〈閑話〉リーリィ
意外な所で妹と出会った。
数年間、実家から離れていたから久しぶりだった。
「久しぶりに、お前の取り乱す姿を見たぜ。リーリィ」
幽霊島からの帰路。用意された箱馬車に同乗する我が主。
仮にヘイガーと呼ぼう…は、にやにや笑った。
「ま、いざとなったら肉親でも手に掛けなきゃならん。それがお前の掟だからな」
「私がと言うより、同じ家同士でも、敵味方に分かれて争う事がある。それが我が家の家訓ですので」
ヘイガーが視線を投げかけてくる。
「リリカ家か。だから裏稼業の家として絶大な信頼を受けてるのだが」
そうなのだ。我が家はそんなダーティワークを家業として受け継いできた。だが、それでも肉親の情という物はある。機密保持の為、その場の全員を始末する対象中に実の妹が居た。だから私は取り乱した。感情を押し殺していたが、主には看破されていた。
未熟。そう、それでは駄目なのだ。
「済みません。私が未熟なばかりに…」
「責めちゃいねえよ。リーリィ・リリカ子爵令嬢」
主は敢えてフルネームで私を呼んだ。
『闇』の間者として与えられるコードネームではなく、表の名でだ。
「俺はお前にまだそんな感情が残っているのに安堵したのさ。
無論、『闇』としては及第点を与えられないが、パーティの仲間としては信頼度が大いに上がったぜ。何しろ…」
主は「道具ではなく、生きてる人間として見れる」と呟く。
な…どう言う意味なのだろう。だが、私は押し黙った。ここで意味を聞いてはいけない気がしたからだ。
「話は変わるが、例の士官候補生達な。どう思う?」
「我が妹、ユーリィはさておいて他は平凡に見えましたが、一人だけ…」
そう、あのエロコとか言う、緑髪で眼鏡の娘だ。
「やはり、眼鏡の嬢ちゃんか」
「はい」
見た目は何処にでも居そうな半妖精である。
だが、教授があの娘だけ、何故か特別視している雰囲気が濃厚だったのが引っかかるのだ。何者なのか。
「教授が語った『エトロワ』とは神話の中に登場する、神々の船です」
「法螺みたいな話だよな」
実はこの神話は口伝だ。
最古に記録されている物は南大陸の妖精王国が記した古文で、かなり古い時代の物であるものの、その記述が超古代文明の民が語った口伝であるのがはっきりと記されている。
つまり、最低でも一万年以上も昔の物語と言う事になる。
「実を言うと『エトロワ』との単語は、本来は古妖精語ではありません」
「意味は?」
私は躊躇いつつも答えた。「超古代語から古妖精語に単語が引き写され、現代訳だと『神々の船』であるが、元の意味は『星船』です」と。
「となると、キルの乗っていたディスク。あれが『星船』の劣化版という話になるな。
とんでもねぇ話だが、本物の『エトロワ』はあれよりも強力なのか」
私は何も言えなかった。
以前、興味があってたまたま調べた知識であるが、神話に出てくるエトロワは、教授の使った円盤とは比較にならないスケールの船である。
全長数百m。そんなサイズの巨船が空を飛び、一撃で大地を耕す。悪夢だ。
「もう一つの謎単語。『エリルラ』とは?」
「不明です。申し訳ありません」
私は考古学者ではない。それなりに古代史とか、神話なんかの知識もあるにはあるが、専門家レベルの物を求められてもお手上げになってしまう。
「ここらは調査の必要があるか。
教授は彼女の事を『エリルラ』と呼んでいたからな」
「エロコ・ルローラ自身の背景も、出来れば徹底的に洗うべきでしょう」
補足する形で提案する。
「セドナ相手だと難しいぞ。知っているだろう。あそこは密偵の墓場と言われる危険地帯だ」
主の渋い顔。
セドナ・ルローラ。それは単なる一士族ではない。
王家を含め、大公家以上の家訓には古くから『ルローラ家には手を出すな』があったりする。
「裏からこそこそではなく、堂々と表から調査の協力を申し出れば?」
「ファタ・エロイナーに頭を下げるか。エルン・エロボスラーの方は苦手だ」
まだまだ謎は多い。全てはこれからだ。
「さて、すっすり道草を食ってしまった。王城へ顔を出す必要があるな」
「はい」
四ヶ月も世間からおさらばしていた。
大体の現状は学校の教授連と話して掴んでいるが、致命的な事態を引き起こす前に、ローレルとも相談して軌道修正しなくてはなるまい。
馬車は全速力で、夕闇迫る中を王都へ向けて突っ走って行った。
〈FIN〉