〈エロエロンナ物語13〉
こうして、あたし達のピクニックは意外な結末を迎えたわ。
超古代文明を使役する謎の組織。
『闇』の出現。
教授の圧倒的な力。
勿論、あれから一時間としない内に、実際に教官達が幽霊島へとやって来たわ。
特に塔を破壊した『裁きの光』は学校からも遠望出来たそうで、押っ取り刀で駆け付けたらしいのよ。まぁ、あれだけ凄い音が響いたしね。
ヘイガーと教官達は意外な事に顔見知りだったらしく、教官達、特に校長先生なんか一様にビックリしてたわね。
で、あたし達は学校へと連行され、詳しい調書を取られた後に解放されたわ。
解放されたのは翌日の明け方近くになってたけどね。
ヘイガー達?
別口よ。『闇』だけあって特別扱いなんでしょうけど、その動向はあたし達学生には掴めなかったわ。無論、国家機密を理由に彼らの存在を語ったりするのは禁じられたわ。
それでも授業は粛々と進み、間もなく、夏休みに入るわね。
「悪夢を見てた。そう感じる事があるな」
昼休みの湖畔。そうダニエルが呟いたわ。
視線の先には幽霊島。もう一ヶ月も経ってしまったのね。
「悪夢ならマシですわよ。うちの侍女が一人、引退してしまいましたし…」
ビッチ様付きの侍女ローズだ。あの円盤を目撃後、恐慌状態に陥って、精神が病んでしまったのよ。
お盆とか皿とか、とにかく丸いディスク状の物を怖がり、見るだけで悲鳴を上げて胎児の様に丸まって震え続けるの。
それは異様な光景だったわ。「円盤。円盤。お嬢様、お嬢様っ。円盤が、ひひひっ、円盤が。ああっ、いやぁ」と叫び続けるローズさん。
完璧に心が壊れてしまったのね、
「今頃は何処に居るのでしょうね…。良くなるといいんですが」
当然、ローズさんは職務続行不可能とされて解任。新しい侍女に交代したわ。
身柄は公爵家が責任を取って面倒を見る事になったけど、故郷へ送り返された後は連絡も無い。ビッチ様が問い合わせても梨の礫だそうだ。
「廃兵院の精神病棟患者って、あれに近かったのかな。もしかして、あれこそが呪いか。ぞっとしたぜ」
おい、ダニ公。そこはかとなく全員が感じていたとは言うものの、口にするとはデリカシーが無いわよ。
「ま、あたしらに士族位授与ってのは、『闇』の口止め策っぽいけどね♪」
そうなの。正式な通達はまだだけど、内々にあたし達四人に士族の位が贈られるらしいとの国からの通達があったのよ。
卒業するまで、二年半ほど早くない?
「多分。当たりだと思いますね」
ユーリィ様が申す通り、これは『闇』が国を動かしたんだろう。士族として国の一員としての責務を持たせ、同時に機密に対する口止めとする。
「嬉しいけど、参ったなぁ。形式だけでも公爵やら伯爵やら、親の影響から遠ざけ様としている。とも取れるけどね♪」
貴族の子息や子女ではなく、独立した士族階級なら形式上は親が口出しは不可能だ。王国側にとっては、生け贄として料理するにも簡単になろう。
まぁ、そう簡単に行かないのが親子のしがらみなんだけどね。あたしを除いてこのメンバーの誰かを処分したら、只じゃ済まないわよ。
「俺達は本当に、国家陰謀に巻き込まれてしまったんだなぁ」
天を仰ぐダニエル。
あたしはひと月前の事を思い出していたわ。
◆ ◆ ◆
キル教授の円盤が消えた後、あたし達は周囲を探索したの。
ただ、残ってる手掛かりは無に等しかったけどね。でも、そんな中、一つの遺留品が発見されたのよ。
「超古代文明の物ですね」
マリィがヘイガーに差し出した物は不思議な形の物体だった。
レンズ…なのかしら、それが前面に付いた薄くて小さな箱。今とは違う文字で注意書きが書き込まれてるスイッチ類。掌に収まってしまいそうにコンパクトだ。
「遺跡が見かけた事があるな。音と動く映像を映し出すアーティファクトだ」
