長の姿は帰還した者の中には居なかった。

 ビッチ付きの侍女二名も「うちのお嬢様が見当たらないのです」と、半狂乱になっているのを確認している。

 

「冗談じゃねぇぞ」

 

 教授の罠もかいくぐった仲間が、そう簡単にくたばってたまるか。

 心の中で高笑いしている令嬢に問う。『俺達には輝かしい未来が待ってるんだ。そうだろう、ビッチ・ビッチン?』と。

 

「ダニエルっ、手空きならミズンの操帆に付いてくれ」

 

 伝令が用事を伝え、彼は「了解した」と返して駆け足でミズンマストへの配置へ就く。

 助かった。この間手持ち無沙汰なら気が狂いそうだったからだ。何かの任務に没頭していられる時、その分だけ、何も考えずに済む。

 

「本艦の針路は如何しますか?」

「津波が収まったらフロリナ港へ寄港して災害救助だ」

 

 指導教官へ艦長は断言する。

 一番近い港がそこであり、他の港へ向かう事は時間のロスになりかねない。災害時に時間を掛ければ、それだけ被災者の生存確率が低くなるからである。

 

「点呼が済んだのか」

「はっ」

「本艦に戻れなかった者は?」

「五名です。ビッチ・ロートハイユ。サザン・アルバータ。ガメル・ブライアン。ガリュート・ベクター。パカ・パカ」

 

 指導教官のデス・ルーゲンス少佐は資料を読み上げる。

 これが港へ戻るもう一つの理由であった。

 無事に助かっていて欲しいとエッケナー大佐は願うが、それはあくまで本人の希望的観測だろうとも割り切っている。

 

「生死確認はしなくては…な。デス」

「辛いですが…」

「それが大人の仕事だよ。生徒達の前では泣くなよ。それが軍人だ」

「努力致します」

 

 大佐はまだ赤い光を出しつつ、噴煙を噴き上げる海底火山の方に目をやった。

 船はまだ荒波に翻弄されており、帰港はいつになるのか見当も付かなかった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 ミモリ・ラマーヤは目を覚ました。

 いつもの様に宿でシフトへ入って、給仕をやっていたら突然揺れて、天井が崩れて…。ああっ、痛い!

 脚を切断した事を思い出した途端、ずきずきと痛みが登ってくる。今まで痛覚とかころりと忘れてたのにいい加減な、と悪態を付きたくなる。

 

「舟の上だ…あれ」

 

 ゆっくり辺りを見回す。

 これって古いボートだ。宿で使っていたお古で、去年、新しいのが入ったからお払い箱になって倉庫に野積みにされてた奴だと勘付いた。

 送迎で漕いだ事があるけど、相当くたびれていた筈。同型艇の中には舷側に穴が開いたり、底が抜けてるのもあったけど、これは大丈夫なんだろうか。

 

「気が付きましたのね」

「あ、士官候補生様」

 

 自分を助けてくれた女の人だった。左足が瓦礫に挟まって動けない所を、「ヤシクネーの外骨格末端は、欠損しても再生すると聞きますわ。選びなさい。脚を一本失うか、それともここで命を落とすか」と、選択を迫った方。

 理論的にそうかもだけど、戦士とかならまだしも、大多数のヤシクネーは鋏や脚を失った経験は無い。そしてミモリは13歳。船宿に勤めるただの従業員なのだ。

 怖かった。ましてこの人は縦ロールで吊り目の顔立ちが悪役っぽいし、言い方もきつい感じがした。手にした刀もうっすらと血に塗れている感じもあった。

 でも、ミモリは決断した。死にたくない。

 数ヶ月我慢すれば脚は生えてくる。だから「やって下さいと」覚悟を決めた。

 

「さようなら、あたしの脚っ!」

 

 斬り落とされた瞬間、激痛と一緒に悲鳴を上げて、それからの記憶が無い。

 多分、気絶してしまったのだろう。それから…?

 

「ビッチ・ビッチンですわ。」

「あ、ミモリ。ミモリ・ラマーヤです」

「俺はガリュートだ」

 

 驚いて後ろを振り向くと、艇尾に竿を持った男性が立っていた。この人も士官候補生である。確かビッチ様、先程の宿泊客のお連れ様だった記憶がある。

 

「痛かったでしょう。でもあの時は仕方無かったのです」

「はい。でも止血されているみたいですし、何とか動けます。あっ」

 

 立ち上がろうとしてつんのめる。前の第一肢が切断されているので上手くバランスが取れないのだ。これが中程の第二肢なら何とかなったのだろうが、立ち上がれずに無様にお腹を着いてしまう。

 

「うえっ、上手く立てない」

 

 何故か涙が双眸から溢れる。脚の痛みも加わってぐすぐすと鼻を鳴らし、仕舞いには大声でわんわん泣き出してしまう。

 ビッチがそっとミモリを抱きかかえる。その胸に顔を埋めて魔族の少女は泣き続けた。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「泣き疲れて、眠ってしまいましたね」

「まだ、社会人になったばかりの子供ですわ。

 魔族だから、再生可能な四肢を失っても平気かと思ったのですけど…」

「それは英雄譚や戦記物に出てくる、魔族の女戦士ですよ」

 

 ガリュートが指摘する。確かにその類いの物語に出てくる魔族の女戦士は「甘いな。たかが四肢を失っただけだ」とか言って、事も無げに再生可能な箇所を犠牲にする事により、敵からの斬撃を防いだりしている。

 

「この娘は宿屋の給仕で、普通の女の子ですよ」

「確かに普通の少女ですわね。自分が片輪になったのにショックを感じてしまったのでしょう。もう少し、わたくしに聖句が使えれば…」

「いいっこなしですよ。俺なんか、その初歩的な聖句すら使えません。

 と、ここらは何処でしょうかね?」

 

