エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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一週間ぶりです。
聖女編をお届け致します。


偽りの聖女8

〈閑話〉ウサ耳村7

 

 船は航海を続け、三日目には大陸本土を視界に収めた。

 その間、ニナは下働きを続ける。相変わらず甲板掃除ばっかりだが、リーミンやボースンの指導は厳しく、手抜きをすると張り飛ばされた。

 東へ航行を続ける中、艦首左手に真っ白な砂漠が広がる。きらきらと陽光を浴びて反射する姿は、砂糖菓子の表面の様だ。

 

「エロ・ファンベータ。妖精語で『光る砂漠』と呼ばれる由縁さ」

 

 セドナは説明する。この砂漠には昔からタチの悪い魔物やら、盗賊団やらが棲み着いていてろくでもない。と。

 

「幸い、奴らの影響はポワン河って大河でせき止められてるけどね。

 昔はその東岸で苦労したもんさ」

「昔?」

「エロンナ村って所で領主やらされてね。まぁ、昔話はいいか。

 ここから暫く行った所にオアシスがある。敵の海賊船はそこを目指している可能性が高い。あそこには…」

 

 先んじて「奴隷市場がある」とニナが呟く。

 セドナは頷いて、「そう。だが、そいつを壊滅させる訳には行かないのさ」と続けた。

 

「何故だ」

「憤るんじゃないよ。オアシスのある村、アル・ファランはグラン王国じゃない。何処の国にも属さない自治領なのさ」

 

 現実的には王国と帝国、双方に貢ぎ物を送って臣下の礼を取っているが、実質的には独立勢力である。よって、どちらの国法にも従う事はない。

 

「つまり、奴隷取引は合法だと…」

「そう言う事。そして諍いを起こすとこっちの首を絞めかねない」

 

 よってオアシスで争うのは御法度。

 

「だから、なるべくアル・ファランの港外で決着を付ける。港内に逃げ込まれたら厄介だし、陸戦はやりたくない」

 

 オアシス太守の手勢が介入してくる事態を招くと厄介だからだ。本気でやり合えば勝てなくはないだろうが、ここで余計な損害が出てもつまらない。

 

「海賊ならまだしも、こちらはグラン王国の士族ゆえに外交的にも問題が出る」

「ふぅん」

 

 外交とか良く分からないが、ニナは納得したふりをする。

 まぁ、余り煩わしい事にゃ、関わりたくないって事なのだろうと思う。

 そこへボースンとリーミンらがやって来た。

 

「どうやら先回り出来たようですぜ」

 

 とボースン。先程、すれ違った商船からの情報である。

 旗旒信号で問うた所、汚く赤い船体の船の目撃例はないとの話だ。

 

「もっとも、海賊が別の港へ向かった可能性もあるにゃ」

 

 とはリーミン。しかし、そうなると行き先は遙か東の皇国か、それとも西回り航路を取って帝国へと向かった事になる。だとしたら、もう追跡はもうお手上げになる。

 

「ま、それだったら仕方ないよ。運が無かったと諦めるしかないねぇ」

「皆を見捨てるのか?」

「残念だけど、皇国や帝国の領海で海戦をやらかす危険は踏めないよ」

 

 ニナに反発心が起きる。

 

「大人の論理だ」

「そうだね。だが、これがあたしが出来る事の限界さ」

 

 セドナはふっと自嘲の笑いを浮かべた。若い頃だったら、ニナと同じく脇目も振らずに連れ去られた捕虜を救出して行ったろう。

 被る損害を考慮せず、それによって後々、何の影響が出るのかも構わずに。目の前の事しか見えてない頃であったなら。

 

「でも…」

 

 いきなり横っ面を張り飛ばされる。

 

「いい加減にしないかにゃ!」

 

 リーミンだった。仁王立ちになってニナを見下ろしながら、冷ややかに告げる。

 

「あのなぁ、それを行う義務が御館様にあるのかにゃ?

