「ハッピバースデー、ツーユー♪」
「ハッピバースデー、ツーユー♪」
「ハッピバースデー、ディア……」
「遠坂」「姉さん」「リン」「遠坂さん」
それぞれの声が重なる。
「ハッピバースデー、ツーユー♪」
俺達が歌い終わると、顔を赤くしていた遠坂が、フーッ! と息を吹きかけて18本の蝋燭の火を消す。同時に複数のクラッカーが炸裂し、紙テープが部屋を舞う。
「誕生日おめでとう、遠坂」
「姉さん、おめでとうございます」
「リン、おめでとうございます」
「と言っても、遠坂さんと士郎は受験生なんですからね! あまりハメを外しちゃ駄目よ」
と、既に半分泥酔しつつある、駄目大人が釘を刺す。
「はいはい。皆ありがとね……藤村先生もありがとうございます。あいにくですが私はもう留学先に受かってしまっているので問題ありません」
いつもどおり、遠坂の容赦がない藤ねぇ口撃だが、今日は口調がいつもより鈍い。
いわゆる照れ隠しなんだろう。
「ぐ……! そ、そうだったわね……。さすが遠坂さん」
この屋敷に遠坂が来るようになってから1年が経つというのに、未だに遠坂は藤ねぇにとって天敵らしい。
「まあ良いわ、士郎ーさっさとケーキ切ってよー」
日本酒を片手にケーキを催促する藤ねぇ。
「……いいけど。普通、酒呑みは甘い物は苦手なんじゃないのか?」
「んー? たまにそーゆー話聞くけど、お姉ちゃんは平気だけど……何ならシュークリームだって肴にできるし」
「先生、それはさすがに未成年の私でもちょっと気持ち悪いです」
桜が的確なツッコミを入れる。
「そう……? ま、何でもいいのよ~」
気楽そうに御猪口をくぃっと空ける藤ねぇ。
「ねぇ、セイバーちゃんはもう大人なんでしょ~? 一緒に飲もうよ~?」
「すまないタイガ。お酒は全く問題ないが、私もケーキで飲もうとは思わない。それに、せっかく桜が作ってくれたご馳走を、酔った舌で味わうのは料理に対してもサクラに対しても失礼だと思うのです」
「……何気に毒舌?!」
そんなやりとりの間、俺はケーキを切り出す。
まずは主賓である遠坂に皿を手渡す。
その時。
俺の指に、そっと遠坂の指が重なった。
カチリと微かな音を立てる金属片。
我ながら情けない限りだとは思うが、この雰囲気の中でプレゼントを渡す度胸はまだない。
お揃いのリング。
皿の下で一瞬だけ重なる。
俺は思わず赤面してしまったけど、
遠坂は何事も無かったかのように、するりと皿を受け取り、パクリとケーキを食べる。
「おいしい。これ、店売りじゃないわよね?」
「ええ、姉さん。私が作ったんですけど……美味しかったですか?」
「もちろん。桜の料理はどれもおいしいけど、このケーキはちょっと特別、かな?」
「喜んで貰えて嬉しいです」
「……? シロウ? 顔が赤いですが、どうかしましたか?」
「いや……何でもないよ、セイバー」
そう言ってセイバーの分を切り出し、皿に乗せる。
「ほい、セイバー」
「ありがとうシロウ」
「藤ねぇも、あんま食いすぎると太るぞ」
「うるさーい。お姉ちゃんはいくら食べても太らない体質なのだー!」
すでに泥酔に域に達しているな……。
「ほい。桜も」
「ありがとうございます、先輩」
そうだ。
俺は遠坂の隣に立つ、と決めたんだ。
進学先も、遠坂と同じ時計塔にした。
こんな事でイチイチ照れたり驚いていたりしたら、遠坂にもアイツにも離される一方だ。
だから。
さっきの一瞬は、俺だけの感傷。
それを棄ててしまう事はできないけれど、さっさと胸の奥に仕舞って先に進む事はできるはずだ。
そう割り切ってケーキを食べようとした時───
『偶然なんかじゃないんだからね』
俺にだけ聞こえる───魔術回路を経由して聞こえた声。
その声の主は、やはり何事も無かったかの様に、桜と談笑している。
けど。
俺は思わず、今度こそ本当に顔が赤くなったのを自覚して。
台所へと緊急避難してしまった。
「まだまだ……修行が足りないな」
冷蔵庫からお茶を取り出し、ごくりと飲み干して呟く。
「先行きも遠いし……」
「……けど」
そしてすぐに皆のいる場所へと足を進める。
「いつか、あの場所へ───」