 ずっと海とは反対側の内陸方面に流されていた。

 流れはかなり急であり、途中、水面下の突起物や無数の障害物、瓦礫や流木等にも、何とかぶつからずに躱す事が出来た。

 ようやく、流れが落ち着き、停滞したのが今の状態である。

 

「逆流しないって事は、海岸線からかなり奥まで流された証拠ですわ」

「間近にフロリナ山が見えます。こりゃ10kmは内陸ですね」

 

 フロリナ島のフロリナ山。何て面白みの無い名前なんだけど、この島を発見した女性探検家、フロリナ・ロペスの名を取って名付けられたのだから仕方が無い。

 ちなみにフロリナは、この島で火砕流に飲み込まれて死んだ。死後、その死の原因となった火山に同名が名付けられたのも、この噴火による堆積でバニー本島と地続きになってしまったので、フロリナ『島』でなくなってしまったのも、彼女にとっては皮肉な事と言えるのかも知れない。

 

「フロリナ山は火山でしたわね。爆発はしませんかしら?」

「沖の海底火山に誘発される可能性はありますが…」

 

 陸地、と言ってもフロリナ山の山腹だが、が迫って来ている。

 竿は水底に届かなくなってきている。流されて行く途中は、樹々がそれでも見えたのだが、付近は麻畑の筈だが、何もかも水面下に没していて真っ平らである。

 特産のバニー麻の樹は平均5mにも達するのだから、すなわち水位は5m以上上昇している事になる。高所に避難出来た者はどの程度居るのかは考えたくない。

 

「とにかく陸地に付けましょう。

 下手すると水が引くのは数日かかるも知れません」

「任せますわ。わたくしにも櫂を下さいませ」

 

 漂流物を押しのけていた竿を捨てて櫂に持ち替えたガリュートだが、ビッチに予備の櫂を差し出して一緒に漕ぐ。

 

「あの山腹に人家があればいいのですけど、食料や水を手に入れないとなりませんもの」

 

 現在、手元には食料が無い。

 水はそこら中にあるが、これは海水混じりの汚水で口に出来る様な代物では無い。早急にこれらを入手する必要があった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 フロリナ港のあった場所は水没していた。

 様々な瓦礫、そして残骸や死体が浮かんでいる。

 海軍の練習艦は座礁の危険があるので港外に位置を取って投錨し、カッターを降ろして救難活動に当たっていた。

 【幻光】による物を含めて、ありったけの照明が舷側に動員され、あたかも満艦飾状態になったエロンホーフェン。

 

「うぇぇぇぇぇ、夢に見そうだ」

「馬鹿な事言ってないで運べ。お客さんはどんどん来るんだぞ」

「おいっ、生きてる奴が居る。拾い上げろ」

 

 士官候補生達は全員が借り出され、長柄の藻鎌を手に収容作業に従事している。流れてくる生存者や水死体を舷側から拾い上げるのだ。

 

「生存者を艦内へ入れろ。遺体は前甲板に並べておけ」

「もう、並べる余裕がありません。中甲板に安置したいと思うのですが」

「馬鹿者、操帆用の空間が必要なのだから、全ての甲板に遺体は置けんのだ」

 

 生徒は相当参ってるな。と命令しながら指導教官は感じている。

 困惑する生徒へ「積み重ねろ」の指示を出し、苛々しながら手近なカンテラからパイプに火を付ける。紫煙がやや落ち着きを取り戻してくれる事を期待したが、あまり効果は無さそうだ。

 

「まだ、我が艦の候補生達は見つからないか」

「艦長」

 

 大佐がやって来る。ルーゲンスは姿勢を正して敬礼する。

 エッケナーは手を挙げて答礼すると、そのまま舵輪に身体を預けた。こちらも大分、疲労している様子である。

 

「今、第14班が生存者確認へカッターで向かっています」

「彼らの報告を待つしか無いな。それにしても、長い夜だ」

 

 時間は深夜を回っている。既に日付は変わっているが、このまま不眠不休で朝まで過ごす事になりそうだ。

 カッターは二隻全て出されていたが、内、一隻が収容に回されている。もう一隻は生存者の探索へと回され、カンテラを掲げて内陸部へと入っていた。

 

「カラット、何か見えるか?」

「瓦礫ばっかりです。生存者は…」

 

 発見出来る生存者は死体に比較すると一割にも満たない。大半が避難途中で洪水に巻これ、命を落としたのだろう。

 

「ヤシクネーは、ヤシガニなんだから泳げると思ったのに」

「そりゃ迷信。ヤシガニは陸棲では泳ぎが苦手だそうだよ。海に放すと溺れて死んじまうらしいから、ヤシクネーも殆どが金槌なんだろ」

「そこ、おしゃべりは止めろ!」

 

 カッターの指揮を執るダニエルは舌打ちする。こうなったら付近の丘、高地に望みを掛けるだけだ。

 辿り着いている者がいればの話になるが…。

 本艦へ生存者発見の方が届いたのは、夜が完全に明けきった08:00(まるはちまるまる)であった。

 

〈続く〉

 




<幕間>と<閑話>の違いについて問われたのですが、<幕間>は誰かの伝聞とか、書物の中の言葉を引用した物。
誰それが昔言っていた。この本の著者はこう考えるって奴ですね。主に雑学的内容です。

対して<閑話>は、『エロエロンナ物語』本編の外伝です。
つまりエロコ以外の者達が、劇中で何をやっていたかですね。だから基本的に三人称になります。

ヤシクネーの血は赤いです。甲殻類だから銅系の青い血でも良かったんですが、それじゃガミ〇ス人みたいになるし、上半身からの兼ね合いも含めて赤に。

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