エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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偽りの聖女編、長くなりそうです。
南海で暴れてるビッチ達と合流するのが遠のきそうな…(笑)。


偽りの聖女4

〈閑話〉ウサ耳村3

 

 建物は殆ど焼け落ちている。

 埠頭に並ぶゴムの倉庫は黒煙を上げて燃え続けていたし、人々の憩いの場であった広場も夥しい血が流れ、死体があちこちに転がっている。

 数少ない商店は掠奪の跡が痛々しい。村は死んでいた。

 

「密林の奥に逃げ込んだ連中が見つかったよ」

「えっ」

「数は数人。老人と子供だけだけどね。それ以外は死ぬか、連れ去られたらしいね」

 

 セドナの言葉にニナは驚いた。

 たった数人。それでも無事な者が居たのだ。

 

「会わせてくれ」

「いいとも、こっちさ」

 

 セドナは歩き出した。船を降りて村へと足を向ける。

 燻り、白煙が立ちこめた村の埠頭を抜けると、大きな天幕が張られているが見えた。

 天幕には見覚えが無いので、この私掠船の連中の備品だろう。

 

「婆様っ!」

 

 天幕の中に見知った姿を見つけたニナは駆け寄る。他に小さい子供が数名。その内、半分が幼児であった。

 

「おお、ニナ。ニナかえ」

「よく無事で…」

 

 襲撃を逃れたのは婆様が保護していた幼子だけであった。

 それを知ってニナはぐっと唇を噛む。鉄の味が口全体に広がって行く。

 

「さて、あたし達は海賊船を追うけど、あんたらはどうするね?」

「隣村へ身を寄せるかしかないの。村の皆が帰ってくれば再びここへ住む事も叶うのじゃろうが」

「途中まで送ろう。明日朝出港予定だから、それまでに身支度を調えておくれ」

「セドナ、済まないねぇ」

「何の、あたしとマーヤーの仲だ。遠慮は不要さ。この娘もあんたに預けとく」

 

 そう言いつつ、ニナを置いてセドナは去った。

 ニナが「マーヤー?」と尋ねると婆様はカラカラ笑って、「あたしの名だよ」と答える。そして、あの私掠船長セドナと一緒に暴れていた頃があったのだ。と教えてくれた。

 

「さて…身支度を調えなくてはのぅ。ニナも付いておいで」

 

 婆様は身を起こし、残った幼児をを子供達に託すと元の家、子育ての為の共同住居へと向かう。

 幸い、家は無事で掠奪の手も入っていない様子だった。ごそごそと身の回りの品を集めて、一カ所に纏める。

 その中に古いカトラス(船刀)をニナは見つけた。婆様が現役だった頃に使っていた武器であった。

 

「どうしたのかえ?」

 

 刀を手に動きを停めてしまったニナに、何か想い詰めていると感じた婆様は問うた。

 

「婆様。ニナは皆の仇を討って、そして皆の身柄を奪還したい」

「本気の様…じゃな」

 

 やれやれと首を振る老婆。しかし、その意志が固い事は分かる。

 何十年も前、自分もかつてそうだった。

 

「良かろう。しかし、戦士になるのであればそれなりの支度が必要になる。ニナはまだ成人の儀すら上げておらんからの」

 

〈続く〉

 

 

〈エロエロンナ物語17〉

 

 華麗な剣裁きと無骨で直線的な叩き合い。

 力でねじ伏せようとするワールのブロードソード(長剣)。対してユーリィ様のレイピア(細剣)はそれを受け流す形だわ。

 

「良い剣筋してるね♪」

 

 ワールを褒めるユーリィ様。余裕って感じでひょいと避けて、逆に素早い突きを入れる。

 ぶっと剣先がワールの手首を突いた。たまらず剣を落とすワール。

 

「でも動きが単調だな。これで終わりだよ♪」

「ストープっ!」

 

 そのままトドメを刺そうとするユーリィ様に、制止の声をあたしは上げた。

 だって、あれ、顔は笑ってるけど本気で殺す目だもの。

 

「ワールも謝りなさい。勝てる相手じゃ無いわよ」

 

 だって、あたし達士官候補生の中でも本気で剣技教官と渡り合えるなんて、彼女しかいないのよ。教官曰く、「ありゃ、何処かで本当に『死合』をしてやがる。数多の実戦を経験してきた剣筋だ」と評価されてる位なんだから。

 多分、子爵家の裏家業で何人も手に掛けてるのだと思う。

 

