エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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偽りの聖女編10です。
何とか今週に間に合いました。


偽りの聖女10

〈閑話〉ウサ耳村9

 

 港に上陸すると役人が現れて、入港手続きを取る必要があった。

 何処でもそうであるが、この手の役人は威張りくさっている。それは自分の権威をひけらかすのと同時に、細かい所に難癖を付けて便宜を要求する為だと言う。

 

「まぁ、大抵はへいへい言う事を聞いてれば良いんだけどね。

 でも必要以上に下出に出たら舐められるから、そこらの加減さね」

 

 とセドナは説明する。

 腹ただしいが袖の下は渡してやる。一杯飲める程度の小遣い銭程度が適当で、それ以上でもそれ以下でも問題が起きる。

 それ以上を要求する奴には容赦なく、鉄槌を食らわしてやって構わないと判断している。役人の上司を呼ぶなり、実力で痛い目に遭わしてやっても良い。

 

「理不尽な要求だな」

 

 憤るニナへ、まだ子供だなと思いつつ、「ま、連中も貧しいにゃ。余録の一つも欲しいんだろうと理解してあげるんだにゃ」と説明するリーミン。

 

「持ちつ、持たれつなんだよ」とはセドナ。

 

「どの道、そうやって渡った賄賂は更に上へ上納される。現場の連中に残る金額は半分以下だろう。それを納められぬ者は上から疎まれて、恐らく出世に影響するのだから、やらざる得ないんだろうと理解してやりな」

 

 ニナの言い分も分かる。自分も若い頃はそれを理解出来なかった。理性を基本とする妖精族ゆえに尚更である。だが、世の中は清廉潔白だけでは回らない。

 悪しき習慣だが、それを是正するまで現実が至っていないのだ。

 

「それを理解する事が、大人になるって言う事だにゃ」

「……」

 

 正直、理解したくはない。

 だが黙る。自分はまだ未熟で、経験が足りてない事は嫌と言う程、体験したからである。

 ここ数日だけでも、故郷の村から出て体験し、初めて知った知識や経験は多い。思い込みだけで仇は取れないのだと実感していた。

 

「太守の館だ。ま、失礼の無い様にするんだよ」

 

 日干し煉瓦で建造された建物が視界に入ってきた。

 館と言っても城館では無い。外敵に備えた無骨な砦である。四方を城壁で囲んであり、跳ね橋こそ下がっていたが分厚い門扉が正門を塞いでいる。

 正門脇に小さな通用門があり、こちらは解放されているが、左右に門番が厳つい顔で槍を持って立っている。普段はこちらを使うらしい。

 堀は空堀だった。セドナ達一行は橋を渡ると門番に誰何され、それを終えると中へと通される。

 

「ここからは、あたしだけで行く」

 

 ぞろぞろと供を連れて行く事は出来ないのであろう。ニナらは庭に残された。

 門番ら太守の兵達は、興味深そうにちらちらとニナ達異国人の方に視線を向ける。ニナも異国の装いに興味があるので、負けずと彼らを観察する。

 

「人馬族(セントール)は初めて見た」

 

 ニナの偽らざる感想である。

 実際、この町には人馬族が多い。

 頭にターバンを巻いたり、短いチョッキやゆったりと膨らんだズボン(ハーレムパンツ)を履いた中原風の格好をする男共に混じり、人馬族も中原風な装いだ。

 女は腹部や脚部を露出した衣装を着ている。ニナ達から見ていささか煽情的であるが、中原ではこれが普通の様だ。

 

「健康的に肌を見せるのが、若者の嗜みって事になってるにゃ」

 

 そして「陽がさんさん照りで、砂塵舞う砂漠を行くなどの時を除いては」と、リーミンは付け加える。実際、肌を隠しているのは年寄り連中が多いそうだ。

 

「誰も例外なく、腰に短剣を差しているんだな」

「成人の証らしいにゃ。子供は持っていないにゃ。

 そう言えば、お前が腰に歳に似合わない大きな刃物を持ってるのに、向こうの衛兵が注目してるみたいだにゃあ」

 

 ニナは戦士の証としてカトラスを佩いていた。

 と言っても五歳の子供である。その姿は全長60cm程な大して長くない刀であっても、鞘を引きずる様な感じでアンバランス感が酷い。

 リーミンは得物が大きすぎると感じていたが、ウサ耳にはウサ耳の種族的な拘りがあるんだろうと敢えて放って置いた。

 どの道、この腕では戦闘に本格参戦させるつもりもないし、こいつを抜く時はもっと大人になった暁だろうと踏んでいたからだったが、もっと短い短剣を用意させるべきかとも思う。

