エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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やっと本編です。
やっぱりスローテンポですねぇ。御免なさい。

次回はリオンの後編の予定です。来週更新。


偽りの聖女12

〈閑話〉ウサ耳島11

 

 その店内にバモーの爺さんはいた。

 ぎっくり腰を患って上手く立てないみたいだが、声の大きさから感じる限り、よっぽどの事がない限りはくたばりそうもないとニナは思う。

 

「おじーちゃん。無理は禁物よ」

「いててて…畜生め。腰さえ無事なら孫娘に任せたりしないものの」

 

 黒い馬体を引きずって何とか番台まで這い寄り、そんな事をぶつくさ呟いてる。

 リーミン曰く「バモーの爺さんは、ずっと昔から御館様と付き合いがあった食料商だにゃ」だそうだ。出会った最初の頃は少年であったらしいが、今も孫も居る爺いである。

 

「今夜には出港するから、船に食料を頼むにゃ」

「5t程度で構わんか。それ以上になると在庫がねぇ」

 

 リーミンは即答で「結構だにゃ。の、代わりに急いで欲しいにゃ」と注文を付けた。

 

「孫を派遣する。アーモ、しっかりやれぃ」

 

 アーモと呼ばれた孫娘は、「えっ」と目を見開いた。

 

「何を呆けてやがる。わしが直接行けないのなら、お前に任せるしかないだろう」

「じいちゃん。ありがとう」

 

 アーモは目を輝かせると蹄を鳴らして店を飛び出した。ぱからっ、ぱからっとギャロップで通りをあっという間に走り抜けて行く。

 呆気に取られるのは私掠船員二人。バモーはガハハと笑って、「アーモはこの店を継ぎたいと言ってやがるんだ。が、ろくな仕事を与えちゃいなかったからな」と告げる。

 

「仕事を与えたから倉庫へまっしぐら、にゃ?」

「そう言うこった。だが、まだまだだな」

 

 バモーの顔が厳しい商売人のそれに戻る。「浮かれてやがる。商売相手の事もきちんと尋ねんなぞ、商人としちゃ失格だ」と呟いた。

 

「確かに納入先の事が分からなけりゃ、何処へ荷物を持って行くのかが分からないな」

「そう言うこった。そこのウサ耳、お前新入りか?」

 

 老セントールは問うた。

 セドナの部下に対する顔ぶれは大抵は覚えているが、ニナは初見であったからだ。

 

「ニナ・ヘイワースだ」

「ふん。若すぎないか?」

 

 自己紹介したニナを上から下まで舐め回す様に観察したバモーが、正直な感想を口にする。

 反発しようと開き欠けた口に、ネコ耳の肉球付きの掌が塞ぐ。

 

「そう。若僧だにゃ」

「むーっ、むーっ!」

「ふふん、しかも、生意気盛りと見える。リーミン、てめぇの昔を見る様だぜ」

 

 「にゃはははは」と何とも言えない情けない表情を作るリーミンに対して、ニナはモガモガとうなり声を上げる事しか出来ない。

 

「で、今度の船は『ドライデン』か『バーレンハイム』か?」

「『グリューン・グリューン』だにゃ」

 

 バモーは頭を傾げる。

 

「聞いた事ないな。新造船か」

「去年、船火事に遭った『バーレンハイム』の後身だにゃ」

 

 焼け残った船体を改装後、ゲン担ぎで改名したとリーミンが説明する。

 爺さんは納得して「それじゃ、5tじゃ足りねぇか?」と聞いてくるが、リーミンは今は量よりも質。それよりも時間の方が優先と説明する。

 

「やばいのか?」

「かなりだにゃ。下手すると太守からの妨害も入りそうだにゃ」

 

 真っ正面から敵対する事は無いだろうが、間接的に手を回してくるだろうとセドナは判断していた。突然、先約があるとかで食料が品切れになったり、あったとしても数倍の値段に高騰するとかだ。無論、ボースンやリーミンもそれを承知している。

 この爺さんの店を頼ったのも、昔から取引があり、太守の支配下にない零細な独立商店だからである。大店は大抵、太守の息が掛かっている。

 

「分かった。急がせよう。と、アーモ。この慌て者め!」

「じーちゃん。納入先って、何処の船?」

 

 蹄の音がして縞の馬体を持った孫娘が戻って来たのは、丁度その時であった。

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語24〉

 

「先程戦った奴らもこれなのでしょうか?」

 

 全裸で硝子のシリンダーに半ば浮かび、眠った様に目を閉じている美少女。

 目の前にいる自分そっくりな彼女をしげしげと眺めるイブリンは、疑問を口にしながら筒の周りを一周したわ。

 

