一応、今後、人死に(妖精とか魔族死に?)も出る予定なので、念の為にR-15と残酷描写を選択してます。
輝ける乙女
〈序〉
最初にそれを見た時は良く出来た人形だと思った。
いや、生きているのかと疑った程だ。
ひと離れした半妖精(ハーフエルフ)なんだからと言っても、生活臭というか、呆れる程に生気が無い。心ここに在らずと言った感じで、無感動に、船渠で忙しく作業する俺たちをじっと見ている華奢な少女。
身なりはしっかりしている。装飾は少ないが動き易そうな、緑色の上等なドレスを身に纏い、首からは繊細なペンダントを下げている。ブーツも高価そうだし、短ケープを羽織って眼鏡を掛けている。
何処かの御令嬢と言った風情だ。貴族階級なのかも知れない。
それが何で、この田舎町の造船所の軒先にいるんだ?
「お嬢ちゃん、うちに何か用かね?」
俺は思いきって声を掛けてみた。少女は首を傾げると石段を伝い、とことこと船渠内へと降りてくる。作業中に来られると邪魔だし危ないんだが、幸い、今は入渠中の船はない。代わりに置かれているのは、赤銅色の不格好な機械だけだ。
「これは何?」
そう来たか。確かに珍しいだろうな。
「大気圧機関さ。燃料を燃やして梃子を上下させる揚水ポンプを改良したモンだ」
細かい説明はしても仕方が無い。多分、素人には理解の範囲外だろうからな。
まぁ、後の世で言う蒸気機関なんだが、この頃はまだまだ未熟な玩具みたいな物だった。燃費は悪いし、人件費も掛かる。しかし、それでも鉱山なんかでは排水用に歓迎されていた。
これを船の動力に利用出来ないかと閃いて、梃子の上下運動を回転運動に変える実験を始めようとしていたって所だ。
「ボイラーで水を熱して蒸気が上がると、ピストンにより上部のシリンダーが押し上げられる」
「すると、あのシーソーみたいな場所が引っ張られて動く訳だな」
「ご明察。あのシーソー部分。専門用語じゃビームと言うんだが…」
おや、予想に反して俺の話に食いついてきたな。
シリンダーの上にはピストンと連結された棒が有り、それがビームの片方に接続されており、上下するのだ。ビームのもう片方はクランクに繋がっていて、これを回転運動へと変化させる仕組みになっている。
「だが、それではシリンダーは上がり続けるだけだろう?」
「そこでシリンダーが最大まで引き上げられた所に、蒸気を止めて冷水を注入するとシリンダーの蒸気は凝縮する。
これでシリンダー内は真空に近い状態となり、大気の圧力で下方へと押し下げられるんだ。ま、これを連続で続けると、ビームが絶えず動いて動力を得られる訳だな」
「大気圧とはそう言う意味か」
「ああ。だが、まだまだ未熟な技術だぜ。蒸気や冷水の出し入れ操作は手動で管理せにゃならん。燃料も食い過ぎる。ここらを何とかしなきゃ、船の動力には合格点は与えられねぇ」
「そうか」
「ま、いずれ伝説のエトロワ(神話の船)を作ろうとしているとでも思ってくれ。ははは」
ま、これはジョークだ。神話の中に出てくる神の船。帆も櫂も無く、海を稲妻の様に走り、それどころか、空をも進み、星々の世界にまで達するのがエトロワだ。
そんな物と比較したら、目の前にあるのは船体すらない、みすぼらしい銅釜に過ぎないからな。
「エトロワを作るのか!」
だが、それを聞いた少女はかっと目を見開いて叫んだ。先程までの機械的な発声ではない、言うならば生者が発する生の叫びだ。感情が含まれている。
余りの豹変に戸惑っていると、少女は続けて言葉を発した。
「私もそれに参加させてくれ。エトロワがあれば、私は元の…」
そこで異変が起こった。少女がまるで糸の切れたマリオネットの様に、ぶつんと力を失ってその場に崩れてしまったのだ。
慌てて倒れかけの身体を支える。幸い外傷もないが、完全に意識も失っている。作業中の若い衆も何事だと集まってくる。
「おいおい」
