エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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偽りの聖女編11をお届けします。


偽りの聖女11

〈閑話〉ウサ耳村10

 

 慌ただしい決定であったが、出港するには準備が必要になる。

 船の次の寄港地が決まるまでは補給が欠かせないからだ。特に私掠船の様な船は一旦、出港すると何日海上に出ているのかは不定であり、積める時に積んでおかないと、後で困る事になる。

 

「リーミン。後は任せたよ」

「了解にゃ」

 

 セドナは慌ただしく本船へと戻って行く。ラオと協議するのだろう。

 残されたのはネコ耳とウサ耳の二人組。他、若干の乗組員達である。

 

「まずは水にゃ。混ぜ物されたら堪らにゃいから、威度から直接汲み出してるのを買うにゃ。

 続いて食料。これはあたしが直接見て回るにゃ」

 

 リーミンはそれなりの権限があるらしく、あれこれと指示を飛ばしている。

 食料、水。また、僅かではあるが薪炭類の積み込みも急務であった。

 

「ニナも付いて来るにゃ」

「混ぜ物?」

 

 歩き出したキャットスーツの後ろ姿に、ニナが問う。

 

「太守の命で毒でも入れられてるって可能性でもあるのか?」

「それもあるにゃ。まぁ、これは用心のしすぎだけど…」

 

 リーミンは樽に詰められている水が腐敗している可能性も指摘した。

 汲み置きの水にはそう言う類いも多いのである。一々汲み出すのを面倒がり、その場で詰めていない炎天下に放り出された樽を納入しようとする奴も多い。

 

「下痢になりたくはないにゃ」

「結構高いんだな。水なんか、手数料以外はタダかと思ってた」

「砂漠だからにゃ」

 

 砂漠ならではの事情である。下手すると酒並みに高い。

 水が豊富だったバニーアイランド育ちのニナには暴利としか思えなかった。

 

「さて、市場(いち)にゃ」

「これは…」

「目移りして、無駄遣いをするんじゃないにゃ」

 

 ニナ達は、このオアシスで一番賑やかであろう場所に到着した。

 基本的には露店が並ぶ青空市であるが、色とりどりの天幕が密集し、客寄せの呼び声が交差するごちゃごちゃした印象がある。

 故郷の村でもお馴染みの光景だが、それが異国風なのが新鮮に映る。

 頭にターバンを巻き、ゆったりした中原風の服装をした男達。

 逆に上半身ブラのみの、露出度の高い煽情的な衣装を纏う女達。

 

「人馬族だらけだな」

「ニナの島がウサ耳だらけなのと一緒にゃ。ここらの人口比から考えれば、普通だにゃ」

 

 土地によって種族的に偏りがあるのを指摘する。

 本土に行けば、今度はヒト族だらけであり、ヤシクネー族みたいな人外がほぼ見当たらないのを説明すると、ニナは不思議そうな顔をした。

 そんな土地が存在するのか?

 

「常識って奴の違いだにゃ」

 

 船に乗る前の自分がそうだったなと、リーミンは懐かしく思う。

 別の土地。別の世界を知るのは驚きに満ちている。しかも、リーミンとてまだまだ世界の一端を覗いただけに過ぎないのだ。

 御館様の様に別の大陸を見た事は無いし、ボースンが行ったと自慢する東方へも赴いた事も無い。せいぜい、西方三国を直にこの目で見ただけに過ぎないからだ。

 

「おいおい、ニナも理解する事になゃるよ。

 さて、あたしは商店へ行くけど、ニナもははぐれずに付いてくるにゃ」

 

 船に納入出来るような規模の商いは、流石に露天商では手に余る。

 それなりの店へ行く必要があった。幸い、この港では古くから懇意にしている店があり、リーミンもそこへと向かった。

 市の一角にある食料商だ。看板を掲げていなきゃ潰れかけてるんじゃないかと疑う程、狭く、薄汚い外観をしていた。

 

「バモーの店?」

「店長の名だにゃ。おーい、バモーの爺さん」

 

 呼ばれて出てきたのは、若い人馬族の娘。

 爺さんなのに変だなとニナが思う。

 

「済みません。祖父は病で伏せっております」

「えっ、爺さん平気なのかにゃ?」

「平気と言えば、平気なのですが…。脚を悪くしてしまって」

 

 そこまで話した時、店の奥から「客か。客なんだな!」と癇癪混じりの怒声が聞こえてきた。

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語23〉

 

