エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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お待たせしました。偽りの聖女編をお届けします。

更新が不定期になりそうです。
なるべく一週間に1回。最悪、二週間に1回を保ちたく思います。



偽りの聖女5

〈閑話〉ウサ耳村4

 

 成人の儀。

 それはウサ耳族に伝わる一人前になった印である。

 元々は戦人として一人前の戦士になった事を示す為の物で、戦装束に身を固めて武器を携える事で、幼少時の姿を捨て去る事にあり、大人に庇護される存在から、自前で生きて行ける証として身なりを整えるのだ。

 ニナへ婆様はボディスーツ状の衣装、バニースーツを着せた。

 これは他種族からはウサ耳族の民族衣装と言われているが、元々は戦装束だ。森や密林に生きる彼女らにとって、身の軽さを旨とする為の、そして女性が圧倒的に多いウォーリアバニーにとって他種族を悩殺する為に考案されたと言われている。

 耐久性と伸縮性を兼ね備えた魔糸で織られており、手触りや着心地も良く、しなやかで動きを妨げない。

 

「え、これは?」

 

 着た途端、明らかにぶかぶかだったスーツが、ニナの身体に合わせてジャストフィットしたのに驚く。最初からあつらえた様にぴったりだ。

 婆様は微笑んで「ふむ、正常に作動しているようじゃ」と満足そうに頷いた

 

「マジックアイテム?」

「そうじゃ。大抵のバニースーツには魔法防御力が付与されておるが、こいつは特別での。昔、傭兵をしていた時に手に入れた古代王国期の秘宝じゃ」

 

 元々バニースーツを考案した者は、女傑テラだった。

 ウォーリアバニーを目にしたテラが「折角、ウサ耳あるのにバニーガールじゃないなんて」と呟き、それは何だと言う話になって、テラの故郷に存在していたバニースーツが紹介され、広まったという伝承がある。

 テラに心酔していたウサ耳族がバニースーツなる服を聞き出し、勝手に制作して着出したという説もあるのだが、まぁ、それはさて置いて、それから五千年。バニースーツはウォーリアバニー一族の象徴的なシンボルと化している。

 

「そんな凄い物を」

「何、既に婆が着るには過ぎた代物よ。じゃが、婆とてそのスーツの本当の力を引く出すには至らなかった。ニナ、お主にそれを託す」

 

 古代王国期に作られたバニースーツは、今の物とは段違いに高性能である。

 バニースーツに限らず、服飾系アイテム全体がそうなのだが、今より魔法が遙かに発達していた時代であるので、今のスーツは高級品でもせいぜい防御魔法が付与してあるだけだが、先程の着る者に会わせて自動的にサイズが変化する能力の他、自動的に汚れが落ちたり、寒暖差を感じさせず、常に一定の温度を保つ機能などが施術されている。

 婆様曰く、「他にも色々な機能が搭載されている様じゃが、皆目見当が付かない」との話だった。

 ちなみに婆様も長衣の下にバニースーツを着ているが、これは現代製の安物であるそうだ。安物と言っても、この秘宝に比べての話なのだろうが…。

 

「いずれ、誰か後継者に譲らないとと思っておったが、ニナとはのう。」

「その言い方は…」

「まぁ怒るな。さて、武器の授与じゃ」

 

 ふくれるニナを押し留め、成人の儀で最も大切なブロセスに移る。

 老女は服とは反対に、今度は新品で使い込まれていない刀をタンスの奥から取り出し、刀身を抜いてニナへ向ける。

 

「しゃがむのじゃ。武器の授与を行う」

 

 膝を突いて頭を垂れる若いウサ耳族の肩へ、刀を寝かしてその刀身を載せる。

 なちみに刀が新品なのは、武器は己の力の象徴としての物であり、自分の実力で買い換えて揃えて行けとの話になっているからだ。

 最初がとんでもない安物である事も珍しくは無いが、この刀は市販品だが、あまり質は悪くなさそうである。

 

「ニナよ。汝に真名を与える」

「我が名はニナ。マルート族のウェーリアバニーなり!」

「ニナよ。汝に我がヘイワースの姓を与え、成人の証としてバニースーツと武器を与える」

「了承した。ニナ・ヘイワース。今日より成人として部族に名を連ねる」

 