「姫様っ!」
途方に暮れた俺の声と、ヒステリックな女の声が交差したのはその時だ。
造船所の若い衆をかき分けて現れたのは、ウサ耳族(ウォーリアバニー)の女だった。
身体にぴったりとした肩出しの民族衣装。淡青のバニースーツを身に纏い、頭からはぴょこんと兎の耳が飛び出している。腰には短めの船刀を佩いているから、恐らくこの嬢ちゃんの護衛か何かなのだろう。
「姫様だぁ?」
「領主のお嬢様だ。私は姫様付きの侍女、ニナ」
「俺はこの造船所の主。ブラートだ。ああ、そう言えば、セドナ殿が最近、身寄りの無い半妖精を養女にしたと聞いたが、彼女か?」
ニナと名乗った気の強そうな少女は頷く。
これが俺と彼女らとの出会い。腐れ縁の始まりだった。
ちなみに、最初の大気圧機関を装備した蒸気船は余り良い出来ではなかった。
小型曳船だったが馬力の割りに燃料を馬鹿食いする。保守点検が難しい。まぁ、失敗作に近いが、それでも航行可能だったのは一筋の光明を照らし出した。
まぁ、二年後の嵐の夜に波浪を受けて沈んじまったんだが、釜は銅製なんで回収した後、そこそこの値段で売れたのは良かったかもしれん。
次の蒸気船の進水は機関の改良が進んだ数年後になるが、それはそれで別の話である。
〈エロエロンナ物語1〉
初めての記憶は夕闇迫る海岸線だった。
半裸のあたしは差し伸べられた手をとって身を起こすと、首から下げていたペンダントがしゃらんと澄んだ音を出した。
目の前には見知らぬ女性が訝しげな表情を浮かべてあたしを見つめている。
「何があったのかい?」
細身だが筋肉質な女性だった。赤い外套を羽織り、裾の短めな緑のドレスを着ている。顔立ちは若いが老成した雰囲気があり、緑色の髪を結い上げて、腰には短めの刀を佩いている。やけに耳が長いのが気になったけど。
「さぁ…」
あたしは身体を改めて確認する。怪我は…ない。火傷も負っていない。惨めに千切れた服の残骸から覗く白い肌にはそれらは認められず、目の前の女性に似た薄緑色の銀髪もダメージを受けている兆候は無い。
「名前は?」
潮騒混じりに問われる声にあたしは首をかしげる。名前…。そうだ。あたしは何者だろう?
「……分からない」
嘆息。彼女は肩をすくめる。そしておもむろに着ていた外套を脱ぐと、あたしへ着せてくれる。
「? なに…」
「女の子が、その格好じゃまずいだろ」
セドナは深い緑色の目を細めながら、言葉を継ぐ。そうか、あたしは女の子なのか。
「漂流者。にしては難破した船が見つからないが、放っておく訳にも行くまいねぇ。いいわ、あたしはセドナ・ルローラ。ここら一帯を占めてる頭って所さね」
セドナと名乗った女性は続ける。
「見た所、種族的にはあんたはお仲間みたいだ。良かったら、あたしの所へ来るかい?」
ここにいても行く宛ても無い。しばらくして、あたしは頷いた。
◆ ◆ ◆
案内された屋敷は大きそうだった。城門とも呼べそうな木で出来た大門。頑丈そうな石壁がぐるりと取り巻いている姿は、ちょっとした城塞にも見える。
「一応、あたしは荘園主って事になってるからね。爵位は無いけどさ」
セドナは笑いながらそう答える。門から入ると道の両側に数人の男女が並んで頭を下げていた。
「名前が無いと不便だね。エルフィン(古妖精語)が分かるかい?」
あたしは頭を振る。セドナによるとあたしは妖精種と他種族とのハーフで、半妖精族であるらしい。
「エロコ。意味は輝ける乙女って意味さ。それでいいかい?」
「エロコ?」
「あんたを見つける前に、空が光り輝いた。と言うより巨大な火の玉が空をかすめて北の方へ落ちていったと言う方が正しいんだけど」
それからの由来か。とあたしは理解した。
「構わない。そうか、あたしはエロコか」
「ニナ!」
セドナが誰かを呼んだ。列の中から頭からぴょこんと細長い耳を揺らした少女が出てくる。胸の谷間が見えるデザインの身体にぴったりした衣装を着ていた。