 とにかく到着はした。到着点はかなりずれてはいるものの。

 

「9kmほど離れているな♪」

「二時間の歩きですね」

「それで済むなら、大いに結構だが、問題はそれが直線距離でと言う事だ♪」

 

 ユーリィは水晶玉を見つめてため息をついた。

 真っ平らな地形。例えば大平原とか砂漠ならば、二点間を直接歩けば良い。

 だが、到着した先は森林地帯なのだ。しかも、詳細な地形を記した地図なんか手元には無い。この先、どんな高低差があって、川や谷などの行く手を阻む地形が待ち構えてるのか、それを考慮に入れねばならないからである。

 

「転移装置って面白いですね。クローネ、ファンになってしまいそうです」

 

 飛ばされている最中の感覚が気に入った様子である。

 

「気持ち悪かったけど♪」

「ええっ、あの周りが光となって流れる様な感じ。身体の中を何かが通過して行く、あの不思議な感覚って面白いじゃないですか」

「胃の中を、何か別の物が通り過ぎて行く感じがねぇ?」

 

 当たり前だが、捉え方に個人差があるようである。

 自分が自分で無くなったような感触。ユーリィはあれが好きになれなかった。

 

「まぁ、それは置いておいて…。強行軍になる。ビーコンが切れる前に接触するよ♪」

「はいっ」

 

 話しても埒が明かぬと判断した彼女は、話題を切り替えて走破準備に入る。

 場所は森林地帯。歩き易いとは到底言えないが、日照の関係で下生えが生えていない分、まだ何とかなりそうな感じである。

 但し、樹木の根っこが障害物になりそうだ。それと視界が悪く、周囲が見通せないから、方位を見失ったらやばそうな感じである。

 

「あたいを見失いようにね♪」

「はいっ」

 

 小走りに歩き出す。

 英雄譚(サーガ)に出てくる密偵みたいに無闇に走りはしない。行く手に何があるのか分からない地形で、確認用に停止したり、方向転換が出来ないのは致命傷になり得るからだ。

 あっと気が付いたら止まれずに谷底へ真っ逆さま、とかは洒落にもならない。

 それでも先を急ぐ為、たたたっと小走りで競歩している様な速度だ。

 

「それなりに修練は重ねてる様だね♪」

「そりゃ、もう」

「急ぐぞ。周囲に気を配れ。敵が現れないとも限らないんだからね。

 それと以後、状況が変わるまで無言だ♪」

 

 答えは無かった。ユーリィは『基礎は出来ているな』と満足した。

 当たり前なのだが、「以後は無言」と言った先から「はい」と返事したなら、彼女はクローネに失格の烙印を押すつもりであったのだ。

 若い密偵二人は声を立てぬまま、深い森林を跳ぶように移動して行った。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「この先に反応があるわね」

 

 牢は地階と言うか、とにかく低い場所に位置していたみたいね。

 あたしは階段を昇り切ると、周囲を警戒しつつ、そっと顔を出す。左右とも相変わらずの石造りの廊下が続くが、その先に魔力反応があるわね

 

「どんな感じですか?」

「かなり強かったわ。多分、永続的な魔法装置が配されていると思うんだけど…」

 

 魔力反応と言っても、その形態は千差万別よ。

 威力の大きさだけ取っても、【爆裂魔法】的な爆発的な魔力が瞬間的に感じられる場合と、大量に魔力反応があるが、それが一箇所に停滞している場合もある。

 あたしが感じたのは後者だった。

 

「魔力は大きいんだけど、 消費量は少ないからね」

「実験室みたいな感じでしょうか?」

 

 警戒しながら尋ねるイブリンは、ずっとあたしの前に出て先導していた。「これでも男の娘ですから」(男の「こ」字は間違っている可能性もあります。※作者、注)が、その理由よ。

 

「だと思う。あの扉ね」

 

 近づくと、ぶん、ぶぅぅん、と何かが振動している音も聞こえてきた。

 錬金装置特有の音だわ。授業中に良く聞いた音ね。魔石を利用して装置を駆動させている。

 物を冷やす冷蔵装置とか欲しかったから値段を尋ねてみた所、とても手の届かない物凄く高い代物だと知って愕然となったのよね。

 

「あれで冷やした水は美味しかったわね」

「? 何の話です」

「何でもないわ。さて…」

 

 あたしは別口で魔法を唱えたわ。魔力ではない方の【感知】魔法よ。

 連続で魔法を使うのは結構しんどい。

 ふぅん、扉の中には動かない生命反応があるわね。寝ているのかしら?