「ホムンクルスって奴ね」

 

 ロットが違うみたいだけどあたしが戦って、命を奪った個体と同じ物じゃないかしらね。人間そっくりだけど錬金術によって生み出された人造生命体よ。

 

「聖女の偽者を作り出す為にこうして実験していると考えれば、何となく辻褄は合いそうよね」

 

 あたしは頭に浮かんだ推論を述べた。

 最初に王都に現れた偽聖女もこれの仲間に違いない。ホムンクルスの製造に関してあたしは門外漢だけど、それでも基本は勉強しているから、それが短命であるのは承知している。

 平均、半年から三年。良く出来た個体でも十年と保たないで死を迎える。そして制作には膨大な手間暇とお金が掛かる。

 この効率の悪さから、最近では研究する者も少ないわ。ゲルハン男爵が研究を続行してると知った時、あたしが驚いたくらいだもの。

 

「しかし、何の為に?」

「これを製造する事によって、利益を得られそうな誰かが黒幕よね」

 

 イブリンは長考に沈んでしまった。腕を組み、親指を噛んで何かを思考している。

 さて、あたしも考えを巡らせよう。

 ベラドンナが何故、イブリンそっくりさんを量産するのか?

 意のままに動く聖女を擁する事によって、莫大な利益を得られる連中が必ず存在するからよ。

 

 その一。聖教会、またはその関係者からから依頼があって偽者を造り上げた。は、余り有り得なさそう。だって女の聖女では、法官派が付け入る証拠にならないからね。

 かと言って、完全には否定出来ないのよねぇ。聖女健在を示す事によって安定を得る勢力も存在するのだし……。

 

 その二。外部勢力からの依頼。

 まぁ、それが誰かは別にして、これが一番有り得そうよね。国家。或いは教授の邪教組織みたいな陰謀結社とかよ。

 祖国だし、グラン王国が黒幕だとは考えたくないけれど、それでも客観的に判断するとその線も捨てきれない。『闇』は慌てていたけど、あれが演技だって事だって有り得るもん。

 あたし、ローレルを全面的に信頼してる訳じゃないわ。

 

 その三。ベラドンナの趣味。

 論外。そんな事して何の利益があるのよ!

 

「考えていても仕方有りませんね。 エロコ様、これからどうします?」

 

 考えを打ち切ってイブリンが尋ねてきた。

 

「そうね。取りあえずは脱出が先決よ。

 ここは出口へ向かう方面じゃ無いかも知れない。元来た道を引き返すか、それとも先に進むか」

 

 イブリンの話だと連行された際に、スロープを含む高低差を感じ取れなかったと言ってたから、既に階段を上がってしまったあたしたちは、脱出路と反対方向に歩いている可能性が高いわ。

 無難に反対方面へ進むか、それとも運を天に任せてこのまま前進するか。

 

「無難な方を選択しますね」

「そう」

「貴女を危険に曝したくないですから」

 

 どきっと心臓が高鳴ったわよ。

 えーと、えーと、落ち着け自分。なんで鼓動が高まるのよ。相手は女性の姿をしてるのよ。

 あたし、百合っ気があったのかしら。

 

「しっ!」

 

 イブリンの表情が厳しい物に変化した。

 鋭い警告と共に口に一本指を当てるポーズ。思わず「え?」と息が漏れるけど、直後にその警告の正体が判明したわ。

 誰かが会話しながら、この部屋へと近づいてくるのよ。

 

「こっちへ」

 

 彼が手招く。幸い研究室らしく、雑多な様々な機器や道具が片隅に積み上げてある。

 あたしは頷いて、そこの裏へと隠れる様に身を潜める。

 イブリンとほとんど密着する体勢に近くなったけど、悪くないなぁとか感じてしまってる。

 やがて、扉が開いて数人の人間が入ってきたわ。

 

「素晴らしい!」

 

 先頭の男が驚嘆の声を上げたわ。

 地味目の格好をしているけど、聖職者のそれに近い白い長衣を纏ってるわね。

 

「これ程の施設だとは思いませんでしたぞ。おおっ、おおっ!」

 

 その男。下世話な表現をすると禿げのおっさんね。は、何かに気が付くと、再び大袈裟な声を上げた。視線の先を辿ると偽聖女入りのシリンダーに注目してるみたいだわ。

 

「既にここまで再現していたのですか。これで、我々の悲願も…」

「残念ながら、それはこのままでは、使い物にはならぬのじゃよ」

 