「畜生。どうとでもしやがれ」

「うーん、したいのは山々なんだけどな♪

 エロコの頼みとあっちゃ、単に骸にする訳にも行かないからね」

 

 と答えてるけど、彼女の剣は抜き身のままだ。つまり、一旦は引いたけど、あくまで一時停止状態。いつでも再開可能な様に警戒は解いてないのね。

 

「で、エロコはこいつらとどんな関係? 場合によっちゃ、許してやらなくも無いよ♪」

「一寸した知り合いです。こいつらと言う事は、他に神官達がいたんですね?」

「誘拐犯の仲間が…」

「死にたいんだね♪ 事情は君でなくても聞けるからなぁ」

 

 わーっ、本気のユーリィ様を怒らしては駄目だってば!

 ぐさって心臓を貫いてから、「ごめん。生意気だから、つい手が滑っちゃった♪」とか、テヘペロっとやりかねないわよ。

 あたしはニナに命じて、ワールを縄で拘束させたわ。そして改めて、この屋敷の敷地へと足を踏み入れる。

 誰のお屋敷なんだろう。ユーリィ様の実家、リリカ子爵家のタウンハウスかしら?

 

「知り合いの屋敷だよ。ああ、そいつの連れなら拘束してる♪」

「エロコ様」

 

 そう説明してくれるのと、屋敷の中からイブリンが姿を現すのがほぼ同時だった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 ここはゲルハン邸。西部領域を領地とするベッケル・ゲルハン男爵のタウンハウスよ。

 明褐色の煉瓦造り。二百年程前のルネサンス期に復興された耐火煉瓦だ。を使っているのでやや野暮ったいが、こぢんまりとして瀟洒な三階建ての建物だ。

 回廊に囲まれた大きな中庭。噴水なんかもあって花が沢山咲いている。

 でも、ユーリィ様曰く「あ、それにみだりに触らない様にね。薬草と言うか、毒草が混じってるから」だそうで、慌てて手を引っ込めたわ。

 ゲルハン男爵。そっち(裏家業)方面の関係者なのかしら?

 

「どうも…、当主のベッケル・ゲルハンだ」

 

 そう自己紹介する男性。短い紺色の髪。灰色の服を着た背が低い紳士。大きな丸眼鏡を掛けていて神経質そうな顔立ちね。が、室内から現れて、あたし達に席を勧める。

 テラスに備わったテーブル席。こんな時じゃなかったら、午後のお茶を楽しむ雰囲気だわね。

 ここのお屋敷の侍女さん達が影の様にすぅっと現れて、茶器を用意してくれる。でも、始終無言なのね。動きもなんだか機械的というか、人間らしさがないし。

 そう言えば、拘束されたワールもこの侍女達に何処かへ連行されてたわね。どこへ行ったんだろう?

 ここからは姿を確認出来ないけど。

 

「で、ユーリィ。この方々ではない先のお客さんだが、おっと、この方々に話して良いのかね?」

「構わないよ。『聖女』事件の関係者、いや当事者だから♪」

「王妃様が仰ってたあれか。なら、構わないだろう」

 

 この人も『闇』関係者か。

 お茶を淹れてくれる音に耳を傾けながら、あたしは次の言葉を待つ。

 

「ユーリィが連れてきた女。あれは錬金術師『ベラドンナ』だ」

「ベラドンナですって!」

 

 それに反応してしまったのはあたし。

 ニナ以下、みんなが驚いてあたしを注目する。でも、仕方ないのよ、ベラドンナと言えば錬金術師の中でも大物なんだから!

 あたしが知ったのもついこの前だけど、錬金術の教科書にも出てくる有名人よ。

 

「それって有名人なのですか?

 私にとっては、弱った女性の方でしかありませんでしたけど」

「んー、そりゃ、あたいも同じだねぇ。そんな大物だったんだ♪」

 

 イブリンとユーリィ様が答える。どう言う事なのかと尋ねると、彼女らはここへ運び込んだ経緯を説明してくれた。

 こちらも教会での出来事を伝え、情報交換を行う。

 

「赤い服を着た奴か。確かに赤い長衣を着てたなぁ♪」

「多分、それが原因でワール達が殴り込んだ事に繋がりますね」

「…話を続けるが、いいかね?」

 

 男爵は錬金術師ベラドンナについて解説してくれる。

 かつて天才錬金術師として名が通っていた女性である。たが、約半世紀前に行方知れずになってしまい、その消息はぷっつりと途切れてしまった事。

 古代文明の遺跡へ向かい、恐らく、凶悪な古代の罠にでもかかって死亡したのではとも、人生に失望して失踪し、自ら命を絶ったとも諸説あるんだけどね。

 

