エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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お待たせしました。
次はもう一話、<閑話>を独立させた後、実習航海編の続きを来週掲載予定です。




偽りの聖女6

〈閑話〉ウサ耳村5

 

 明け方に船は出港した。

 数時間の航海で隣村へと到着し、生き残りの村人を下船させる。

 婆もこの時、子供達と共に降りた。

 ニナはセドナに託され、今、後甲板に立っている。

 

「見掛けだけは一人前だね」

 

 ニナを目にした彼女の第一声がそれだった。恐らく、それは着込んでいるバニースーツから、かっての婆の姿を重ねていたのだろうと思う。

 

「ニナは一人前だ!」

「およし、気負っていちゃ、生き残れはしないよ」

 

 セドナは苦笑しつつ、憤るニナを諫める。

 最初は臆病な方が良いのだ。攻める事よりも、まずは生き残る事。

 だから、セドナはニナを戦闘へ投入する気はさらさらなかった。復讐心のまま突き進み、初陣で戦死するのが目に見えてたからである。

 生き残り続けたら、その内に戦士としてベテランになって行く。

 

「あんたには船員として一人前になって貰うよ」

「船乗りになる気は…」

「このセドナに預けられたからには、文句は言わせない。それとも降りるかい?」

 

 ニナは押し黙った。自分の立場を理解する。

 居候ではなく、セドナの配下として雇用されたのである。契約期間は取りあえず半年。それまでは文句を言わずに勤め上げるのが傭兵としての仁義だ。

 

「分かった」

「働きが良いなら、その内、家臣に取り立ててやるよ」

 

 たったの五歳の小娘にとって、今の条件は破格であると婆はニナに告げていた。そして「くれぐれも失礼のない様に、じゃ」と言い含められている。

 セドナと婆の間柄だから成立している条件なのだろう、とニナは察していた。普通、子供の小遣い銭程度の給金である筈なのに、ニナは大銀貨を手にしていた。

 価値が大銀貨の一割しか無い小銀貨なら目にして使った事もある。が、こんな大金を貰ったのは生まれて初めてだ。しかも前払いで、だ。

 

「信用されてくれた分の働きは見せる」

「期待するよ。さて、まずは基本だね。ラオ、リーミン!」

 

 呼ばれた二名が現れた。一人はヒト族の男で老齢。もう一人はネコミミ族の若い女である。ニナは思わず身を硬くした。

 

「ラオだ。航海長(ボースン)でいいぞ」

「リーミンだにゃ。ウサ耳かぁ、面白い玩具ににゃるかにゃ?」

 

 リーミンと呼ばれた女は、興味深そうにしげしげとニナを眺めている。ウサ耳族のバニースーツを酷似した服(キャットスーツ)を着ており、その姿からニナを不快にさせる。

 

「およし、こいつはニナだ。この娘に私掠船員としての基本を叩き込んでやりな」

「へい」

「うちがかにゃ?」

 

 もっとも服装に関しては、キャットスーツはバニースーツと同時期に作られた物だろうと言われている。作られた経緯も同じだ。

 ネコミミ族から言わせれば、バニースーツの方が模倣であって正統派こっちだとの言い分であり、五千年間ずっと論争を続けているので有名だ。

 まぁ、ニナの着ている古代の秘宝もバニーなのか、キャットなのかは正確な所分からないし、現代の縫製業者だってどっちにも使える様に売っているのだから。

 

「頼んだよ。ああ、ラオは後であたしの所へ来ておくれ」

「はい、御館様」

「じゃ、まずは甲板掃除だにゃ」

 

 リーミンにモップを押しつけられる。

 ぺろりと舌を出して舌舐めずりするネコ耳娘。黄色い瞳の虹彩がすっと細められる。

 ニナの船員としての経歴は、ここから始まろうとしていた。

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語19〉

 

「エロコ様」

 

 呆然とした顔で困惑するのはイブリン。

 あたしも同じなんだけどね。ここ何処って感じだから。

 さっきまであたし達はゲルハン邸に居た筈だったし、窓から見える夏の熱い日差しを鬱陶しく感じていた筈だったわ。

 でも、ここは鬱蒼と暗い森の中。空気の肌触りが違う。

 

「成功…したか」

 

 苦しそうな息で呟くのは赤い装束を身に纏ったロリ…ではなく、錬金術師ベラドンナ。

 あたしは眼鏡を片手でくいっとかけ直す。何か気合いを入れたい時や、冷静になりたい時に思わずやってしまう癖だけど、この場合は湧き上がる怒りを堪える為よ。

 