 私らは海賊退治も担当するが、正規軍でも正義の味方でも、慈善家でもないにゃ。よって自ずからに限界はあるんだにゃ」

 

 ラオが「経済的にもペイしねぇ」と付け加える。

 私掠船はタダで動いている訳ではない。赤字は出せない。無論、国民を救えば国からは報奨金だって出るだろう。

 しかし、それが航海にかかる費用を下回れば単なる損になる。「その補填をお前がしてくれるのかにゃ?」とリーミンは鼻を鳴らした。

 

「…出来ない」

「なら黙ってるにゃ。本当なら、お前の村の住人を助ける義務だって御館様にはないにゃ。

 もし乗組員に負傷者、戦死者が出た際の赤字に目を瞑ってくれてるのが判らないのかにゃ?」

 

 ニナは打ちのめされた。

 そんな事、考えた事もなかったからである。

 あくまで好意で動いてくれていた。それが今の状況なのを思い知り、肩を落とす。

 ラオは「新入り、甲板掃除だ」と声を掛け、そのままミドルデッキへ行く様に伝える。

 

「若いにゃ」

「あんたの昔だね」

 

 頬を紅潮されるネコ耳娘。「そうだったかにゃ?」とぽりぽりと頬を掻いて誤魔化す。

 セドナは羽根扇を広げて口元を隠し、くすくすと笑った。

 

「だが、子供の頃はあれでいいんだよ。大人の世界に入るまではね。

 ただ、ニナはもう子供の世界にゃ戻れない。それを選択しちまったからねぇ」

 

 顔が真顔に戻る。

 

「戦士だからにゃ。命のやりとりに大人も子供だからって、手加減は一切してくれないにゃ」

「殺すか、殺されるか。だからね。

 もう少し、マーヤーの元へ置いときたかったよ。ラオ、リーミン」

 

 名を呼ばれたボースンとネコ耳娘は、腰をかがめてざっと礼を取る。

 

「は、御館様」

「ニナに刀の稽古を付けてやってくれ。刀じゃなくても良いけどね」

 

 ラオは「御意」と返答して頭を垂れた。

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語21〉

 

 鬱蒼とした森。

 だが、それはベラドンナことリンリンには見慣れた風景であった。

 元々妖精族。森林の民であった彼女にはこうした地形こそ、親和性が高い物であり、土地勘もある程度働く物であるからだ。

 わざとこの地を狙って跳んだ、と言うアドバンテージもある。

 あの眼鏡、エロコとか言ったか、が予想していた通り、ここは法国領であり、王国からかなり離れた僻地であった。

 ゲルハンが迂闊者であったのも幸いした。

 あの男は詰めか甘い。よく調べれば、自分の奥歯に全て魔石が仕込まれているのが判明したろうに、それを怠った。

 もっともここへ跳んだり、障壁を張るのに半分は使ってしまったので、残りは半分だ。

 全部使うと物が噛めなくなるので、なるべく温存したい所であった。

 さて、この小娘どもはこれからどう出るか。

 にやりと『既に我が手中に落ちているのを理解した時、その反応が楽しみじゃわい』と、暗い笑いを忍ばせる。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「何か笑われた気がするわ」

 

 とあたし。寝ているロリ婆が口元を歪めた様に見えたのね。

 

「気のせいだと思いますよ」

 

 イブリンは薪を火中に放り込みながら返事をした。

 陽が落ちるのにはまだ早いけど、あたし達は野営の準備をしている。だって【転移】のせいでろくな装備がないから、なるべく早め、早めに準備を急いだのよ。

 

「やはり冷えてきましたね。早めに焚き火をたいて正解でした」

 

 それでもイブリンは侍女だから、幾つかの生活道具を身に付けている。

 火口(ほくち)箱とかナイフね。対してあたしの方はろくに道具は無いわ。カトラスは身に付けていたけど、これじゃ薪を得る為の道具になりゃしない。

 無理すれば使い物にならなくなる。

 うー、今度から短剣を身に付ける習慣を付けとこう。

 

「大袈裟なサマーマントを着てて良かったわ」

「メイド服も長袖で助かります」

 