これは吹き飛ばされた塔ではなく、この建物に仕掛けられていたから残っていた物だった。遠隔操作で壁に音声と映像を映し出す代物らしい。
「では、さっきのキルの頭はこれが映し出した画像なのか?」
ダニエルが問うとヘイガーはそれを肯定した。
「見ただろう。奴らは超古代文明期の遺産を使う。
高度な魔法。それは禁忌の死霊魔術(ネクロマンシー)とかも含むが、それを使う相手は厄介だ。そう、今回みたいな結界魔法とかな。
しかし、それでも対処方法が解析されているから、常識に当てはめればなんとかなる。が、超古代文明相手では勝手が違う。苦い失敗を重ねたからな」
「どんな失敗ですの?」
「機密だ」
マリィはぴしゃりと答えたが、主の方は意見が違った様ね。
「構わん。先月…。いや、三ヶ月余計に経過しているから、四ヶ月程前だな。俺達はとある情報を掴んで、極秘で我が国を訪れたある人物の暗殺を阻止しようとした」
さすがに、対象は誰なのかは教えてくれなさそうだったけど、話によると沿道には探知魔法を張り巡らし、馬車にも防御用の結界も用意した。
蟻一匹も入り込めない、水も漏らさぬ体制だと自負していた警備が、何の役にも立たなかったそうだ。
その守るべき人物の馬車が丸ごと吹き飛んでしまったから。
「それって…」
「さっきの平べったいディスクだ。そいつが飛来したと思ったら、終わっていた」
あたしの問いに忌々しげに答えるマリィ。
さっきの一撃を『裁きの光』と表現したのは、その襲撃時にキル教授が「裁きの光を食らうがいい」と喋ったからだそうだ。
馬車は蒸発した。文字通りにね。
王国の魔導士の粋を集め、大威力の【爆裂魔法】すら防げると太鼓判を押した守りも、発掘兵器の前には無力だったのよ。
「奴の攻撃一発でお仕舞いさ」
激怒した『闇』は国中でディスクの飛来情報を集め、ネーベル湖付近にらしき物体の目撃例を掴み、ここへ辿り着いたのは良いが、結果はご覧の通り。
「だが、奴も大慌てだったんだろうな。お前達が来てくれて助かった」
「どう言う事ですか?」
「あれだ」
彼が指し示した先には、『裁きの光』を浴びて溶解した塔がある。
「見ろ。教授も撤退がまだ完璧じゃ無かったんだろう」
ぐつぐつと煮立った塔の跡から、原形を留めていないが多数のアーティファクトの残骸が見えている。歪んでいるが様々な中の装置だ。
超高熱を受けても完全に消滅していないのが恐ろしい。それが何に使われたのかは、あたし達の想像を超えているから判別も付かないんだけどね。
「俺達の結界脱出が早まったお陰で、塔内に未回収の物が大量にあったのを慌てて始末したんだろう。俺達に証拠を残させまいとな」
「では、あたし達は教授に完敗した訳ではない?」
「それどころか、かなりの打撃を与えたのかも知れん」
この装置類が別の場所へ移転していたらと考えれば、確かに敵組織の計画に関して大幅な遅延を与えている可能性もあるわね。
「その内、お前達に国からご褒美が贈られる。きっとな」
彼、やけに確信めいた事を言ってたけど。でも…。
「ヘイガーのあれ、実現してしまったわね…」
回想から覚める。
ご褒美とは士族位授与の件だ。
「しかし、国王陛下は精力的に国を指導してるし、あまり心配する事でも無いと思うよ♪」
「あら、エロコ様は辞退しますの?」
「まさか…。有り難く頂きます」
棚ぼたでも貰える物は貰っておくわよ。
「予定が少し早まったと思えば悪くないですし」
どの道、卒業と同時に頂く予定だったのだ。セドナに対してもいい顔が出来るしね。
「あたいも同じ♪ ビッチやダニエルはどうするのさ?」
「辞退なんか出来る訳ありませんわ」
即答。
「うち、親父が煩いからなぁ。辞退したら勘当されそうだ」
皆が口々に言う。勿論、王国民としては辞退は不可能だ。まして我々は半人前だけど軍人だからね。忠誠度の点で問題有りと見做されれば、これからの昇進にも影響するに決まっている。
