エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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 お待たせしました。
 士官学校編は夏休みに入ったので暫くお休みです。


第2章
偽りの聖女1


〈エロエロンナ物語14〉

 

 夏休み初日。

 あたしは侍女二人を伴って、久々に王都へ出かけたわ。

 士官学校だって王都なのだけど、だいぶ辺境だからこうして中心部へ出ると、賑やかさが全然違うわね。

 

「やっぱり都会だわね」

 

 都市の喧噪ってのはある。行き交う雑踏。商品を売る売り子達の声。馬のいななきとか、それを含めて田舎町では感じられない活気がある。

 活気がありすぎて、路上で喧嘩も起こってたけど気にしないでおこう。

 エロイナー商会前はそんな活気に満ちた一角にある。荷馬車も頻繁に行き交うからね。

 

「こちらへ」

 

 前と違って直ぐに奥へ通されたのは、あたし達の価値が上がってる証拠かしらね。

 執務室ではファタ義姉様が待っていたわ。手元には何やら書類がある。

 

「お久しぶりです」

 

 あたしは貴族式に腰をかがめて一礼。本当はスカートの裾を摘ままなきゃならないんだけど、制服のスカートはキュロットだから無理なのよね。

 ニナとイブリンは後ろで頭を下げている。

 

「ようこそ。早速だけど本題に入って良いかしら?」

「はい」

 

 国の現状を説明される。

 まず、北辺の国境紛争は小競り合いがあったけど小康状態。

 私掠船活動は双方が活発化して、輸送に支障が出ている。

 でも、最大に驚いたのが…。

 

「ギースが帰ってきたわ」

「えっ?」

 

 本物の国王が姿を見せたって事かしらね。

 

「正真正銘の本物。あれが贋者だったら、ドッペルゲンガーね」

 

 と義姉様が言うからには本物で間違いないわね。

 夜半、たまたま、王妃と相談中の席に王城にひょっこりと顔を見せたそうだ。

 王妃様は抱きつき、同時に義姉は頭を一発ぶん殴ったそうよ。

 

「それから溜まった仕事を押しつけて、宮廷で健在アピールをしたり…色々忙しかったけど、お陰で側妃派の不穏な動きは沈静化したわ」

「それは重畳。後は帝国との戦争回避ですね」

 

 国内の体制が固まったけど問題は帝国側の動きよ。

 

「一応、互いに兵を引く事で合意したわ。まぁ、色々と汚い手段を使ったんだろうけど」

「汚い?」

 

 義姉はうんざりした顔で「『闇』の仕業だろうけど」と前置きする。

 

「帝国側の主戦派の重鎮が突然、発作であの世行き。とかね。

 まぁ、元々、そいつ、グレゴール将軍は王国側に言いがかりをつけ来てたし」

「難癖ですか」

「国境紛争を解決する秘密交渉の使者として、王国へ密かに派遣した元将軍のなにがし…ええっと、名は」

 

 手元の資料で名を確認する義姉。

 

「ああ、ドラヴィダ侯爵だったわね。が、王国側に誅殺された仇を取るのだ。とか言っててね」

「国際問題じゃないですか」

「頭がおかしいのよ。空に巨大なディスクが現れて、それによって侯爵は骨も残さず焼き殺された。なんて戯れ言を言ってるし」

 

 けらけら笑う女伯だけど、あたし達は顔面蒼白。

 

「大体、穏健派のドラヴィタ侯を王国側が殺す理由なんて無いでしょ」

 

 ファタ義姉様。それ、本当の事です!

 ドラヴィタ侯爵。お忍びで王国に訪れたから、入国証明が立証出来ないのだろうな。そして王国側も公に出来ないわ。水面下で秘密の交渉をしてましたとか。

 そして遺体は綺麗さっぱり消されてるから、失踪して行方不明扱いよね。

 

「グレゴールの死で主戦派が統制が取れなくなって、帝国も長期出兵から来る負担に耐えられなくなったから、順次、兵を引いてるわ」

 

 グレゴール将軍哀れ。こっちは本当に誅殺されちゃったのね。

 ま、まぁ、和平の為の貴い犠牲だと割り切ろう。

 

「話は変わりますが、法国の問題は?」

「フローレ様。いえ、今はイブリンだっけ」

 

 後ろに控えていたイブリンが前へ出る。すっかり侍女スタイルが身に付いているわね。

 

「はい」

「相変わらず、聖女様は公式行事に出ずに病に伏せってる事になってるわ。まぁ、いつまで続けられるのかは分からないけどね」

「死亡の発表はないのですか?」

 

 女伯はすぅっと目を細めた。

 

「無いわね。法王は死亡にして一件落着を狙ってるんでしょうけど、側近達がそれを許さないみたいよ。これを何か政治的な動きに結びつけたいんでしょうけども」

「そうですか…」

 

 自分の話題なのにあっさりと引き下がるイブリン。以後、その話題はこの場では出なかった。

 そして幾つかの情報交換。例のディスクの件を義姉が知らないと言う事は、あたしに付けられている見習い『闇』、多分ユーリィ様だろうけど、からも報告が上がってない所から、あたし達も秘匿する事にしたわ。

