エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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士官学校、立つ鳥跡を濁さず

〈エロエロンナ物語12〉

 

「くうぅぅぅぅ!」

 

 衝撃。体中に感じると違和感。

 身体が圧迫され、巨大な手で撫で回されて揉まれる気分だ。

 気分が悪い。胃の中から嘔吐がこみ上げてくるのを押さえる。

 ぐらりと空間が揺れ、あたし達は突然、元の暗い廊下に放り出された。

 

「姫様っ!」

 

 遠くから響くニナの声。ああ、こっち側に戻って来たんだと安堵したわ。

 顔を上げるとカンテラの明かりが近づいてくる。ニナとイブリンね。

 

「何者っ?」

「お止めなさい。敵ではないわ」

 

 見慣れぬ二人、ヘイガーとマリィね。を認めた我が侍女達の誰何を押しとどめる。

 気分が悪いし、頭がくらくらしてるけどね。

 

「こいつが結界の元です」

「魔石か。こりゃかなりの高級品だな」

 

 一方のヘイガー達は我関せずって感じで、結界を維持していたらしい魔石を発見して、あーだこーだと論評中よ。魔法陣と共に床に仕込まれていたみたいね。

 と言うか、ヘイガー達も同じ衝撃を食らったはずなのにタフね。

 あたしやビッチ様、ダニエルはまだ立ち上がれないのに…。

 

「で、こんな事があってさ。この二人はそこで知り合った訳♪」

「そんな事が…四時間も消息不明で心配したのですよ」

「うん♪ それでさ…」

 

 例外が一人。ユーリィ様だわ。あたしの侍女達に説明役を買って出ている。

 ビッチ様が「野生児ですわ」と評したのも分かる気がするわね。

 

「エロコ様。しっかりして下さい」

 

 イブリンが肩を貸してくれる。

 差しだされた水筒で、喉を潤したらようやく人心地が付いたわ。

 

「聖句を使いましょうか?」

「やめておいた方が良いわ。あの『闇』達は、まだ信頼が置けないから」

 

 小声で尋ねるイブリンにあたしも声を潜めて返す。そう、信用は出来ないても信頼は無理だ。それがあたしの出した答えだった。

 ユーリィ様の身内。これだけがかろうじて信用出来る根拠になっている。だが、その理由だけで信頼に値する訳じゃない。

 諜報機関にイブリンの持つ、特殊な情報を与えるのは拙いだろう。本当は身体が楽になるんだから、聖句は使って欲しかったけどね。

 

「若様っ」

 

 各所に待機させていた、他の侍女達もやって来たわね。

 かなり大きな爆発音がした筈だから、順当な所か。

 そしてその侍女達にもユーリィ様の説明が入る。

 

「鍛えたと思ってたのですが、まだまだですわね…悔しい」

 

 いつの間にか回復したのか、ビッチ様は拳を握っていた。

 まぁ仕方ないでしょう。相手はその手の荒事専門なんだから。ああ、でもダニエルよりはマシだろう。彼、だらしなく泡吹いてるもの。

 あたしはそっと彼女に近づき、声を掛ける。

 

「済みません。ちょっと内々にお話ししたい事が…」

 

 今ならヘイガー達の関心が結界魔法陣の方に向いている。彼らに悟られぬ様に情報を集めたいと思ったのよ。

 ビッチ様も了解した様子でこくりと頷き、その先を促してくる。

 

「ビッチ様はユーリィ様と親しいと聞きました。だから、恐らく、貴女はマリィの事をも知っているのでは?」

 

 これはマリィが身内と語っていたからだ。

 と言うか、あたしには一つの確信があった。それは王城でローレルが語っていた内容。あたしにサポートして付けられたと思われる何者か。

 ローレルが「私的な人材ですが士官学校の内部に宛てがある」と告げ、正規の間者ではないが「頼めば無理は利き、腕も及第点は行く筈」と太鼓判を押した人物。

 恐らく、それはユーリィ様だ。

 

「…答えずらいですわね。ただ、心当たりはあるとだけ回答しますわ」

「分かりました」

 