 ニナはすっと立ち上がり、婆様から差し出された刀を鞘に収める。

 真名を与える事は儀式を行う者の特権だ。これは普段は名乗らず、特別な時のみに名乗る名であり、本来の目的は呪殺避けとも言われるが、定かでは無い。

 言えるのは、真名を知る者は親しい者、両親や兄弟に限られる。しかし、両親も定かではないニナは、婆様の真名、ヘイワースを継承した事となったのだった。

 これで儀式は終了した。以後、大人となったニナは子供達が共同生活する、この館へ戻る事は無い。

 

「住み慣れた館を離れるのは、さみしくは無いかの?」

「もう決めた事。ニナはこれから戦士となる!」

 

 やがて、荷物を纏めた二人は館を去る。

 出港が間近に迫っていた。

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語18〉

 

 ローレルの登場は唐突だったけど、あたしの中では想定はされていたわ。

 何せ相手は『闇』ですものね。

 いつ何処に出現してもおかしくないわよ。

 彼は自分の立場や、今までの経緯説明(でもイブリンの事は内密)をした後に、グラン王国の国民としてマドカ達に協力を要請したわ。

 彼女たちは些か迷っていたけど、それでも了承した。でも、絶対に言外の圧力を感じ取っていたわよね。あれは…。

 

「さて、先程聞いた錬金術師の話ですが…」

 

 じろりと男爵を睨むローレル。

 「む?」と、ゲルハン男爵は訝しげに彼を見返す。

 

「何故、貴方はその女がベラドンナであると断定なされたのです」

「…昔、と言ってもかなり前だが、小生は彼女に直接、会った事があるからだ」

 

 あれ、錬金術師ベラドンナって、確か半世紀も前に行方知れずになっていたんじゃ無かった?

 

「成る程。そう言えば男爵も妖精貴族(エルフィンノーブル)の一人でしたね。

 その出会いを教えて貰いたい物です」

 

 妖精貴族とは文字通り、エルフ族の貴族よ。

 まぁ、俗界の政治や社会に興味を持つエルフ自体がそんなに居ないから、元々数は多くは無かったんだけど、それでも国に対して功績を挙げた者は叙勲された訳。

 ただ、そうしたら弊害が出てしまった。と言うのも妖精種は寿命がヒト種や他の亜人よりも遙かに長いので、国家を運営する際に問題になったのよ。

 余りにも寿命が長いので統治者として力を持ちすぎてしまうの。

 だから第三次マーダー大戦終結後の二百年ほど前に、新規に妖精族を貴族にすることが禁止されたのよ。同時に代替わりする際、妖精族を指名出来なくした。

 反対する有力な妖精貴族が大戦で次々とお亡くなりになったので、強引に設立した観があるわよね。

 ああ、うちの一族で言えば、第三次大戦で功を上げたファタ義姉様やエルン義兄様が、最後の滑り込み叙勲組だったかしら。今は妖精族は士族にはなれるけど爵位は貰えないの。

 それでも妖精貴族は、大小二十余家存在してた筈。ゲルハン男爵もその一人なのね。

 

「それは要請と言うよりも、有無を言わさずに聞こえるが?」

 

 ローレルはにっこりと笑みを返し、「そう思って頂けると幸いですね」と続ける。

 うへぇ、国家権力怖い。

 

「お聞きしたいです」

「あの、お話し下さい」

 

 懇願したのはレオナ達神官姉妹だった。こちらは純粋に興味からだろうか。

 そう言えばさっき、「もし邪悪な考えを持たないのであれば、弱者を救うのが神の御心です」とか会話していたわね。

 

「さて、何から話そう…。

 私の経歴なんぞ、ローレル殿は既に知っているかと思うがね」

 

 男爵は苦笑して語り始める。

 それは「同級生だったのだよ。王立魔導学院の…」から始まる、長い昔話だったわ。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 王立魔導学院。

 それはグラン王国で一番の伝統を持つ学校だわ。

 国が建国したとほぼ同時に開校した歴史を持ち、今では三大王立校の一つとされてるけど、約三百年前に開かれた王立軍学校。まして、たった二十年前に開設された海軍士官学校とは格が違うわ。