 そしてあたし達は執務室から退出する。

 

            ◆       ◆       ◆

 

「イブリン。貴女は誰かに命を狙われているのだけど、聖教会も表向きさっさと死亡にしておいた方が都合が良いんじゃないかしら。

 何故、彼らは聖女の死亡を発表しないの?」

 

 商会の廊下を移動しつつ、あたしは前々からの疑問点を本人にぶつけてみた。

 イブリンは立ち止まると、「そうですね」と前置きしてから口を開く。

 

「聖教会には派閥があります。聖女を密葬にするのを是としない者も当然居るでしょう。やるなら、教会を上げて派手に裝式を挙げたいって者が多勢を占める筈です。

 しかし、そうなると聖女の体が必要になるでしょう。少なくとも素顔を見せる必要がある遺体が…。葬儀の場は大聖堂でしょうから、【幻影】の術で誤魔化しは効きません」

「物理的な問題ね」

 

 こくんと頷き、彼女は続けたわ。

 

「影武者なり何なりを使うと方法も考えられますが、さすがに邪悪すぎて、聖教会の関係者が手を下す事は無いでしょう。ばれれば、今後の経歴にも差し支えます。

 ただ、前にネクロマンサーに襲われた例の様に、外部の助けを借りて間接的に殺人を成そうとする可能性はないとも言えません」

 

 自分の手を汚さずに、か。

 そして噂に過ぎないけど、ラグーン法国にも我が国の『闇』に相当する、裏仕事を担当する特殊部隊があるらしいわ。

 まぁ、そんなのどの国にも、いえ、下手すると有力な貴族家なら、規模の差はあるけれど有しているのが常識だけどね。

 

「他に考えられるのは、私の死体が必要な場合があるケースですね。

 つまり、聖女が男だと証明する証拠として」

「あ」

 

 そうなのよね。法官派はそれを狙っているのかも知れない。

 今まであった『男性は聖句を使えない』ヒエラルキーを一気に突き崩す、決定的な物理的証拠。それが闇に葬られるのは何としても阻止したい筈だわ。

 廊下の曲がり角。そして、その娘は現れたわ。

 

「きゃっ!」

「あいたたた。もうっ、誰よぉ!」

 

 出会い頭にあたしはその娘と衝突。互いに尻餅をついてしまったわ。

 ずれた眼鏡をかけ直す。あら、お仕着せから見るとエロイナー家の侍女さんね。ぷんぷん怒りながら文句を言ってるわ。

 まだ若い。見た目は10歳位だから、侍女は侍女でも見習いね。

 でも、特徴的なのは彼女が亜人でも珍しい人馬族(セントール)だって事ね。大きさはボニー程度だけど、成長したらあたしは一方的に跳ね飛ばされて、向こうは無傷だったでしょうね。

 

「姫様に無礼な!」

 

 ニナが怒ってるのと対照的に、イブリンはその侍女に手を差し伸べているわね。

 手を取ると四本の足を使って、よっこらしょっと立ち上がっているわ。

 

「あれ? 貴女は聖女様。わぁ、聖女様だぁ」

 

 え、と困惑気味になるあたし達。

 その侍女さん。彼女は明らかにイブリンの顔を覗き込んで感激していたのよ。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 興奮気味のその馬娘。

 名前をユイーズと言った、を落ち着かせてから改めて聞き取りをする。

 

「ええと、イブリンさんでしたっけ。済みません。さっき会った聖女様にそっくりだった物ですから」

 

 彼女は王都の広場で聖女フローレを目撃したと語ったのよ。勿論、本物、つまりイブリン自身はユイーズとは初対面だ。

 しかし、ユイーズは大聖堂の絵姿で聖女の絵姿を知っており、会ったのは肖像画に描かれている聖女がそのまま抜け出してきた姿であり、神の奇跡を披露する場面を直接見たと告げたのよ。

 

「ええ、愛犬を馬車に轢かれて落涙する少女を慈愛を持って抱きしめ、そのわんちゃんへ【蘇生】の聖句を使ったんです。凄いですよね。さすが聖女様です」

 

 犬に【蘇生】を使った?

 イブリンは絶句している。常に【蘇生】の聖句は、むやみやたらに使う類いの呪文ではないと強調していたからね。

 

「犬に使える物なんですか?」

「冗談ではありません。ヒトに対してでも厳重な審査が必要なのに、犬に使って良い物じゃありません。只でさえ、自然の理を無視する禁呪なのですから!」

 

 ニナの問いに全力で否定するイブリン。

 

「まぁ、それはそれとして…。どこで会ったのか詳しく教えて頂戴」

 

 興奮気味のイブリンをどうどうと押さえつつ、あたしはユイーズに尋ねる。

 それによると彼女は見習い侍女で、広場の商人へ伝言を伝える簡単なお使いに行かされて遭遇したと言う。

 その聖女は高位の巫女が着る聖教会の正装を身に纏い、神々しい戴冠を頭にいただき、優雅で仕草も格調高かったそうだ。顔はイブリンと瓜二つ。但し、彼女が切ってしまった長い御髪は健在だったらしい。

 あたしは位置を聞き出すと、ユイーズに「その報告をファタ義姉様にしなさい」と指示を出す。

 あたしが士族で(あれから正式に授与されたのよ)、主の義妹であるのにビックリして平謝りしてたけど、それは気にしないからと解放して、三人で広場へと急ぐ。

 

「影武者って線はあるけど、使える聖句がどうも本物っぽいわね。

 例えば、影武者って【蘇生】の聖句が使える物なの?」

 

 それを使える聖句魔法の使い手って中央大陸に数える程じゃなかった?

