Fate/staynight UBWの倫敦エピソード後のお話です。

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ろんどんアフター

「とおさかー。とおさかー」

 リビングから士郎の声が聞こえる。

 私は「なぁに?」と声を出そうとして───止めた。

 何も無かったかのように、読みかけの雑誌に視線を戻した。

「とおさかー? 入るぞー」

 ガチャリ、と寝室のドアが開く。

「とおさかー……いるなら返事してくれよ」

 士郎は不満げに息を吐く。

「士郎……貴方」

 一切の喜怒哀楽を表情から消し、淡々と私は呟く。

「この部屋に遠坂姓は2人いるんだから、ちゃんと判る様に呼んでよね? ね───遠坂士郎くん」

「う……」

 目に見えて士郎が狼狽する。

 対して、私は我ながら意地の悪るそうな笑みを浮かべる。

「凛───」

「なあに、士郎」

「晩飯、できたぞ」

 士郎は顔を真っ赤にしながら、ぶっきらぼうにそれだけ告げて、パタパタとリビングへと戻っていった。

 

 

 2人での夕食。

 今までも同棲してた訳だし、何が変わったという事もない。

 けど。

 私の心に広がるコレは何なのか、まだ良く判っていない。

 良く判らないモノを心地よく楽しんでいる、と言った方が正確かもしれない。

「凛───本当に良かったのか?」

 士郎が聞いてきた。

 私は一度箸を置き、丁寧に答える。

「ええ。私も士郎も天涯孤独の身───まぁ私には桜が、士郎に藤村先生がいるけど───そんなに大々的に式を挙げる事もないかなーって。時計塔の連中は基本的にライバルだし、将来的には敵だしね───」

 私はそこまで言ってから、箸を持ち、

「けど───今日はいつもより献立が豪華ね。士郎のそういう所、好きよ?」

 いつもより3段階は豪華な夕食をツンツンしつつ、ウィンクしながらそう言った。

 士郎は顔を赤くして黙ってしまう。

「けど、お世話になってる人には、挨拶はしなくちゃね……明日、一緒に行きましょう?」

「ああ……そうだな」

 士郎は、ふ、っと息を吐き、普段の表情に戻る。

 

 

 

「シエロー!? 何てことでしょう!! あぁこの女狐に何を誑かされたのですか? 私でよければ除霊して差し上げますわシエロー!」

「ルヴィアさん……いえ、誑かされただなんて……なぁ、凛?」

 俺は思わず頬を掻きながら、凛に助け舟を求めた。

 しかし、

「凛ですって!? シエロ! どうしてこんな女を親しげに呼ぶのです!? うぅぅ」

 完全に激昂してて、聞く耳を持ってくれない。

 すると、

 凛が俺の左腕を掴み、ルヴィアさんの眼前に突き出す。

 俺達の薬指には、当然ながら───

「──────ッ!!」

 ソレを見たルヴィアさんは、フラフラと倒れ込んでしまった。

「じゃ、そーゆー事だから、大家様。なるべく、夜は静かにするようにするけど、騒がしかったら御免あそばせ」

 凛はそれだけを一方的に告げて、俺の腕を引っ張りルヴィアさんの応接間から出ていった。

 

 

 

「ほう……結婚か」

「ええ、そうよ。悪い?」

 凛は嫌そうに眼前の師に向かって悪態を吐く。

「いや……好きにするといい。それで───まだ暫くは時計塔(ココ)で修行を続けるのだろう?」

「そのつもりよ。それから先は士郎と決めるわ」

 ニコニコ顔の凛と、いつも通り不機嫌そうなロード。

 ロードが俺の方を見る。

「……君は……」

「俺ですか? えみ……遠坂士郎です」

「ミスター・トオサカ───君とは以前、話した事があったな」

「ええ。推薦を断った日の事ですね」

 たしか1年程前だ。

 俺はともかく、時計塔で最優と呼ばれているロードが俺との会話を憶えていた事に少しばかり驚いた。

「ミスター・トオサカ。あの時口にした言葉は───」

 それは。

 あの時、思わず口にした、呪われた理想、救われない希望の事。

「ええ。俺にはもう届かない理想なのかもしれませんけど───けど、それに負けない程大切なヒトを得たんです。それは───」

 俺の新たな希望なのだと。

「構わんよ」

 訥々と何とか自分の言葉を紡いでいたけど、一言で切って捨てられた。

「人とは、移ろいゆくものだ。必然的に人が抱く理想、希望、願望───それらも刻と共に移ろいゆく。故に───」

「人を、抱く理想の貴賤で評価する事は、意味を為さない」

「…………」

 ロードが何を言いたいのか掴みかねていると、

「君が時計塔への在籍を望むなら、私の下へ来い」

 俺に向かってそう告げると、くるりと背を向けて歩き出した。

「え……?!」

 俺は絶句する。

「ちょっとアンタ! どーゆーつもりよ!?」

 凛も意図が掴めないのか、自分の師をアンタ呼ばわりして問い質す。

「勘違いするな」

 あくまで淡々とした口調。

「貴様の妻は時計塔に残るのだろう? 貴様が居ればミセス・トオサカも少しは大人しくなるだろう……日本では『猫の首に鈴とつける』と言うのだったか」

「失礼ね! それと諺の意味、違うから」

「知っている。私なりのジョークだよ、ミセス・トオサカ。だが貴女が大人しくなるなら、安い買い物だ」

「ぐぬぬ……」

 凛はそこまで貶される理由に覚えがあるのだろう、敵意剥き出しな唸り声を上げている。

「すみません、凛と少し相談してからで構いませんか?」

 俺はそんな中途半端な答えを返す。

「士郎!?」

 凛が声を上げる。

「構わんよ。その時は私の研究室に来たまえ」

 そう言って、時計塔屈指の講師は去っていった。

 

 

 

「で、どうするの? 昼間の話」

 自宅に戻ってきて、開口一番、私は最も気になっていた件を問う。

「うーん。そうだなぁ……」

 士郎はしばし逡巡した後。

「俺だけじゃなく、凛もあの人に借りを作っちゃう事になるけど……凛がまだ数年コッチ(時計塔)にいるつもりなら、良い話だと思うよ」

「そうじゃなくて!」

 私は思わず声を荒げる。

「士郎がどうしたいかって聞いてるの」

 それは即答だった。

「凛の隣が、俺の席だから」

 何の迷いもない、真剣な眼差し。

「…………ッ!!」

 思わず声が止まる。

「正義の味方に───アイツを超えるどころか、背中にも追いつけないだろうけど───それでも───」

 私はそう告げた士郎の顔を見て、冷水をぶっかけられた気がした。

「いい。もう判った」

 けど。

 うまく言葉が出てこない。

 恐ろしくぶっきらぼうな言葉がやっと出ただけ。

 けど、

 士郎には私の気持ちは伝わったようだ。

「……うん」

 満面の笑みで頷く士郎。

「とりあえず夕食を作るわ。今日は私が腕を振るうから、士郎はゆっくりTVでも見てて───」

 そう言ってキッチンに向かう私。

「ああ、ありがとう」

 

 そうして。

 俺達はいつもどおりの夜を過ごし───

 明日、新たな一歩を踏み出す事にしたのだった。

 

 



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