 似合わぬ武器は単なる飾りだ。実用的な面を考えて、武器交換は視野に入れるべきだと決心する。

 

「御館様が戻ってきた」

 

 半時間もしない内にセドナが建物から出てきた。

 交渉は上手く行ったのだろうか。開口一番、「出発するよ」と声を掛け、脇目も振らずに門を出てゆく。

 

「ただならぬ雰囲気だにゃ」

「そうなのか?」

「ニナは感じないかにゃ。御館様がリーミン達に労いの言葉も掛けないのは異常だにゃ」

 

 そう言えばそうだ。中で何かあったのかも知れない。

 それに従い、ニナ達護衛も後を追って太守の館を後にする。

 

「まずいね。あの太守…」

「何かあっかにゃ?」

 

 隣に並んだリーミンが質問する。脚行きが早い。

 

「ああ、雰囲気だけどね。あたしに海賊退治を止めさせる様に暗に言い含めてきたよ。

 多分、あの太守。あの海賊共と結託してやがる。

 リーミン。補給を急がせるんだよ。今夜にでもここを立ちたい」

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語23〉

 

「ベラドンナのアトリエ?」

 

 イブリンは頷いて「恐らく秘密工房でしょう」と、付け加えたわ。

 あたしが身を起こそうとすると、イブリンが「まだ安静になさって下さい」とそれを押し留める。

 

「また、変な事になったら大変ですから」

「…あたし、何かしたの。ああ、それと気絶してる間の事情を説明して」

 

 彼女(?)は困惑した表情をすると、「私にも良く理解出来ないのですが…」と続けたわ。

 それによると、一度、あたしは意識を取り戻したらしいのよ。

 あれからイブリンは、あたしを人質に取られた時点で降伏を余儀なくされた。勝ち誇ったベラドンナはあたし達を今度は逆に拘束すると、このアトリエへと連行したらしいのよ。

 この森はあらかじめ【迷路化】の結界が張ってあったらしい。

 それを解除すると、このアトリエに到着するのに必要な時間は二十分足らず。あたしらが足を棒にしてさまよった時間を返せと言いたくなるわね。

 ちなみにここへ辿り着く風景を見せない為に、イブリンは目隠しをされていたらしく、アトリエ自体の外見は把握出来なかったそうよ。

 

「外からの大きさや、立地が掴めれば良かったのですが」

「仕方ないわよ。あのロリ婆が用意周到だって事だから」

 

 ああ見えて、年を食っているから狡猾なのよね。

 流石、伝説の錬金術士ね。本当だったら、一にも二も無く、弟子入りしたいんだけどなぁ。正体を知ってしまった今では、無理よねぇ。

 

「しかし、エロコ様が本人で安心しました」

「へ?」

「さっきは別人だったですから」

 

 さっきって、記憶が無いわよ。

 つーか、またあたしであって、あたしで無い奴が出現したのかしら?

 

「それって…」

「はい。エロコ様が想像なされているのと多分、一緒だと」

 

 複雑な表情で言い切るイブリン。

 出たのか。あれが。

 いえ、あたし自身は知らないし、自覚した事も会った事もないけどね。

 

「どんな感じだった?」

「目を覚ました後、虚空を睨み付けて独り言を言ってましたね」

 

 何か、危ないヒトみたい。

 さっきの夢で見た、あたしⅡな様な感じなのだろうか?

 まぁ、取りあえずそれは脇に置いておこう。あたしは起き上がった。

 それよりも監禁されてる今の状態を把握する方が先よ。

 

「ここは地下なのかしら?」

「階段やスロープを下った覚えがありません。だから同一階だと思われるのですが」

「入口らしき所から、歩いた距離は?」

「時間にして五分。でしょうか」

「結構な距離を歩いたって事ね。でも、わざと連れ回されたって線も疑わなきゃ」

 

 正面に見えるのは錆の浮いた鉄の扉。これが唯一の出入り口だわ。

 覗き窓が付いてるけど、こちらからは開けられない仕様で、当然、その蓋は閉まったままよ。

 

「かなりの年期物ね」

「そうなのですか?」

 

 あたしはブーツで扉をゴンゴン蹴る。

 