 長年、貴族の子女なら必ず入学するエリート校とされてきたの。

 ここだけの話、貴族の子女を人質として管理する側面はあったのは否めないけどね。

 

 魔導って名が付いてるから分かる様に、学校であると同時に魔術関係を研究する公的機関でもあるのよ。

 新暦800年代に起こったルネサンス運動。を王国で牽引したのも無論ここよ。

 これは失われていた古代王国期の技を復活させた一連の技術開発の事で、古代王国期にも同じく起こったルネサンス期を手本とした物よ。

 まぁ、古代ルネサンス(現代のルネサンスと差別化する為、こう呼ばれるわ)は超古代文明の技術を復古した物だけどね。それに匹敵する技術革命が相次いで起こったのは間違いなく、魔導学院は名声を高めていったわ。

 そう、そのルネサンス時代に、男爵と錬金術師ベラドンナは同級生だったのよ。

 

「ルネサンスを明るい時代だと思う者も多かろう。

 だが当時は国境付近がきな臭くてな。隣国のマーダー帝国が再び侵攻を開始しようとしていた。学業もその影響を受けて、皆、びりびりと張り詰めておった」

 

 と男爵。彼は錬金術師の卵であり、当時は男爵家の子息でも無い、単なる学生でしか無かった。その上、妖精族は今日と違い社会では少数派で、学院では日陰者扱いだった。

 

「妖精族や半妖精がある程度、社会に溢れている今から見れば信じられぬだろうがね」

「奇異に見られる。と言うのは別の意味で経験があります」

 

 とマドカ。そう言えば東方の皇国では妖精族はどんな扱いなのかしら?

 

「皇国では皇室の方々や貴族。そして神職などが主だったかな?」

「はい。殿上人と呼ばれております。こちらとは逆に、尊い者とされ、一般庶民が接触するのに拒否感を出してきます」

 

 ああ、向こうでは高貴な血筋とされているのね。

 だけど、マドカ曰く、「それは堅苦しいだけで嫌だ」との見解を述べる。自分も半妖精だけど、他人行儀で他種族に友も作れないし、妖精族から見れば、混血児として蔑みの目で見られる事が多い。と。

 

「南大陸に住む妖精族がそんな感じであったな。彼らは妖精族至上主義で他種族を蔑み、住み家である南大陸を一歩も出ず、閉鎖的だ」

「それが妖精族の本質だと思いますけど…」

 

 あたしが口を挟む。中央大陸に居住する妖精族も大半がその気質を持っている。

 優れた魔法を習得し、他者から見て異様に寿命が長い故にそうなるのである。

 時間感覚が違う。妖精族にとって一年は一日程度の感覚でしか無い。彼らからすれば、せかせかと生き急ぐ、現代社会に参加しようとする方が変わり者なのだ。 

 

「ま、そうだろうな。それは置いておくとして、今はベラドンナだ」

 

 男爵は言う。彼女も妖精族故に孤立していた、と。

 

「特にあの童顔だ。あの顔で一人前の意見を言い、大人ぶった冷静な口調で話されると大抵の者は向かっ腹を立ててしまう。

 幼女に言い負かされると悔しい。とな。

 くくく、だが彼女は幼女ではなく、齢五十を超えた立派な少女であったのだがね」

「五十?!」

「ヒトで言えば、まだ思春期の真っ盛りですよ。ルイザ」

 

 びっくりするルイザにマドカが冷静に諭す。

 妖精族は長寿命だけに成長が遅い。大人になるまで百年かかるのが普通だ。

 だから他種族は、セドナ曰く「生まれたと思ったら、いつの間にかころっと死んでいる程度の感覚」なのだそうよ。

 

「まぁ、そんな嫌われ者同士。いつしか私は、ベラドンナと仲良くなった。

 恋愛って関係ではなく錬金術師としてだがね。

 研究畑が違うが彼女は天才だった」

 

 ベラドンナ。当時はその名では無かったそうだけど、彼女が天才であるというのは本当の話で、失われた技術を幾つも復興している。

 その成果の一つが、ルネサンス最大の功績とも称えられる、鋼の大量生産法ね。古代王国期に失われたコークスの製法を解き明かし、貴重品であった鋼の生産量を飛躍的に上げたのよ。

