エロエロンナ物語   作:ないしのかみ

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探検開始です。


士官学校、廃病棟

〈エロエロンナ物語10〉

 

 大きな階段は案外しっかりしていた。放棄されてから半世紀以上も経っているが、風雨にさらされる外壁と違い、屋根が頑張っている分、老朽化の進行が遅いのだろう。

 階段を登り切って突き当たると、道は左右の廊下に別れる。

 ここはコの字型した建物の中央部分だ。まぁ、正確には二階部分はぐるりと一周するロの字型なんだけど、さて、どちらへ行こうかしらね?

 

「足跡は左の方に続いてるな」

 

 ダニエルがぼそりと呟くと、ビッチ様も頷いたわ。

 左右に分かれた廊下の壁には一方、ここから見るとコの字型の中庭方向には個室の扉が並び、もう一方には窓が並んでいる。

 もっとも窓ガラスなんて高級品が出回る前の時代の建物だから、窓は鎧戸が閉められてるので、外の陽光は朽ちた狭間からしか差し込んでいるに過ぎないのよね。

 

「ハミーナ。ローズ。ここで待機なさい」

「お嬢様」

「この狭い廊下でこの人数は多すぎますわ」

 

 ビッチ様は侍女達に命じた。うん、かなりの大人数なのは本当だ。

 あたし。ダニエル。ビッチ様。ユーリィ様で四人。侍女達は総計六人。この人数で三人も並べば満杯の幅を進むのはかなりきつい。

 ダニエルもそれは了解した様で、自分の侍女二人を一階へ降りる様に指示している。ビッチ様の侍女。ハミーナだっけ? は自分達用に【幻光】を唱えている。

 さすが公爵家の侍女。魔法も使えるのか。

 

「あれ、どーしたの♪」

「いえ、ハミーナさんの術が、あたしの劣等感を…」

 

 時計回りに進んで暫くしてからあたしは嘆息した。だって上手いんだもの。

 ユーリィ様はうんうんと頷く。そして「ロートハイユ公爵家の侍女は優秀だから気にしちゃいけない♪」と諭す。

 

「あれは出身が、士族層や下級貴族の子女だからね♪」

「基礎がそれだけ高いと言う事ですね」

 

 下位とは言え、貴族ならばそれなりに教育も受けている。中には魔法を習った者も居るに違いない。

 

「まぁ、花嫁修業も兼ねているらしいけどさぁ。適当な所で引退してどっかに嫁ぐ腰掛けになれれば良いねって話で♪」

 

 公爵家で働いていれば、礼儀作法も身に付くし、もしかしたら社交の場でいい役職持ちや、高位の異性とも知り合える確率が高いとの目論見だわね。

 現実はそうは上手く行かないんだけども…。

 頑張って良い出会いを見つけて欲しいなぁ。貴族階級でも後継の長子や長女以外は遊んで暮らせる程、この国は豊かじゃないからね。就職や結婚は死活問題よ。

 あたしも士官学校がなかったなら、この高級貴族の侍女コースへ行っていた可能性だってある。だから他人事とは思えないのよね。

 

            ◆       ◆       ◆

 

「例外なく、鍵が掛かってますわね」

 

 ビッチ様が言った。

 ずらりと並ぶ部屋には当時、最新タイプだった筈のドアノブと鍵が付いている。ノブが重厚な青銅製で、環を通した獅子の頭を模しているのにも歴史を感じる。今なら単なるレバー式の筈だからね。

 そして南京錠。部屋の内側から開けられないのは、この個室の部屋主達が狂人であった為だ。良く見ると扉の下側にスリットがある。これは看守が食事を与える為の物だわね。

 

「一つ位、開いてりゃ良いのに♪」

「とは言うものの、ぶっ壊す訳にも行かないぞ」

「まぁ、ここは放棄されたとは言うものの、まだ国立の施設ですからね。それに無理して中を覗く必要も無いでしょうし」

「覗き窓は木で塞がれてますわ。そのままにしとけばいいのに、余計な事を…」

 