 あたしは水色のマントをばさりと翻した。

 王国では初夏。季節の変わり目で突然、暑くなったり、逆に冷え込んだりと寒暖差が激しい時期だったのが幸いしたわね。

 もう少し。タイミングが遅れてれば、半袖な夏向きの涼しい服装に衣替えしてたから、この状況で苦境に陥ってた筈よ。

 

「問題は野生動物ですね。ヴォルフとかベアーとか出なきゃ良いんですけど…」

「鬼族やもっと質の悪い魔族もね」

 

 人里では駆逐されているが、辺境ではこうした魔物も多い。

 

「もっと始末に悪いのはヒトですね。あれは火を発見したら近寄ってきます」

 

 盗賊、夜盗、山賊…呼び名は色々あるけど、要は悪党共よね。

 女三人。いえ、イブリンは違うけど見掛けは美少女だし、もし、こんな所で遭遇したら格好の獲物になってしまうわよ。

 

「まぁ、その心配は置いておきましょう。問題は食糧よ」

「水はさっき発見しましたけど」

 

 そうなのよ。手持ちは皆無なのよね。

 森をさまよう事半日。発見したのはキノコの類いだけ。これって食べられるのかしらと半信半疑の代物だわ。狩りかなんかしようにも道具もないしなぁ。

 

「大丈夫。大丈夫です」

 

 イブリンがあたしを抱いてくれる。

 えっ、あたしは仰天したけど、付き放つ事もなく、そのまま温もりに包まれてしまう。

 

「私が何とかします。心配せずに…」

 

 しかし、イブリンはあたしの耳元で別の言葉をささやいていた。

 周囲に気が付かれない様な小声で、「誰かがこちらを見ています」と。

 はっとして周囲を確かめようとするが、「きょろきょろしてはいけません。気が付かれます」との制止で気配を探るのみに徹する。

 

「精霊よ。気配を教えよ。【探知】」

 

 そっと精霊魔法を唱える。

 あたしが使える初歩的な魔法だ。あたしの腕では探知範囲は狭いけど、なかなか役に立つ。

 

「反応あり、ね。ヒト級が三人って所?」

「山賊か、それとも鬼族か…。そのまま何処かへ行ってくれれば良いんですけど」

 

 抱きかかえられながらも、小声で会話は続けられたわ。

 端から見れば、二人の少女が抱擁している風にしか見えないだろう。あ、でも股間に硬い物が当たる。これって、あれ…よね?

 オトコノコなんだ。と、改めてイブリンに異性を感じてしまうわ。うわっ、考えようによっては、あたしって大胆な事してる?

 

「ふむ、ようやくやって来たかのぅ」

 

 そこに響いたのはロリ婆。いや、妖精族の錬金術師が発した声だった。

 樹にもたれかかって寝ていた彼女が、すくっと立ち上がっていた。無論、手は拘束してあるんだけどね。白っぽい金髪が焚き火の炎に反射して鈍く輝く。

 

「貴女の手下なの?」

「大人しく捕まる方が良いぞ。わしには『エリルラ』は不要の者じゃ」

 

 童顔で美しい容貌が歪む。

 

「お主が死んでも、わしにはデメリットも痛痒もない」

 

 迂闊だった。ここへ飛ばしたのだから、この土地は彼女のホームグランドである可能性を失念していたわ。

 同時に気配が動いた。前方と後方から、それぞれ得物を手にした白い長衣の人影が現れる。前から二人、後ろからは一人。体格はそれ程大きくないわ。

 

「エロコ様、私の後ろへ」

 

 イブリンが離れると咄嗟に焚き火から丸太を引き抜いたわ。太さは細くて頼りないけど、火の付いた松明状態だから迫力はある。武器としては有効そうね。

 あたしもカトラスを引き抜く。

 パチパチと焚き火の弾ける音が辺りを支配したわ。

 

              ◆       ◆       ◆

 

「エロコに対しては追跡手段がある♪」

 

 ゲルハン邸で一連の話し合いが終了後、ユーリィは説明をしていた。

 ニナは既に屋敷を出てエロイナー邸へと向かっていたし、マドカらも解放されて元の教会へと戻っていたから、ここにいるのは『闇』関係者だけだ。

 

