エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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士官学校、『闇』

〈エロエロンナ物語11〉

 

「ヘイ…ヘイガー。不用心すぎるわよ」

 

 ヘイガーと名乗る男の後ろから、金髪の若い女が現れたわ。

 黒と黄色を基調とする露出度の高そうな革服を着ているのね。

 

「士官学校の生徒だろ。なら、半人前でも国家公務員だ」

「でも」

「こんな状況だ。味方は多い方がいい」

 

 そう相棒、マリィとか言ったわね。に語るとこちらを向く。

 

「王立諜報部隊の方ですわね。わたくしはビッチ・ロートハイユ。海軍士官学校の一年生ですわ。事情の説明を求めますわよ」

 

 あ、さすがに『ビッチ・ビッチン』は名乗らないのね。

 ヘイガーの表情が僅かに動いたわ。

 

「ロートハイユ公爵家の?」

「娘ですわ」

「ほぉ。出来れば残りの者達も名乗ってくれ」

 

 真っ先に名乗ったのは侯爵子息。いつも思うんだけど、何故、威張る?

 

「俺はダニエル・ボルスト」

「あたしはエロコ・ルローラ。『闇』の方に会えて光栄です」

 

 期せずして自己紹介になったわね。

 って、あれ、何でユーリィ様は頭を抱えて座り込んでいるのよ。

 

「どうされましたか?」

「あ、エロコ。悪い。暫く…いや、ちょっとで良いから放っておいてくれない」

 

 いつもの快活さ、語尾に♪が付かないわね。まぁ、いいわ。あたしは正体不明な二人に向き直った。しげしげとその容姿を観察する。

 『闇』だけあって実戦仕様だ。ヘイガーの方は余計な装飾は一切無く、実用的な装備で身を固めている。

 マリィと紹介された女の方は若い。と言っても二十歳は過ぎているだろう。顔はマスクで半分隠れていて、あたしからでは目元だけしか見えず、あまり表情は掴めないが、切れ長で藍色の瞳は気が強そうな印象を受ける。

 服装は煽情的だけど動き易そうだし、『闇』なら色気を武器として使うのも考慮されているとしたら、納得出来るわね。

 憎らしいけど、体型は出てる所が出て引っ込んでる所が引っ込んでるし。

 

「王国に対して国家転覆を謀ろうとする賊がいてな、そいつを追い詰めたら罠に掛かった。がぶっちゃけた理由だな」

「間抜けですわね」

「面目次第もない」

 

 ヘイガーは肩をすくめた。「で?」と、ビッチ様は縦ロールを揺らしながら続きを促す。それに苦笑しつつ、ヘイガーは説明する。

 曰く、先程、あたし達の見た戦闘跡はヘイガーと敵組織との争いで起こった事。

 曰く、その首魁らしき奴を追いかけていたら、この結界に誘い込まれた事。

 曰く、ここに閉じ込められて、体感時間で三日は経っている事。

 

「まぁ、結界の内と外で時間の流れが違うって話もある。つう訳でこの三日ってのはあくまで俺達の主観だ」

「脱出の手かがりは見つからなかったのか?」

 

 これはダニエル。

 

「ああ。ここは一種の閉じた空間らしくてな。マリィ、頼む。どうも魔法的な事を説明するのは苦手だ」

「は。お任せ下さい。して…どの程度まで話して構いませんか?」

「全部だ」

 

 と答えるヘイガーだったが、「あ」と呟いた後、ややあって追加を口なする。

 

「でも機密部分は守秘しろよ。後が面倒臭い」

「しかし…後始末した方が」

「お前、ロートハイユ公を敵に回したいか?」

「いえ…」

 

 その言葉使いや態度からして、マリィの主がヘイガーなのね。

 先程のやりとりで察する。

 あの「全部」とは危険な言葉だった。そんな開け広げに事態を全て話す訳はないわ。

 恐らく、あの口ぶりではあたし達を協力させた後に機密保持の為、「始末」する予定だったに相違ないわね。

 ビッチ様がここに居て良かったわ。あたしだけだったら事が終わった後、口封じに消されてもおかしくないもの。

 本人は十三女だと謙遜してるけど、それでも王国で権勢を誇る大貴族だけあって、ネームバリューは一級品ね。

 

「安心しろ。機密保持の為に危害は加えねぇよ。 

 それにロートハイユ公だけじゃない。ボルスト侯爵家とよりにもよってルローラ家だ。ファタ・エロイナーや、エロボスラー家まで敵に回すと始末が悪い」

 

 厳しく、硬いあたしの表情に気が付いたのか、ヘイガーが説明を加える。でもこれはマリィにも言い含めた物ね。

 ちなみにファタ・エロイナーは義姉。エロボスラー家はエルン義兄様が治める辺境伯家よ。家名は妖精語で『輝きの支配者』って意味。

 北辺だけどかなり有力な貴族。昔の大戦では兵団を率いて地位を築いた事から、その潜在的な軍事力は侮れない。驚異の領民皆兵制度とか敷いてるしね。

 