 忌々しげにかぶりを振るビッチ様。まぁまぁと宥めるのはユーリィ様。

 廊下を右に曲がって既に数百歩。一旦、建物の突き当たりにぶつかって右に曲がり、更に五十歩程進んだ所だ。

 ちなみにニナとイブリンはその最初の角に待機させてるわ。

 二人は【幻光】の魔法は使えないから、普通のランタンを灯していて、ここからでもその光がちらちら見える。

 視点を前に変えると、すぐ先に又、曲がり角がある。そして外光が入っているらしく、明るい光が見えている。

 あたし達は進み、角を曲がった光景に絶句した。

 

「こっちの鎧戸はあらかた無いのか」

「と言うか…。これは破壊されていると言って良いのではありませんの?」

 

 目の前に広がるのは破壊の跡、誰かが激しく戦ったのだろう、外に面する木製の鎧戸はあらかた吹き飛ばされている。こりゃ、外光がさんさんと入ってくる訳だわ。

 何等かの魔法を使ったのだと理解出来る。焦げ目が破片に確認出来るから、多分、【電光】か何かだよね。これ?

 一直線に電撃を放つ魔法だ。直撃せずとも空気を振るわせて。かするだけでダメージを与えられる。勿論、あたしには使えない類いの上位魔法だ。

 

「足跡も乱れてるな。とにかく誰かが、ここで魔法を使って戦ったのは間違いない」

「実力から言えば、確実に魔導士五級以上だね♪」

「破片はまだ新しい。最近ですね…」

「これは…私達では危険ですわね」

 

 実践的な魔導で戦闘を行った者がいる。それだけでも危険な香りがぷんぷん漂う。

 第一、この島は国有の島なのよ。クエスター風情が気軽に上陸出来る立地ではない。となると、国の役人か何かが戦闘した事になるけど、そんな報告はあたし達は聞いても居ない。つまり、現在進行形で何等かの戦闘行為が行われていると判断せざる得ないわね。

 

「一旦、引き返して教官に報告するか?」

「最近だけど、少なくともあたい達が上陸する前後じゃない筈だよ♪」

 

 砕かれた破片を調べていたユーリィ様が呟く。

 

「そうなのか?」

「だって、これだけの威力の魔法を使ったなら、少なくとも爆裂音をあたし達が耳にしている訳だし、でもそんな音聞いてもいないからね♪

 そして破砕面が白くて新鮮に見えるけど、これは【劣化防止】の魔法か何かを使った偽装だね。カムフラージュだ」

 

 ダニエルに対してユーリィ様の冷静な意見。しかし、何等かの攻撃魔法を使う何者かがこの付近に身を潜めている可能性には変わりない。

 

「何でそんな手の込んだ偽装をするんだ」

「これを見た他者を警戒させて、この先に近寄らせない為、かしら?」

 

 答えたのはあたし。推測に過ぎないけどね。でも確か【劣化防止】の魔法はかなり高度な呪文だったから、そうそう気軽に使えないのよね。

 ここはコの字型から、二階だけロの字型になる、二番目の角部分。前進すべきか、後退すべきか。

 あたし達はその場で相談し、この場から引き返す事を決定したわ。

 

            ◆       ◆       ◆

 

 再び闇の中、元来た道を辿る。だが数歩も行かぬ内に、あたしは異変に気が付いたの。

 

「ニナ達の灯りが見えない?」

「あら、本当ですわね」

 

 先程まで見えていた、廊下の先の曲がり角にあった筈の灯りが消えている。

 嫌な予感がした。イブリンは新米だけど、それでも侍女教育はニナがきちんと躾けている。命令も無しに勝手に部署を離れたりはしないし、離れるにせよ、最低限、侍女どちらかのランタンは置いて行く筈だ。

 自分の心に不安が広がるのが分かるけど、ここで焦ってはいけないと思い直して、慎重に、そして用心深く速歩で最初の曲がり角へと近づく。

 

「やっぱりいない…」

「こりゃ、罠かなんかにはまったね♪」

 

 と指摘する子爵令嬢。

 

