〈閑話〉ビゴの墓守
帝国領の一角。南部のビゴ砂漠地帯に遺跡がある。
それは古代王国が作った巨大な墓だ。人里離れた僻地。しかも危険な魔物が跳梁している土地に在る為、未だクエスター共にも踏破されていない遺跡である。
単に人一人を葬る為の物としてなら、馬鹿馬鹿しい程のサイズを誇る遺跡に、銀の光が舞い降り、一人の男が足を踏み入れていた。
「おや、久しいな」
内部へ入った途端、掛けられた声を男は無視した。
「ここへ来るとは珍しい」
「来たくて来た訳では無いよ。墓守」
二度目の問いかけに男は初めて口を開く。
その男は真っ黒なローブと奇妙な仮面を身に付けていた。
「だろうな。教授」
「ちょっとしたハプニングだ。幽霊島の拠点を失った。
移転させた実験設備はだいたい無事だったが、必要なマテリアルを破棄せざる得なかった」
「むう。教授にしては珍しい失敗だな」
墓守と呼ばれた存在は唸る。墓守自体はその場に居るのではない、何処か別の場所から古代のアーティファクトを使い、部屋へ声を飛ばしているのだ。
「だから、マテリアルの補充をしにな」
男、キル教授は手慣れた仕草で通路の罠を解除しながら、ずんずんと遺跡の奥へと向かって行く。
盗掘者を迷わせ、死の罠に誘い込むテレポーターを利用して空間を跳躍し、墓の中心部へとだ。
「君には充分なマテリアルを渡していたのだが、まぁ、そんな事情では仕方ないな」
「助かる」
ひゅっと空間が揺らめいて、その場に黒ローブが出現する。遺跡の玄室、墓の中心部にある広大な空間だ。
丁度、教授の正面。ピラミッド状の四角錐の中腹に豪華な椅子があり、その金と緑に彩られた椅子には女性が座っていた。
見た目は少女だ。透ける様な、と言うより病的とも言える真っ白い肌に、前髪を切り揃えたショートカット。漆黒の髪と瞳が神秘的である。
白い古代スタイルの衣装。宝石と金細工の細工を施された冠を始めとして、各所にこれでもかと付けられた装身具。シャドウやアイメイクを強調とした化粧は、歴史書に記された古代王国期の貴人の姿をしていた。
椅子の背後は、更に高くなっており、その頂点には棺が安置されている。
「手元にマテリアルがなければ、幾ら発掘兵器があっても意味が無いからな」
「君がやられるとは、よっぽどの相手だったのだろうな」
にやにや笑う墓守。確かに相手は手練れの間諜だった。
王国の『闇』だろう。お、そう言えば…。
「そうだ。面白い人物を発見したよ」
「ほぅ?」
墓守。椅子に座った妖精族の少女は教授を見下ろした。腕に幾重にも巻いた金環がじゃらりと音を立てる。
「エロコと言う少女だ」
「『輝く乙女』もしくは『光の乙女』か。南大陸では珍しくない名だな」
南は妖精族の支配する大陸だ。よって、エロに現代共通語にある嫌らしい響きはない。
「留学生ではないよ。敢えて言うなら正体不明だな」
くくく、と教授は笑いを漏らす。その姿を墓守は興味深げに見つめる。
「恐らく、彼女は『エリルラ』だ」
「なにっ!」
がたっと椅子から立ち上がる墓守。だが教授はそれを手で制する。
「『エリルラ』は古代文明期に全て滅んだ筈だぞ。我ら、古代文明を築いた者達による、尊い犠牲を払ってな」
「存在自体も抹消され、公式記録からも全て消された存在。だったな。無論、我らの様に古(いにしえ)の記録を引き継いでいる者以外にとっては、だが」
教授はそのまま歩を進め、階段を昇って墓守の前へと立つ。
その間、幾分、冷静さを取り戻したのか、墓守は息を整えて着座した。
「安心しろ。あの様子だとエロコの能力は開花してはいない。
…そして、自分の持つ力を把握してもおるまいよ」
「抹殺すべきだ…」
と墓守。しかし、教授はかぶりを振る。
「本気か。もし覚醒でもしたら、やぶ蛇になるぞ」
「…今は泳がしておくしかないのか」
「おまけにルローラ家の一員だ」
墓守の顔が歪む。
自分でも酷い表情をしていると墓守は自覚するが、それでも嫌悪感が表に出てしまう。よりにもよってあの一族なのか、と。
「セドナか。忌々しい」
「俺はエロコを上手く味方に付けられれば、とも思っているよ。敵に回したくないから、取り込んでしまえ、とね」
それを「酔狂だな」と切って捨てる墓守。
まぁ、冗談みたいな話だろうと判断する。
「さて、問題のマテリアルの件に移ろう」
「必要分はこの程度。だが、予備を含めて…」
教授の要請に応える墓守。
誰も近づかない巨大な墓場の内部で交渉が白熱する。
〈FIN〉
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