「【転移】の魔法ですか」

 

 冷静に、冷静と内心呟きながら問う。多分、あたし達三人はかなりの長距離を転移させられてしまったのだと理解しつつ、それでも問い質さずにはいられない。

 そもそも、どうしてこうなった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 ベラドンナが意識を取り戻したのが翌日の事だった。

 彼女と面会したあたし達は、何を質問しても沈黙を続ける錬金術師に困惑したわ。

 

「何故、教会に侵入したのですか?」

「聖女のホムンクルスを制作した理由は?」

 

 マドカとローレルの質問に沈黙を守るベラドンナ。

 寝台に寝かされて半身を起こしているが、表情はうつろで生気が無い。無論、逃げ出せない様に下半身はベルトで拘束されている。

 しげしげと観察したのは初めてだけど、切り揃えた金色の髪に白い肌。そして幼女と言っても良いロリ顔。でも肌の色艶は悪く、金の髪も所々、色が抜けて白化している。

 普通、妖精族は年を取っても白髪になる事は無いわ。もう、これは明らかに何かの疾患を抱えてる様な感じね。

 

「やれやれ…口を割らせる方法としては下策であるのは分かっているのですが…」

 

 相変わらず陰気な雰囲気を纏って、部屋にゲルハン男爵が登場したわ。

 ぴくりと初めてベラドンナが反応した。

 

「…ベッケルか」

「はい、不肖の弟子、ベッケル・ゲルハンですな。

 さて、話して頂けますかな。言わねば、貴女の真の名をここで明かしますぞ」

 

 あら、ベラドンナの声は意外と可愛いのね。

 もっと、声だけ老人なロリ婆風かと思っていたから意外な感じ。

 

「やめい」

「やはり、あれはランラン関連の…?」

「やめいと言うておる。娘の事に口出しするでない」

 

 男爵はそっぽを向いたベラドンナを放置すると、あたし達の方を向いて「ランランとは亡くなった彼女の娘さんだ」と説明を加えた。

 東方系の名ね。向こうの文字とかで表すと、蘭々とか爛々かな?

 

「一説ではベラドンナがホムンクルスの研究に乗り出したのは、亡くなった愛娘を甦らせようとしたからだとか」

 

 あたしは男爵に言った。これは錬金術の授業で、担当教官から余談として話された事だ。もっとも「本当かどうかは確認されていない」とも語られているが。

 ゲルハン男爵は首を縦に振った。

 イブリンは「それは生命を冒涜する行為です」と感情を抑えながら、その行為を否定している。聖職者だなぁ、と思うわね。

 

「私は、それがある程度成功したと見ているよ。

 私でさえムンクルスを作れたのだ。彼女が出来ない訳がない」

「では、失踪したのは?」

「さて、それは私にも分からん。ただ、失踪時の彼女の工房にはホムンクルスの完成体は残されていなかった。不完全な物はあったがね。少なくても、私が確認した作品は…な」

 

 そう言うと男爵は再び、ベラドンナに視線をやる。

 完成体? との単語があたしには引っかかっていた。だから思い切って尋ねる。「もしかして、その時点で亡くなった者の再生には成功していたのですか?」と。

 

「…肉体だけはな」

「やはり…、魂の再生は叶わなかったのですね」

 

 死者を甦らすには、無論、魔法での蘇生という方法があるわ。

 これは聖句魔法の最上技だけど、問題は死んである程度の時間が経つと魂が肉体から離れてしまい、再生する事が叶わなくなる所ね。

 禁忌の死霊魔法にも同じ様な魔法もあるけど、こちらは時間制限は無いけど、甦る肉体は生者ではなく、アンデッド(不死怪物)になってしまう物だから、厳密には復活とは言えなくなるわ。

 

「いや、完成体は魂の再生を部分的だが成し遂げていた」

 

 え、それって凄い事なのでは?

 少なくとも、教科書とか講義では聴いた事ないわよ。それともあたしがまだ一年生だから、習ってないからかも知れないだけなのかしら。

 

「どんな方法を使ったのかは、私が知りたいくらいだがね。

 さて、ベラドンナ。今の事件関係を答えられないのなら、失踪した時の事を教えて貰えないかね?」

「ランドーラが…娘を連れて行った」

 

 ぷいっと拗ねた様に横を向いて呟いた言葉。

 って、ランドーラって誰よ?