 ビッチ様にも事情があるのだろう。ユーリィ様との間に何か約束があるのかも知れない。

 だが、あたしにはその回答で充分だった。

 リリカ子爵家。それは『闇』の者達を輩出している裏稼業を生業とする家柄なんだろうと想像するわ。だからユーリィ様とマリィ。恐らく同門に違いないと目星を付ける。

 想像でしかないけどね。

 でも、ビッチ様の答えから推測するに、これは恐らく正解だろう。身内てあるマリィがユーリィ様の姉君に当たるのか、それとも師匠筋の誰かなのかは判らないけど。

 

「さて、結界も破ったから先へ進むぞ」

「部外者だらけですよ。一旦、撤退した方が…」

「時間を与えたくねぇんだよ。ここで退いたら、証拠を隠滅して奴らは姿をくらますからな。同じ様な罠があるかも知れんから、マリィは探知を怠るなよ」

 

 ふと前を見ると、ヘイガーとマリィが方針を巡って意見を交わしている。

 ビッチ様が進み出る。

 

「この先に敵のアジトがありますの?」

「ああ…だが、お前達は下がれ。ここから先は大人の仕事だ」

 

 向こうからしてみれば、当然の反応ね。

 あたし達は海軍士官候補生と侍女。半人前の軍人とメイドさんの群れに過ぎない。はっきり言えば足手纏いの素人集団だ。

 

「俺は嫌だ。俺だって王国軍の一員だ」

「そうですわね。ここまで来たなら、毒食らえば皿まですわよ」

 

 って、反対意見二人。ビッチ様まで行く気満々だ。

 おーいダニエル。どうしちゃったのよ。

 

「…なんか、彼の何かに火が付いてしまったみたいだね♪」

 

 やれやれという表情を見せるのはユーリィ様。

 これまで役立たずで足手纏いって事で、散々溜まったうっぷんを晴らす気なのかしら。うわぁ、これは厄介だわね。でも、そうなるとあたしも腹をくくるしかないか。

 

「ではあたしも同行しましょう。人数が多い程、味方が居れば居る程、任務達成率は高くなるでしょうからね」

「しかし、なぁ」

 

 ヘイガーは苦い顔をしている。

 

「【魔力探知】だけなら、あたし達でも使えます。

 失礼ですが、マリィさんは既に大分魔力を消耗している様子。もし決戦をするのでしたら、あたし達が肩代わりをした方が、戦略的に有効なのでは?」

「一理あるな」

「それに敵に知られてない隠密行動ならまだしも、相手は既にこちらの事に気が付いてます。戦闘が起こるとしたら力押しになるでしょう。

 二人よりも十二人の方が明らかに戦力は上です。それに…」

 

 あたしはニナ達に視線をやる。

 

「ここにいるメイドはただの使用人ではありません。主を護衛する戦闘侍女です。戦力的に足手纏いにはならないかと…」

 

 いや、戦闘侍女の例外が一人。イブリンだけどね。

 でも、敢えてそんな指摘はしないわよ。それに非戦闘要員だとしても、その聖句魔法は何かの役に立つだろうしね。

 

「分かった。協力を頼む」

「ヘイガーっ!」

「眼鏡のお嬢さんの言う通りだ。ただ、この先、何かあっても責任は取れん。恨むなよ!」

 

 あたし達は頷いた。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 再び廊下を進み、先の戦闘跡に達する。

 敵の首魁は廊下に突然出現して、不意打ちで【電光】の魔法をぶっ放したが、それはマリィが貼った障壁で無効化。鎧戸を全て破壊したが無意味に終わる。

 駆け寄って叩き斬ろうとしたヘイガーの一撃を受ける直前に、彼らの真後ろ(つまり、マリィの背後)に【転移】して逃走したらしい。

 

「今、思うと何で奴は前へ逃げなかったのか。

 後ろにあの【結界】の罠があったとしても、前に同様な罠を張れば良いだけなのに、一目散に後ろへ逃走したのには、何か理由がある筈だ」

 

 彼はあの結界は一度、こっちに足を踏み入れないと作動しないタイプで、しかも一旦、引き返した者のみを対象とする物だったのかも知れないとの推測を述べる。

 

「この先に、部外者に見せたくない物があったとか?」

「かもな。或いは別の理由があったのか」

 

 いずれにせよ、【転移】が使えるなんて相当な実力者だわね。国内に使い手は殆ど居ない筈よ。

 