 これは良く知ったロリ声。ベラドンナね。

 列の最後に位置していて、残念そうに首を横へと振っているわ。

 

「そいつは人形に過ぎぬ。姿形は完璧でも、まだフローレを完全に再現した訳ではないのじゃ」

「ほほぅ。しかし、報告のあった件とは、いささか違う様だが」

 

 異議を唱えたのは禿げではなく、その後ろに位置していた若い男だったわ。

 全体的に黒で纏めた軍服。あれは授業で習ったマーダー帝国の、しかも親衛部隊の物を着て、マントまでが真っ黒な格好をしている。

 顔立ちは冷酷そうな切れ長の瞳で、頭髪や瞳まで黒なのに肌の色は吹ける様に白い。造りの良さそうで、如何にも高価そうな長剣を佩いているわ。

 まだ【魔力感知】の効果が残ってるから解ったんだけど、あれは魔剣ね。

 高級将校だわね。

 でも残念。階級章は取り外してある。だからどの程度の地位にあるのかは判らないわ。

 

「報告じゃと?」

 

 ベラドンナの問いに黒づくめは「王国に出現した聖女の事だ」と述べる。

 

「帝国の情報力を舐めて貰っては困る。あれは聖女その物では無かったのか?」

「あれも不完全体の一体じゃ。

 完成した後に様子を見ようと準備している内に、誰かが持ち出してしもうたが、さて、その犯人は誰なのじゃろうの?

 仕方なく、わし自らが取り戻しに動いたが、努力虚しく、限界が来て消滅してしまいおったわ」

「わ、私ではありませんぞ」

 

 弁明を述べる禿げ。黒づくめも「当然、我が帝国が犯人ではない」と否定意見を述べる。

 ベラドンナは低い笑いを響かせると、「誰かは知らぬが、門外漢には手出しを出して貰いたくはないものじゃ」と告げて、シリンダーに近づく。

 

「このホムンクルスには魂がない。

 魂その物をコピーする技術はまだ試作段階で、未だ技術として確立されている訳でもない」

 

 彼女はシリンダーの表面に手を触れると、濡れている水滴を払う。

 

「じゃから、そなたらにはこれまで以上に支援をお願いしたい所じゃ。研究には膨大な資金が必要なのでのぅ」

「問題はいつ実用化のめどが立つか、だな」

 

 黒づくめは冷ややかに笑ったわ。

 

「半世紀もの間、帝国は貴様を支援してきたのだがな。手っ取り早い成果が欲しい所だ」

「成果は渡したろう?

 ギャラガの種。あれは帝国に莫大な富をもたらした筈じゃ」

 

 えっ、ギャラガってベラドンナの作品なの?

 

「それも二昔も前の話だ。そろそろ、別の成果も上げてくれねば困る」

「やれやれ、軍人は急ぎすぎじゃのう」

「貴様の様な長命種とは、ライフスパンが違うのでな」

 

 黒づくめの言う事ももっともだけど、あたしは衝撃を受けていたわ。 

 ギャラガは帝国が二十年程前に開発した植物よ。

 それは真っ黄色の花で、花の大きさは直径1mにも達する巨大な一年草。

 花が枯れると中央にびっしりと大きな種が付くんだけど、これは油脂を大量に含んでいて絞ると良質の油が取れるの。

 食用、灯火用、そして工業用としても有用な油がね。

 帝国はこれを大々的に栽培して油市場を一手に支配したわ。

 この花の登場で油の価格が大幅に廉価になり、王国の油取引は採算的に割が合わなくなって、関税を引き上げる結果となったのよ。

 だって、今までの油から見れば馬鹿みたいに安いんだもん!

 

 食通なんかは「ギャラガ油は、胡麻油と違ってサラサラでコクがない」とか評価するんだけど、それまで限られていた灯火が普及して、街全体が明るくなったのは絶対にギャラガのせいよ。

 つまり、一晩中、明かりを灯しても気にならない価格まで油代が下がったのよ。あたしが生誕前の出来事だから実感ないけど、セドナや師匠の言だと衝撃的だったって聞いているわね。

 一般庶民がランプを灯せる時代が来たんだって。

 流石に王国や法国も、灯火用の需要に関しては認めざる得ず、灯火用に混ぜ物をする処置で食用不能にしたギャラガ油を輸入してるわ。

 ギャラガは帝国で大々的に栽培されているわ。スケールメリットから規模が小さな農園で栽培するのには向いておらず、封建制を取る我が国では栽培しても余りペイしないのよ。

 それを作ったのが、あのベラドンナだったなんて。

 