 だけどゲルハン男爵はそれを聞いた途端、顔色を変えたわ。

 

「ランドーラ…あの男か!」

「再生した娘の魂を…。すまぬ、身体が痛い。この束縛から解放して貰えぬか?」

 

 ベラドンナは拘束された下半身の革紐を指したわ。男爵は「よかろう」と頷いてメイドさん達に命ずる。

 相変わらず影の様にするっと動いて、無言で拘束を解く使用人達。

 その間に男爵は、ランドーラなる人物の事をあたし達に説明してくれた。

 男爵もそう詳しくはないけど、ランランの父親とされていた男性だそうだ。ただ相当な自由人で自己中心的、ふらりと現れては姿を消す。

 しかも、普段は何をやっているか掴み所のない男で、正体不明だったらしいのよ。

 

「顔は残念ながら良かったがね。そして、錬金術、魔術の才能も高かった。

 だが、王立魔導学院で調べてもランドーラなる男は存在しなかった。奴が独学でその才を極めたのか、他国の出身なのか。或いは偽名なのか…」

 

 低い声で「くくく」と男爵は苦笑いをした。

 そして「いずれにせよ、私はリンリンを奴に横からかっさわれたのだよ」と告げたわ。

 え、誰。リンリンって?

 

「大丈夫ですか?」

 

 イブリンの声に、あたしはそっちを向く。

 ベラドンナが倒れていた。彼女はそれを助け起こそうと駆け寄っててたのよ。あたしも思わずそちらへと近づく。

 周りのメイドさん達は無表情で彼女らを見下ろしている。って、さっきからこの人達、凄く不気味なんですけど。ねぇ?

 

「済まぬ。おや、お前は…」

 

 助け起こされた女錬金術師は、イブリンの顔を見つめると驚いていた。顔を薄布で覆っているのだけど、聖女だって分かったのかしら?

 突然、びっと凄まじい魔力反応が出たのはその時だったわ。

 それは魔法の【障壁】だった。

 【結界】と【障壁】って似てるけど、結界が不可視なのに対して障壁は目で見えるって違いがあるわね。

 物凄い勢いで噴き出る魔力によって形成された壁。あたしと側に居たメイド達はそれが展開した余波によって吹き飛ばされる。

 いえ、メイドの一人は直撃を受けて炎に包まれて踊っているわ!

 その中心点にはベラドンナ。

 そして近くに居るイブリンも取り込まれているのよ。

 

「イ、イブリ…ン」

 

 あたしはそれを言うのがやっとだった。急激に目の前が暗くなって…。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 魔法の障壁が突如発生し、ベラドンナと周りの者の間に壁が出来たのは、誰も予想が付かなかった。

 

「そんなっ、今のベラドンナにそんな魔力がある訳は無いのに!」

 

 マドカが叫ぶ。昨夜、息も絶え絶えだった事を確認しているのだ。

 これは明らかに異常であった。

 

「済まぬな。悪いがこの娘を頂いて行くぞよ」

 

 ロリ顔の錬金術師は勝ち誇った顔で、いや、本人としては勝ち誇った顔をしたかったのだろうけど、やや苦痛に満ちた笑顔で宣言した。

 床に新たな魔法陣が光と共に描かれる。ローレルはそれが【転移】の魔法陣だと言う事に気が付いたが、こうなっては手も足も出ない。

 

「私をどうする気ですか?」

 

 取り込まれたイブリンは障壁を越える事が出来ないが、比較的冷静にベラドンナへ問うた。対するベラドンナは「一緒に来て貰う」とだけ返す。

 

「馬鹿な真似は止めなさい。何処へ逃げても貴女は逃れられませんよ」

 

 ローレルが宣言する。彼が言うのだからハッタリと言う線は低いだろう。と気絶したエロコを介抱していたユーリィは思う。

 それにあたいにも切り札だってある。早速、役に立つは思わなかったけど。

 

「手は出すなよ。触れたら、ゲルハンの人形達と同じ目に遭うからのぅ」

 

 ベラドンナは顎をしゃくり上げ、燃え尽きて灰になったメイドを示す。

 

「人形ですか、かなり良い出来だったのですが…。まだまだ貴女のホムンクルスとでは出来に差がありますか」

「悪くはない。じゃが、そいつはまだ人形に過ぎぬよ」

「困るな。イブリンを連れて行かれるのは」

 

 ユーリィの手当を受けていたエロコが、ゆらりと立ち上がって錬金術師二人の会話に割り込んだ。

 

「イブリンはエロコにとって失う事は出来ない者だ。と私は理解している」

「ひ、姫様」

「ニナ、済まないが、セドナに説明を宜しく」

 

 ニナはぞくりと身体を震わせる。この姫様は昔の、そう造船所で倒れる以前の、まだ感情表現が未発達だった頃の姫様だ。

 そうしてエロコは障壁へと足を進める。

 