「はっ」
ニナと呼ばれた少女は片膝を着いて、御前に傅く形で頭を下げた。
「侍女としてエロコの世話をお前に任せる」
「私がですか?」
顔を上げて意外そうな顔を見せる。
「不満かい?」
「いえ…」
返事とは裏腹に、顔の表情を察するに不満そうだ。セドナはそれを無視してあたしにニナを紹介する。
「この娘はニナ。見れば分かるがウサ耳族の出身だ。当家の奉公人として三年になる。部屋は使ってない『渚の間』を用意しようか。
そうそう、ニナもエロコ付きになるから部屋も変わるね。新しい部屋は隣の侍女部屋になる。案内が済んだら荷物を纏めておいで」
あたしも会釈する。
「エロコよ。よろしく」
ニナの身長はあたしよりも頭一つは分は低い。歳は十かそこらだろう。桃色の髪の毛からピョコンと兎の白い耳が飛び出している。
「ニナと申します。至らぬ所も多々ありましょうが、仕えさせて頂きます」
こうして新しい生活は始まった。
◆ ◆ ◆
この世界はエルダと呼ばれている。大地という意味だ。
その中でも中心地として中央大陸があり、その南端に位置するのが王国だ。正確にはグラン王国と言うが、古代王国の後に興った国なので俗称である新王国や、単に王国と呼ばれている。
種族的には人間と呼ばれるヒト種が最も多く、次いで獣人族。妖精族。魔族なんかが亜人と呼ばれている。
亜人とは失礼な物言いだが、何しろ数的には人間族には敵わない。人口比で半分以上占められているのだから、人間を基準として見られるのも仕方が無いのかも知れない。
技術的には数々の魔法を駆使していた古代王国期。更にそれより古い超古代文明期に比べ、今の世界はかなり技術的に後退しているらしい。
栄華を誇った古代王国は約千年前に原因不明で滅んだが、今でもその残滓が世界のあちこちに残っており、魔法も細々と継承されている。
「光よ」
ぽわっと目の前にピンクの光源が浮かんだ。あたしは魔法の杖を水平に掲げ、それを維持しようと努める。
「揺れてますよ」
ニナが口を挟む。言われなくても光は今にも消え入りそうな弱々しさで、揺らめいている。やがて一瞬明るくなったかと思ったら、ふっと消え失せた。
「失敗ね」
ニナが鎧戸を押し開けると外の陽光が部屋を満たした。初歩的な魔法【幻光】はまたしても短時間で終わった。
「灯せるだけでも凄いですけどね。ニナには出来ません」
種族的にはあたしは半妖精(ハーフエルフ)らしい。妖精族の中でもエルフ種は魔法に秀でた種族であり、ハーフでもその性質を引いているのだそうだが、残念ながらあたしには才能が無かった様だ。
幾つかの初歩的な魔法はそれでも扱える。だが、威力という点からしたら落第だろう。
「午後は剣の練習にしますか?」
「面倒くさい。久しぶりに外へ散策しようかしらね。明後日から航海だし、暫く、町ともお別れになりそうだから」
ベレー帽を頭に乗せ、眼鏡をかけ直す。
「どうせ、親方の所でしょう」
ニナがサマーマントを掛けてくれる。色はお気に入りの空色。
「良く分かってるじゃない」
「…お供します」
拾われてから五年が過ぎていた。あたしはルローラ家の養女として育てられ、それにふさわしい色々な教育を受けていた。
「あ、姫様」
「姫様。ご機嫌うるわしゅう」
館を出ると町の人々が挨拶してくれる。
ルローラ家は爵位こそ無いが貴族である。土地の名と同じルローラの名を持つ荘園を幾つも所有する士族(ユンカー)で、爵位持ち領主に関する幾つかの特権はないが、下手な男爵家を凌駕する勢力家。おかげで養女のあたしも、ここでは姫様扱いだ。
手を振り返したり、にっこりと会釈しながら歩くと数分で目的地に到着。
港に面した造船所。商都にある様な十指を超えたドライドックを持った立派な作りでは無いが、それでもこの辺りでは一番の規模を誇る。
「お、エロコ嬢ちゃんか」