「そう願いますね。では、説明を」

「ああ、だがここで話す事は他言無用。国家機密に関わるのを理解してくれ」

 

 あたしを含めた全員が首を縦に振ると、マリィが説明を開始した。

 我が国に暗躍する陰謀団が存在する。それは大掛かりでまだ正体不明であるが、 どうやら邪教徒であり、混沌の祭神を祀っているらしい。

 

「混沌のって、あれは昔、叩き潰されたって聞きましてよ」

「正確には王国建国期にだ。混沌の勢力は黒と白、両方の神を同時にあがめる邪教徒であり、自らを至高の存在であると自称している。ここまではいいな?」

 

 白の神とは善なる神。ヒト種や亜人を守護し、一般的に大衆から祀られる神様。まぁ、神様は一柱だけじゃなくて一杯いるけどね。

 対して黒の神とはいわゆる悪神ね。主に魔族が信奉し、破壊だの疫病だの、あんまり歓迎出来ない災厄を司ってるわ。

 混沌の教徒はこの相反する白と黒の神を同時に崇め、両方の神の力のいいとこ取りをしようと画策した異端共と言われているのよ。

 もう五百年も前の話。グラン王国建国期の頃、勢力を伸ばした時期もあったが、余りにも独善過ぎる事が仇となって滅ぼされた筈。

 それは「我々は白と黒、両方の神をも調和させる新しき教義を持つ。それは我々が世界を背負って立つべきだと神々に約束された存在であるからだ。

 混沌こそが至高の存在であり、一方のみを信じる既存の神の信仰は間違っている。さぁ、間違った教義を捨て、我々に従うのだ」と宣言したから、白と黒両方の信徒の怒りを買ったのよ。

 当たり前よね。要は自分達混沌信者が支配階級として君臨する。古い権威である教会組織を認めないから解体しろって脅迫じゃないの。

 

「その残党が、ここ数ヶ月前から国家間の緊張を操ってるらしいんだ。だから、かなり大掛かりな組織であるのは確実だ。あ、済まんな、話の腰を折った」

「我々はその組織の一端を掴み、この島に何等かの拠点があるのを察した。だが、その首魁と思われる人物と戦闘中、ここに誘い込まれて三日もさまよっている」

 

 その首魁という人物は、全身黒ローブに身を包んだ魔導士だったらしい。

 巧みに逃げたと見せ掛けて、ここに誘い込んで結界を作動させた後、捨て台詞を吐いて消えたらしいから、何等かの出入りする手段はあるんだろうけどね。

 ちなみにこの場所は完全なる閉鎖系であるらしく、何処まで行っても廊下と曲がり角のみで構成されていると言う。

 

「鎧戸は壊してみたのですか?」

「壊したさ。でも、その先には何も無い。ああ、個室も同じだ。形だけで何も無い」

 

 あたしの疑問に、どちらも壊した向こうに不可視の壁のような物があるだけだとマリィは語る。

 

「鎧戸も壁も、それどころか天井も床も破壊してみたが、徒労に終わった。

 ああ、そうだ。もしあるなら食料と水を分けてくれないか。幾ばくかの蓄えはあったんだが、今日、使い果たしてしまってな」

 

 と要求されたけど…。

 

「残念ながら、こっちは持ち合わせてません」

「そうだよなぁ。侍女達のバスケットにお昼があるけど…」

「水もありませんわね」

 

 あたし達の食料を持って来た侍女達は、結界の向こうだ。

 これはのんびりしていられない。餓死の危機だわね。

 

「干し肉と胡桃で良いなら。水筒もあるよ♪」

 

 おっと、ここでユーリィ様の声が。

 ビッチ様は「さすが野生児ですわ」と褒めてるんだか、けなしてるんだか分からない賛辞を送っている。疲れた様な顔でユーリィ様は携帯食の入った袋と、水筒を差しだす。

 

「ほい、マーリィ♪」

「お前…」

 

 そう呼ばれたマリィが目を見開いた。

 

「偽名は元の語感や名から外れて付けた方が良いね♪」

 

 あら、これはあたしと同意見ね。

 

「! ユーリィ、貴様」

「少なくとも、あたしならそうする。ハールーンとかアシャンティとかが良いかな♪」

 

 ハールーンにアシャンティはどちらも歴史上の人物だ。古代王国の巫女姫と姫将軍だったかしら? 

 まぁ、あからさまに偽名ですって名乗ってる様な気がするけど…。って、あれ?

 何故、名乗ってもないユーリィ様の名をマリィが知ってるのよ。もしかしてお知り合いで?