 今の世の中ではそこら中に鋼が使われてるけど、新暦800年代では鉄製品は殆ど粗鉄で、魔法剣とかならともかく、普通の刀剣なんか斬り合いすると最後には曲がる様な代物だったのよ。軟鉄だからね。

 硬く丈夫で、柔軟性もある鋼を安く、しかも大量に生産出来る様になったのは彼女のお陰だわ。

 

「ま、それも、彼女に言わせれば『古代の文献を調べ、口伝からヒントを得て石炭を蒸し焼きにしただけだ』だそうだけどね。

 もっとも『製鉄で森が荒らされるのが気に食わない』のが最大の理由らしいが」

 

 判る。昔の製鉄は木炭を燃料としていたから、森を領域としてたエルフとは折り合いが悪いのよね。間伐材を炭にするのはまだしも、建材にも使えそうな立派な成木を単なる燃料にするのには耐えられない。

 木を切り出そうとする他種族、特に製鉄を主な産業にするドワーフ族だけど、としばしば衝突したのもそれが原因。

 

「彼女は孤高の研究者だった。在学中に友人と呼べる者は少なく、殆どが錬金術を通じた研究者ばかりだった。

 私も友人とは呼べないだろうな。出来の悪い弟子程度と見られていたに相違ない。

 そして、在学中に第三次マーダー大戦が勃発した」

「男爵は戦場へ赴き、そこで活躍なされて爵位を得た。ですね?」

「…酷い戦だったからな。私の故郷であった森も敵に焼き払われ、多くの親類縁者が死んだ。だからあれは単なる復讐心さ」

 

 ローレルの問いをゲルハン男爵は肯定する。

 第三次マーダー大戦は十年間も続いた。一進一退で国境線は何度も書き換えられ、多大な犠牲者を出して終結するが、グラン王国もマーダー帝国も共に得るものが殆ど無かった。

 国境線付近の町や村が荒廃し、妖精族の住む森が焼かれ、海沿いの領地が神出鬼没の艦隊に襲われて大被害を食らっただけだった。

 王国では妖精貴族達の多くが戦場で倒れ、帝国ではクーデターが起こってより中央集権制が固まったとかの動きはあったが、疲弊しただけの不毛な戦争であった。

 法国の介入で終戦条約が結ばれ、新任の男爵が王都へと戻ると名をベラドンナと改めた彼女は、独立し錬金術工房を構えた主になっていた。

 

「そこからの付き合いは疎遠になったよ。何せ、何の因果か叙勲されてしまったからね」

 

 故郷の森を復興する為に領地を頂いた男爵は、貴族の責務として慣れない領地経営をしなければならなくなったからだ。

 生き残った一族郎党からも頼られており、放り出す訳にも行かずに復興に取り組んだ。しかも、彼の故郷は戦争で被害の最も多かった西部。国境付近を割り当てられたのだから、その経営は大変苦しかったらしい。

 

「でも、新暦950年頃までには領地も一応は安定した。植林も順調で焼け野原から森と言っても良い程に育った。その時だよ、ベラドンナの事を耳にしたのは」

 

 すなわち、ベラドンナが忽然と失踪したとの話ね。

 男爵も友人として行方を追った。疎遠になっていたとは言う物の、それでもちょくちょく付き合いはあったし、妊娠したと聞いた時には立ち会った。

 あの彼女の眼鏡にかなう男が居たのだろうかと思ったが、ベラドンナは相手の事を頑なに話そうとはしなかった。

 その頃、彼女は高名な錬金術師として名を馳せており、世間的にも話題になったが、その行方は蓉として知れる事は無かった。

 

「…まぁ、ここまでの話はローレル殿ならとっくに知っていよう」

「買い被りです。私はそれ程、万能な男ではありませんよ。男爵」

「どうだかな。さて、問題は今、隣の部屋で寝ているベラドンナなのだが、君達はどうしたいね?」

 

 ゲルハン男爵は丸眼鏡をきらりと光らせながら、あたし達の方を向いたわ。

 ユーリィ様が「はいはーい♪」と手を上げる。

 