「! 姫様と…」
「ニナ」
いきなり激高するの発言ニナを腕で遮り、あたしは親方、マイスター・ブラートに頭を下げる。
エルフ種にしてはがっしりとした体付き。だが彼はセドナと同じく森林に生きる狩人の道を捨て、造船の道を歩んだ変わり種だった。
「今日も勉強しに参りました」
マイスターは日焼けした顔を苦笑させ、「立ち話も何だ」と言いつつ、奥の自室へあたしを案内する。
「あれがあたしの乗る船ですか?」
ドックの脇を通る際、一隻の小さな帆船が修船作業に追われているのが見えた。船底の蛎殻を搔き落とした後、船体へ防腐用のタールを塗り直している。
「ドライデン。俺の作った船じゃ、一番古いキャラベルだな。色々と手直ししてきたが、まぁ、今度の航海で引退だろう。整備は完璧を期すから安心しな」
「二百年前のボロ船です」
ブラートとニナが同時に答える。後で聞いたが、新造時そのままで残っているのは鐘と舵輪位らしい。何とまぁ、愛着を受けた船だ。
「なんで、こんなくたびれた船が用意させられたのか」
「ニナじゃ理解出来ねぇか。おっ、着いたぜ」
造船所長室。分厚い扉を押し開けて我々一行は中へ通された。それなりに調度は整っているが、質実剛健な簡素な部屋である。
「製図道具はいつもの場所だ。っと、その前に何かお茶でも用意すべきだったかな?」
ブラートは頭を掻きながら、サモワール(茶沸かし器)の置いてある自分の席へと向かう。あたしは頷くと部屋の一角にある製図台へと向かった。
「…で、今度の航海。エロコが王家への名代を任されたのは、やっぱり訳ありだろう。王都の学校へ入るってのが本当だとしても、な」
サモワールから出る水音と共にお茶の香りが漂う。
「義母の意向です。と言うより、ルローラ家はどちらへ付くのかを計りかねてます」
「御前様…、つまり引退した前国王が亡くなって半年。国王は姿を見せず、今、王宮内で権勢があるのは帝国派の側室だぜ?」
王国は現在、国王不在と言う危機に見舞われている。国王が死んだ訳では無い。行方知れずになっているだけなのだが、今、女王として仮の国主で采配を振るうマルグリット王妃には、王女がいるだけで幸か不幸か跡継ぎがいない。
対して側室であるジナ王妃は幼いが王子がいる。
つまり、マルグリッド妃が将来的に王太子へ王位を譲る事になるだうと予測されているが、問題はジナ妃の出身が帝国である事だ。
マーダー帝国は強大な軍事国家。北方の隣国であり度々、王国と衝突を繰り返していた。政略結婚の形で帝国皇室からジナ妃との輿入れが行われた後は、国境付近での小競り合い程度に落ち着いたけど、それでも火種はくすぶっている。
現に数年ぶりに帝国の挑発行為が増えている。
非正規軍、つまり山賊まがいの傭兵が国境で略奪行為を繰り返しているとかだけど、裏から誰が糸を引いているのかは王国はうすうす感じ取っている。挙げ句、討伐を名目に『良かったら帝国軍を派遣する』とも打診するマッチポンプぶりに、国境付近の領主はストレスを溜めているらしい。
「あれ? 両王妃の仲は悪くないって聞いていますが」
これはニナ。
「そう単純には行かないのよ。困った事にね」
烏口に墨を入れながら、あたしは呟く。一応、貴族子女の手習いとして、あたしも帝王学を囓っている。
問題は本人がではなく、その後ろ盾となっている派閥がなのだ。
「田舎士族にとっては、どちらへ付くかは死活問題だからな。ま、近いうち宮廷闘争は起きるだろうがね」
「『さて、私は養女ゆえ、当主の考えは即答しかねます』と、のらりくらり言い逃れるつもりですが…なるべく頼りにならぬ、困窮した田舎者だと印象付けて」
目の前に置かれたティーカップを口へ運ぶ。正直、宮廷闘争やら社交界は面倒くさいのだが、拾ってくれた恩もあり、嫌だと言える立場でもないので文句も言えないわ。
「上出来だな。今は確かに日和っているのが正解だ」