「ほら、蹴るとこの通りだから」

 

 ぱらぱらと赤錆が落ち、つま先が扉に半ばめり込んでいるのが分かる。

 構造的には一枚板じゃ無くて、二枚の鉄板を木製の土台を挟んで貼り合わせた扉ね。そのこっち側が錆による老朽化が進行しているのだろう。

 しかし、それでも流石に土台の方は突き破る事は出来ないわね。忌々しいけど、こっちは朽ちずにしっかりと扉の役目を果たしているみたい。

 

「木の方も腐ってくれてたら楽だったのに」

「まぁ、そう上手くは行かないのが世の常ですよ。そうだ」

 

 元聖女様は燭台に手を伸ばしたわ。

 

「下が木だと言う事は、これで扉を燃やせませんか?」

「結構、考える事が過激よね。可能だと思うけど…問題は」

 

 これでもあたしは最新の錬金理論を習っている。で、最近、分かったのは空気には特別な要素があり、これが奪われると息が出来なくなると言う事。

 学術用語で『生素』と名付けられているわ。生きる為に必要な要素だからね。そして、どうも木々や植物なんかが、この生素を生み出してくれるって研究もあるわ。

 で、濁った空気、物を燃やした空気には生素が減少してたり奪われていたりする。だから息苦しくなり、窒息すると言うのよ。

 

「物を燃やすと生素が減少するのよ。この狭い部屋で扉を燃やした場合、あたし達にどんな影響が出るのかが心配だわね」

 

 と言いつつ、あたしは部屋を見回したわ。

 ここがどんな構造なのかを把握するのよ。伊達に建築学まで勉強してないんだからね。

 石造りで、ふん、ふん…。あ、床に換気口発見。流石にこのサイズではヒトは抜けられないわね。

 空気量は…あら、以外とあるのね。行けそうだわ。

 

「どうしますか?」

「やるわ。万が一駄目でも、見張り辺りがすっ飛んでくるだろうから、その時には見張りをぶっ倒して、逃げ出すわよ」

 

 あたしは鉄扉に手を掛ける。

 扉に付いているノブは回らず、単なる取っ手で素っ気ない代物だ。内部に鍵の機構は組み込まれていないんだろうと予想出来た。多分、外付けの閂か南京錠でも使っているだろう。

 強度を確かめなきゃと思って、ぐいっと引っ張る。

 

「あら?」

 

 扉が呆気なく開いた。そう、まるで何の抵抗もなく、あっさりと。

 

              ◆       ◆       ◆

 

 グレタ教会。

 王都下町の一角にある、小さな教会である。

 昼間は喧噪とした市場に面したそれも、夕刻近くになると静けさを取り戻し、夜になると辺りは静寂に包まれる。

 その中で、司祭マドカ達は卓を囲んでいた。

 

「ワールをどう取り戻すか、よね」

 

 東方風のサラシに包まれた、大きな胸を揺らしながら司祭マドカが呟く。

 貴族の屋敷で乱暴狼藉を働いた以上、それなりの罪に問われるだろうが、投獄されている現状は改善したいと思う。

 

「しかし、彼の性格だと反省はしてないと思うのですが」

「私も姉の意見と同じです」

 

 レオナの意見にルイザも同調する。解き放った瞬間、暴走しかねないのがワール・ウインドと言う男の性格だ。

 唯我独尊。周りを見ない。自分の思惑だけで、自分の正義だけを信じて行動する困ったちゃんだ。折り合う事も、清濁併せ持つ事も出来ない。

 マドカは彼を早死にすると見ている。しかし、そうであってもそれを捨て置くのは忍びない。

 

「どなたかいらっしゃいますかな?」

 

 声と同時に「りりん」と来客用のベルが鳴る。

 教会の表側、聖堂の方だ。参拝客か誰かなのだろう。教会は基本、参拝客を拒まないので四六時中、開けっぱなしが基本であるからである。

 裏のバックヤードで卓を囲んでいたマドカが「はい」と、返事をして立ち上がった。

 まだ夜も早い。来客があっても不思議では無い時間だ。

 

「失礼しました。取り込んでいたので…」

 

 聖堂の方へ出るとマドカは驚く。

 相手は同じ聖教会の聖職者であったからだ。しかも、服装からしてかなりの高位な身分にあると思われる男である。同時に供も数人居るのか確認出来た。

 

「少し、お話をうかがいたい」

 

              ◆       ◆       ◆

 