「ビーコンを付けたのですね?」

 

 そう問うて来るのはローレルだ。ユーリィは頷くと「但し、相手はエロコじゃなくて聖女様だけどね♪」と補足する。

 

「二人になった時に襟の裏にね。あのメイド服を脱がない限り、上手く行けば一週間は追跡可能だよ♪」

「上出来です。早速、足取りを掴みましょう」

 

 ローレルは褒め、ベッケル・ゲルハンは「ふむ」と感心する中、ただ一人だけ状況を掴めないのはクローネ。「あの…どう言う事なのですか?」とおずおずと質問する。

 

「ああ、貴女は見習いですから、まだ習っていませんでしたか」

 

 問われた『闇』の幹部は説明する。だが「これは『闇』に於いても最高機密です。無関係な他者に口外すれば死罪ですよ」と脅しをかけるのを忘れなかった。

 

「精霊魔法の一種なんですが、マーキングした物体を探知する魔法があるんですよ」

「【探知】ですか?」

 

 ローレルは首を振る。似ているがそれとは違う魔法だと。

 

「範囲が全く違うんだよ」

 

 ゲルハン男爵が代わって答える。大陸間さえ追跡可能な遠距離魔法なのだと。普通の【探知】は一級魔導士でもせいぜい数百キロなのに…だ。

 

「『ファーロング・トモロー』と呼ばれる、特殊な魔力を発する物質があってね。まぁ、専門的に言えば何かの菌らしいんだが、そいつの反応を辿るのさ」

 

 古代王国で開発された遺失魔法で一般的には知られていない。無論、各国の諜報機関でも最高機密に相当する魔法であると述べる。

 ユーリィは「まぁ、その内、教えられるだろうけど♪」とクローネへ笑いかけると、鉛に包まれた容器を見せる。塗り薬の軟膏入れに似ていた。

 

「魔力を遮断する容器だ。この中に菌が入ってる。

 こいつを気が付かれない様に、相手の何処かに素早く塗りつける。

 菌が生存出来るのが長くても一週間。下手すると半日で死滅しちまうのか欠点だね♪」

 

 極端な低温、高熱に晒されると弱いのは性質上仕方ない。

 それでも有用なのは確かなのである。

 ローレルは探知装置である水晶球状のマジックアイテム取り出すと、ユーリィに番号を尋ねる。『ファーロング・トモロー』には固有のロット番号があって、それそれ発する特殊魔力が違っており、これによって特定の周波を絞り込むのである。

 

「これですか…」

「ありゃ、こりゃ遠いわ♪」

 

 反応は国外である。水晶球の映し出された輝点はラグーン法国内を示していた。

 王都から遙か西の森林地帯だ。

 

「ビーコンが働いてる内に何とか連れ戻したいですね」

「どうせ、あたいなんだろ。いいさ…、【転移】の使える奴を用意してくれる♪」

 

 とは言うものの、言った先の帰還方法はない。

 送り込まれたら、自力で帰還するしかない片道切符になるのだが、ユーリィは覚悟を決めた。

 

「済みませんね」

「言葉よりも装備だよ、ローレル。その水晶球とか色々貸してくれ♪」

 

 自慢の長い金髪をばさばさと掻くと、彼女はクローネの方を向く。

 そして一言「あんたも災難だけど、あたいの部下だから任務に同行して貰うよ♪」と言い放ったのである。

 

〈続く〉




かなり掛かってしまった。
ウサ耳村も完結したら纏める予定ですが、多分タイトルが変更されます。
最初は文字通り、ニナの村でのお話だったんですが、私掠船での行動中心になったので「タイトル詐欺だよなぁ」と。
始めはもっと短く終わらせる予定だったのがどうしてこうなった。ちなみに忠義者なニナの性格が全く違うのは、あれから成長したからです。

ビーコン。微生物の観念がないので菌と言ってますが、要は生体発信器です。
判る人には判りますよね。ファンタジーで出してみたかったんですよ(笑)。

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