「貴殿の国の計画か。ろくな事にはなるまいと思うが…」

「聖女の偽者を用いて国を乗っ取ろうとする、法国に言われたくはないな」

 

 あらあら、今度は禿げと黒づくめが喧嘩を始めてしまったわね。

 

「無礼な。救国の志を分かりもせぬ輩が」

「きれい事を言っていても、最終目的は現勢力からの権力奪取だろう。我々と同じ穴の狢だ」

「熱くなるのは構わぬが、ここでの争いは御法度じゃからの」

 

 流石に拙いと見たのか、双方抜刀しそうな所でベラドンナが割って入る。

 禿げと黒づくめは腰の剣から手を離したわね。

 

「まぁ、研究は結実しつつあるのは確かじゃ。

 不完全体とは言うものの、聖女の記憶と力を持ったホムンクルスを錬成したのは事実。これを応用すれば帝国の期待にも応えられるやも知れぬ」

「問題点は?」

「魔力じゃ。本物程のキャパシティは持っておらぬ。

 力を使いすぎると身体の方が堪えられなくなり、崩壊してしまうのじゃ」

 

 禿げにそう説明するロリ婆。

 あたしはルイザから聞いた贋聖女の最後を思い出したわ。

 身体がドロドロに溶けて消え失せた、と。

 

「幸い、問題点を修正する為のサンプルも入手出来た」

 

 ロリ婆がにぃと笑う。あたしは背中にぞくりと悪寒が走ったわ。こいつ、イブリンに何かする予定なんだ。とっとと逃げ出さないと。

 そんな時、唐突に警報のベルが響き渡ったわ。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「聞きたくない、と言うのは嘘になります」

 

 マドカはそこで目を閉じると、息を整える。

 

「しかし、それを聞く事で今の我々の立場が危機に陥る事になるのであれば、敢えて聞きたくはありません」

「ふむ」

「我々が中央の政争に巻き込まれる事態は、御免被りたいからです」

 

 グレスコ司教にはっきりと述べるマドカ。

 王都の田舎教会で聖職に就く生活であり、単調ながらも充実した毎日を送っていると感じている。それが壊れる事を、この東方からの巫女は恐れていた。

 

「失礼した。だが、知って貰いたい。現在の聖教会の苦境を。

 そして力を貸して頂きたいのだ。司祭マドカ」

「それは大法官様のお立場からですか?」

 

 マドカは切り込んだ。グレスコが大法官。つまり、聖教会のNo2であるバークトルの側近である事を知っていたからである。

 

「む」

「それとも、父親としてのお立場でしょうか?」

 

 法官派。つまり立場の上では巫女を束ねる神官派とは敵対する派閥の長ではあるが、バークトルは同時に聖女フローレの父親でもある。

 

「困りましたな。流石は皇国の巫女姫だ」

「その名は捨てましたが…」

「いやいや、春社 円(はるしゃ・まどか)殿。我々は貴女に注目しておるのですよ」

 

 やはり司教。しかも大法官の側近だけあって一筋縄では行かなそうだ。

 何故、自分の皇国時代の渾名と本名を出したのか。それは『お前の手の内は知っているぞ』との意思の表れだろう。

 カウンター技として繰り出して来た一手の大きさに、改めてこの男が強敵だとの認識を改める。

 さて、どう出る?

 

「失礼。皇国が貴女に与えた任務について、私どもの口からはとやかく言う事ではありませんな」

「ええ、殆ど見込みのない任務ですからね。

 私も半ば貧乏くじを引いたと思い、諦めております」

 

 東の皇国を統べる、もっとも尊い御方の勅命ではある。

 しかし、それは形だけの話で、実際はマドカを東方から遠隔の地へと追いやる口実に過ぎない。

 そう『西方へ行き、あの朝敵を討て』との話だが、敵が何処へ居るのか教えられず、随行の者達すら付けられる事がなかった。

 当時の若僧だった自分は勅命を受けて、勇躍旅立ったが、齢を重ねた今なら判る。あれは自分を、皇国の巫女姫と呼ばれた存在を東方から追い出す為の罠であったと。

 

「…本音で話しましょう。私の行動は大法官様の、父親としての立場から下された任務です」

 

〈続く〉




リオンにパンシャーヌネタを書いたら、「じゃあ、リーミンは神様ですね」と言われてしまった。
いや、語尾が「にゃあ」だけど、カンボジア人のオリンピック選手じゃないから。
そのイメージで語られると、リーミンが哀れだからやめちくれ(笑)。

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