 

「姫様。ドッペルと言う、他者に化ける魔物の事は耳にした事があります」

「全世界でも、使い手は二十人程度の魔法です。魔物や影武者にせよ、そうそう簡単に再現は不可能な筈なのですが…」

 

 とにかくあたし達は目撃現場とされる広場へと飛んだわ。

 王都には幾つもの広場がある。だから単に広場と言われても、何処なのかを把握しないと全然、別の場所に行ってしまうから要注意よ。

 この広場は日中、庶民が使う市場が開かれてるわ。主に肉や魚、野菜なんかを取引する青空市で、王都に幾つもある市場の中では特色は無いわね。

 エロイナー商会前よりも猥雑で、ごみごみ、ごちゃごちゃしてるけど、やはり活気があるわ。その分、あんまり治安って面からすると褒められないわね。スリに気を付けなきゃいけないし、時々、刃傷沙汰か起こったりするからね。

 で、セーラー服とバニースーツとメイド服の三人組は、目撃証言を集めて贋者を追ったわ。

 

「フローレ様。うん、あたしのケロちゃんを生き返られてくれたのっ」

 

 と嬉しそうに話す女の子の脇では、でっかい犬が尻尾を振ってるわ。これがケロちゃんだろう。にしても本当に生き返ったのね。

 何でも、散歩に連れて来た愛犬が喧噪の中ではぐれ、不幸にも行き交う荷馬車に轢かれてしまったのだそうだ。そこに現れたのが慈愛を持った聖女様。

 

「で、大泣きする女の子を抱いて慰めた後、魔法でたちどころに犬を蘇生した。と」

 

 ニナは聞き取った話をメモに走らせる。あたし付きの侍女だから、彼女は読み書きの習得を強要されて身に付けているわ。本人は凄い嫌がってたけどね。

 

「少なくとも、対外的にフローレを名乗っているのは確認出来たわね」

 

 ユイーズははっきり贋者が己を「フローレ」と名乗っているのを耳にしたと証言しているけど、女の子からも確認が取れた訳ね。

 

「少なくとも、行為自体は邪悪じゃないわね」

 

 本物のイブリン。おっと、フローレ様なら『魔法で蘇生させる』以外の行為なら、恐らく行うだろう。

 

「それにしても惜しいです。あのユイーズが贋者をそのまま監視していたら、もっと楽だったのに」

 

 とニナ。

 

「仕方ないわよ。フローレ。つまりイブリンの事はエロイナー家中でもトップシークレットだし、事情も何も知らない下っ端なので、それがそんなに大変な事とは思わなかったんでしょう」

 

 一連の奇跡のやりとりを目にした後、彼女はそのままお使いを優先して、広場を去ってしまったのよね。

 

「また格好が、如何にも聖教の神官だったって話の方も気になりますね。高位の神官を象徴する白いローブドレスに戴冠。そんな正装、教会内での儀式以外は着ませんし」

「これ見よがし過ぎる。わよね」

 

 イブリン本人が断言しているけど、略装でも慣れてないと動きづらいらしく、本人曰く「メイド服が楽なんで助かる」そうよ。まぁ、着心地とかはともかく、そんな派手な格好で市井を歩くかって疑問は出る。

 

「誰かに、私に見せる為、でしょうか」

「それは…フロ、イブリンに?」

 

 確かに誘き出し手段としては考えられるわね。

 目撃証言を追って行く内に、あたし達が辿り着いたのは、市場の隅にある小さな教会だった。こじんまりとしてるけど、大袈裟な装飾もなくシンプルな造りは、なかなか好ましくて、あたしの趣味だわね。

 足が付くとして、普段は教会へ近づかないイブリンも慎重に中を窺う。

 

「聖女様にお会い出来て光栄です」

「面を上げなさい。私達は同じ神官。身分差はありません」

 

 中を覗いてみたら、居た!

 髪を伸ばしたイブリンそっくりな贋者さんと、数人の神官が会話を交わしているわ。

 絹だと思う高そうな布地の白装束に魔銀(ミスリル)の冠。以前、大聖堂で見かけた肖像がそっくりな姿ね。

 

「姫様、どうしますか?」

 

 扉の陰に身を隠したニナが小声で呟く。このまま乗り込んで行くのも手だけど、どう話しかけたら良いのやら。

 いきなり連行しようとしたら、あの神官達と一戦交える様な気もする。

 さて、困ったわね。

 

〈続く〉


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