 扉はあっさりと開いた。

 錠前か閂の閉め忘れかとあたしは思ったけど、外に出て扉の惨状を見て絶句したわ。

 閂とか錠前はひしゃげ、完璧に破壊されていたのよ。

 まるで巨人が、引きちぎったか潰したみたいにぐちゃぐちゃにね。

 

「これは…エロコ様の仕業ですか?」

「そんな事出来る訳無いでしょ」

 

 イブリンの驚きに返答するあたし。そんな凄い力を持った魔導士だったら、今頃、王立魔導学院で飛び級してるわよ。

 とにかく、あたし達は廊下へ出て歩き出した。

 牢屋のエリアだったらしく、同じ様な造りの扉が幾つもあったわ。でも、どれも随分使われていない雰囲気があって、放置気味な感じがする。

 

「いえ、エロコ様であって貴女ではない方の…」

「また、例の?」

「はい」

 

 エリルラって奴か。

 確か、手も使わず、呪文も唱えずに力を行使する悪魔だと古代王国の民は忌み嫌っていたわよね。

 仮に、仮によ。あの夢が本当だとしたら、あれ位は出来るのかも知れない。

 

「まぁ、いいわよ。しかし、ここ体制が粗末すぎない?」

「そうですね。牢の前に見張りの一人も居ないですし」

 

 考えられる事は一つ。人手不足なのだ。

 ベラドンナに味方する者が少ないのか、それとも、始めから個人で活動してきたのかは分からないけど、いずれにせよ、それはこちらにとっては有利な点になり得るだろう。

 そう言えば、この廊下も掃除が行き届いていないわよね。

 廃墟とまでは行かないけど、余り綺麗とは言えないわ。所々にある燭台の周りに虫とか転がってるし、掃除する人手もないんだろうな。

 

「【魔力探知】を唱えてみるわね」

 

 武器とかは取り上げられてしまっていた。しかし、まだ口は魔法を唱える事が出来るわよ。ってあれ?

 

「そう言えば魔力封じの封環とか、ベラドンナはあたし達に付けなかったのね?」

「いえ…」

 

 イブリンが否定した。確かにそれは首に装着されていたとの事。

 だけど、最初に目ざめたあたしがぶっ壊してしまったらしいのよ。イブリンの分も含めて「邪魔だな」の一言であっさりと。

 

「封環は対魔法能力が高かった筈よ」

 

 そうじゃないと役目を果たさない。無論、設計上の規定量以上の魔力を受けるとオーバーフローを起こして崩壊するけどね。

 

「あっさり手で引きちぎってましたね」

「うそぉ!」

 

 その性質上、物理的にもかなり強い材質で作られるているし、少なくとも手で引きちぎるなんてのは、普通の人間じゃ無理よ。

 エリルラって魔族並みの筋力でもあるのかしら?

 

「ま、まぁいいわ。少なくともあたし達に不利な事ではないし。

 行くわよ。その力を持って魔力を流れを見よ。【魔力感知】」

 

 基本中の基本魔法。でも、これが馬鹿に出来ないのよね。

 錬金術師のアトリエなら、これに反応する所が重要地点な筈よ。そこに至れば、敵の親玉。つまりベラドンナがお出ましになるって寸法になるわ。

 

「強い気配はあっちに…。何カ所か有るわね」

「便利ですね」

「ただ、あたしじゃ持続時間が短いのが欠点よ」

 

 こればっかりは能力不足。

 学校の見立てによると魔力自体は多いらしいんだけどね。使う際の精度が不足してるのよ。つまり、力を扱う技が拙いので魔法が維持出来ないのだそう。

 でも、魔法だって独学では無く本格的に習い始めてまだ半年だし、これからよ、これから。

 

「暫く歩くわよ。そこで再び【魔力感知】をかけるわ」

 

 あたしの能力では一分もしない内に切れる。

 大体の位置を記憶しておいて、近づいたら再度発動する事にして、あたし達は汚い廊下を歩き始めた。

 

〈続く〉




うーん、話が遅々として進みませんね。
過程に於ける余計な描写を飛ばして、唐突に話を進めた方が良いんだろうか。
これでも「前に目ざめたエロコ」の描写を後語りにして、話を進めているんですが(そのシーンを描写すると、更に頁を喰うと判断して)。
迷っております。

教会方面は動きがあった模様。
ワール君、忘れ去られているかもなぁ(笑)。


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