抽選ソフトを使用して選ばれた二人を元にお話を作ろうと思ったところから出来上がったお話です。
初めて彼女を見た時は、なんて呑気そうな人間なのだろうと思った。次第に彼女と親交を深めるうちに、ああ、この子はケチで貧乏臭い子なのだな、と思い始めた。
初めて彼女を神秘的に思ったのは、彼女の舞を見た時だった。決して芍薬にも牡丹にも百合にも見えない彼女だったが、その踊る姿はまるで…白と淡い赤い色の衣装も相まって、まるで気まぐれに風に揺れる蓮花のようだった。それ以外蓮花のようだと思った理由は大して見当たらないが、とにかく何となく、蓮花のようだと思った。そして神秘的なその舞は、一度終わってしまっても、季節を迎えれば再び永遠に繰り返されるのだと思った。蓮花は…そういう花だったかしら。どうかはよく覚えていないけれど。
だけど、来てしまった。
花の咲く頃、春に死にたいなんて言ってたくせに、彼女は、博麗の巫女は、春の予感すら感じさせない冷たい雪の日に、死んでしまった。原因はその年に死んだ多くの人間と同じ、寒さと飢えによる衰弱だったという。いくら人間とはいえ、まだまだ生きられる、死ぬには早い、そんな享年だった。
しかも、私は彼女が息を引き取る時、傍にいることができなかった。それ以前に、彼女が死に瀕していることすら、知らなかった。彼女の死をを知ったのは、彼女が死んでから暫くのこと、誰かが春の訪れを告げる頃だった。
「…せめて、春に死なせてあげたかった…」
私の能力を使えば。仮に死ぬことが避けられなかったとしても、せめて死ぬ時期くらい調整したのに。彼女の望んだ時期に、春に死ぬように。そう後悔だけがぐるぐるぐるぐると私の中を巡り巡り、季節はただ淡々と過ぎ、知らないうちに秋になっていた。
「幽々子様、今年も行かれないのですね。」
妖夢の声。行かれない?何に?
「博麗sの巫女の舞の奉納祭ですよ。…先代の巫女の時は、毎年行かれていたのに。」
今年も、行かないということは、私は去年も行かなかったのだろうか。彼女の舞は毎年見に行っていたのに。去年舞ったのは、彼女…霊夢じゃなかったのだろうか。
ああ、そうか。季節が一巡りしただけかと思いきや、もう何年も、彼女がいない…空っぽの時間を過ごしていたんだ…。
「ほら、もう始まっているみたいですよ。いつもの曲、聞こえるでしょう?」
いつもの曲…とは、違うように聞こえた。いつもの…いや、私が知っている、霊夢の舞う奉納祭の曲とは、微妙に異なった音色。きっと今の幻想郷に、そして今の巫女に合わせて、微妙に新しく編曲し直したのだろう。
時折混ざる琵琶の音。霊夢が巫女の時にはまだ入っていなかった音。
…当たり前よね。だって琵琶の付喪神が幻想郷に現れて、博麗の巫女と関係を持つのは、霊夢の代だったのだもの。霊夢はあの時の異変の話も、差し入れの食べ物のお返しにと、面倒臭そうながらも話してくれた。
思い返せば、霊夢は普段からあまり食事をとっていないようだった。この前の…いや、あの冬もきっと、そうだったのだろう。もし私が仕事にばかりかまけないで、彼女の元に差し入れに行っていたら。彼女は、死なずに済んだのに。
「…妖夢。箏の用意をしてくれないかしら。」
霊夢。貴女の…貴女のための奉納の舞の曲は、もう誰も演奏してくれないの。
それなら、せめて、私が。
そう思い私は爪を手に嵌めた。思い出の曲にのり、次々と口から出てくるのは、霊夢の死への想いの歌。どれだけ口にしても、決して枯れることはなかった。
「ゆ…幽々子様!あれ!」
ふと庭先を見ると、一人の幽霊が、右にふわふわ、左にふわふわと、まるで、まるで…踊るように。
「霊夢…?」
思わず演奏を止めると、幽霊は抗議するかのように、激しく上下に霊体を揺らした。
慌てて演奏を始めると、再び幽霊は漂い始めた。
霊体には手も足もないけれど。でも、分かった。
あの幽霊は確かに、先代博麗の巫女のための曲に合わせて、舞っている。
お願い。終わらないで。そう思いながら、ゆっくりと演奏する。幽霊もそれに合わせ、雅に、上品に、厳かに舞う。端から見ればただふわふわ往復しているだけにしか見えなかったかもしれない。けれど私には、しっかり分かった。
やがて曲が終わると、幽霊は何処かへと飛んでいってしまった。その様は、かつての博麗の巫女が自由に空を飛ぶ様に似ていた。
「…幽々子様、良いのですか?幽々子様ならあの幽霊をお側に留めておくことくらい…」
妖夢の言いたいことは分かった。でもね、妖夢。違うのよ。そうじゃないの。
「私は、自由に、気まぐれに空を飛ぶ彼女が好きなの。自らの好みの花以外には見向きもしない、気高い蝶のように、彼女にはいつまでも自由に飛んでいて欲しいの。だから、強制的に傍におくことはしないわ。」
その代わり、幽霊さん。もし貴女の気が向いた時があったなら、また此処に遊びにきて頂戴。そうしたら貴女に、貴女がもうひもじい思いをしないように、ありったけのご飯をご馳走してあげるわ。例え幽霊の身で食べることができなかったとしても、ね。
そして、いつまでもいつまでも、貴女らしく自由でいてくれますように。
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