「位を貰っても、これからの生活費をどうするかが問題だな」
侯爵の四男坊がごちる。
士族になっても領地とかの収入源が無いからね。国に対する義務は出来るけど、補助金を国が支給してくれる訳でも無し。
「その食い扶持を稼ぐ為に海軍士官になるんですのよ。そう言えば、皆様、期末試験はどうでしたの?」
皆が押し黙る。
いや、余り成績は考えたくないなぁ。幽霊島での出来事が大きすぎて、勉強に手が付かなかったのも原因だけど。
「あー、止め止め。辛気くさいのは忘れよう♪」
ユーリィ様は両手をぶんぶん振って叫んだ。
彼女はこんな時、ムードメーカーになるのよね。
「どうせ、あたいらはまな板のコーイ。ならば、来月の遠洋航海実習の事とか考えた方がマシだよ♪」
コーイってのは東の皇国からもたらせられた淡水魚。
赤とか白とか金色とか、色鮮やかな魚で観賞用として珍重されているわ。当然、高価で物によると一匹金貨数枚で取引される、びっくりな高級魚。
でも、原産国の皇国ではこの魚を食べてしまうらしいのよ。何て贅沢な。恐らく、皇帝か誰かが食べる宮廷料理なんだろうけど。
『まな板のコーイ』ってのは、そこから来ている表現よ。確か『コーイよ。皇帝に食べられるから、観念して大人しく料理になれ』って意味だったかしら?
どうせ何をやっても無駄だから、『大人しくまな板の上に乗って処分を待ちます』って覚悟だったような気も…。どっちだったか覚えてない。
「夏休みの特別実習か。どうせ、家に帰るのも面倒臭いしな」
うんざりした顔で呟くダニエル。
ボルスト侯爵領は北辺。
夏休み。故郷へ帰省って人も多いけど、遠隔から来てる生徒は領地へ往復するだけで、休日を殆ど消化してしまうってケースも多いのよ。
彼の場合はこのケースに当たる。
「わたくしも同じですわ。家に帰っても面白そうじゃありませんし」
とビッチ様。
こちらは多分、本宅へ行くのが面倒臭いのね。
彼女の本拠は南部だからダニエルよりは距離的に近いし、日数も掛からないだろう。
でも、序列十三女では色々と肩身が狭いらしいのね。姉弟、姉妹からも余り好意的に見られていない節がある。
「実習に出るか…。潮気を感じるのも悪くないからな」
そんな事情を考慮してか、士官学校にはこの長期休暇中、学校に残って実践的な実習に参加するってプランが用意されている。
これも授業の一環だから、ちゃんと特別単位が出るし、お給金だって貰える。
そして、湖じゃない、本物の海に出られるしね。
「どうする? エロコは♪」
「まだ思案中です」
迷いはあるのよね。航海も捨てがたい。参加すればニナ辺りは大喜びだろう。
でも、航海実習はどちらかと言えば技術科よりも掌帆科の比重が強い。だから別プランである、技術実習に参加した方が個人的に実りが大きい。
それに帰省とは別になるけど、そろそろ直接、ファタ義姉様にお会いすべき時期だと思う。
連絡要員として、時々ニナを派遣してるけど、やっぱり対策とか色々話したい事もあるしなぁ。
〈続く〉
コールオブ何チャラ風、ローズさんSANチェック失敗の巻。
「円盤を見たローズは1D6+1の正気度を失った。おや、彼女はアイディアロール成功。一時的狂気に陥ったね。彼女は硬直して『お嬢様、円盤がぁ』と叫ばざる得ない」
(中略)
「超絶的な『裁きの光』を目にした皆は1D10+5の正気度を失う。あ、ローズは不定の狂気に陥ったね。悲鳴を上げ続けるよ。
恐怖症と緊張症を得る。ローズは円盤状の物体を見るとパニックに陥る。胎児のポーズで周りとの接触を断ってしまう。
治るかって? 気長に治療を受ければ可能性は。但し、エルダ世界の医学は未発達だからね。隔離されてどうなるか…」
かくて、一人の侍女が物語からドロップアウトしたのでした。