 

「反応一名。少なくても動いていないわ」

「就寝中のベラドンナですか?」

「だとしたら有り難いわね。

 どうする。このまま中へと踏み込むか、それとも放置して先を急ぐか…」

 

 無闇に飛び込んで外したらやぶ蛇だ。

 生命反応たって、だいたいのサイズを判定する物でしか無い。身体の大きさからネズミや犬と人間の反応は区別可能だけど、あたしの初級魔法では同じサイズの生き物を、どんな種別なのかって判断する精密さは無い。

 熟練の魔導士ならば、精度が高いから判る様になるんだけどね。だから、中に居るのが下っ端のオーク(子鬼)とかだってありえるのよ。

 

「賭けましょう。寝ているのなら違っていたとしても、制圧可能な筈です」

 

 長考していたイブリンが顔を上げて宣言した。

 その顔に思わずどきんとしてしまう。あ、男性っぽいなと…。え、あれっ、何で?

 女の子以上に美少女なのに、りりしいと感じてしまったのは何故なのかしら。

 

「そ…そうね」

 

 慎重に扉に手を掛けるイブリン。

 扉は普通の外開き式の奴だ。ただ、材質は鉄製だけど、これは錬金装置を安置するならば珍しくない。万が一、取り扱いを間違えて爆発したりしても被害を外にもたらさない為なのよね。

 木製の扉だと粉砕されてしまうからね。さっきの牢の扉同様、中身が木で鉄板を挟んであるだけの構造かも知れないけど。

 

「開けます」

 

 ぎっと、扉は簡単に開いたわ。

 中から光が漏れる。廊下と違って魔法的な照明を使っているのね。松明や蝋燭の赤や黄色っぽい光では無く、人工的な白色の光だわ。

 

「これは…ホムンクルスの培養施設?」

 

 扉を開けた瞬間から、例の低い振動音が高まったわ。

 幾つもの錬金装置。その殆どが理解を超えた代物だったけど、巨大なガラス瓶が幾つも並んでいるのは、ホムンクルス用の施設だと言うのは理解が出来た。

 瓶と言うより、巨大な管かしらね。その中には液体が満たされていたり、されてなかったり、でも、あたし達はその中の一つを見て息を止める程に目を見開いてしまった。

 

「これは…。私ですね」

 

 イブリン…いえ、フローレと呼ぶべきか。

 たった一つ、液体の満ちたケースの中にゆらゆらと裸体が浮かんでいた。

 それは目の前の男の娘と姿形は酷似していた。でも…。

 

「いいえ、イブリンじゃ無い。だって、だって!」

 

 だって容姿や外見はそっくりでも、その身体は完璧に女性だったのよ!

 

              ◆       ◆       ◆

 

 グレタ教会。

 マドカは来訪者を警戒しつつ、ここへやって来た意図を尋ねた。

 

「無論、聖女様に関してですよ」

「奥へ…。ああ、お連れの方はここに留まる様にお願い致します」

 

 危険な香り。いや、長年、冒険者(クエスター)家業を営んできたが故に、いつの間にか身に付いてしまったマドカの勘が、それを告げている。

 危険!

 危険!!

 危険!!!。

 目の前の高位聖職者は持ち物からして司教クラスか。しかし、この王都に居を構えて一年余り、マドカはこの男の顔を知らなかった。

 グラン王国の王都司教座担当は、アラバスター大司教だし、この教会担当になった時から、その他の司教クラスにも面通しをして顔見知りになっている。

 結構、教会関係は縦割り社会で、上下の秩序に厳しいからである。

 だが、見知らぬ顔となると『聖教会の中枢から来たか、それとも聖教会の聖職を騙る輩か』と、マドカは推察する。

 流石にラグーン法国にある教会組織の全貌なんて、一司祭であるマドカは掴んでいないが、良くない噂は耳に入っている。

 

「彼らは護衛です」

「ここは神の館。信心篤き信徒しか居ません。警戒は無用です」

 

 サラシで包まれた豊かな胸を揺らして、やんわりと断りを入れるマドカ。

 後ろの護衛と称された者達がざわめき、「なんと傲慢な」や「東方の異端め」とか呟くのが耳に入る。しかし、目の前の司教は納得したらしく、手でそのざわめきを止めて見せた。