「自白剤で口を割らせよう♪」

「却下だ」

「あたしも却下」

「死んじゃいますよ」

「神職としては容認出来ませんね」

「ニナは止めた方が良いと思います。姫様は?」

「当然、却下」

 

 反対多数で没。ユーリィ様は「低刺激性の奴を使えば行けるのに…」とぶつくさ文句を言っていたが、万が一、お亡くなりになったら困るのよ。

 もっとも、あたし達には聖女なる切り札が有るけどね。でも、こんな所で使うのは反対するだろうしなぁ。  

 

「とにかく体力回復を待ち、意識が戻ったら尋問。オーソドックスですが正統派のやり方で行くべきでしょう」

 

 ローレルの答えがあたしたちの総意に近かった。

 とにかく、まずは時間が必要だとの結論になる。あれだけ色々な事があって、ふと考えると全部で半日も経ってないのよねぇ。

 目まぐるしい日だった。

 実習航海してる友人達は今、何をやってるのかしら?

 ふと懐かしく思い出す。

 向こうは楽しく、のんびり南洋で航海してるのよねぇ。あたしも参加すれば良かったなぁ…と。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 ローレルの提案もあり、関係者はゲルハン邸へお泊まりとなった。

 連絡の為、ニナをエロイナー商会へ向かわせようとしたら、ローレルから「それはこちらでやりますので、勝手に動かないで下さい」と言われて中止。

 マドカ達教会組も同じで、教会の管理は『闇』が手配を回してるらしく、いわば関係者全員がゲルハン邸に軟禁状態。

 そのとある一室では、猛烈な抗議が行われていた。

 

「どう言う事」

「何がです?」

 

 ♪の付かないユーリィの怒声に、にこやかに答えるのは騎士ローレル。

 

「人手不足だって言うからエロコ達に張り付いてたのに、君はちゃんと監視してるじゃないか。突然、ベッケルの所に現れるなんて!」

「王都だから出来た事ですよ。この事件専用の密偵を用意している訳ではありません。ユーリィ、君の存在は大変重要なんですよ」

「別口の密偵がたまたま報告していたと?」

「ええ」

 

 本当かと訝しむ。だが、嘘とも決めつけも出来ない。

 だから、駄目元でもう一度要請してみる。「せめて、交代要員を増やしてくれ」と。

 

「却下…と言いたい所ですが、ふむ、考えておきましょう」

「ストップ。ぬか喜びは嫌だ。そんな『検討はしましたが、やはり駄目でした』的な後出しでケムを撒く、行政か政治家みたいな答えは要らないよ」

 

 腰に手を当てて、不満顔で抗議する子爵令嬢。

 それを見て『闇』の高官は嘆息する。確かにオーバーワークを強いてるのはこちらなのである。では、どうするか。

 

「リーリィは動かせませんよ」

「姉様に頼る訳には行かないだろ。それ位は、あたいでも分かる」

「見習いで良いのであれば、手配は出来ますが…質は落ちますよ?」

 

 妥協点だ。質が落ちるのは嫌だが、過労でぶっ倒れるよりはマシである。

 ユーリィはそう判断する。

 

「この際、妥協するよ」

 

 背に腹は替えられない。エロコ達は結構、アグレッシブに動くので手が回らない。イブリンのみを集中的に監視しているが、睡眠時間を削るのも限界だ。

 

「分かりました。クローネ、クローネ!」

 

 パンパンと手を叩きつつ、ローレルはクローネなる単語を叫ぶ。

 近づいてくる気配を感じ、咄嗟に投擲短剣を取り出して構えたのは、ユーリィの密偵としての性であろう。

 

「確かに質は悪いね」

「見習いですからね。この者がクローネです」

 

 すたっと天井から着地した小柄な人影を前に、ユーリィは呟いた。

 一応は基本をマスターしているらしいが、足捌きとか気配の消し方が雑すぎる。

 

「クローネと申します。宜しくお願いします。ユーリィ様」

 

 意外と可愛らしい声で、クローネは自己紹介をしたのだった。

 

〈続く〉




報告。
後の描写で矛盾が出るので、ゲルハン男爵領の位置を北部→西部に改訂しました。

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