「失踪前に娘を亡くしたのが原因だと言われているが、詳しい事は分からない」

「このベッケルは錬金術師オタクなんだ♪」

「失敬な。私は現役の錬金術師だ。ったく、兄上に似て口が悪い」

 

 ああ、とさっきの薬草群の事を納得。錬金術師なら、様々な素材を育てていても不思議じゃ無いわね。専門は何かで変わってくるけど。

 にしてもユーリィ様のお兄様と知り合いなのか。昔尋ねてみたけど「立派だけど、とってもおっかない兄ちゃん♪」としか、ユーリィ様は答えてくれなかった記憶が。

 リリカ子爵家の現当主だっけ?

 

「で、ベラドンナの状態は?」

「容体は安定しました。薬草と聖句の併用で…。でも基礎体力がなさそうですね。何かの病も患ってますから、これは一時的な処置に過ぎません」

 

 イブリンが返答する。

 

「意識も無い。だから尋問も出来んよ。それより、先の闖入者の始末をどう付ける?」

「ワール。それとマドカという聖職者が居た筈ですが」

「姫様。それとレオナとルイザです」

 

 ある意味、貴族の邸宅は平民にとって治外法権だわ。

 貴族同士なら国法が適用されるが、それ以外ならその貴族の領地での法が優先される。

 これは屋敷の敷地自体を、その貴族が治める地方領と同等の権利を持った土地として国が認めているせいよ。

 と言っても、「俺の領地では奴隷法が合法だから、奴隷をこき使う」とか大幅に国法に背く政策は取れないのだけど、まぁ、それは置いておいて、裁判権や司法権なんかも、その領地が管理する事となるの。王国は地方自治が基本だからね。

 極端な話、犯罪者が貴族の邸宅に逃げ込んだら警備隊等の普通の官憲では手出しが出来ないわ。それを追い詰めるには軍や王法を持つ特別な部署のお出ましを願う事になるのだけど、今の場合、ゲルハン邸に侵入したワール達を館の主人は領内の法で勝手に処罰して良いって事になる。

 ゲルハン男爵領の法がどうなっているのかは知らないけどね。

 

「男爵。出来れば寛大なご処置を。

 多分、誤解による行き違いかと思われますので」

 

 あたしはそう願い出た。

 男爵は無表情であたしを見ると、「君が責任を負うのかね。士族エロコ・ルローラ?」と返して来た。それに対してあたしは頷く。

 

「とにかく、一度話し合ってみます。誤解が解ければ、彼らもあたし達に協力してくれると思います」

「許可しよう。だが、拘束を解くのは保留だ。司祭の方はまだしも、あの盗賊は何をしでかすのか、予測不能だからな」

 

 そうしてあたしは許可を得て、マドカ達とご対面。

 相手は牢屋の中だけどね。抜き身の武器を持って貴族の館に侵入したのだから、そりゃ捕まるわよね。

 ユーリィ様曰く、「神職達はそれなりに強かったよ♪」だそうで、当て身で無力化するのに苦労したらしい。神官を殺しちゃうと後が厄介だからね。

 もっとも、ユーリィ様はワールの尾行を感づいていたらしくて、迎撃準備を万端整えていた所に突入してしまったのよね。「奇襲だったら危なかったかも知れない」と語っていたわ。にしても、ここの侍女さん達の戦闘能力って高いのね。

 

「と言う事なの」

 

 一応、あたしの説明は終わったわ。その上で「これからどうします?」って尋ねたわ。

 犯罪者の烙印を押されるのは嫌でしょうからね。

 

「事情は分かりました。私達の無法をお詫び致します」

 

 マドカが男爵に跪く。後ろのレオナとルイザもそれに従うが、ワールはそっぽを向いているのにマドカが気が付くと、頭をぶん殴って「あんたもよ」と命令する。

 

「どうも、そちらの男は反省の色が見えないが」

「貴族なんて信用するな」

「ほう」

 

 反発するワールに、ゲルハン男爵は「くくく」と短く笑う。そして「その女達を解放しなさい。だが、その男は駄目だ」と配下に命じたわ。

 で、一人牢獄の人となるワール。そのまま放置よ。ま、一応、牢番の人が残ったらぼっちじゃ無いけど、あたし達は地下の牢獄から、上の応接間へと移ったからね。

 マドカは男爵へ「殺すのですか?」と尋ねたけど、男爵は首を振って「それじゃ楽しくない。彼には暫く滞在して貰おう」とだけ言ったのよね。でも…余り楽しくなさそうな将来が待ってそうな気がする。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「さて、消えた聖女の話だが…思い当たる節はある」