 騙りでは無く、こいつらは聖職者なのだなとマドカは納得する。と同時に、本山の関係者かと逆に頭が痛くなった。厄介だ。とてつもなく厄介な事を持ち込まれそうな予感がする。

  

「失礼。司祭マドカ。では奥に参りましょうか」

「済みません。その前にお名前を…」

 

 マドカが問う。「なんとお呼びしたら良いのか、困りますので」と告げつつ。

 司教は意外な顔をしつつ微笑んだ。そして、「失礼しました。我が名はグレスコ。グレスコ・ゴールマン」と自己紹介する。

 一瞬、偽名かと疑ったが、思い当たる名があった。

 

「グレスコ司教? 大法官様の側近の…」

 

 本山関係には疎いが、男性聖職者の頂点を極める大法官、バークトル・リンゴの側近中の側近であった。名前だけなら東方出身のマドカでも耳にしていたのである。

 聖教会を守る武人であり(聖教会の男性聖職者は聖句が使えないので、大抵そうなのだが)、若い頃は、鬼族を討伐したり、個人的な武勇を響かせているとの話は耳にしている。

 成る程、体躯からしてがっしりしており、鍛え抜いた筋肉質であるのが見て取れる。

 顔立ちは太い眉に刈り込んだ白髪交じりの灰色の髪。

 年齢はそろそろ齢五十(エルダでのヒト族の平均寿命は、50歳である)の老境に達していようと思われるが、浅黒い肌は張りを持ち、まだまだ侮れない肉体的能力を秘めているのが見て取れた。

 

「では、こちらへ」

 

 驚きながらも、緋色の袴を翻して奥へ案内する。

 巫女であるがマドカも一角の武人であり、いつか会ってみたいとの希望を持っていたのだが、まさかここで叶えられるとは…。

 

「レオナ、ルイザ。お客様にお茶を」

 

 そう声を掛けるが、マドカ自身は警戒を解いていない。

 むしろ、相手の正体が判明した今、物凄い強敵と相対しているのだと言うプレッシャーがのしかかってきている。

 聖女関連の事に関しては、聖教会でも最上級の機密の筈だからである。下手に対応を間違えるととんでもない事になるのは予想出来た。

 もし、敵対してきたら?

 私は彼に勝てるのだろうか?

 

「さて、単刀直入に申しますと、貴女方がこの教会で保護された聖女様に関してです」

 

 出された茶に手も付けず、グレスコが出した話題がそれであった。

 マドカ側は顔を見合わせる。さて、どう答えれば良いのやら。

 

「聖女様に関しては、今はこの教会に居りませんが…」

 

 レオナが切り出す。これは事実だ。

 

「ほぅ」

「目を離した隙に、何処かへ行ってしまったのです」

 

 こっちは嘘。しかし、マドカは平然と偽りを述べた。

 実際の所、ゲルハン邸で軟禁されていた時に、教会組は今後の対応について話し合っていた。

 本山には報告せず。ただし、追求があった際は『知らぬ、存ぜぬを貫き通す』のが基本方針になっていた。

 グラン王国からの、正確には『闇』からのプレッシャーも無論ある。国家機密に近い事件であり、今後の王国外交をも左右するだろう事柄だから、口外するのは控えてくれとの要請があったからである。

 あのローレルからだ。

 彼は微笑みを浮かべながら「でないと、王国としては大変残念な事態になりかねませんので」と、含みを持たせてマドカに述べたのである。

 

「何処へ向かいましたか?」

「行き先は判りかねます。恐らく、助けを求める信徒の救済へと赴いたのでしょう」

 

 言いつつ、ルイザが聖印を手に祈る。

 グレスコ司教も同じ様に聖印を手にする。

 そして、ややあってから口を開いた。曰く「皆様は聖女、フローレ様が何故、この地に降臨したかを知りたくはないですか?」と。

 

〈続く〉

 




お陰様で全話PVが約6,800。
UAが約3,500に到達しました。有難うございます。

グレスコ司教。また新キャラが出ちゃいました。
強そうな僧兵って感じの御方です。この作品では珍しいマッチョ系。
武蔵坊弁慶的な感じを想像すると、多分、イメージ的にはマルだと思います。長柄メイスを振るえば、恐らく天下無双ですね。

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