「内乱が起きたら、あたしの人生設計が狂いますからね」
それは家から出て独立する事だ。いつまでも、このルローラ家の世話になるのも心苦しい。しかし、家の荘園は限られており、あたしに回る余裕なんぞ無い。実子の方々だって家を出て独立しているのだ。
ルローラ家が元々、南大陸から王国へ移住してきたのも海に生きる民であったからで、これは森林に生きる妖精族には珍しい背景を持つと言える。よって家業も海運や漁業、そして私掠船主として軍務に当たるのが伝統となっている。
一族は海へ出るのが慣例となっており、あたしも何回か航海に出ている。でも、船乗りとしてのあたしは余り優秀な方では無い。どちらかと言えば、船を建造する技師の方が性に合っており、こうして勉強もしている。
「エロコ様が海軍士官学校に入る前に国が潰れたら困りますからね」
「当たり前。タダで設計の勉強が出来てしかも給金が出る、美味しい学校なんて天国があるのに、潰されては堪らないわ」
図面に墨入れしつつ、ニナへ本音を語る。
国の海軍士官、しかも技術将校になるのがあたしの夢だ。運良く海軍に留まれれば将来は安泰だし、例え軍務に就けなくとも、造船技師なら民間で潰しが効くとの皮算用もある。だからせめて学校卒業まで、王国が内戦に入って貰っては困る。大変に困る。
「才能あれば、魔導士になれたんだけどね」
先程の魔術行使の通り、自分の魔術的才能は決して高くない。半分妖精種であるのだから、特性的には高い潜在魔力を持っているらしいのだが、そっちの方には開花しなかったのだから仕方が無い。
「国立魔導学院はルローラ家の定番コースだが、俺としちゃ、お嬢を弟子が出来る方が嬉しいかな」
実際、義兄、義姉らの何人かは正規の魔導士だし、それに関連する仕事に就いている。魔導杖よりも計算尺の方が得意なんてあたしは、家の中では異端だろう。
「はぁ…。この男が師匠とは。こんな所に案内するんじゃありませんでした」
ニナがため息をつく。
「酷い言い草ね。あたしは感謝してるわよ」
あたしを親方と知り合いになれたのはニナのお陰だ。領内を色々と案内する際に、確か森林、農園、そして造船所を含む港町の順だったかな。そこで造船所を見学して親方と出会い、今に至る。
あたしは自分が何者かが分からない。一応、年齢は15歳となっているが、それも推定に過ぎない。そして何事に付けても、無感動で人形の様だったと周りの者は語る。
運動や勉強は卒なくこなし、記憶力も良いと褒められていた。だが、反応は機械的で自分から率先して何かを始めようという気概は無かった。
そのあたしが唯一、反応を見せたのが造船だった。「あれをやってみたい」と自ら興味を示したのだ。それは、ほんの三年前の出来事だったと言う。
セドナは「良い傾向じゃないか。やってみな」と勧めてくれた。
感情的な面が戻ってきたのはその時からだと言う。あたし本人には自覚は無いのだけどね。ニナが言うには、喜怒哀楽が表に出てきたのは確からしいわ。
「王都までは俺が送ってやる。船長としてな」
「マイスターが同行してくれるのですか?」
マイスター・ブラートが片目を瞑った。
「あの船の最後の航海だ。見届けてやる必要があるだろうよ。
ん、だいぶ巧く引ける様になったな。清書が終わったら持って来い。それとお替わりの茶は適当に自分で淹れろ。幾ら飲んでも構わんぞ」
現場へ戻る親方の声を背中で聞きつつ、あたしは製図引きに没頭した。
〈続く〉
大気圧機関はニューメコンのスチームエンジン相当です。まだ、ワットまでは達しておりません。
ファンタジーと言いながら、魔法は全盛期よりも衰退し、一部の科学技術は中世よりも近世寄りです。
作者の励みになりますので、出来れば感想を宜しくお願い致します。
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