「え?」

「エロコは気が付かないかな。ほら、ここってさっきとは別の場所だよ。あの辿って来た足跡はおろか、あたいら自身の足跡すらないじゃん♪」

「え、あっ、本当だ!」

 

 そう。よく似ているが、言われてみれば確かに別の場所だったのよ。

 床に埃が溜まっていた筈だったのに、それが無く、これまであたし達が付けていた筈の痕跡が全くない。後ろを振り返ると、外光が入って明るかった出口も消えている。

 

「結界魔法ですわね。これ程大がかりな物を見るのは初めてですけど」

「おいおい、どんだけ有能な魔導士が紡いだんだよ」

 

 選択で魔法を学んでいる二人が声を上げる。

 後で知った事なんだけど、これは儀式魔法の一種で、魔法で擬似的な位相空間を作り出して敵を捕らえたり、惑わせる為のトラップとして使われる類いの物らしい。

 勿論、ビッチ様やダニエルなんかの手には負えない高等魔法だけど、一応、どんな物なのか対処を尋ねてみる。

 

「結界の核を破壊すれば、元の重なり合った通常空間に戻れる筈ですわ。でも、結界の核となっている物が何なのかが分からないと…」

 

 成る程、何か核となる物体がある訳ね。魔法陣とかかしら?

 

「時間が来れば結界は解除される筈…だったかな。予習でそこまでは勉強した」

「問題は、その持続時間が不明な点だよねぇ♪」

 

 使う魔力によって持続時間は左右される。

 幾ら何でも魔導士一人の魔力なんかはたかが知れてるから、良くて数分。でも魔力を充分に供給可能な魔石とか使っているのなら、最悪、数年なんて事にもなりかねないわ。

 今より質の良い魔石が大量に存在してた古代文明期の遺跡なんか、今でも稼働してる代物だってある。

 

「罠なら、その核となる物は隠されてると思いますわ。誰でも判る表面に設置されていたら単なる大間抜けか、あからさまなダミーでしょうしね」

 

 うーん、閉じ込められて餓死はイヤだわね。

 

「しっ♪」

 

 突然、ユーリィ様が口に指を当てて警告を発した。

 と、同時に素早く自分のスカートに手を突っ込んで、太股に装備された細身のスティレット(投擲短剣)を抜きざまに投げつけた。

 ややあって「きん」と澄んだ金属音が響く。

 弾かれた?

 

「あ…ないなぁ」

「よせ、敵じゃなさそうだ」

 

 闇の向こうから聞こえるのは聞き慣れぬ声。呟きは女で制止した方は男の声だ。

 あたふたとダニエルは抜刀し、ユーリィ様は次のスティレットを片手に持ったまま警戒している。当然、あたしもカトラスを抜いたわ。

 

「誰ですの。姿を見せなさい!」

 

 自分の魔導杖を突き付けて、ビッチ様の誰何が飛ぶ。

 

「わーった、攻撃するなよ」

「ヘ…ヘイガー!」

 

 女の焦った声。それを半ば無視して暗闇の向こうから現れたのは壮年の男よ。

 がっしりした体付きで革鎧に長剣を下げたクエスター風の装いをしている。

 青い瞳と太い眉が意志の強そうな、色黒なワイルドな顔立ち。栗色の頭髪にやや白い物が混じり始めているが、その動作に老いは感じられない。

 

「俺はヘイガー。だったよな? えーと、こっちはマリィ」

 

 彼は名乗った。

 にやりと凄みのある笑みを見せた後、続けて「王国の『闇』だ」と自分達を紹介したわ。

 

 えーと、確か『闇』って王国の誇る間諜部隊よね?

 

「『闇』ですって…!」

「あちゃあ…」

 

 『闇』と聞いて驚愕するビッチ様。何故か、頭を抱えるユーリィ様。

 ダニエルだけは事態を把握してない様で、「何だ?」と間の抜けた顔をしている。

 彼、そっち方面の情報に疎いのかしら。

 でも何でそんな大層な組織が、この幽霊島の廃屋に居るのよ!

 

〈続く〉




 

 

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