「大丈夫ですわ。半径10mに魔力は感じられません」

 

 今の【魔力探知】の担当はビッチ様。基礎的な魔法だけど、四六時中発動させるのは困難らしく、少し動いては呪句を唱えの繰り返しだ。

 10m前進。

 鎧戸と反対方向の壁は、今までの様な扉の並んだ個室ではなく、ただの壁だ。やや離れた先に大きな扉が見える。

 

「あっちの大扉は食堂と看守の部屋とかの職員専用区画。奥に進むと所長とかの管理職が住んでた塔があるよ♪」

「良く知ってるな」

「事前に調べた♪ ほこり臭いカビだらけの資料の中からね」

 

 ダニエルに答えるユーリィ様。

 用意周到なのねと感心すると同時に、やはり彼女があたしのサポート役なのかとの疑いをますます濃くしてしまうわね。

 

「クリア。魔力反応はありませんわ」

 

 更に10m前進。大扉は目の前だ。

 それは無骨な扉で、両開き式の引き戸式鉄扉だった。大扉の内側に小さな扉が付属しているけど、こっちが通用門なんだろう。

 マリィが前へ出る。何やら細工道具らしき物を取り出して、小扉の前に座り込むとかちゃかちゃとやり始める。罠の有無を探っているのね。

 

「人の気配はなさそうですが…音が聞こえます」

「どんなのだ?」

「石切場で、何かを打っている様な音です」

 

 彫刻でも彫ってるのかしら、あたしは訝しげに扉を見つめた。

 ヘイガーは暫く腕組みしていたが、やがて決心した様に宣言する。

 

「留まっていても仕方ねぇ。扉を開けるぞ。

 しかし、何が出てくるか分からんから各員警戒を怠るな。おっと魔力反応は?」

「幾つか室内に確認してますわ。ただ、微弱ですが」

「では、結界級の罠じゃねえな。殴り込むぞ!」

 

 言うが早いが通用門に突入する。が、「うぉっと!」と慌てて止まる。

 床がなかったのだ。室内の床板は半分近く消失しており、僅かに残った床の残骸にかろうじて踏み止まった彼は、あやうく墜落死を免れた。

 

「これは撤退準備ですかね?」

 

 マリィは呟く。こちらから見て対岸の方。

 そこに居るのは手にツルハシを持った白骨(スケルトン)が数体。

 床を壊す単純作業を強いられている哀れな屍だわ。

 あのまま床を砕いて行けば、自分達の居場所も無くなってしまい、最後には床下へ転落すると思うのだけど、使い捨ての手勢なんだろう。うつろに柄を振り上げて、黙々と床を砕いて行く。これが微弱な魔力反応の正体ね。

 幽霊島との噂は、案外こいつだったのかもね。

 

「早すぎるぜ…幾ら何でも、まさか!

 おい、今日は何日だ?」

 

 すっかり壁も屋根すら取り除かれて、青天井となった室内を見て呆然としてるダニエルへ、彼は問うた。

 

「7月1日ですが」

 

 ダニエルの返答にヘイガーがこめかみに手を当てた。

 壁に拳を殴りつけて「やられた」と呟く。

 

「俺達が奴と交戦したのが4月10日。あの結界でさまよってる内に、三ヶ月近く過ぎちまったのかよ」

 

 エルダの月の数え方は、六日で一週間。それが五つでひと月三十日。

 これが十二ヶ月あって、三百日にプラス年末に二日。年明けに三日の安息日があって、計三百六十五日で一年。

 これは古代王国期の英雄、テラって人が考えたらしいんだけど、何でそうなってるのかはあたしは知らないわ。

 そう言えばあたし達が結界内に居たのは、せいぜい十数分。でも外では四時間も流れているって、さっきニナが言ってたわね。

 

「悔しかろう」

 

 はっとして顔を上げる。声の主は…。冗談でしょ?

 向かい壁に巨大な顔が浮かんでいた。顔…顔と言って良いのかしら、正確には白と赤を基調にした、のっぺりした仮面を付けた頭部で素顔は晒してない。

 

「私はキル。別名、教授との渾名を頂いてるがね。君達に我々の遠大な計画を邪魔されると困るので、この拠点を撤収させて貰ったよ。

 いや、研究中の設備一式を引っ越すのは大変だったがね。全く余計な手間を掛けさせてくれる」

 

 声も篭もってて、なんか肉声じゃないみたいな感じね。

 ええと、教授? 聞き覚えがある様な…。

 と、突然、マリィがスティレット(投擲短剣)を投げつけたわ。顔に見事に命中!