 

「知り合いか?」

 

 ヘイガーも興味深そうに問う。

 マリィはこめかみに手を当てて、嘆息すると「詳しくは話せませんが…身内の者です」と、絞り出す様に呟いたわ。

 あ、何となく分かっちゃった。多分……。

 

「済まん。あの偽名はとっさに俺が考えた物だから、彼女に罪は無い。って、彼女の身内なら、既に俺の事もバレバレか」

「はい。でも、それを口にしたりはしませんよ♪」

 

 ヘイガーも偽名だわね。でも『闇』なら当たり前か。最初に「ヘイガーだっけな?」とか、間抜けに名乗ってたし。

 

「賢明だ。さて、八方塞がりと言えばそうなんだが…、お前達が来てくれたお陰で、一つ目星が付いた事がある」

 

 そう言うとヘイガーはにやりと笑った。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 あたし達は移動していた。

 最初に結界に取り込まれた地点だ。正確にはニナの灯りが確認出来なくなった場所。

 この付近に何かの手掛かりがある可能性が高いらしい。

 ヘイガー達が取り込まれた地点は、戦闘でバタバタしてどこから侵入したのか確認不能の状態だったので、あたし達が来た事は渡りに舟の状況なのだそうだ。

 

「多分、ここらだね♪」

「余り移動してなくて助かりましたわね。うろうろしてたら、何処も同じ様な作りですから、感覚を失って分からなくなってたかもしれませんわ」

「マリィ、やってくれ!」

 

 目を閉じて呪句をぶつぶつ唱え始める。これは【魔力探査】ね。あたしでも唱える事が可能な基本魔法だけど、使ってる魔法のレベルが違うのが分かるわ。

 巧妙に隠された魔力発生源を探している。周囲が魔的な空間だからそこら中から反応があるんだけど、精度を上げてその中でも中心的な魔力を探り当てようとしているのね。あたかも無数の真鍮の針の中に隠された、たった一本の金の針を探し出す様な物。 

 多分、あたしでは四方八方から放たれる魔力反応に掻き回されて、場所を特定出来ないで終わるわね。

 

「凄いな。王立諜報部隊。あれは魔導士としてもかなりの腕だぜ」

 

 ダニエルが呆然としている。

 

「魔法の事は良く分かりませんが、そうなのですか?」

「ああ、少なくても五級はありそうだ」

 

 魔導士は七級から始まって、腕が良くなるにつれて階級が上がる。

 これは技術と魔力の両方から当てはめて決める物で、魔力が多いからと言って高い階級を貰える訳じゃないし、逆に技術は有っても魔力が乏しくては駄目。

 職業的な魔導士を名乗れるのは五級からだ。三級以上だと一流の腕利きだと言っていい。高名な魔法戦士や、小国の宮廷魔導士になれる程だ。

 ちなみに、あたしやダニエルはまだ七級よ。ビッチ様とユーリィ様が六級。ファタ義姉様は三級。

 そして魔導士じゃないけど、イブリンが一級相当ね。

 まぁ、イブリンは聖句魔法をこれ見よがしに使わないけどね。でもやろうと思えば、死者の蘇生すら可能なのよね。そうそう簡単に行使はできないらしいけど。

 

「見つけました。【マーカー】を設置します」

 

 別の詠唱。床が光り出し、複雑な文様を描いた魔法陣が形作られる。

 これが隠されていた魔法陣を浮き立たされる目印だわ。勿論、マリィが無理矢理光らせているのだから、そんなに長く光が持続する様な物じゃない。

 はぁはあと荒い息を吐くマリィ。そのままへたり込んでしまう。

 かなりの魔力を使うんだ。これじゃ、当てずっぽうに魔法を掛けまくって、無差別探知なんて訳にも行かないわよね。

 

「よし。後は任せろ」

 

 腰の長剣をすらりと抜くヘイガー。肉切り包丁の様に刀身が分厚い、実戦本位な無骨な蛮刀(フォルッシャン)だ。

 

「お嬢ちゃん達、結界を崩した途端、凄い衝撃があると思うが悪く思うなよ」

「覚悟の上ですわ」

「上等だ。さて、この魔法陣を叩き割ってやるか」

 

 剣を振りかぶるヘイガー。筋肉が盛り上がり、二の腕の太さが増す。そして光り輝く魔法陣の中心に向けて、一気に振り下ろされる。

 バキンと硬質の何かが割れる音がして床が砕かれた。

 同時にぐらりと世界その物が揺れた。魔法陣の残骸から魔力の風が無茶苦茶に吹きまくる中、あたし達は結界外へ、元の世界へと放り出された。

 

〈続く〉




フォルッシャン(Falchion)。
片刃の蛮刀。一説では『アーサー王伝説』のエクスカリバーが、これだったのではとも言われてますね(時代的に大流行した時期に重なるので)。
フォルシオン。フォールションとかフォールチュンとも言われる西欧の片手剣ですが、ここでは懐かしのTRPG、初代『RtoL』に出てきた名前を貰ってます。
発音として間違いかも知れないけど、フォルッシャンの方が響きがカッコイイですからね。

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