 

 上に一同が揃った事で、ゲルハン男爵が口を開いたわ。

 

「晩年の、いや、生きていたのだからこの言い方は語弊があるな、失踪前にベラドンナが行っていた研究主題は、ホムンクルス(人工生命)だった」

「え、あれってまだ行ってる者が居たんですか?」

 

 あたしは声を上げた。人工的に生命体を造り上げる神を冒涜する禁断の技。

 王国よりも、帝国方面で盛んに研究されているのだが、余り表立った成果は上げられていないので、最近では研究者はめっきり減っている。

 どっちかと言えば、傍流である遺伝の成り立ちを家畜の改良に応用した方が、成果を上げつつある。ミルクを多く出す新種の牛とか、多産の鶏とかね。

 

「私もその一人だよ。エロコ君」

「いや、ベッケルはどっちかと言えば闇医者だろ♪」

「それは余技だ。続けるが良いかな」

 

 突っ込みを退けると、彼はこほんと軽く咳をして一同を見渡す。

 たまらずにマドカが挙手をした。

 

「つまり、私達が見て、関わった聖女様は贋者で、それがホムンクルスであったと?」

「マドカ君だったかな。私はそう推測している」

「でも、それでは溶けた原因は…」

 

 これはレオナ。この中で唯一、聖女消失を目撃した者よ。

 

「寿命だろうな。ホムンクルスは短命だ。私の知る限り、最長記録は五年だったが、大抵はもっと短い」

「贋聖女は聖女の記憶も持っており、行動にも不自然さは無かった気がします。これはホムンクルスでも可能なのですか?」

 

 次の質問者はイブリン。メイドカチューシャから紗の薄布を垂らして顔を覆っているのは、マドカ達に顔を見られない為ね。

 

「記憶を植え付けられる操作は可能だ。と言うか、ホムンクルスを使える様にするには基本動作を与えてやらないと役に立たない」

 

 つまり、生まれたばかりの赤子ならともかく、大人として生まれる身体が、立てない、歩けない、口も利けないでは困るから、予めその基本動作をインストールするのだと言う。やり方は秘伝との話なので聞けなかったんだけどね。 

 それと同様に、記憶に当たる物を与える事も可能だそうだ。だが、こちらの成功率は芳しくないらしい。

 

「そう、記憶というのは高度な物らしくてな。失敗例ばかりが続いて、いつしか省みられなくなったが…。

 或いはベラドンナなら何等かのブレークスルーを発見したのかも知れん」

「贋聖女事件は、法国の教団本部へ報告すべきか否か、ですが、どう思われますか?」

 

 続けてイブリンは問う。これは男爵のみならず、場に居る全員への問いなのだろう。

 

「私は報告はしない方が良いと感じます」

「理由は? 司祭マドカ」

「恐らく、この事件には教団本部の内部対立が軸になった陰謀の一部である。と思われるからです」

「つまり、下手に藪を突いて蛇を出すかも知れないと、司祭様はお考えなのですね」

 

 レオナの問いにマドカは頷いた。続いてルイザが「中央の政争に巻き込まれるのは御免です」と意思表明をする。

 神官達の意見はまとまった様だ。イブリンは「他の方の意見は?」と言うが、むろん、あたし達だってこれを法国に伝える気は無い。面倒だもん。

 

「国際問題って面倒ですから、ここは報告は無しって話で」

「同じく♪」

「私は姫様の侍女ですから、意見は控えさせて頂きます」

 

 ほらね。

 

「だが、この事件はグラン王国としても機密問題である。諸君はそれを理解しているかな?

 関わってしまった以上、君達は機密を共有する者として、国家に協力し、その為に働いて貰う事になる」

 

 突然、横合いからそんな言葉が浴びせられた。

 あ、この声…、聞き覚えがある。

 

「ローレル♪」

「君か、ローレル殿」

 

 ユーリィ様とゲルハン男爵が口を揃える。

 そう、現れたのは騎士の姿をした青年。

 王立諜報部隊『闇』に所属する高官と思われる男、ローレルだった。

 

〈続く〉




ワール君は暫くお休みです。
まぁ、その内現れると思いますけど。

次の更新は一週間後位になると思います。

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