 でも、反応は「ふははははっ」との嘲りだったわ。

 

「それは私の映像を映し出した幕に過ぎぬよ。

 そんな白布に剣を突き立てた所で、この私が参るものか」

 

 高笑いを続ける顔。白い布が切り裂かれてよじれ、映像も変な形に歪んで一部が映ってないから、余計に頭に来るわ。

 

「貴様、邪教徒か」

 

 ヘイガーが吼える。

 

「君に正体を教える必要があるのかね。私は慈善家ではないのだよ?」

 

 とことん馬鹿にした口調だわね。あ、思い出した。教授ってドライデンを襲ったクレイゴーレムを操ってた奴じゃないの。

 

「じゃあ、何故、ここに姿を表したのよ!」

 

 あたしは叫んでいた。さっきの言動からすると、教授がわざわざ自己紹介したり、会話するのは無駄と言う事になる。では、どうして?

 単に他者を馬鹿にする、嫌な趣味の持ち主って可能性もあるけどね。

 

「心外だな。『エトロワ』を求める君が、それを言うとは」

「え…」

「『エリルラ』よ、私は神々の船を復活させる。そう、必ずだ」

 

 こいつ何を言ってるの。あたしが『エトロワ』を追い求めているのを知ってるのは、ニナやセドナを含めて、数名のみなのに。

 

「では、諸君。さらばだ」

 

 それを最後に、短剣の突き刺さった白い幕から映像は消え失せた。

 同時に建物自体がぐらぐら揺れる。

 

「お嬢様、中庭からぁ!」

「な、なんですの?」

 

 ローザ、だったかしら。ビッチ様の侍女が悲鳴を上げた。

 言葉に出来ない。異質な物体が現れたからだ。

 一言で言えば、直径15mは有りそうな巨大なディスク。上下に一回り小さな円盤が積み重なっているわ。銀色したそれが中庭から上昇して来るの。

 

「『エリルラ』よ。お前がここに居合わせるのは意外だった。くくく…。

 それならそれで面白い物を見せてやろう。砲塔展開」

 

 目を剥いて絶句してるあたし達に、教授の声が浮かぶ円盤から発せられる。

 では、あのディスクは乗り物なの?

 窓なんか何処にもないし、下の円盤からは何か長い棒状の物体が、音も無くするすると伸びて行くし…。

 

「な、何…」

 

 こんな物見た事ない。とすれば答えは一つだ。

 

「これは発掘兵器なの!?」

 

 あたしは声を絞り出した。

 

「『裁きの光』です!」

「やばい、みんな伏せろ!」

 

 ディスクが上昇して行く中、マリィとヘイガーが同時に怒鳴ったわ。

 

「これが、神の船『エトロワ』が実在した証拠だよ。本物には程遠いがね」

 

 長い棒は下へ向けられ、直後にまばゆい光を放ったわ。

 一直線に走った光は、廃兵院の塔に突き刺さると同時に炸裂する。

 瞬時に塔が爆発音を伴って倒壊した。

 誰だかは判らないけど、「ひぃぃぃー」と甲高い女性の悲鳴。

 

「本物の『エトロワ』はこの何千倍もの威力で、大地を不毛な砂漠に変えたのだよ!」

 

 塔は原型すら残ってない。基部まで溶岩の様に真っ赤に溶解してる。

 

「ははははは、ははははははっ!」

 

 教授の哄笑と共に空飛ぶ円盤は急速に高度を上げ、空の彼方へと消え去ったわ。

 でも残された我々は、呆然とそれを見守るしかなかったの。

 

〈続く〉




ハウニブじゃありません。
決して機体にバルカンクロイツとか、底にタイガー戦車の砲塔は付いてないんだからね(笑)。
と書くと、ヘイガー達がばってんファイルかMIBの登場人物に見えてくるから不思議だ。
マリィ「ヘイガー、あなた疲れているのよ」
 

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