「待て、それに触れたら只では済まないぞ!」

 

 ゲルハン男爵が叫ぶが、エロコは気にせずに障壁へ身体を突っ込んだ。

 膨大な魔力が彼女を襲った筈だった。普通ならそれに焼かれて酷い有様になっているのだが、エロコ・ルローラは事も無げに突破する。

 

「待てっ、リンリン!」

 

 驚きつつも、ゲルハン男爵が制止の声を上げる。

 

「え、エロコ様?」

「イブリン、大丈夫。私は伊達にエリルラではない」

「エリルラだとっ、貴様はあの、エリルラなのか!」

 

 男爵の制止は無視され、障壁内で三者三様の声が上がる。

 その直後、魔法陣が発動して三人共、どこかの場所にて転移したらしく消え失せた。

 

「エロコっ、イブリンっ!」

 

 護衛失敗だと感じつつも叫ぶユーリィ。折角、部下とも言えるクローネが来たばかりなのに…。いや、これからだ。自分は彼女を追わなくちゃならない。

 

「御館様とファタ様に知らせねば!

 男爵、ローレル様。軟禁状態を解いて貰います」

 

 こちらはニナ。許可を与えないと、こちらを殺しても任務を果たす雰囲気バリバリである。それにエロコと言う押さえがなくなった今、ニナを止める事はほぼ可能だろう。

 そう判断したローレルは「ああ」と許可を与える。

 

「エリルラだと。あれは伝説の筈だ…」

「それって、何ですか」

「随分、ベラドンナが驚いてましたよねっ」

 

 一方、ゲルハン男爵は状況について来れずに呆然としていた。それに噛み付いたのはレオナとルイザ達であった。

 

「私も知りたいですね。ベッケル・ゲルハン男爵」

 

 それにローレルも加わる。無論、その場に居る全員が異議を唱える事はない。

 

「…私も詳しくは知らん

 元々、あのランドーラが話した知識なのでな」

 

 男爵は重い口を開いた。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「いつの間にか、なのよね」

 

 あたしは何も答えてくれぬベラドンナを縛っていた。イブリンの話によると、直前に何か凄い魔法を使ってて、弱ってるから捕縛するのは楽だったわよ。

 無論、ロープなんて無いから、イブリンの顔を覆ってたヴェールを拝借してよ。

 気絶して、気が付いたらこの光景。何処なのここは?

 

「エロコ様は、別人におなりでした。少なくとも私にはそう見えました」

「え、嫌だ」

「障壁をものともせずに…」

 

 えーと、聞く限り、それチート過ぎ。それにあたしの中に、あたし以外が居る?

 あんまり考えたくないわよ。そんな事は。

 

「ふん、奴も短時間しか出てこられないのか。それともわざと引っ込んだのか」

 

 ぶつぶつ呟くベラドンナ。しきりに「エリルラめ」とか悪態を付いてるけど、それがあたしではない、誰かさんの正体?

 

「ベラドンナ。いいえ、リンリン」

 

 イブリンが勝ち誇る。

 

「うっ、何故その名を…」

「男爵が叫んでましたからね。貴女の本名でしょう?」

 

 ああ、リンリンってのはベラドンナの真名なのね。

 魔導士には呪術的な約束が多いけど、その中に『名は本質を縛る』ってのがあるのよね。つまり、名を知られると敵に呪術的な呪いを掛けられたりして不利になる。だから、本当の名を隠すってのがある。

 形を変えて民間にも伝えられてる迷信だけど、迷信とも言い切れないのが魔導の世界。だから、魔導士は世間的には仮名を名乗ったりするのよ。

 

「その名を言うな」

「ではその代わりに、さっきから呟いてるエリルラの話をして下さい」

「約束じゃぞ」

「聖なる女神の誓いに賭けて」

 

 イブリンは聖教会式の誓いを取る。それに安心したのか「わしも余り詳しい事は知らぬ。ランドーラからの又聞きじゃからな」と前置きする。

 

「構いません。しかし、嘘は言わないで下さい」

「それはどうかのう」

 

 リンリンは口を開いた。

 それは古代の、いえ、超古代の伝説だと思われている事柄だったのよ。

 

〈続く〉




エロコ(プロトタイプ)は本人に見えませんが、あれもエロコです。
でも、本当の名は…。

さて、転移でどっかへ飛ばされてしまいましたね。暫く、イブリンとお邪魔虫の三人道中になります。無論、残留のゲルハン邸組も出ますけど、そっちはお話的にサブにならざる得ないかもしれません。


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